人魔伝説
〜数週間後〜
「そろそろ魔神とやらについて調べるか」
「そうやね。冒険者稼業ばっかで、お金は稼いだけどそっちの方に全然手を出してへんかったし」
「大丈夫なのかな? こんな悠長にしてて」
「なるようにしかならないわ。資金はたっぷり稼いだし、冒険者ランクも魔神調査に相応しいAランクにまで上がったもの。これからよ」
いくら言っても言い訳にしかならない。
「手がかりが無くてはモチベーションも上がりません。まずは図書館に行きましょう」
「賛成や。このままグダグダしとっても埒が明かへん」
「国王がもう少し白帝から聞き出していれば楽だったんだが」
「しーっ。ロキ、思ってても言ったらだめ」
「シャルちゃん、それは暗に自分も思っていると言っているようなものよ」
〜王都・図書館〜
王城の砦部分程の大きさに、所狭しと本棚が並び、そこへぎっしりと本が詰まっている。
「ほわぁ。初めて来たけど、大きさが段違いだね」
「この世に二冊とない本がゴロゴロあるって話やで」
「その代わり、借りることも出来ないようだがな」
「入館料はそこまで高くないけれど。それでも庶民には手が出ない場所ね」
「皆様、図書館では静かになさってください。調べ物をする方や、勉学に励む方もいらっしゃいますので」
リリの注意に、口をむんずと閉じて敬礼するシャルルとフラン。さながら気分は探検隊である。
「白帝は、魔神様の復活と言っていました。つまり、魔神は過去にも存在していたということです。であれば、何かしらの伝記となって後世に伝えられていてもおかしくありません」
「なるほどね。それじゃあ、時代的に古い本から探していきましょうか」
「それより、司書に聞く方が早くないか? 俺たちのエンカウント率を舐めるなよ」
「威張って言うことではないわ。けれど、それもそうね。聞いてみましょうか。お姉さんが行ってくるから、ロキ君たちは探してきて」
「分かりました」
ひそひそ声で話すロキたちを尻目に、シャルルとフランは珍しい本の数々に目を輝かせていた。
彼女たちはこれでも、冒険者育成教室を一年で卒業してしまう優等生である。それは戦闘力という面が多分を占めているが、学力においてもある程度優秀なのだ。見たことも無いような本が、彼女らの知識欲を刺激して止まないのであろう。
そんなフランたちに、ロキはため息を吐いた。
「はぁ。時間が勿体ない。ただでさえ遭遇運が皆無の俺たちだ。さっさと行くぞ」
落胆の声が今にも聞こえてきそうな表情で、シャルルとフランはロキに引っ張られていった。
アイリスを除いた四人は、どんどんと図書館の奥へ入っていく。奥へ行けば行くほど、過去の書物になるという仕組みであった。
「ここまで来ると、誰もいないな」
「普通に話していても問題はなさそうですね」
「ぷはぁ。もういいの?」
「ここ、いつか一人でふらっと来てみたいわ。面白そうな本が結構あったで」
「いつかそうしてくれ。国王の命令が済んで、お前が両親を見つけた後にでも、な」
「フラン様の両親は。いえ、忘れてください」
「別に隠しとることちゃうし、気にせんとって。うち、向こうの方探してくるわ」
フランはシャルルに目配せすると、パタパタと駆けて行った。
「ロキ、デリカシー無い」
「リリには聞かせてやっても良いかと思ったんだ。フランも別にいいと言っただろう」
ロキもゆっくりと歩いて、本棚の向こうへ消えていった。フランが行った方向とは反対側である。
「まあ、そうなんだけどさ。さて、リリちゃん。フランちゃんの両親は獣人さんなんだ」
「承知しています。獣人は獣人からしか生まれません」
「そう。それで、フランちゃんは親御さんに人間の街で幸せになるように言われたんだよ。それと引き換えに、両親は奴隷に落ちたんだ」
「そう、なのですか」
「フランちゃんは、両親ともう一度会うために冒険者になったんだよ。それがあの子の夢なんだ」
「話していただいて、ありがとうございます。何が出来るかは分かりませんが、フラン様の夢にお力添えしたいと思います」
「あはは。そんなに気負われるとフランちゃんも気を使っちゃうよ。でも、手伝ってあげては欲しいかな。フランちゃんって本当に良い子だから」
「はい」
生真面目に返すリリと、苦笑いするシャルル。しかし、フランにかける思いはどちらも同じであった。
「シャルちゃーん! 見て見て!」
「フラン様、声が大きいです」
「おっと。図書館では静かにやったな」
「どうしたの、フランちゃん。もしかして、それっぽいのが見つかった?」
「ちゃうちゃう。やけど、シャルちゃんに見て欲しい本があんねん」
「どれ?」
「これや」
フランが手にしている本は、見るからに古い。本の保護のため、ブックカバーがかけられていた。そのタイトルには。
「女性の胸を膨らませる方法? 喧嘩を売ってるってことでいい? というか、なんでこのエリアにこんなものがあるの」
「それは知らんけど、使うやろ?」
「使わないよ! 失礼にも程があるでしょ!」
「それでは私に読ませてください」
「え、リリちゃん?!」
「ええで。はい」
「リリちゃん、それ、読むの?」
「はい」
「リリちゃんが読むなら私も読もっかな」
「結局読むんやんか。恥ずかしがらんと最初っから受け取っときいや」
「う、うるさいよ。図書館では静かに」
フランはニヤニヤ笑いながら、本棚の奥へ消えていった。
一呼吸置いて、シャルルとリリが本を開く。
一ページ目は注意書き。結果には個人差があるだとかいう定型文である。
「バストアップ体操ですね。効果はあるんでしょうか?」
「どうせ無いでしょ。予め個人差がどうとかいう言い訳してるんだから」
シャルルの言い分も分からないではない。しかし、もし注意書きが無かったとして、効果が出なければクレームが出てしまう。制作側としては難しいところなのである。
そんなこととは露ほども思わず、シャルルとリリは読み進めていく。
「バストアップ体操で半分が終わりましたね」
「今更だけど、胡散臭いね、この本」
「気にせず読みましょう。一つくらいはまともなことが書いてあるかもしれません」
「うん、そうだね。どれどれ? 好きな人に揉んでもらうと、胸は大きくなる?」
「胸を、直接っ?! は、破廉恥です!」
「これも嘘っぽいね」
「も、もしかしてシャルル様、胸を揉まれたことがおありなのですか?! ロ、ロキ様にですか?! お二人がそういう関係だっただなんてっ」
「ちっ、違うよ! 根拠が無いって話! 別に実体験なんて言ってないでしょ!」
「で、ですが」
「次行くよ、もう。なになに? 妊娠すると、母乳を出すために胸が膨らむ?」
「妊娠ですか、ということは、前提条件として、っ?!」
「うわっ、リリちゃん顔真っ赤だよ。大丈夫?」
「だ、大丈夫、です」
「そう? ならいいけど。はぁ。これ、言ってることは正しいのかもしれないけど、行為の後じゃ遅すぎるよね」
「こ、交尾ですかっ?! 破廉恥ですっ!」
「行為だって。いや、意味は一緒だけどさ。わざわざ生々しくしなくても」
「は、破廉恥の極みですっ! この本は焼き捨てましょう!」
「待って待ってリリちゃん! これ貴重な蔵書だから! 落ち着いて! 最後まで読んだら何かしら良いこと書いてあるかもしれないじゃん」
「そ、そうですね。とはいえ、残りはまとめだけのようですが」
「胸を大きくするのに一番早い流れ。一番、バストアップ体操を毎晩寝る前にする。二番、好きな人を見つけ、胸を揉んでもらう。三番、その人と結ばれて、性交渉をし、妊娠する。だってさ」
「やっぱり破廉恥じゃないですか!」
「待った待った。最後にちょろっと書いてあるよ。この方法は、好きな人とでなければ意味がありません。性行為は本当に好きな人としましょうってさ」
「ハレンチレンチですっ!」
「風評被害やめてあげてっ!」
リリが真っ赤に悶える修羅場に、ロキとフランが本棚の森から出てきた。
「お前ら、ちゃんと探せよ。それとうるさい」
「お楽しみいただけとるようで何よりやわ」
「何も良くないよ!」
「破廉恥なのはいけません!」
「どういう状況かしら。これは」
そこへ合流したアイリスは、専ら首を傾げていた。
「はぁ。いいから落ち着け、リリ。俺が本を選んできてやったんだ。さっさと探せ」
「うちも選んできたで」
「お姉さんも、司書さんから聞いて本の名前をメモしてきたわ。この中に該当があれば良いのだけれど」
「じゃあ気を取り直して、手分けして探そっか」
「こほん。そうですね」
冷静に話し始めたロキたちを見て恥ずかしくなったのか、リリは咳払いをした。
途中、フランが官能小説を忍び込ませていたことが発覚したり、それでリリが暴発したりと、紆余曲折あったものの、五人はある一冊の本に辿り着いた。
「だいぶ古めかしい本やね」
「けれど、司書さんの情報とも一致するわ」
「ま、また破廉恥なのではないですよね?」
「大丈夫だと思うよ、さすがに」
「読めばわかる」
ロキは、本を崩さぬよう慎重に表紙をめくった。
〜人魔伝説〜
太古の昔。
かつて、この大陸には、魔物が跋扈していた。
魔物の中には、神獣と呼ばれる魔物のリーダーがいた。
その数は四頭。名を、蒼帝、白帝、炎帝、上帝と言う。それぞれ東西南北の地を治めていた。
東の神獣は精神を司る。
西の神獣は思考を司る。
南の神獣は気力を司る。
北の神獣は忍耐を司る。
そして、最後にもう一人。その四頭をまとめ上げる者がいた。
彼こそが魔神である。
形は人間。されど、内に秘めたる力は比べることすらおこがましい。
魔物界きっての実力を持つ神獣が、束になってもかなわないほどであった。
彼の治世は安定していた。神獣は絶対服従を誓い、魔物は次々と数を増やしていく。
それにつれて、人間は生きる場所を尽く追われていった。
そんな人間たちを、神は憐れんだ。そして神は、人間たちに救いを与えた。
救いの名は、神の代行人。
彼は生まれながらにして天賦の才を持ち、同族はおろか、魔物の中にも並ぶ者がない優れた人物であった。
そして彼は、優秀な従者を従えて、ついに魔神へと挑んだのである。
戦いは長く続いた。
いつしか、立っている者は神の代行人と魔神だけになった。
そこから争いはさらに激化した。
争いの余波によって、あるところでは地が沈降し、海を為した。またあるところでは、地が隆起し、山を為した。
天変地異を散々起こした争いは、ついに終わった。
勝ったのは神の代行人であった。
神の代行人は魔神を封印した。神の代行人の力を持ってしても、魔神を滅することは不可能であった。
そこから人間の歴史は始まったのである。
〜現実世界〜
「これは国王陛下に報告しなければいけませんね」
「そうね。重要資料よ」
「白帝の名前が出てきとるっちゅうことは、あいつの言うとった魔神は間違いなくこいつやしな」
「だが、妙だな。白帝が現れたのは北だ。だというのに西を司るというのはおかしくないか?」
「当時とは方角の設定が違う、とか?」
「名前が同じで方位だけが変わることなどあるのでしょうか」
「普通、そんな面倒なことはしないでしょうね」
「なんでなんやろな」
「もう少し手がかりを探してみるか。少しは理解が出来たが、まだ行動の指針を決めるには足りない」
「うん、そうだね。あれ?」
ロキが抱えあげた本の隙間から、紙が一枚はらりと落ちた。
シャルルがそれを拾い上げる。
「どうした、シャル」
「これ、その本から出てきたんだけど」
「大いなる瞳が紅く染まるとき、彼の君は再臨する。ですか?」
「意味わからへんな」
「誰かのいたずらかしら?」
捨ててしまうかという流れになる中、ロキだけはその紙切れに戦慄を覚えていた。
「待て。それも一応、報告しておかないか」
「でも、いたずらかもしれないよ?」
「だが、もし関係があったとき困るだろう」
「そうですね。報告しておいて損はないでしょう」
「そうね。じゃあ、お姉さんは年長者として報告に行ってくるわ」
「言い訳に年長者を使う辺り、めんどくさいっていうんが透けて見えとるで」
フランの追及は笑って誤魔化し、アイリスは立ち去った。
その日から毎日のように、五人は図書館に入り浸ることとなった。
お読みいただきありがとうございます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




