獣と人と
〜獣神の祠〜
フランとシャルルがガラナと激闘を繰り広げている頃。ロキは、獣人の案内で獣神の祠に来ていた。
「あいつに先を越されていないかと心配だったが、杞憂だったようだな」
そこでは、白黒の巨体が横たわっていた。
「人間」
「俺は神だ」
「浅ましい。あの御方を置いて神を名乗るか」
「事実だからな」
「貴様に身の程というものを教えてやろう」
ホワイトタイガーの魔物は体を起こした。
「今日は威勢が良いな。これまで逃げ回っていたくせに」
「思い上がった人間風情に天誅を与える支度が整ったということだ。覚悟しろ」
「こっちのセリフだ。獣風情が」
空気は既に一触即発。
先に動いたのは魔物であった。先日も見せた、ロキを超える速度での行動。
攻撃が来るかと、篭手を構えたロキであったが、予想は外れた。
魔物が駆け抜けた先にいたのは、ロキをここまで連れてきた獣人。残っていた弓兵の四人を、ほんの一瞬のうちに喰らったのである。
「呑気に食事とは、良いご身分だなっ!」
無残に散った四人の命。
ロキは少し苛立ったように、魔物へ急接近。いつかのように横っ腹へ拳を向ける。
しかし、その結果まで以前のようにとはいかなかった。
「ぐっ!」
苦悶の声を漏らしたのはロキ。魔物の爪による攻撃を、どうにか篭手で防いだ。
残像すら残らないスピードで、魔物はロキの拳を躱し、意趣返しかのように、ロキの横から爪を立てたのである。
「あぁぁ。力が漲る」
「ちっ」
ロキは不機嫌に舌打ちをした。
素人目に見ても分かるほど、魔物の力は膨れ上がっている。
以前、冒険者育成教室校長のオリバーが放っていた、野菜人顔負けの黄色いオーラ。それが紫色に昇華され、魔物の周りで奔流となって流れ出ている。
「冥土の土産に教えてやろう。これが我の魔法、捕食者。喰らった者の力を奪い取る魔法だ」
「なるほど。威勢が良いのも頷ける力だ」
「怖気付いたか」
「はっ」
ロキは魔物の言葉を鼻で笑った。傲慢な姿勢を崩すこともなく、言葉を続ける。
「神は不敗だ。どんな状況でもそれは変わらない」
「ふんっ。不遜な輩よ。貴様はすぐさま殺してくれる」
「かかってこい。獣が」
「冥土の土産ついでに教えてやろう。我は魔神様に創られし神獣、白帝である」
「魔神、か。神を前にその名を騙ったこと、後悔させてやろう」
「減らず口を」
白帝は風を置き去りにして駆けた。巨体に風圧を伴って、ロキへと迫る。
白帝の爪が神速でロキへ。ロキはそれを拳で迎え撃った。
「しゃらあっ!」
ロキはなんと、白帝のパワーを凌駕した。体躯に差もあり、そして白帝は魔法の効果で能力が向上しているのにも関わらず。
しかし、力比べで勝ったとしても、決定打にはならない。ロキが拳に纏っている炎も、白帝のオーラに比べれば微々たるものである。
何より驚くべきなのは、今の衝突でさえ篭手が壊れていないことである。ロキの拳もそうであるが、反作用というものを知らないらしい。
「たとえ速さで俺を越えていようと、それだけだ。本物の神と、格の違いを見せてやる」
ロキは立ったまま、クイクイと手を動かした。
体勢を立て直した白帝は犬歯を剥き出しにして、ロキに襲いかかる。
「甘いと言っているだろう!」
白帝の爪を、またしてもロキは弾いた。しかし白帝も負けてはいない。一撃で弾かれるのなら何度でも。数で対抗するつもりらしい。
「ぐっ!」
「神の力とやらはどうしたぁ!」
ロキが捌く速さより、白帝の攻撃スピードの方が速い。ロキは徐々に押され始めた。
神速の攻防。その均衡が、今、崩れた。
「ぐはっ!」
白帝の不意を突いた体当たりによって、ロキは高く跳ね飛ばされた。彼が落ちていく方角は、獣人たちの村。
〜獣人の村〜
「ロキっ!」
「ロキ君っ!」
シャルルがロキの着地点へ先回り。降ってきたロキをどうにか抱き留めた。
「ゴホッゴホッ」
「ロキっ! 大丈夫?!」
見るからに大丈夫ではない。ロキは口から血を吐いていた。顔もどこか青い。
「少しばかり内臓をやられた。人間の体はヤワで困る。ゴホッゴホッ」
「無理しないでっ。何があったの?」
「あの白黒、人間を喰って強くなるらしい。俺を案内した獣人が全員食われた」
「そんなっ」
シャルルの後からついてきた、リーダーの彼女と、彼女に背負われたフランの顔が青ざめる。
「ロキ君っ、大丈夫なん?」
「まともに動ける状態では無いが。フランこそ大丈夫か?」
「大変だ。ロキが他人の心配してる。これは本格的にやばいかも」
「おい」
「あはは。うちもちょっと動かれへんかも。全身傷だらけや。しんどくてかなわん」
「ならシャル、少し頼まれてくれ。あいつは直ぐにでも追い打ちに来る。それまでにな」
「わかった。何をすれば良い?」
「動かれへんけど、魔法はまだ使える。うちにも出来ることあったら言うてや」
「俺にも手伝わしてくれ。皆の仇を取らなあかん」
「良いだろう。手伝え」
ロキはシャルルに肩を支えられて立ち上がった。
「さて。神を嘲ったこと、後悔させてやる」
そして、ロキは不敵に笑んだ。
その数十秒後。獣人の村に、白帝が現れた。
「遅かったな。ご自慢の魔法はどうした?」
「無駄な力の使用は好まぬ。貴様を追うだけのことに、力を使うまでもない」
「温存なら温存と、そう言ったらどうだ。もし途中で切れたら俺に負けるから、使うに使えなかったんだろう」
「人間。図に乗るのも大概にせよ」
「図星を突かれて怒るなよ」
「とことんまで我をコケにするか、人間。良いだろう。貴様には即刻、死をくれてやる」
白帝は飛び出した。ロキに向かって爪を突き立てる。
先程も食らって、苦渋を舐めたはずのロキであったが、攻撃を受け流すその口元は笑っていた。
なぜなら今回は、手塩にかけてきた弟子が横槍を入れるからである。
「貫通!」
「ぐぬっ?!」
白帝の胴体に風穴が空いた。
「人間っ! 卑怯な手をっ!」
「卑怯なものか。お前も一緒だろうが。むしろこれでも足りないくらいだ。何人もの力を奪いやがって」
「ぐぬぅっ」
白帝は紫のオーラを集積させ、傷口を塞いだ。そればかりか、完全に修復してしまったらしい。代わりに、オーラは全て消えてしまったが。
「これでご自慢の魔法の効果も無くなったな。シャル、やれ」
「うん。わかった」
シャルルの姿が消えた。否、そう錯覚するほどの速度で動いたのである。
このシャルルの攻撃を、白帝に避ける術は無い。はずであった。
「きゃっ!」
「愚かな人間よ! 我は一人分だけ力を残しておいたのだ! あの死体の山を喰ってしまえば元通りよ!」
勝ち誇ったように笑い、白帝はシャルルを上回る速度を出した。ガラナに殺された獣人たちの死体へ急接近する。
しかし、白帝は疑問に思わなかった。死体が一箇所に纏められている不自然に。
白帝は死体に歯を突き立てた。その瞬間。
「ごめんな獣人さんら! 岩石槍!」
死体を貫いて、地面から鋭い岩石の槍が白帝の口内を襲った。
この死体は、リーダーの彼女が泣きながら一箇所に集めておいたのである。
茂みに隠れたフランが謝った通り、死体に鞭打つ行為ではあるが、効果は覿面。
最後の一人分を使い切った白帝は傷を治すことも出来ず、鮮血を撒き散らしながら悶えた。
「ゴホッゴホッ。上手くいったな。シャル」
「うん。わかってるよ。逃がさない」
また血を吐いたロキの指示を受け、シャルルは剣を構え、白帝へと突き進んだ。
白帝は悶えるのを止め、奥歯を噛み締めた。
「クソがあぁ!」
「貫通!」
シャルルと白帝が交差した。
白帝の胴体から後ろ足にかけて鮮血が飛び出す。しかし、シャルルに外傷は無い。
ただ、その代わりに。
「貴様を喰らえばっ!」
「ロキっ!」
「ロキ君っ! 避けてっ!」
シャルルとフランが叫んだ。
しかし、立っているのがやっとのロキにそんな力は残っていない。ただでさえ白帝の動きは素早いのである。
「ぐああっ!」
ロキはどうにか、足に力を入れて避けた。
しかし、避けきることはできなかった。
「ロキっ!」
「ロキ君っ!」
「がああっ! ああっ!」
ロキは左腕を喰われていた。地面に血を垂れ流し、叫び喚くロキ。
「ロキっ! ロキっ! しっかり!」
「ぐっ! シャルっ! 俺の事はいい! 早く、あいつをっ!」
「あかんっ! 回復してまう!」
「ぐははははっ! これで逃げるだけの力は稼いっ?!」
白帝は笑ったが、そのすぐ後、突如苦しみ始め、もがき出した。
「がっ! がはっ!」
白帝がのたうち回る度に、砂埃が立ち込める。
やがてその砂塵が収まったとき、シャルルの目に映ったのは、白目を向いて倒れた白帝だった。
「死んだの?」
「いや、息はあるみたいやけど」
「ぐっ。はは。神を害するなんざ百年早い」
「その怪我で何言ってるの! 早く治療しないと!」
「おい、包帯だ。使え!」
「ありがとう。ええの?」
「死にかけの人間。それもこいつを倒した人間を放っておけるか! さっさと止血してやれ」
「ありがとうございます。ロキ、体動かすよ。ロキ。ロキ? ロキっ!」
失血が故か、ロキは白帝の気絶を見届けると、意識を失った。
〜天上界〜
「よお親友。大変みたいだな」
「ここは。ああ、そういうことか」
「おっと、勘違いすんなよ。別にまだ死んじゃいない。敢えて言うなら死にかけってとこだな」
「ならいつもの空間にしろよ。こうも花があると勘違いもするだろうが」
「失敬失敬。しかし、ここまで体を張るとはな」
「体を張ったつもりはない。まったく、人間の体は弱くてかなわん」
「腕を一本無くして、体を張ったつもりはない、ねぇ。随分と向こうにご執心みたいだな」
「何せ、向こうは勉強が必要ない。これほど俺に合った暮らしは無いさ。お前もどうだ?」
「遠慮しておく。だけど、そこまで言うなら話を聞かせてくれよ。ぶっちゃけ、好きな子とかいんのか?」
「はぁ? 俺たちは神だぞ。恋愛感情なんて世俗的な物があるわけがないだろう」
「おいおい、人間の三大欲求を忘れたのか?」
「富と名声、それから何だったか?」
「馬鹿野郎。ひとつも合ってねえよ。食欲、睡眠欲、性欲。それが無い人間はいないらしい。つまり、村人に転生したお前にも性欲があるってことだ。性欲があるということは、恋愛感情だってセットのはずだろう」
「なんかグイグイ来るな、おい」
「人間の恋愛事情なんて、神の娯楽の最たるものだろう」
「そうだったのか」
「で、どうなんだ? お前の周りの女の子たちは」
「ふむ」
「気になる子とかいないか? 恋愛感情を手に入れた気分を教えてくれよ」
「そうは言うが、これといって明確な心情などないぞ」
「とりあえず周囲の構成だけでも教えろよ。今はどうなってる?」
「村人を辞めて冒険者になった。周りはいつもシャルルとフランがいる。この間まではアイリスもいたな」
「それでそれで? 気になる奴はいるのか? 性行為はしたか?」
「いねぇよ。してねぇよ。あいつらは仲間。友達だ」
「へぇ。俺以外に友達」
「意外そうな顔してんじゃねえよぶっ飛ばすぞ」
「悪い悪い。あれだけ人間がいれば、友達も出来るわな」
「はぁ。それより、今回のここは長くないか?」
「そりゃあ、瀕死状態だからな」
「どのくらい戻れないんだ?」
「長くて一週間。短くて数日だな。その間に最高位創造神様に挨拶でもしてきたらどうだ?」
「クソ親父に挨拶なんざ、誰が行くか」
「相変わらずツンツンだな。家を出てもうすぐ二十年になるってのに」
「神の二十年なんて、人間の二年だ。家出にしちゃ短いだろうよ」
「そういうもんかね。ま、好きにしろよ」
それからロキは天上界で、親友の彼と語り合った。
人間世界の自分の体がどうなっているかなど、考えもせずに。
お読みいただきありがとうございます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




