天使の降臨
〜砂漠〜
なんとも地味な登場をした赤白い太陽のような炎帝に、ロキたちはどう手を打つか悩んでいた。
「どうしましょうか。明確な敵意はないようですが」
「攻撃せえへんわけにもいかんやろ。うちら、このままやとあれの経路上やで」
「とりあえず魔法でも当ててみる?」
「待ってちょうだい。十中八九決まっているようなものだけれど、百パーセントあれが炎帝というわけではないわ」
「そうですね。たしか、炎帝は鳥の姿であったはずです。炎を纏っているとは書いてありませんでしたが」
「あれ、炎っぽく見えるけど熱くないで。近づいてきても全然気温上がらへんし」
「エフェクトだけで、本体は中にいるとか?」
「けれど、幻術にしては精巧ね。炎なんて不定形のものをここまで美しく再現するだなんて」
「関心している場合ではありませんよ。早く手を打ちましょう」
女性陣が対策を考えている中、ロキはあっけらかんと言った。
「なぁ、そろそろ攻撃してもいいか?」
「攻撃って、この場で一番攻撃手段が無いのはロキだよ? 炎はどう見ても効かないし」
「あの炎が本物やったら、近接攻撃はやめといた方がええやろ。こんがり焼けてまうで」
「まずは魔法で、出方を伺うしかないと思うわ」
「ロキ様は、もしあの炎が幻術だったときに突撃してください」
「幻だろうと本物だろうと、打ち砕くまでなんだがな。お前らがそう言うなら後でも良い」
「じゃあフランちゃん、やっちゃおうか」
「最初から本気で行くで」
「あわよくば初撃で屠りましょう」
「私は少し離れたところにいます。怪我のないよう、気をつけてください」
リリはオアシスの対岸まで離れた。
「いくで。岩雪崩!」
大量の岩石が上空のどこからともなく現れ、炎帝に向かって雨のように降り注ぐ。
「やったか?」
「あかんってロキ君! それフラグや!」
舞い上がった砂埃の中から出てきたのは、何ら損傷のない炎帝の姿だった。
フランの魔法は、炎帝の炎をすり抜けたのである。
炎帝は甲高い鳴き声を上げた。それと同時に、とてつもない熱量が炎帝を中心に放出される。
「熱っ!」
「本気モードということかしら」
「にしたってこれは熱すぎるって! 本物の炎やんか! 全身火傷するわ!」
炎帝の魔法、熱。その名の通り、熱を操る魔法である。
これまでの、炎帝が太陽であった期間というのは、本物の太陽から来る熱を蓄えていたのだ。
フランが言ったこともあながち間違いではなく、女子前衛三人の肌は赤くなっている。
「短期決戦ね。雷光放電、一斉展開!」
とてつもない轟音と、炎帝の炎にまったく引けを取らない白い光が辺りを炎帝の周りを埋め尽くす。
しかしまたしても、魔法は炎帝の体をすり抜けた。
「どうなってんの! 魔法が全部スルーされるで!」
「炎の体は実体が無いのでしょう。本体はあれの中か、それともどこか別の場所か」
「氷矢!」
シャルルの放った氷の矢も、炎の体に溶かされてしまう。
「やっぱり、意味、ないか」
「シャルちゃん?! どうしたんやシャルちゃん!」
「リリちゃんのところへ連れていくわ。きっと熱にやられたのね。全身が赤く腫れているわ」
「肌弱いんやったな。もう怒ったで! あの炎帝、うちのシャルちゃんの綺麗な肌を! 岩雪崩!」
もう一度岩石が炎帝に降り注ぐ。
しかし、炎帝はそれを避けることもしない。
全ての岩石がすり抜けた。
「もう! なんでやねん! 意味わからんわ!」
「そろそろ良いか?」
「ええも何もあらへん! あんな炎の塊にどうやって近づくんよ!」
「どうやって、と言われてもな。そのままだ」
砂上であるにも関わらず、ロキはいつもと変わらぬスピードで炎帝に突っ込んだ。
「話聞いとったんかロキ君! そいつは熱の塊やで!」
「関係ない」
ロキはそのまま突撃し、赤白い炎帝の体へ、青い炎を纏った拳を振り抜く。
あわや、ロキの体は丸焦げになってしまうかと思われたが、現実はそうならなかった。
「ちっ。やはり炎は炎か」
「え、なんで?」
「どうやらこの体は炎に耐性があるらしい。まったく熱さを感じない」
「魔物と同じ特徴ってこと?」
「そうらしい。そんなことより、あいつはどうする」
炎の翼を広げた炎帝は、今はロキに集中している。
互いに互いの攻撃が効かぬという、詰みにも等しい状況だ。
「炎といえば水ちゃうか? オアシスの水を全部かけてみるとか」
「どうやってだよ」
「えーと、それは、シャルちゃんが固めてロキ君が放り投げたらええやん」
「はぁ。随分と適当だが、仕方ない。俺が惹きつけている間に行ってこい」
「了解。大丈夫やと思うけど、気いつけてや」
「ああ」
フランはオアシスの対岸へ駆けていく。
「さて、お前はどうやら鳥頭らしいな。あいつを追えば手っ取り早いものを」
炎帝はロキに熱波を浴びせ続けては、首を傾げている。
「注意を引く必要が無くて助かるんだが。さあ、こっちだ」
ロキはあえてオアシスと反対側へ行く。
炎帝が少しでも遠い方が、氷を作るのに必要な魔力が少なくなるだろうとの魂胆である。
「しかし、こいつ阿呆だな。ちょっと誘導すればひょいひょいついてくる。俺に熱風が効かないことも分からないらしい」
だが、打つ手がないのはロキも同じである。
「よし、もう良いな。問題は、こいつに俺の動きを視認する能力があるかだが」
ロキは全力で地を蹴った。一気にオアシスの寸前まで移動する。
「ロキ君! ぶつけたって!」
「相手は炎だものね。水をかければ鎮火するはずよ」
「やっちゃえロキ!」
「シャルル様、もう少し安静に。火傷を治したばかりで、なおかつ特大の魔法まで使ったのですから」
よく見れば、女性陣の火傷は全て治っていた。リリの治療の賜である。
「よっ、と」
ロキは特大の氷を持ち上げた。
小さなオアシスとはいえ、一つ丸ごと氷になっている。その重量は計り知れないだろう。
「おらっ!」
そしてロキはそれを、あろうことか投げたのである。
炎帝も、まさかここまでされるとは思っていなかっただろう。
ギョッとしたように動きを止め、そして次の瞬間。
爆発した。
周囲が白い光に包まれる。
「まずいっ!」
動けたのはロキ一人。ロキはどうにか瞬間的に移動し、回復役のリリを守った。
「きゃぁぁぁ!」
四人の悲鳴がだだっ広い砂漠に響き渡る。
「大丈夫かっ!」
数瞬のうちに視界は戻った。
しかし、その視界に映ったのは、見るも無残なパーティの姿。
リリだけはロキが守ったため、服の端が焦げる程度で済んでいるものの、他は酷い。
シャルルもフランもアイリスも、皆一様に服はボロボロ。肌は全身焼け爛れている。
「リリ! リリ! 起きろ!」
「う、うぅん?」
「リリ! 頼む!」
「ロキ様、一体、どうなって」
「早く治療してくれ! 放っておいたら、あいつら死んじまうぞ!」
「なっ?!」
リリは跳ね起きた。ロキに言葉をかけている暇もなく、即座にシャルルたちの元へ向かい、回復魔法を行使する。
「あの野郎、やりやがったな」
そう呟きながら、ロキは振り返った。
そこで見た光景は。
「嘘だろ」
オアシス一つ分の巨大な氷の塊は、跡形もなかった。
溶けたのではない。全て蒸発したのである。
「炎帝は?」
しかし同時に、炎帝の姿も見えなくなっていた。
これで倒したのかと、ロキが一瞬気を緩めたそのとき。
地獄はまだ終わってなどいなかった。
「はは。馬鹿のくせに、タフすぎるだろ」
ロキからも思わず掠れた笑いが漏れた。
炎帝が元いた場所に、再び炎が集まり始めたのである。
普通の人間からすれば、どう見ても絶望的な光景であった。
「だが、核は見つけた」
しかし、ロキはそれをただ呆然と眺めていたわけではない。
炎が集まる中心。そこに、雀サイズの小鳥を発見したのである。
「この野郎っ」
ロキは瞬時に近づき、核目掛けて拳を振るった。
だが、不発。その小鳥は自由自在に飛び回ることができるらしい。それも、炎の中に限っては、ロキの拳を避けることもできる速度で。
「こんのっ!」
ロキはだんだんムキになって、拳も足も使って独楽のようにがむしゃらな攻撃をし始めた。
炎帝の本体は、それを嘲笑うかのように紙一重のところで躱す。
「くそがっ!」
ロキにしては珍しく、戦闘中に冷静さを欠いている。
「ロキ君どいてっ!」
「フランっ?!」
ロキは驚きつつも、言われた通りにその場を退いた。
「岩操作!」
フランがこれまで魔法で生み出した岩石が、全て炎帝へ向かう。
炎帝は全方位を囲まれて右往左往。
「はああっ!」
そして、岩石は一気に炎帝を包み込み、隙間が無くなるほどに圧縮された。
「はぁ。はぁ。さすがにしんどいわ」
「フラン様! まだ無理をなさらないでください!」
「そうよ。身が持たないわ」
「リリちゃんの回復だって限りがあるんだから、無茶しないで」
「お前ら、もう良いのか?」
「良いわけがありません。本来なら絶対安静です」
「せやけど、ロキ君にも有効打あらへんやろ? ならうちらが頑張らな」
「けれど、もうそろそろ終わったのではないかしら?」
「うん。さすがにあれだけされて生きてるなんてことは」
シャルルは途中で言葉を失った。
フランが操っていた岩石に亀裂が入ったのである。
「おいおい、勘弁してくれよ」
「もう打つ手あらへんで」
炎帝の本体、小鳥がその隙間から飛び出した。そしてすぐに、周囲へ炎を生成する。
「ちっ。俺が惹きつけておく。何が対策を考えておけ」
「ちょっ、ロキ君っ。そんなこと言うたかて」
ロキは炎帝の注意を引くため、拳を振るったり、わざと無謀な突撃をした。
しかし、いくら鳥頭とはいえ、炎帝も学んだらしい。
ロキを相手にしていても埒が明かない。狙うならば、まずは少女らからだと。
「ちっ」
「わっ、ちょ! それはあかんて! こっちには病み上がりと聖職者しかおらんねんから!」
「シャルちゃん、立てるかしら?」
「熱っ! ぐっ!」
「シャルル様、無理をしてはいけません」
太陽にも匹敵する熱の塊が、少女らに近づく。
それだけで、彼女らの肌を火傷に追い込んでしまう。
「こっちを向けっ」
ロキが炎帝の背後から必死に攻撃するも、炎帝は振り向こうとしない。
「うらあっ!」
「ロキ君あかん! 炎は逆効果や!」
「炎帝に餌を与えるようなものよ!」
炎帝の炎の中で、青い炎が燃え盛る。
すると炎帝は、少し驚いたようにロキの方へ振り返った。
ロキは「釣れた」と口角を上げた。
「この熱が欲しければこっちまで来い!」
ロキは移動しながら、リリに目配せをする。
「わかりました。回復」
リリはもう何度目か分からない回復魔法を行使し、シャルルらの火傷を治す。
が、しかし。
「ぐっ! えほっ、えほっ!」
「リリちゃん? どないしたん?」
「もしかして、魔力枯渇かしら?」
「休んどき。その状態で無理したらあかん」
「で、すが。シャルル様がまだ」
「私は後で、良いから。少し、休んで」
「しかしっ」
「いいの。私の肌が、弱いのが、悪いんだよ」
シャルルの声にいつもの元気はない。全身を文字通り焦がすような痛みが走っているのである。
「そんな、ことは。私が未熟なのです」
「ううん。リリちゃんは、よくやってくれてるよ」
「もう少しだけ、私に魔力があればっ」
リリの胸中には、初めて生まれた感情があった。それは悔しさである。
今までリリの手にかかれば、生者のうちで治せなかった者などなかった。
それがどうだ。症状自体は軽くないものでも、数を重ねるだけでリリはへこたれてしまう。
そんな自分が情けなく、どうしようもなく悔しくて、リリは涙を流した。
「すみませんっ。こんな場合ではないのに」
「大丈夫だよ、リリちゃん。誰もリリちゃんを責めたりしないから」
「そうやで」
「絶賛囮中のロキ君は文句を言うかもしれないけれど」
「ありがとう、ございますっ」
リリは唇を噛み締め、どうにか涙を止めた。
そして、優しい仲間たちへ笑顔を向ける。
「あ、れ?」
「リリちゃん? 今度はどないしたん?」
「白い光がリリちゃんの元へ? 何が起こっているのかしら」
「ああ。でもこれ、優しい光だよ」
リリの体へ、どこからともなく光が集まっていた。
炎帝の赤白い光とは異なる、純粋な白い光である。
いつしかその粒子はリリの背へ集まり、一対の翼を成した。
「天、使?」
リリに抱きかかえられたシャルルは、うわ言のように呟いた。
お読みいただきありがとうございます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




