砂地獄
〜数週間後〜
ロキたちは様々な討伐依頼をこなし、金銭を稼いだ。当分は生きていける額である。
神獣がいつ現れるとも知れないのだが、呑気なものである。
そして、最後の依頼にしようと手を出したのは、砂漠に潜むセジメントジャッカルの討伐。砂漠にある街とオルタブルクを繋ぐキャラバンが襲われているという。
「これのついでに砂漠地帯まで進むって魂胆だよね」
「とりあえず、砂漠直前の集落までは来たけれど。大丈夫かしら?」
「は、はい。お気遣いありがとうございます、アレクサンドラ様」
「リリちゃん、呼びにくくないかしら? アレクで良いのよ」
「はい、アレク様」
「大丈夫か? 結構飛ばして来たが」
「大丈夫です。凄まじいですね。僕では出せないスピードです」
リリの元婚約者の彼は苦笑していた。
この数週間のうちに、もう何度、彼は同じ笑いを浮かべただろうか。
「割と大きめの街があって助かったね」
「ここから先、国境まで砂漠やもんな」
「随分と発達している街のようですね」
「ここは砂岩で出来た街、ガルダです。何でも、古代の遺産を有効活用しているのだとか。ここで一泊してはどうでしょう?」
「そうね。ここまで野宿続きだったもの。まともなお風呂に入りたいわ」
「明日からようやく依頼の達成に向けて動けるな。長旅だった」
この国は広大である。いくらロキたちが現代社会の交通手段と何ら変わらない速度で移動するとしても、休息も含めれば数日かかってしまう。
そしてロキたちは炎帝調査のため、ここへ幾日か滞在する予定となっている。
〜女子部屋〜
「なんやこれ」
「見たことがありませんね」
「置物、にしては大きいよね」
「古代の遺産と言っていたわ。それじゃないかしら?」
「説明書きがあるで。洗濯機?」
「洗濯をする機械、ですか? そんな便利なものがあるものでしょうか」
「あれば便利だけどね。いちいち手洗いするの面倒だし」
「使ってみればわかるでしょう。フランちゃん、説明書きに使い方ってあるかしら?」
「あるで。一回動かしたら三時間くらいかかるみたいやけど」
「眠っている間に動かしておきましょう。失敗が怖いですし、私は一着だけにします」
「私もそうするよ」
それぞれが服を投入し、フランがスイッチを入れた。ゴウンゴウンと機械音が部屋に流れる。
「これは少し、寝にくいかもしれないわ」
〜男子部屋〜
「同室か。当然の流れだな」
「ご迷惑でしょうか」
「邪魔さえしなければ迷惑にならない。俺はお前よりよっぽど迷惑な奴にまとわりつかれている身だ」
「あはは。羨ましい言葉です」
「はぁ。羨ましい、な。そういえばお前、リリのどこが好きなんだ? あんな他人行儀な奴」
「他人行儀ですか。悪く言えばそうなのですが、あの方は何事にも丁寧な方なのです。気品に溢れたあの方を見ているのが、僕にとっては一番の幸福です」
「なるほどな。ゾッコンというわけだ」
「あはは」
元婚約者の彼は頬を掻く。それからベランダへ出て、月が明るい夜空に目を向けた。
「ですが、もう諦めなければなりません。僕ではどうやっても貴方に勝てませんから」
「俺に勝つ必要があるのか?」
「分かりません。全てはリリ様の御心次第です。しかし、僕の目標としては、リリ様の傍にいる貴方でした」
「愛が故に神へ挑むとは、見上げた根性だな」
「ありがとうございます。ですが、それも意気込みだけです」
元婚約者の彼は、あえてロキの発言には触れなかった。
実際、実力はまさに天と地の差。彼は比喩だと思い込んでいるらしい。
「それで、実力差を理解したところで諦めるのか?」
「いいえ。僕は諦めません。たとえみっともなくても、食らいついてみせます」
彼はベランダの柵に背を預け、ロキに振り返った。
「はぁ」
ロキはため息を一つ。
何を言われるのかと、元婚約者の彼はビクビクしていたが、ロキの表情は意外にも優しいものだった。
「そうか。ならやってみろ。ソレは、俺には無かった才能だ」
「どういうことですか?」
「俺はお前を応援しているということだ」
それっきり、ロキは横になった。元婚約者の彼も、それ以上は何も言わなかった。
〜翌日〜
「砂漠って暑いのかと思ってたけど、案外そうでもないんだね」
「気温はそんなにやね。逆に日差しがポカポカして暖かいわ」
「砂漠に冬服というのはなんだか違和感がありますね」
「砂漠というもののイメージがないお姉さんにはわからない感覚ね」
「何でも良い。さっさと依頼を終わらせて宿に帰るぞ」
「宿は暖房がついていましたから。驚きました。王都にも無い技術です。持って帰りたいほどですね」
「リリちゃんも暖房が恋しいみたいだね」
「十分暖かそうな格好してんのに」
「リリ様、良ければ何か温かいものでもお持ちしましょうか?」
「いえ、結構です。ロキ様が急いてらっしゃいますから、水を差せません」
リリは元婚約者の彼に対して、特別よそよそしい態度である。
空気を切り替えるため、アイリスが彼に話しかけた。
「セジメントジャッカルについての情報をお願いできるかしら?」
「はい。セジメントジャッカルはこの砂と同じ、薄いベージュの体毛を持っています。動きが素早い四足歩行の魔物で、砂漠に暮らす他の動物を主食としています。普段の昼まであれば、岩陰で休んでいるはずですが、この気温ですから」
「どこかで通りがかれば好都合なんだが」
「そんな上手くいくわけあらへんって」
「さすがに出来すぎだよね」
「そのまさかですが、もしかして、あれではありませんか?」
数メートル先で、警戒するようにロキたちを観察する四足歩行の魔物。見たところ、情報と一致している。
「なんかぞろぞろと出てきたよ」
「囲みに来とるみたいやな」
「愚かな奴らだ」
「ロキ様が言うと、説得力がありますね」
「これまでの秒殺劇場を見ていれば特にそう思います」
「みんな、ここはお姉さんが一掃するわ。範囲攻撃といえば、やはり魔法でしょう?」
「はーい。やっちゃって!」
「雷怖い雷怖い」
「くれぐれも俺たちに当てるなよ。フランが怯えきっている」
「わかっているわ。雷光放電」
轟音と共に、視界が白で染まった。フランは耳あてこそしているものの、実際の耳の位置は別であるため、意味を為していない。
「ぴぎゃああ!」
「フランちゃん、被弾したみたいな声出さないでよ。雷より大きい声出てるよ?」
「当たったかと思ってビックリしたわ。無事で安心ね」
「リリたちも無事だな」
「はい。しかし、肝心のセジメントジャッカルは黒焦げですが」
「あら? 力加減を間違えたかしら?」
「東の魔女。噂には聞いておりましたが、これほどとは」
元婚約者の彼は戦慄を禁じえなかった。
彼はロキだけでない。パーティ全員より劣っていることを自覚したのである。
「まったく。これでは依頼達成の証拠が残っていないだろう。アイリスに任せたのは間違いだったか」
「灰しか残っとらへんし」
「ごめんなさい。索敵はするから許してちょうだい。探知電波」
アイリスの索敵のもと、ロキたちはセジメントジャッカルを蹂躙して回った。
日が傾き始める頃には、既に依頼内容の倍程度を討伐していた。
アイリス、フラン、シャルルの三人が獲物をまとめている中、ロキ、リリ、その元婚約者は地平線に沈み始めた大きな夕日を前にしていた。
「はぁ。まったく、かなわないですね。僕ではこのパーティの役に立つどころか、足を引っ張っています」
「いえ、そのようなことは」
「現に、最もリリ様の支援を受けているのは僕です。ロキ様方はかすり傷さえ負っていないというのに。リリ様に負担を強いることになるなんて」
「ナイーブになりすぎです。落ち着いてください」
「これだけの実力差を見せつけられて、平静を保ってはいられませんよ」
アイリスの索敵に魔物が引っかからなくなってから、元婚約者の彼はずっとこの調子である。
「どれだけ努力をしても、才能がある奴にはかなわない。それは事実だ」
「ロキ様っ。そんな追い打ちをかけるようなことをおっしゃらないでください」
「黙っていろ、リリ。こういう奴に必要なのは、形ばかりの慰めじゃない。生半可な優しさが一番苛立つものだ」
「は、はい」
リリはロキの気迫に押され、押し黙った。
「はぁ。情けない奴だ。確かに、どれだけ努力しても才能がある奴にはかなわない。だが、そんなことは百も承知だったはずだ」
「ええ、わかっていました。僕ではあなた方にかなうはずもないということは。そんな事実はスキルが啓示されたときから決まっていたことです」
「それでもリリに好かれたいからとこの道を選んだんだろう」
「はい、そうです」
「俺はお前のその情熱を買って応援すると言ったんだ。それが、想い人の前で弱音を漏らすとはな。失望した」
「ぐっ」
彼はリリの顔色を窺った。困ったような、彼女の顔を。
「ですが、ですがっ! どうしろと言うのですか! 強くなるためにやれることは全てやってきました! これ以上どうしろと言うのですか!」
「そんなものは知らん。それが分かれば苦労などしない」
「ですがロキ様は、今こんなにも強いではありませんか」
「ああ。教えてやろう。俺のコレは逃げだ」
「どういうことですか?」
「天上界ではな、学力がものを言う。記憶力がある者ほど可愛がられ、持て囃される。俺みたいな武術オタクは除け者にされる。だから俺はこの世界に逃げてきた」
「天上界、ですか?」
「信じられないだろうな。それで良い。大切なのは、俺のこれが実体験だということだ」
ロキは婚約者の彼の元まで足を運んだ。
「別の道を選ぶ方法もあるが。どうするかはお前次第だ」
「僕は。僕は、諦めたくありません。リリ様をこんなにも愛しているんです。ここで諦めたら、一生後悔しますから」
「よし。よく言った」
「あ、あの、大変申し上げにくいのですが」
握手を交わすロキと、元婚約者の彼に声をかけたリリであったが、その声は途中で遮られた。
三人が立っている、ちょうどその足元。その砂が崩れ始めたのである。三人は揃ってバランスを崩した。
いわゆる、アリジゴクのような状態である。
中心に向かってどんどん砂が落ちていく。その中心には、何があるのかわからない。
「これはまさか、アントリオン?! 滅多に現れないはずの魔物がどうしてっ」
「ちっ。逃げるぞ」
「僕よりも先にリリ様を! これでも冒険者なんです! 魔物くらい、やってみせます!」
「わかった。やってみろ」
ロキはリリを抱え上げた。が、しかしもう遅い。
彼ら三人は、中心に近い位置でアリジゴクに巻き込まれた。ロキがどれだけ速く足を動かそうと、接地している以上、砂は同速で崩れていく。
「ちっ」
「ロキ様、私を投げて、全力で走ってください。そうすれば貴方だけでも」
「ふざけた提案だ。俺がどれだけ速く走ろうと、この地面じゃあ逃れられない。お前を投げて逃がすくらいが関の山だな。だが、受け止める奴がいないとお前の身が危険になる」
「大丈夫です。私には回復魔法がありますから」
「それ、自分自身には効かないだろ」
「なぜそれをっ」
「当たり前だ。俺は自分の炎で火傷したことがない」
「多少の怪我は構いません。どうぞ投げてください」
「はぁ。わかった。極力手加減はする」
ロキはリリをアリジゴクの及ばぬ範囲まで投げた。
それと同時に、今までもがいていた元婚約者の彼がいきり立つ。
「アントリオンの弱点は捕食するその瞬間! 来い!」
元婚約者の彼は戦鎚を構えた。そして、アリジゴクの中心が気泡を孕んだそのとき。
「そこだっ!」
戦鎚は振り下ろされた。しかし、巻き上がったのは砂塵だけ。
魔物の血液は現れなかった。
お読みいただきありがとうございます。
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