最強の冒険者
〜獣人の村〜
フランは襲ってきた獣人たちに連れられ、山の奥深く、斜面に家屋が散在する集落にやってきていた。
「ここが俺らの村や」
「そうなんや」
口には出さないものの、フランは人口の少なさに驚いていた。先程のような自衛力がある集落ならば、もう少し栄えていても良いものではないのかと。
獣人たちは各自生活に戻り、残ったのはリーダー格の彼女だけ。
「なんや、誰も襲ってこうへんねんな。うち一人やのに」
「俺らは悪辣な人間とちゃう。ちゃんと約束は守るんや。さあ、ここへ入れ」
フランが通されたのは、この村の中で最も大きい家屋。そこへ入った犬耳犬尻尾のリーダー格の女性は振り向いた。
よく見ると、端正な顔立ちで若い。フランやロキたちとも歳は離れていないだろう。
「俺がこの村のリーダーや」
「うちはフラン。人間の街で、人間に化けて暮らしとるで」
「大変やろ」
「そうやな。何回かピンチはあったけど、でもロキ君らが守ってくれたし、大丈夫やったで」
「あいつらはほんまにお前を守っとったんか?」
「うん、せやで。一回うちが攫われたときもな、街中探し回ってうちを見つけ出してくれて、そんで助けてくれてん」
「攫われるような生活しとるんか。なんでそこまでして人間の街に拘んねん」
「うちの両親、うちに人間の幸せを与えるために、奴隷になってしもうてん」
「どういうことや?」
フランは自分の生い立ちを話した。普段語ることのない話であるが、同族の彼女には話しやすかったのだろう。
「難儀な親やな。何もそこまで自分の身を粉にせんでも」
「そうは思うんやけどな。でも、自分を省みいひんほどうちを愛してくれとったんやなって」
「その親を探すために人間の街にいるんか」
「せやで。さて、話が長うなってしもうたな。そろそろ情報を貰いたいんやけど」
フランがそう言うと、リーダーの彼女は人差し指を突き出した。
「一つ提案がある」
「この期に及んで条件追加? 約束は守るんとちゃうの?」
「ああ、守る。これはただの提案や」
「言うてみ」
「お前、俺たちの集落に来うへんか」
「だから言うたやろ。うちはパパとママを探すために」
「何も衣食住の全てを人間に合わせる必要はないやろ。ここで住んで、探す時だけ街に入ったらええ。危険は最小限でええやろ」
「せやけどロキ君たちが」
「人間なんて信用できるか! 友情なんて全部切って捨てるような奴ら、なんぼ信頼関係を築いとる言うても信用出来ひん! 安心してええ。あいつらは俺らが協力して殺したる」
目をギラつかせ、犬歯を剥き出しにして訴えかける彼女。
フランは反駁するかと思われたが、しかし、落ち着いた表情で答えた。
「悪いな。うちはそんなことできひん」
「何でや! あいつらかて、いつお前を売るかわからんのやぞ!」
「それはな、うちがロキ君たちを微塵も疑っとらんからや」
「お前、なんでそんなことが言えんねん」
「それはあんたもや。何でそこまで人間を疑うんや?」
「それはっ」
獣人のリーダーは言い淀んだ。苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「理由も無いんやったら、尚更うちはロキ君たちの元を離れるわけにはいかへんな」
「待て! ええやろう。お前が後悔せんように、俺が教えたる。人間の非情さってやつをな」
〜十年前〜
今でこそ集落のリーダーを担っている彼女であるが、十年も遡れば幼い少女である。
集落の位置する場所は、今よりもっと南。今となっては伐採が進み、草原地帯となっているが、当時は森林地帯が続いていた。
そこで平凡な暮らしをしていた、ある日のことであった。
「親父、そいつどうしたんや?」
「狩りをしとったら、こいつが倒れとるところを発見したんや。見殺しにするんも後味悪いから、連れてきてしもた」
幼い彼女は、その人を覗き込んだ。
「そいつ人間やんけ! 人間は危ないんとちゃうんか!」
「まあまあ。そう警戒せんでもええやんけ。こんな怪我人に何ができる言うんや」
「でもこいつ、俺らを奴隷にしようとして来たのかもしらんやろ!」
「もし危ない奴やったら殺せばええ。善良な人間やったら治して帰したればええだけのことや」
「村長がそんなことでええんか」
「ええんや。村長っていうんは民を守るものや。助けられる命を助けるんは村長どころやない、全ての命がやるべきことやで」
「はぁ。親父がそこまで言うんやったら、そうしたらええわ」
「ありがとう」
「お礼を言うことちゃうやんか」
彼女はぷいっとそっぽを向いた。不機嫌なようで、その実、口角は上がっていた。
〜現在〜
フランは先の展開が読めてしまい、奥歯を噛み締めた。
「もしかして」
「そうや。一ヶ月もせんとそいつは良くなって、人間の街に帰っていった。そんで、あいつが帰ったその数日後に、人間の大軍が俺らの村を襲ってきよったんや! 恩を仇で返すクソ野郎共!」
「そら酷い話や」
「あいつのせいで親父は死んだ! 抵抗した村の男共はみんな殺された! あいつのせいで!」
リーダーの彼女は握り拳で床を殴りつけた。
痛みで冷静になったらしく、さらに落ち着くために深呼吸を一回。
「これが人間の本性や。どんだけ命を救われようとも、自分らの利益のために平気で恩人を殺す」
「ほんまにそう?」
「なんやと?」
「獣人の住処を発見して報奨金が得られるようになったんは三年前。助けられた人がこの村を売るには動機が足りひんと思わへん?」
「何を言うとんねん。獣人を奴隷にしたら人間全体の利益になるやろ」
「それはそうかもしれんけど、そんなもんはその人にしたら微々たるもんや」
「何が言いたい?」
「ほんまに助けてもらった人が裏切ったんかっちゅうことや。姿を見たわけちゃうんやろ?」
「そうや。けど、いくらなんでもタイミングが合いすぎやろ」
「それでもうちは人間を信じたいと思うねん」
非難でもするかのようであった彼女が、ここへ来て呆然とした。
「お前、阿呆やろ。そんな一時の感情で自分の身を危険に晒すとか」
「一時とちゃうで。うちな。一人、純粋な人を知っとんねん。その子とどうしても一緒にいたいと思っとるんや」
「お前と一緒にいた奴か。白い髪の」
「そうや。あの子だけはほんまに可愛いええ子やねん。惚れ込んでまうくらい。あの子に裏切られるんやったら、それはそれで本望やわ」
恍惚とした様子でフランは語る。リーダーの彼女はため息を吐いた。
「はぁ。ここまで話して聞き出した答えが、ただの惚気っちゅうと馬鹿らしいわ。もうええ。俺らがお前らの捜し物について教えたる。せやからさっさと帰れ」
〜山麓〜
ロキとシャルルは山麓でテントを張り、野営の準備をしていた。
「フランちゃん、遅いね」
「そうだな。まあ、獣人同士積もる話もあるだろう」
夕暮れ時。言いながら、ロキは焚き火に薪を焚べる。
シャルルの肩に乗せた人形が喋り出した。
「フランちゃんなら、何があってもどうにかしそうだけれど?」
「それもそうだね。私の攻撃を全部躱すか捌くのなんて、ロキかフランちゃんくらいだもん」
「お前ら二人とも、恐ろしい成長だよな」
「褒めてくれるの? 珍しいね。まあでもこのくらいだったら、ようやく十歳のロキに勝てるかなってくらいだけどさ」
「やっぱりロキ君は異常ね」
「何歳であれ、神に勝てるという実力は誇って良い」
「ありがとう。でもまだまだだよ。世界で一番強くなりたいんだもん」
「速さだけなら俺と大差ない。既に世界でも上位に食い込んでいると思うが」
「ロキが知らないだけで、世の中には凄い人がいっぱいいるんだよ? 例えばほら、この間会ったガラナさん。調べてみたら」
「呼んだかな?」
「うわぁっ!」
気付かぬうちに、ロキの隣にはガラナが立っていた。人形は途端に黙り込む。
大きな盾と剣を背負っている。鎧に過度な装飾は無く、しかし上等品であることがわかる金属鎧。それが、動きを妨げない程度だが、全身を覆っている。
その鎧を背負ってさえ、ロキたちとの差が一日というのだから驚きである。
「どうしてここにいる」
「あの魔物の目撃情報があってね。どうやらこちら側に来たらしいじゃないか」
「ガラナさんも報酬目当てですか?」
「ああ。討伐すれば大金、捕獲すれば、それに加えて国王が何でも一つ叶えてくれるというじゃないか。冒険者として、これに乗らない手はないな」
「そう言えば、一度取り逃したのだったな」
「そのときのリベンジも兼ねて、な。ところで君たちは、何をしているんだい? 野営の準備をするにしては、少し早い気がするけれど」
ロキたちは昼過ぎからキャンプの用意を始め、かれこれもう夕暮れ時である。それを見抜かれたらしい。
「よくわかったな」
「直感だ。それで、何をしているんだい? もう一人の子がいないようだけれど」
「えっと、この先に住んでいる人達に、山へ入る許可を貰っているんです」
「一人だけで来いという命令でな」
「君が行っても良かったんじゃないか? 一番の実力者だと思うけれど。それとも、あの子に何かあるのかな?」
「あいつは俺より頭が良い。だから交渉に適任。それだけだ」
「おや、そうなのかい? 俺はてっきり、彼女が獣人だからだと思っていたが」
「じ、獣人? 何の話ですか?」
「とぼけても無駄だ。一昨日の話も、その前の事件も、全て知っているからな。長年冒険者をしていると、耳が良くなるらしい」
ガラナはロキの横を通り過ぎ、山を見上げた。
そして、ロキに振り返る。
「君たち、獣人とは手を切るべきだ」
「ほう?」
「獣人と一緒にいるだけで、この国では罪に問われる。そのリスクを冒すほどのリターンはないはずだ」
「確かにそうだな」
「何より、まどろっこしいじゃないか。この奥に奴がいるのだろう? 獣人共なんて無視して、それか切って捨てても良い。進んでしまえば良いじゃないか」
「そんな言い方っ!」
「何にせよ、こんなところで油を売っている暇はないと思うが。直ぐにでも奴を捕らえる冒険者が出るかもしれない。例えば、俺のように」
「はぁ。たかだか見た目が違うだけで、こうも扱いが違うというのは馬鹿らしいと思わないのか?」
「思わないね。獣人は醜い。正々堂々のせの字も無いような奴ら。それを首輪で繋げる。冒険者育成教室に通っていたのなら、教科書に書いてあったろう?」
「さてな。忘れた」
「君たちがどう思おうと関係ない。俺の行く手を阻むのなら容赦はしない。獣人は魔物と変わらないんだ。ただ、生かしておけば利用価値があるだけ」
ガラナは山へと向き直った。
「それじゃあ。お先に」
「待って」
シャルルが一瞬のうちに、ガラナの前へ出た。
「何だい? 君も俺を邪魔するのか? そうだというのなら、容赦はしないよ?」
「それでも行かせたくないです」
「へぇ。じゃあ」
シャルルの強い眼差しに、ガラナはフッと笑んだ。
そして次の瞬間、シャルルの視界から彼は消えた。シャルルだけではない。ロキの視界からもである。
その数秒後、シャルルは後頭部を軽く小突かれた。
慌ててシャルルが振り返ると、そこには先程と同じ笑みを浮かべたガラナが立っていた。
「冗談だ。女を殺す趣味はない。ただし、人間に限って、だけれどな」
ガラナはそのまま山奥へ歩いていった。
シャルルはその背中を追うことも出来ず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「ロキ、今の、見えた?」
「いいや」
「何だったの、あれ。私たちが知覚できないほどの速さなんてありえないよ」
「そうだな」
冷静なように見えて、ロキの脳内では疑問符が羅列していた。
「ロキ、あの人に勝てる?」
「神は勝つ。それは何があろうと変わらない」
「頼もしいね。よし。フランちゃんたちを助けに行こう。ガラナさん、本気だよ」
「ああ。分かっている」
ロキとシャルルは、ガラナを追って山に入った。
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