信じた人
〜獣人の村〜
「この村には、古くからの風習があるんや」
「風習?」
村のリーダーである犬耳犬尻尾の彼女の家で、フランはホワイトタイガーの魔物について情報提供を受けていた。
「せや。年に一回、獣神様の祠に生け贄を捧げる。これが移動する前のこの村の風習や。何でも、大昔にうちの村と獣神様の間で取り決めがあったらしい」
「移動する前っちゅうことは、ここへ移動してきた後はどうなったん?」
「それがな。今までは良かったんや。毎年一人ずつ、年老いた者から選んで贄に出す。せやったけど、つい五日前の話や」
「何があったん?」
「自ら獣神やと名乗る獣が現れたんや。知性がある獣っちゅうだけでだいぶ信憑性は上がるし、大きさも風格も相当なもんやった。せやけど、そいつが急に、生け贄を一日一人にしろって言い出したんや」
「そんなん信じられるわけないやんか」
「最初はそうやった。やけど、もしそれが守られへんかったら、強引にでも喰いに来るって脅してきおったんや」
「それで、従ったん?」
「見た目もでかいし、その上速い。知恵もあるときたら、もう俺らはかなわへん。従うしかなかったんや。それに、風習のことは門外不出の掟やし、知る者はほんまに獣神様とこの村の者しかおらん。信憑性は十分やった」
「そんな話を聞かしてもろとるのに悪いけど、そんな理不尽、なんで反発せえへんかったん?」
「俺は反発したかった。やけど今この村、食糧難やねん。せやから、人口は一人でも少ない方が良いって自ら行った奴がおってな。それで、止めるに止められへんくなったんや」
耳も尻尾もたれ下げて、彼女は俯く。そんな彼女に、フランは明るく声をかけた。
「安心しい。うちらがそいつをぶちのめしたるわ」
「なんやて?」
「ロキ君は自称神やし、人間の街を襲ったあの魔物を二回も撃退しとるからな」
「自称って大丈夫なんか?」
「実力は本物や。村に入られるんが嫌やったら、祠の正確な場所さえ教えてもろたら迂回して行くし、この村には影響を出さへん。どうや? うちらはそいつを捕獲さえ出来ればええねん」
彼女はしばし考えた。そして、決意したように顔を上げた。
「ほんなら頼むわ。俺の村、救ってくれ」
フランは人好きのする笑顔で頷いた。
「任しとき!」
フランの笑顔に、獣人リーダーの彼女も笑みを浮かべた。そして、祠の場所を示そうと周辺の地図を開いた。
そのときであった。住民の一人が、彼女らのいる家へ駆け込んできたのである。
「侵入者や! まずいで! もう何人も斬られとる!」
「まさかお前の!」
「そんなはずはない! シャルちゃんはそんなことせえへん! きっと別の誰かや!」
フランが家を飛び出すのと、ガラナが村に到達するのは同時だった。
「あんた」
「やはり、獣人だったようだな。斬るには十分な理由だ」
フランは耳を押さえることもしなかった。
ガラナがフランに注目していると思ったのか、複数方向から、わざとタイミングをずらして矢が飛んできた。回避した先でも矢が飛来するように、隙のない軌道だ。
フランの後ろからも、リーダーの彼女が射ている。
「甘すぎる」
一番苛烈な背後からの攻撃は背負った大盾で防ぎ、正面からの攻撃は、急所を外すように剣で弾く。そうするだけで、あとは鎧が弾いてくれるのである。
そして、タイミングがズレてやって来た横からの攻撃。それは確かに、ガラナの体を貫いたかのように見えた。
しかし、明らかにおかしい。全ての矢が、まるでガラナが存在していないかのように突き抜けていくのだ。
「消えた?」
フランの目は確かに、ガラナが消えていることを確認した。矢の隙間からも姿が見えない。
「まさか、うちの反応も超える速度?!」
ちなみに、ロキとシャルルは、互いに互いの背後を守りながら直進することでこれを攻略していた。
「どこ行ったんや! 出てこい!」
リーダーの彼女が声を張り上げた。すると、それに呼応するように、ガラナの姿が現れた。
彼女にもフランにも、彼がステルスを解除して現れたようにしか見えなかった。しかし、いくらステルスであっても、隙間のない矢を抜けることは叶わない。
「どこにも行ってはいないさ。さて、矢を射掛けられた。君たちを殺す大義名分が出来たわけだ」
ガラナは大盾を構え、また姿を消した。
山の中から弓を射た者も、フランも、リーダーの彼女も、全員が身構える。
悲鳴が聞こえたのは、山の中。驚きが入り交じったような断末魔は、すぐに途絶えた。
そして、フランの周りをぐるりと一周するようにして、断末魔が響き始めた。
「みんな見えるとこに出ろ! 相手は森の中でも平気で活動するタイプや!」
リーダーの号令で、山から集落へ出てきた弓兵たち。その数は、元々の半分、たった十人である。
たったこれだけの時間で、熟練した弓兵の半分の居場所を突き止め、そして殺害して回ったというのである。
「周りに気を配れ! 姿が見えたらすぐ打つんや!」
リーダーの彼女が呼びかける。しかし、十数秒経っても現れる気配がない。
「死にたくなかったら、気ぃ緩めるんちゃうぞ!」
フランと背中合わせになった彼女が言い終えたちょうどそのとき。フランの耳が立ち、同時にその体が跳ね飛んだ。ちょうどリーダーの彼女を背中で突き飛ばすような形で。
「えっ?!」
「なんや! どうしたんや!」
当然、フランの意思ではない。驚いた声を出したフランであったが、一番驚いたのは彼女ではない。
倒れたフランの前で剣を振り抜いた、ガラナであった。
「まさか、避けるとは。どういう手品だい?」
「こっちが教えてもらいたいわ」
フランが跳ねたとき、外から力はかかっていなかった。フラン自身、何の感覚もなかった。気がついたら、体が跳ねていたというのである。
「姿を見せたのが運の尽きやったな! 放て!」
押し出されたリーダーの彼女の号令で、剣を振り抜いたままのガラナに矢が迫る。
しかし、またガラナは姿を消した。フランの上を矢が掠めていく。
数秒後、またガラナはそのままの位置に姿を現した。無傷の状態で。
「今度は確実に君を殺す。だがその前に、周りを一掃しよう」
またガラナは姿を消した。
「させへんで! 岩石砲!」
フランはガラナのいた辺りに岩石を射出した。しかし、それは静かに空を切る。
「まず一人」
弓兵のうち一人の首がはね飛ばされた後で、フランの目はガラナを捉えた。しかし、またすぐに見失う。
仲間が為す術もなく首を刈られていく。その絶望的な様に、リーダーの彼女は声が出せなかった。
そんな彼女に、フランは声をかけた。
「うちがあいつを止める。その隙に、ロキ君らを呼んできてくれへんか?」
「人間を頼るのか?」
「それしかないねん。頼むわ」
フランはそれだけ言うと、振り返らず走った。
そしてガラナが五人目を殺害しようとしたとき、彼の振るった剣に衝突する剣があった。フランの短剣である。
「これ以上はやらせへん!」
「見えていたのか?」
「そんだけ首ばっかり狙っとったらわかるわ! 液状化!」
続けてフランはガラナがいる地面を軟化させ、回避行動を取らせた。
「そうか。なら首以外も狙うとしよう」
ガラナはもう一度姿を消した。
そのすぐ後で、フランの短剣とガラナの片手剣が甲高い音を立てて衝突した。
「種はわかっとんのやで。あんた、別に速いわけとちゃうな。風圧が少ないわ。姿を消すスキルでも持っとるんか」
「それにしても、見えない剣をどうやって受けたのかな?」
剣を合わせながら、ガラナは姿を現した。
「本物の速さっちゅうもんを知っとんねん。そんなんに、目だけで太刀打ち出来るわけあらへん。幸い、うちは獣人やからな」
「剣を振る音を聞き分けたと?」
「そういうことや。岩石砲!」
至近距離からの岩石。ガラナは避ける術を持たず、まともに食らった。金属鎧に凹みが出来る。
「ははは。俺の攻撃を二度も避けた奴は初めてだ」
「そらどうも。次からも当てられると思わんときや」
フランは気合い十分に短剣を構えた。
ガラナは再び姿を消す。
「くあっ?!」
声を上げたのはフランだった。脇腹を薄く切りつけられ、血が滲んでいる。
「剣の音が、聞こえへん?」
「俺のスキル、消音だ。この鎧が音を立てないことを不思議に思わなかったか?」
「わざと音を出して油断させとったんか」
「その通りだ。しかし、今ので殺ったつもりだったが」
「生憎と、この服は特別製やねん。雷に打たれても大丈夫なんやて」
「ほう」
血が滲む脇腹を押さえるフランに対し、ガラナは無慈悲にも姿を消した。
そして数秒後。金属音と共に、ガラナの剣はフランの短剣によって、彼女の首元スレスレで止まっていた。
「岩石砲!」
「くっ!」
金属鎧の凹みが大きくなった。
「狙いが単調やで。それでも熟練冒険者なんか?」
「言うじゃないか」
ガラナが姿を消す度、フランの服が切り裂かれる。
フランの邪魔になる可能性を考慮し、弓兵は手を出せないでいた。獣人たちは、彼女の奮闘を固唾を呑んで見守っていた。
その中でもリーダーである彼女は、強く拳を握っていた。
「人間に、頼らなあかんのか。俺らを殺そうとするあいつと同族やのに」
フランは至る所から少しずつ血を流していた。見るに堪えない姿である。
「確かに頑丈な服だ」
「はぁ、はぁ。そうやろ?」
ガラナの大盾は、至近距離で岩石を浴び続けてボコボコ。役目を果たさなくなったその金属塊は投げ捨てられていた。また、金属鎧も同様に凹み、動きを阻害するような形にまでなっている。
そしてフランの衣服は、もう限界だった。至る所が破れ、肌が露出し、フランの血に染まっている。
限界なのは、衣服だけではない。次の攻撃を受ければ、フランは倒れてしまうだろう。それを悟られぬよう、フランは気丈に振舞っているが。
「まさかここまで耐え抜くとは」
「あはは。そらどうも」
「君を奴隷として飼いたいくらいだ」
「絶対にお断りや」
「そうか。それは残念だ。なら、死ね」
ガラナは姿を消さなかった。ゆったりとした足取りでフランの元へ近づく。
不気味に思ったフランであったが、振られた剣を受ける訳にもいかず、短剣で受け止めた。
「岩石砲!」
フランの魔法が、ガラナの金属鎧に射出された。しかし、彼は足を踏ん張って耐えたのだ。
歯を食いしばって耐えたガラナは、剣を持っていない方の手で、フランの短剣を掴んだ。彼の手が少し切れ、血が滲む。
「消滅」
ガラナがそう呟いた途端、フランの短剣が消えた。そして、ガラナの剣がフランに迫る。
フランは、場違いにも笑んだ。
なぜなら、見えていたから。
「はあああっ!」
絶対の信頼を寄せた人物が自分を助けに来てくれているところが。
金属音と共に、ガラナの剣が弾かれる。
「氷槌!」
そればかりか、至近距離から氷の塊をぶつけられ、ガラナの鎧はことごとくひしゃげ、もはや役割を果たさなくなってしまった。
踏ん張ることが出来なかったガラナは、氷の塊と共に遠くへ吹き飛んだ。
「助けに来たよ。フランちゃん」
「ははは。来るんやったらもうちょっと早く来てや」
「ごめんね。でも、もう一つ付き合って欲しいな」
「当たり前や。あいつを倒すまで、うちが倒れるわけにいかんわ」
フランは、いつの間にか落ちていた自分の短剣を拾い上げ、再び構えた。
「シャルちゃん、あいつの魔法は特殊やで」
「うん。姿を消すんだよね」
「それだけとちゃう。あいつが使った魔法は消滅。多分やけど、手に触れたものを数秒だけ消滅させられる魔法や」
「それで姿も消せるってわけか」
「それから消音スキルも持っとるみたいや。耳はアテにならへん」
「なるほどね。わかったよ」
「ロキ君は?」
「それ、後でいい? 話せば長くなりそうだから、まずはガラナさんを対処しよう」
シャルルが会話を終えると同時に、吹き飛ばされたガラナは立ち上がった。氷の塊を消滅で消し去ったらしい。
ガラナを押しつぶしていたはずの氷の塊が、ガラナの背後へ出現する。
「ご名答。その通りだ。消滅は数秒間、触れたものを消滅させる魔法。自己の姿、存在を消すことだってできる。そのときには詠唱だって必要ない」
言いながら、ガラナは使い物にならなくなった鎧を消滅させた。
「だが、それを知ったところで何が出来る。何も見えない、聞こえない相手にどうする気だい?」
「うち一人なら無理でも、シャルちゃんと二人ならできる」
「フランちゃんを傷つけた責任、取ってもらわないと」
「覚悟はあるらしい。なら、諸共に死ね」
ガラナは姿を消した。
姿を消したままの彼は、フランの首を刈り取ろうとする。しかし、再び金属音が鳴った。フランの短剣である。
「なぜっ?!」
「その剣、めっちゃうちの血の匂いがするわ」
「はあっ!」
「くっ! 獣人め!」
シャルルの神速の刺突を紙一重で躱しながら、ガラナは悪態を吐いた。
「攻めんで良くなると、感覚が研ぎ澄まされるわ」
「くっ、ぬうっ!」
ガラナは再び姿を消した。シャルルの刺突を躱し切った手腕は、さすが最強と謳われる冒険者である。
そして、次の攻撃はシャルルへと向かった。しかし。
「岩石鎧!」
「ナイスフランちゃん!」
「畜生め!」
フランの魔法がシャルルへの攻撃を防いだ。そして再び、シャルルの攻撃が始まる。
「はああっ!」
「ぐっ!」
ガラナは剣を持っていない方の腕で急所をガードした。シャルルの剣が深々と刺さる。
「消滅!」
肉を切らせて、剣を消した。ガラナの剣がシャルルを襲う。
「岩石鎧!」
再びフランに防がれた。そこで姿を消そうとしたガラナであったが。
「氷剣!」
シャルルの冷たい剣に貫かれる方が早かった。腕を二本共貫かれ、剣を取り落とした。
「ぐっ。まさか、この俺がっ」
ガラナはその場で倒れた。降参の意を示したのであろう。
「シャルちゃん。縄があったで。縛っとこうや」
「そんなんじゃ生ぬるいよ。液状化で顔以外地面に埋めよう」
「や、やめろっ」
「シャルちゃんのそういうとこ、愛してるで」
冷酷な目でガラナを見下すシャルルであった。
「そんでシャルちゃん。ロキ君はどこへ行ったん?」
「ロキは」
シャルルが言いかけたとき。
地響きのような轟音。今まで聞いたことも無いような雄叫びが山中に響き渡った。
そして、山頂から吹き飛んで来る影が一つ。
「ロキ君っ?!」
「ロキっ?!」
お読みいただきありがとうございます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




