ガルダでの最後の一日(前編)
〜翌日・ガルダ・宿屋〜
「本当に良かった! ロキ! ロキぃっ!」
「はぁ。うるさいぞシャル。その言葉は何度目だ」
「まあまあロキ君。死人が生き返ったらこうもなるって」
「ここまでロキ様にべったりというのはどうかと思いますが」
「リリちゃんはそれだけのことをしたのよ。シャルちゃんの喜びようは行き過ぎだと思うけれど」
昨日、炎帝を倒した。そしてロキは死んだ。
しかし、リリの魔法によって復活したのである。
ロキが蘇生してからというもの、シャルルは常にロキの手を取り、隣でへばりついていた。
「はぁ。いい加減離れろ鬱陶しい」
「やだよー」
「離さんとってあげて。シャルちゃんの幸せそうな顔をもうちょっとだけ堪能させてえや。はぁはぁ」
「ダメです。お付き合いもしていない男女がそうやって腕を組んでいるものではありません」
「あぁ」
リリがシャルルとロキの間に入る。
シャルルとフランが同時に残念そうな息を漏らした。
「そんなっ。幸せな男女の仲を引き裂くなんて、リリちゃんは悪魔や」
「俺は幸せじゃねえよ」
リリを避けて、再び抱きつこうとするシャルル。彼女の頭を押さえてロキは言う。
「良くやったリリ。シャルだけならまだしも、フランが気持ち悪くて困っていたんだ」
「ひどっ?!」
「フランちゃん、あの顔は言われても仕方がない顔だと思うわ」
「そんなに?!」
フランは自分のだらしなく緩んだ顔をぺたぺたと触って首を傾げた。
「フランの気持ち悪さは置いておくとして、リリ。翼はどうした?」
「スキルの一種だったようですから、自由に出し入れが出来ますよ。このように」
リリの背に白い光の粒子が集まり、翼を形成した。
そしてリリの意思一つで、それはまた光の粒子にもどる。
「なるほどな。さて、これからどうする?」
「炎帝は打ち破りましたし、大都市付近まで戻るのが一番ではないでしょうか」
「そうね。残りは南だもの。たしか最後は龍だったかしら?」
「はい。絵画でしか見たことがない存在ですが」
「もー、お姉さんもリリちゃんも、先のこと見すぎやって。もうちょっとだけゆっくりしていこうや。今日一日だけでもええから。な?」
フランはロキに意味深な視線を送った。
ロキには思い当たる節があったのか、フランの提案に首を縦に振る。
「それもそうだ。せっかくこんなところまで来たからには、一日くらい遊んで帰ろう」
「そう言ってこの間も遊んだじゃない」
「そうです。まずは国王陛下へ報告をすべきかと」
「今日だけでええねん。今日だけあれば回りきるから」
フランは手を合わせて頼み込んだ。
フランはこの街、ガルダの奴隷市場を回り切っていないのである。
「ああ、そういうことですか。分かりました」
「けれど、今日だけよ?」
「ありがとうな、二人とも」
「シャルもそれで良いだろう?」
「うん!」
シャルルはあどけない笑顔を見せた。
「せやけど、街に出るんやったらこの幼児退行したシャルちゃんをどうにかせなあかんな」
「そうですね。あまり人に見せて気持ちの良いものではありませんし」
フランとリリは、にぱっと微笑むシャルルにジト目を向けた。
フランはどこか目が怪しいが。
そこでアイリスは掌を合わせて言う。
「こういう問題は当人同士に任せるのが一番ではないかしら?」
「おい待て。俺にこいつを押し付けるのか。どう見ても面倒くさいだろう」
「お姉さんの意見に賛成やわ。幼馴染でお互いのことよく分かっとるし」
「決してシャルル様の様子を見て面倒になったという訳ではありませんが、私も賛成です」
「勘弁してくれ! こっちは蘇生したてなんだぞ」
「それじゃあロキ君、頑張ってね。お姉さんたちはお買い物にでも行ってくるわ」
「あ、おい!」
アイリス、フラン、リリはロキを見捨てて部屋を出て行った。
ロキはそんな彼女らの背に手を伸ばす。
「待てって! このままだと俺は何処へ行くにもへばりつかれる!」
「なあリリちゃん、この街って夜景が綺麗なんやって。見に行ってみようや」
「はい。是非。楽しみですね」
「聞いちゃいねえ」
無慈悲にも扉は閉められてしまった。
部屋には扉へ手を伸ばすロキと、ダダ甘な雰囲気を放つシャルルのみ。
「理不尽だ」
「ロキぃ」
まるでゾンビのように、紅い目を揺らめかせてロキへとへばりつく。
「寄るな。正気になって出直して来い」
「いやぁ。離れたくないぃ」
シャルルは一層、ロキの腕に抱きつく力を強めた。
「あーもう鬱陶しい。離れろ抱きつき魔が」
「やーだ」
ベッドのへりに腰掛けているロキ。シャルルに締められ続けたその腕は既に血が止まりかけている。
「ええい離せ。腕が千切れる」
「あぁん」
ロキはシャルルを頭からひっぺがした。
さながらヘッドロックのような状態である。
「女の子にこの扱いは酷くない?」
「自分の行いを省みてから言え」
「むぅ。じゃあこうするもん」
シャルルはロキの手を払い除けた。そして、そのままベッドから立ち上がる。
そのままロキの正面へ立ったかと思うと。
「えいっ」
「わぶっ」
ロキに向かってジャンプ。
シャルルは、ロキの膝の上で向かい合うように座った。シャルルの内太腿がロキの太腿と密着している。
「あ、ロキ。今対面座位みたいって思ってるでしょ」
「思ってねえよ」
シャルルはロキに比べて一回り小さい。
が、この体勢になれば、彼女の薄い胸がロキに当たってしまうわけで。
「押し付けるな。痛い」
「もう、またそんなこと言う。私だってちょっとぐらいあるよ。待ってて。今ブラ外すから」
「はっ?」
あろうことか、シャルルはロキの膝の上で自分の服に手を突っ込み、ブラジャーを脱ぎ始めた。
瞬足スキルの副次効果を使った高速の動きで、ロキが止めるよりも早くブラを脱いだシャルル。
シャルルが今手に持っているのは、真っ白のスポーツブラ。ちょうど谷間があたるはずの部分に、小さな水色のリボンがあしらわれている。
そして彼女はそれを徐にロキの前で広げ、そして放り投げた。
「これで私の胸の感触がわかるでしょ」
「はぶっ」
ロキは、隔てるものが服の布一枚となったシャルルの胸に、ほんの少しだけ柔らかみを感じた。
シャルルはロキの頭を抱き、胸に押し当て続けている。
「にゅふふ。赤ちゃんみたいだね、ロキ」
「おま、やめろっ」
「あふっ。喋らないでよ。擽ったい」
「じゃあどうしろと」
「んんっ。だから喋らないでってばぁ」
ロキは後ろへずり下がり、脱出を試みた。
しかし、シャルルはそれを許さない。
「だーめ。シャルちゃんの胸は柔らかいですって言うまで逃がさないから」
シャルルは足をロキの腰に回し、強く組んだ。
必然的に、腰と腰が密着する。
俗に言う、だいしゅきホールドのような体勢である。
「シャルの胸は女性的で柔らかい。これで満足か?」
「ひゃふっ。ほ、ほんと?」
「本当だ」
「でへへー。やったね」
「うおっぷ」
シャルルは頬をだらしなく緩め、そして抱きついたままベッドに倒れ込んだ。
当然、抱きつかれているロキも倒れる。
「えへへー。えへへー」
シャルルはロキをホールドしたまま、ゴロンゴロンとベッドの上を転がり回った。
ロキはさながら、なされるがままの抱き枕である。
そしてシャルルは、なんとその転がり回る状態を小一時間続けた。
「ねぇロキ。私ね、ロキといられて嬉しいの」
シャルルは唐突にピタッと止まった。
振り回されてグロッキー状態のロキを、仰向けにベッドへ寝かせ、その上から覆い被さる。
「はぁ。はぁ。そうだろうな。見ていればわかる」
「あ、ごめん。振り回しすぎたかな」
「まあ、気にするな。で?」
「ロキも同じ気持ちでいてくれるかな? ってさ。思ったの」
今までのだらしない笑顔とは違う、照れたような笑みを浮かべるシャルル。
ようやく正気が戻ってきたようである。
ロキはそれを察し、穏やかな笑みで答えた。
「そうだな。俺は神だ。だからこそ、人間とは相容れないものと思っていた。同じ神からですら除け者扱いの俺だ。尚更な」
「ロキを除け者にするなんて、見る目ないね」
「そう言うのはお前だけだ、シャル。だから、まあその、なんだ」
ロキは顔を赤く染め、目をそらして言う。
「俺もお前と一緒にいて、嫌だとは思わない」
「はっきりしないなぁ。ロキらしくないよ?」
「うるせえ」
無事正気に戻ったシャルルとロキは、互いに微笑みあった。
〜ガルダ・街頭〜
フランはガルダの街並みを、肩を落として歩いていた。
「はぁあ。またハズレやったかぁ」
「見つからないわね、ご両親」
「元気でいらっしゃると良いのですが」
「あ、ごめんな。なんか暗い雰囲気にさしてもうて。気にせんと、今日はあと思いっきり夜まで遊ぼうや。せっかく遊ぶって決めたんやから」
「フランちゃんがそう言うのなら、そうしましょうか」
「どこへ向かいますか? 夜景が見られるようになるまでは時間がありますが」
「あ、うち行きたいとこあるんやけど、ええ?」
「どこかしら?」
「砂漠とは逆方向ですね。何かありましたか?」
「着いてからのお楽しみや」
〜ガルダ郊外・牧場〜
「ここやで」
「ただの牧場のようだけれど。何かあるのかしら?」
「あるものと言えば、搾乳体験くらいでしょうか」
「あー、まあ何も無いって言ったら何もないんやけど。ただなんとなく、この空気が好きやねん」
「そうかしら? お姉さんには分からないわ」
「一面の草原ならともかく、疎らな草地ですから。私にもよくわかりません」
「あはは。もしかしたら獣人特有の感覚なんかもしれんわ」
「あら。見て。ラクダ乗り体験があるわ」
「乗馬ならぬ乗ラクダでしょうか」
「やってみようや! 案外楽しいかもしれへんで!」
少しお高めな料金を支払い、フランたちはラクダに乗ることができた。
「おほー! 気持ちええなぁ!」
「テンションが高いですね」
「やはり砂漠といえばラクダね。毛は硬質だけれど、何より視点が高いわ」
ラクダに乗った当初は、三人とも笑顔を浮かべていた。
が、ラクダが動き出して一分ほどが経過したとき。
「めっちゃ揺れるー! 楽しいわ!」
「うくっ。フランちゃん、お姉さんはもうやめておくわ。これ以上は、うぷっ。女としての尊厳に関わる気がするの」
「フラン様、私も、断念します。さすがにこれは、酔いますね」
元気なのはフランのみ。アイリスとリリはたった一分でグロッキー状態まで追い込まれた。
「そう? 楽しいけどなぁ」
「フランちゃんのあれは、いったいどういう器官をしているのかしら」
「あまり喋らない方が良いですよ」
「リリちゃんらが下りるんやったら、うちもやめにしとくわ。またな、ラクダさん」
フランは笑顔でラクダを撫でた。
「リリちゃんもアイリスお姉さんもごめんな。付き合わせてしもて。これ、うちの奢りやで」
「ありがとう、フランちゃん」
「ありがとうございます。フラン様、これは?」
「アイスクリームって言うんやて。ミルクを砂糖とかと一緒に冷やして固めてるみたいやで」
「そうなのですか」
「まずは食べてみましょう」
三人は同時に氷菓子を口へ運んだ。
次の瞬間、三人の酔いは覚め、全身が打ち震えた。
「うんまっ! なんやこれ!」
「こんなの、食べたことがありません」
「こんなに美味しいものがあったのね」
「これだけで今日来た甲斐があったっちゅうもんや」
「そうですね。とても美味しいです」
「ありがとうフランちゃん。こんなに美味しいものが食べられるなんて思っていなかったわ」
「ほんまやで。うちも自分に感謝せな」
ラクダの酔いはどこへやら。三人は笑顔でアイスクリームを頬張った。
〜晩〜
「ほわぁ。綺麗やなぁ」
「これが夜景ですか」
「遺産によって夜でも明るさを維持出来る、この街ならではね」
「一つ一つの家が星みたいやわ」
「見上げれば一面の星空。見下ろしても星空。なんて素敵な空間なのでしょうか」
フランたち三人はそのまま、ガルダ郊外の高台へ来ていた。
「ほんま綺麗や。ロキ君たちにも見してあげたいなぁ」
「また来ましょう。休みは今日だけという約束ですが、神獣を倒せばその限りではありません」
「そうね。今度は何も心配せず、五人でゆっくり眺めたいわ」
静かな時間はまったりと流れる。が、フランが口を開いた。
「それにしてもここ、カップル多すぎひん?」
「そうですね」
「これだけ綺麗なんだもの。きっと二人の思い出になるわ」
「なんや、二人とも余裕やな。リリちゃんは婚約者の人がおるけど、アイリスお姉さんはどうなん?」
「どうって、どういうことかしら?」
「恋人はおるんかって話や。あ、先に言っとくけど、うちはおらんで」
「残念だけれど、いないわ。性格が悪いものだから、誰も寄り付かないのよ」
「そんなことはありません。アレク様は素晴らしい方です。きっと世の男性は恐縮されているのですよ」
「あら。上手く言ってくれるわね。リリちゃんをお嫁さんにしようかしら」
「何言っとんのお姉さん。リリちゃんはうちのものやで」
「私は私のものです。勝手に奪い合わないでください」
「あら、小さな天使さんに怒られてしまったわ」
アイリスはおどけて笑った。
「そういえば、ロキ君とシャルちゃんはどうしてるんやろ?」
〜宿屋〜
「ただいまー!」
「ロキ様、シャルル様。素晴らしい体験をっ」
「あらあら」
ロキたちが滞在している部屋の扉を開けて、三人は固まった。
「どないなっとるんや」
半裸のシャルルがロキを押し倒していた。
お読みいただきありがとうございます。
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