騎士道物語
〜地下・元居住区〜
ロキたちは、真っ赤で巨大なサソリの魔物と対峙していた。
「この居住区は、昔こいつに蹂躙されたらしいな。さっきの映像にもちらっと映っていた」
「こんな魔物、僕は見たことがありません。スコーピオンに似ていますが、こんなに大きいはずは」
「もしかすると、巨大化が懸賞金の代わりだったのかもしれませんね」
「入口はまだスケルトンの残骸が大量に残っています。逃げるのは難しそうですが」
「面倒だ。ここであれを吹っ飛ばせばゆっくり出られるだろう?」
「ははは。ロキ様らしいです。援護しますよ」
「回復はおまかせください」
「必要ない。なぜなら」
ロキは言葉の途中で姿を消した。その次の瞬間には、巨大なサソリの魔物は天井へめり込んでいた。
「一瞬で終わらせるからな」
「凄まじい」
「確かに、回復は必要ありませんでしたね」
神速の踏み込みとは対照的に、悠々と歩いて二人の元へ戻るロキ。
「まったく、図体だけか。神を害するなんぞ、百年、早、い?」
「ロキ様? ロキ様っ?!」
ロキはその場で腕を押さえて倒れた。リリが慌てて駆け寄る。
「ぐっ」
「一体何があったのですか!」
「おそらく毒でしょう。通常、スコーピオンの尻尾には毒があります。ですが、あのスコーピオンは全身に毒があるのではないでしょうか」
「今すぐ治します。回復」
リリが魔法を唱え、ロキに淡い光を当てたそのとき。
ガラッという音と、風を切る音が同時に発生した。
「リリ様っ! 危ないっ!」
「ふえっ?」
魔法を行使し終わったリリは、惚けた様子で振り返る。
彼女の目の前では、元婚約者の彼が握る戦鎚と、先程の巨大スコーピオンが伸ばした尻尾とがせめぎ合っていた。
「ぐうっ! リリ様、早く、お逃げください! もう持ちません!」
「はっ、はい!」
リリは未だ目を覚まさないロキを引きずって、スコーピオンの尻尾の軌道から逃れた。
「お怪我は、ありませんか?」
「はい。ありがとうございます」
伸ばされたスコーピオンの尻尾は縮み、本体へ戻った。
ガラガラと音を立て、天井と共に巨大スコーピオンは落下する。
巨大スコーピオンは瓦礫と砂塵を振り払い、尻尾を構えた。
「リリ様、下がっていてください」
「大丈夫なのですか? 苦しそうですが」
「重い攻撃です。ですが、僕は何度だって防いでみせます。貴女のためなら、この身を粉にしてでもっ!」
硬質な音が広大な空間に響く。戦鎚と尻尾が再びぶつかり合った音である。
「なるほどっ。この硬さでは、天井に突っ込んでも無事なはずです。ぐっ」
巨大スコーピオンが尻尾を戻すと同時に、彼の持つ戦鎚は垂れ下がった。
「まずい、ですね」
「嘘でしょう。戦鎚に、ヒビが」
次をくらえば、確実に戦鎚は壊れてしまう。そうなれば、彼がリリを守る手立てはない。
けれど、彼は引かなかった。
「さあ、来るなら来い!」
再び硬質な音が鳴り響く。リリの耳には、その音がやけに反響して聞こえた。
やがて戦鎚はしなり、限界を迎えた。
音を立てて折れた戦鎚の先は、リリの横を通り抜けて壁へ突き立った。
巨大スコーピオンの尻尾が戻る。
「後が、なくなりましたね」
「もういいです! 下がってください!」
「いいえ。そういうわけにはいきません。僕は何としてでも貴女を守りたいのです」
「私より自分を優先してください!」
「お断りします。ただ、最期に感謝を伝えさせてください。貴女のおかげで、図書館に篭っては本を読むだけの生活だった僕は変わりました」
彼は巨大スコーピオンに目を向けたまま言う。
「出会ったきっかけこそ親の命令ですが、貴女に出会ってから、世界が色付いて見えたのです。僕は、貴女に恋をしたことを、これ以上ないほど幸せに思っています。願わくば、貴女の記憶の片隅にでも、僕のことを残しておいてください」
「やめてください! そんな言葉は受け取りません!」
リリの怒鳴り声に、彼はチラリとだけ振り返った。
「ははは。いつもはお優しい貴女も、怒る時があるのですね」
「当たり前ではないですか!」
「最期に良いものが見られました。悔いはありますが、悪くない最期です」
「悪いですよ! 最悪です!」
巨大スコーピオンは尻尾を打ち出した。
「好きな女性を守って死ぬときほど、男に生まれて良かったと思う時はありません」
彼はロキを倣って拳を突き出す。
ガキンッ!
硬質な音が辺りに響いた。
「良い意気込みだ。それでこそ、俺が認めた男。あとは任せろ」
「ロキ様っ!」
「は、はは。頼みました」
ロキの篭手と、巨大スコーピオンの尻尾がぶつかり合っていた。
「さて、よくもやってくれたな。虫けらが」
ロキが燃え盛る拳を押し進める。まるで巨大スコーピオンの尻尾など無いかのように、すんなりと進んでいった。
「弾け飛べ」
ロキが思い切り拳を振るえば、巨大スコーピオンの尻尾は軽々と吹き飛び、それに引っ張られて本体まで後ろへ下がることとなる。
「結局、良いところは持っていかれるのですね」
「大丈夫でしたかっ?」
「ええ、問題ありません。肩を酷使しすぎたようです」
「すぐに治します。回復」
元婚約者の彼は壁へもたれかかった。回復魔法を心地良さそうに受けながら、ロキの戦いを安心しきった表情で見守っている。
「もう、無茶をしないでください」
「え?」
「私の心は、人が目の前で死んで耐えられるほど、丈夫ではありませんから」
「っ、はい。申し訳ございません」
リリは彼を強く睨みつけた。
そのあまりの形相に怯えた彼は、ロキに声をかける。
「ロキ様、毒は大丈夫なのですか?」
「ああ。問題ない」
ロキは篭手を互いに打ち付けた。
「全て燃やし尽くす」
「ははは。さすが、ロキ様らしい答えです」
ロキが拳に纏う炎は、いつの間にか青く変わっていた。
「バラバラに破壊し尽くしてやる」
ロキは四方八方から、神の速度を惜しみなく使って容赦なく巨大スコーピオンを痛めつけた。
次第に巨大スコーピオンの硬い甲殻はヒビが入っていった。
「これで終わりだ」
最後の一撃で、巨大スコーピオンの甲殻はバラバラに砕けた。
そして、内臓もズタズタになったようで、本体も息絶えた。
「神を害するなんぞ百年早い」
ロキは青い炎を消した。
「さすがです、ロキ様。感服致しました」
「お怪我はありませんか? 毒の方も。何かあればすぐに回復致しますが」
「問題ない。それより、今日は疲れた。あいつらも待ちわびているだろう。さっさと帰るぞ」
ロキは言葉を並べると、コートを羽織り、足早に出口へ歩いていった。
「僕には出来ないことをサラリとやってのけてあの態度。羨ましい限りです」
「そうですね。ですが、今日は貴方も、少しだけかっこよかったですよ」
「っ! 本当ですか?!」
「はい」
彼は子どものように笑む。
「貴方に言っておかなければならないことがあります」
「はい。お返事ですね」
「そうです。まず、ごめんなさい。私が貴方と恋仲になることはできません」
「っ、はい。分かっています」
浮かれていた彼は、即座に現実へ戻された。
「理由を、教えていただいてもよろしいでしょうか」
「はい。その理由は、私が聖職者の道を選んだからです」
「それと恋愛、何か関係が?」
「聖職者というのは、結婚をすることが出来ません。ですから、貴方の求婚はお断りさせていただきました。以上です」
「えっ? 以上、ですか?」
「はい。初めは、それを知ってなお声をかけてくる嫌な人だと思っていましたが、今日でそのイメージも変わりました。単純に、この事実を知らなかっただけだったのですね」
「で、では、もし貴女が聖職者でなかったとしたら?」
「それは」
元婚約者の彼は息を飲んだ。
しかし、リリは悪戯っぽく微笑む。
「どうでしょうね」
それだけ言って、リリはロキを追いかけて行った。
「可能性はあると、考えて良いのでしょうか」
〜深夜・女子部屋〜
「リリちゃん、無事で良かったよ」
「全然戻ってこうへんから心配しとったんやで?」
「申し訳ございません、皆様」
リリは丁寧に頭を下げた。
「地下で何があったのかしら?」
「古代の人間が暮らしていたと思われる廃都市がありました。それから、教会もですね」
「それだけやったらこんなに時間かからへんやろ?」
「はい。教会の壁には、古代文字で白帝について書かれていました。それから廃都市ではスケルトンの大群に囲まれましたね」
「うわ、大変そう」
「そのあと、巨大なスコーピオンという魔物に出会いました。ロキ様が倒してくださいましたが、とても怖かったです」
「だけどリリちゃん、それにしては、憑き物が落ちたような面持ちね?」
「そうでしょうか?」
「たしかに、ちょっとスッキリした感じがあるよね」
「それは、そうかもしれませんね」
リリはふふっと微笑んで。
「ようやく言いたいことを言えましたから」
〜男子部屋〜
暗闇の中で、月明かりを頼りに動く者がいた。
「どこへ行く気だ?」
「お世話になりました」
「帰るのか」
「はい。男を磨きます」
「挨拶は良いのか?」
「起こすのは可哀想ですから。必要ありません」
「明日にしても良いんじゃないのか?」
「いいえ。この姿をこれ以上晒すことは出来ません」
「どういうことだ?」
「僕は生まれ変わります。この上なく魅力的で、リリ様が聖職者を辞めたいと思うほどにあの方好みの人間に。ですから、今のこの姿をこれ以上晒すことは出来ないのです」
「なるほど。せいぜい頑張れ」
「はい。ありがとうございます。またどこかでお会いしましょう」
「ああ」
「僕が生まれ変わってまた会いに来るまで、リリ様のことをよろしくお願いします」
「良いのか? 俺は見ての通り男だぞ。ついでに言えば、聖職者が崇める神の一人でもあるが」
「構いません。たとえリリ様がロキ様に惹かれたとしても、僕が奪い返します」
「くくくっ。神への挑戦状か。とことん面白い奴だ」
「貴方のことは親友、ライバル、もしくは、若い師のように思っています。短い間でしたが、様々なご指導ありがとうございました」
「若いという発言だけは撤回してもらおうか。見た目こそ若いが、これでも百二十年ほど生きている」
「ははは。わかりました、老師」
「そこまで老けていない」
「難しいですね」
そんなくだらない話を最後に、二人は別れた。
「親友、か。また柄にもないことをしたかもしれないな」
〜翌日〜
「ロキ、あの人はどこに行ったの?」
「部屋の中にもおらんみたいやけど」
「ああ、あいつは帰った」
「どうしてかしら?」
「リリを落とすために男を磨くんだと」
「愛されてるね、リリちゃん」
「結局のところ、結婚する気はあるのかしら?」
「どうなんどうなん? あの人わりかしイケメンやろ? 正直なとこ聞かせてえや」
「私は今のところ、聖職者を辞めるつもりはありません」
「なんや、釣れへんなぁ」
「その牙城が崩れるのも、時間の問題かもしれんがな」
「そうね。今のところ、と言っているわけだもの。可能性はありそうよ」
リリを囲んで話す中、シャルルが驚いたような顔をした。
「どうかなさいましたか、シャルル様?」
「あ、ううん。ロキがこの手の恋愛話に首を突っ込むのって珍しいなって思ってさ」
「そういえばそうやね」
「どうしてかしら?」
四人の視線がロキへ向かう。
「何かおかしいか? 俺はあいつを気に入ったんだ。友人の話くらいしても良いだろう」
「友人? ロキの口から友人なんて言葉が出てくるとは」
「レアやね。うちも数回しか聞いたことないわ」
「たしかに、お姉さんも初めて聞いたわ」
「ロキ様、もしかしてご友人が」
「おいリリ、その同情するような目をやめろ」
「安心してください、ロキ様。私も聖女などと大層な呼び名で呼ばれていますから、友人と呼べる友人はほんの片手ほどで。あれ? 目から汗が」
「ストップストップ! ロキ、リリちゃんの心を傷つけないで!」
「どう考えても俺は悪くないだろ」
「よしよしリリちゃん、うちらは友達やからなー」
「ロキ君、女の子を泣かせちゃダメよ」
「はぁ。どうして俺はこういう扱いをされなければならんのだ」
こんなとき、彼がいればどういう反応をするだろうか。
そんなことを考えるロキであった。
お読みいただきありがとうございます。
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