謁見と特性克服
〜翌日〜
支度を終えたロキたちの元へ、昨日ギルドマスターの傍で控えていた女性がやってきた。
「国王陛下がお呼びです。王城までご同行願えますか」
「なんだか犯人のような言い草ね」
「滅相もございません。東の魔女様を罪人呼ばわりなどとんでもない」
「そう。ならいいのよ」
〜王都・街頭〜
女性の案内に従い、街中を歩く。
王都というだけあって、道はどれも整備が行き届いており、馬車道と歩道の区分けもなされている。
ただ、人口はさほど多くもないようで、大都市で行われる市場ほどの人通りも無い。
「ん?」
「どうしたの、ロキ?」
「いや、なんでもない」
「そう? 変なの。急に振り返ったりして」
「ただ、少し気になる奴がいてな」
「知り合い、じゃないでしょ?」
「ああ」
「綺麗な女の人でもいたの?」
シャルルは少しむくれて言った。
「いいや。男だ。お前と同じ白い髪で、緑の目をした、同じくらいの背丈の男。黒いフード付きのローブを羽織っていた」
「すれ違ったのって一瞬だよね? そこまでわかるもの?」
「普通ならそんなことはない。ただあいつは、なんというか、気になる奴だった」
「え、ロキってそういう趣味?」
「ちげえよ」
シャルルの勘違いを訂正し、ロキはそれ以上振り返らなかった。
〜王都・王城〜
王城の外観はといえば、砦のような建物が土台にあって、そこから数々の尖塔が伸びている。
そして、その大きさはと言えば、たしかにあの亀の魔物と比べるに等しいものであった。最も高い尖塔の標高は、およそ三百メートル。人類の技術の結晶と言えよう。
そして、最も高い尖塔の、その最上階。
二面ガラス張りの壁から見える景色は、圧巻の一言。大都市が一望できる。そして、そのガラスに挟まれるようにして部屋の奥へと導くレッドカーペット。その導く先には、豪華な装飾を施された玉座と、それに遜色ないほど煌びやかな衣装を纏った国王が鎮座している。
国王といえば、立派な髭をたくわえた姿を想像するものであるが、この国王は違う。
ロキと同じ黒髪の中肉中背。これといってオーラというほどのものもなく、ともすれば一般市民とも見分けがつかない。そして、立派な髭もない。ついでに、表情も薄い。
「よく来てくださいました」
「もう、お兄ちゃ。こほんっ。国王陛下。いつも申しているではありませんか。国王たるもの、尊大な態度を取らなければ、民に示しがつきません」
「しかしだな。初対面の人に対してそんな言葉遣いをするのはさすがに失礼だろう」
「いいから。少なくとも敬語をやめたらそれっぽいよ」
「ああ。わかった。やってみる」
まるでロキとシャルルのような組み合わせの、王と姫。姫と言っても、王の妹である。
「こほん。面をあげよ。今日はあなたたちに話がある。報告の通り、この国には強大な魔物が潜伏しているようだ。その上、奴は人の言葉を話すという。可能なら捕獲、ないし殺害を冒険者ギルドに依頼する」
若く見える国王のその言葉に、ギルドマスターは重々しく頷いた。
「御意」
用件はそれだけらしく、国王と姫は退出した。
「なんか優しそうな人だったね」
「そうやな。しかも若いわ」
「引き継いだばかりなのかもな」
緊張の糸が緩み、ずっと膝をついていたロキたちが立ち上がる。そして、アイリスは息をついた。
「はぁ。よかったわ。名指しで依頼されたら街に帰れないもの」
「お姉さん、帰っちゃうの?」
「うちらはこの依頼をやろうと思ってんねんけど」
「寂しいけれど、お別れね」
「お前ら、別れのシーンは良いが、ここでやるなよ。場所を弁えろ」
ロキが三人を叱る。ガラナとギルドマスターは早々に退出したらしく、この場所には今は四人だけ。
の、はずであった。
帰ろうかとなったそのとき。兵士たちがなだれ込んできた。しかしその先頭に立っている者は、ろくに装備もしていない。
「見つけたぞ! 法を犯す悪党が!」
「何事だ?」
「誰の話かしら?」
「とぼけるな! そこの桃髪の女! 貴様は獣人だろう!」
ロキたちは揃って首を傾げた。フランでさえも。
これはあらかじめ、ロキたちが決めておいた対処である。
フランは見た目において、全く人間と区別がつかない。たとえ疑いをかけられようと、しらばっくれていれば良いとの考えである。
「人違いじゃないか?」
「証拠はあるのかしら」
「ええい口答えを! 尋問をすればわかるはずだ! 宰相である私が責任を負う! 引っ捕らえろ!」
「物騒だなぁ」
「冤罪をかけられてのこれは正当防衛になるやんな?」
多少わざとらしさはあるが、なんとか誤魔化している。
そして、宰相という彼の指示で、武装した兵士たちが警棒を片手にやってきた。
「はぁ。俺たちは自由を奪われたくないんだ。わかってもらえるよなぁ?」
「仲間に冤罪がかけられて、黙っているわけにはいかないわ。何も無ければ大人しく帰ろうと思っていたのだけれど、そうはいかないようね」
ゴキゴキと手を鳴らすロキ。手のひらでバチバチと稲妻を光らせるアイリス。
そんな二人に警戒心が高まる兵士たちであったが、初撃は予想外の方向から来た。
「氷床!」
床面が凍りつき、駆け足の兵士からドミノ倒しのように滑り転げていく。
兵士たちの装備がガチャガチャとうるさい。
「お前たち! 何をしている!」
宰相が怒りで顔を真っ赤にして、兵士たちを叱る。
すると、唐突に後ろからロキの声が聞こえた。
「これはあくまで正当防衛だ。言いがかりで拘束されてはたまったもんじゃない」
宰相が振り向いたときには、そこには誰もいなかった。そして正面を向き直っても、倒れた兵士の先にロキたちはいない。
「消えた?」
「何事ですか?」
「国王陛下!」
「こんなに兵士を連れ出して、どういうつもりでしょうか?」
「先程の一団に獣人が混じっていたのです! その上、このような!」
国王は薄い表情の下で、僅かに眉をひそめた。
「先程の一団、ですか。面会しましたが、それらしき者はいませんでしたが」
「奴は巧妙な手口で人間に擬態しているのです!」
「しかし、証拠も無しに兵を投入するのはどうかと思います」
「それはっ」
「手段が強引すぎです。たとえ抵抗されたとしても、彼らを咎めることは出来ません」
「ぐっ」
宰相は兵を連れ、その場を辞した。その場には、国王が一人。
「獣人か。火のないところに煙は立たないと言うが」
〜王都・街頭〜
「上手くいったな。我ながら名演技だった」
「少し芝居がくどかったようにも思えるけれどね」
「大丈夫かな、指名手配とかされない?」
「ごめんな、巻き込んでもうて」
「構わん。それを知って共に行動しているんだ」
「そうよ。しらばっくれることも出来たのだし。それに、急に兵を差し向けるなんてどう考えてもおかしいわ」
アイリスが怒りを顕にする。そのボルテージはまだ高くないようだが。
「フランちゃんが気にすることはないっていうのは確かだけど、兵士さんたちを転ばしたのってまずくない?」
「もしそれで指名手配されるにしても、変装していれば問題ないわ。お姉さん、こう見えて指名手配された経験もあるのよ」
「嫌な経験だね。何をしたの?」
「領地のことで少し、口答えをしただけよ。それより変装ね」
「うわ、じゃあお姉さんも本気になるわけだ。聞かぬが花かな。じゃあ、どんな風に変装するの?」
「そうね。教えてあげるわ。モンテブルクまで戻ることになるけれど」
ここでアイリスはシャルルの顔を見て、確認を取った。身分証があるとはいえ、王都に関しては入街税が必要なのである。
「王都にいなきゃならないって用事も無いし、良いよね」
「ああ。問題ない」
「ほんま助かるわお姉さん。うちのせいでロキ君たちに迷惑はかけられへんもん」
「お安い御用よ」
アイリスは自分の仕事が溜まっていることも忘れ、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
それと同時に、ロキとフランは悪寒を感じた。
〜モンテブルク・服屋〜
「シャルちゃん、どうかしら。ロキ君に似合うと思わない?」
「う、うん?」
シャルルが疑問顔なのも仕方ない。何せここは、女性服店なのである。
「おいアイリス。お前はいったい俺に何を着させようとしているんだ」
「あら。変装の手引きをしているだけよ?」
「俺の尊厳を無視してか」
「大丈夫よ。可愛くしてあげるわ」
「そういうことじゃねえよ」
「まあまあロキ君。うちもロキ君の女装姿、気になるわ」
「神を好奇心の玩具にするな」
「決めたわ。これと、これ。それからこのカツラね」
アイリスはロキを服と一緒に試着室へ押し込めた。
「着替えるまで出さないわよ」
「それか、シャルちゃんを送り込んで着替えさせるで」
「え、私?」
「奥さんやろ。夫の着替え、手伝ったりや」
「誰が奥さんかっ。着替えの手伝いとか、そんなシチュエーション無いよ」
「でも本当はちょっと?」
「興奮する。ってばか!」
「ええやんシャルちゃん。ノリツッコミが上手くなったで」
「恥ずかしいこと言わせないでよ。もう。別にロキの着替えなんて」
「あ、顔赤いで? 想像したんやな?」
「し、知らない」
「海で見たロキ君の体、エロかったやんな?」
「筋肉質で、すごくえっちでした」
「ふふふ。顔真っ赤で可愛ええで」
謎のカミングアウトをさせられたシャルル。赤くなった顔を隠すように試着室のカーテンの前で立った。
「ロキ。手伝わないから着替えて。アイリスお姉さん、本気と書いてマジみたいだから」
「実際、これが一番簡単な変装なのよ?」
「さっさと街を出れば解決だと思うんだが」
「それやったら依頼も受けられへんで」
「尊厳を失うくらいならいっそ金はいらん」
「ダメよ。それじゃあ面白くないわ。せっかくこんなところまで出てきたんだもの。お姉さんにお土産の思い出くらい作ってくれないかしら」
「あ、お姉さんの本音が出た」
そんなアイリスの迷惑な執念もあり、ロキは女装することとなった。
「思った通り可愛いわ」
「ロキ君、本物の女の子みたいやで」
「屈辱だ。神へのこの仕打ち、覚えていろよお前ら」
「あらあら。そんなに怒っては可愛い顔が台無しよ?」
「んふふ。ロキ君もこうしてしまえばかわええな。全然怖くないで」
黒いショートのカツラ。デニムパンツと黒のジャケットを合わせたボーイッシュなコーディネートである。以前、シャルルも似たようなものを着せられていた。
「はぁ。シャル、着せ替え人形というのは辛い仕事だな」
「本物の着せ替え人形も私も、ロキほど過酷じゃないと思うよ」
強くロキに同情するシャルルであった。
〜モンテブルク・別の服屋〜
アイリスの表情は、いつにも増して笑顔に溢れていた。
その後ろで、ゲンナリした表情のロキがシャルルに見守られつつ歩いている。
「さあ、次はフランちゃんの番よ!」
「せやけどお姉さん。うちは髪の毛を弄られへんで?」
「わかっているわ。だからこそのこれよ」
アイリスが陳列棚から持ってきたのは、フード付きの白いパーカー。前面にはこの店のロゴが入っている。
「こんな感じやけど、どう?」
「いいわ。似合っているし、きちんと隠せているはずよ」
「随分あっさりだな。俺のときみたく面白がれよ」
「ロキ、あきらめた方がいいよ。男の女装はネタにされても、女の男装はされないの。アビスブルクの下着屋さんで学んだでしょ?」
「ああ。そうだったな」
ロキは諦めたような顔になった。
「シャルちゃん、うちはあそこまでクオリティ上げる気ないで?」
「わかってるよ。上げられてもなんか困るし」
「何の話かしら?」
「シャルちゃんが勝負下着を買ったお店の、店長さんの話やで」
「いらないことを言わない!」
「ああ、あれは大胆だったな」
「ロキは思い出さない!」
「フランちゃん、その話詳しく。特にシャルちゃんが勝負下着を公開するにあたった経緯について。すごく面白そうだわ」
「詮索しない! もう帰るよ!」
辱められたシャルルは、不機嫌に服屋を出た。
~モンテブルク・宿屋~
「お姉さん、最後の夜だね」
「そうね。さみしくなるわ」
「最後の夜。お姉さん、約束覚えてるやんな?」
「ええ。もちろんよ」
「何のこと?」
「お姉さんの温もり、うちに覚えさして」
「あら。フランちゃん、そんな顔もできるのね。可愛いわ」
そう言ってアイリスは、フランの首筋をなぞる。フランの口から艶やかな声が漏れ出た。
「ちょっ、急にどうしたの二人共。なんかヤラシイ感じだけど」
「お姉さん。うち、発情期で。シャルちゃんの下着を想像したあたりから、もう我慢できひんねん」
「たっぷり調教してあげる。発情しない体に作り替えてあげるわ」
「そんな約束してたの? というかそんなことできるんだ。お姉さんすごいね」
そこでシャルルは医療行為なのだと納得しかけた。
「お願いな、お姉さん。いつもやったら一人で発散できるんやけど、今はシャルちゃんと一緒に寝てるから。このままやと、いつかシャルちゃんを襲ってまうわ」
「え、私、そんな危機的状況だったの? というか、ロキじゃなくて私?」
「シャルちゃんは見んとって。あんまりにも恥ずかしいわ」
「う、うん。見ないけど。お姉さんはいいの?」
「ええねん。最後やもん。しばらく会うことはないはず。また会うにしても、日が経ってからやろうし」
「お姉さんもね、この有り余る加虐欲求を抑えられなくて」
「うわ、お姉さんの方がやばい人だった」
「いつもシャルちゃんを虐めたくてたまらなかったのよ」
「知りたくなかったカミングアウト! 私、いろいろ危険だったみたい!」
シャルルは一目散にロキの部屋へ逃げた。
どうにか寝床を確保したシャルルであったが、隣の部屋から聞こえてくる嬌声に悶々とした夜を過ごしたのだった。
ちなみに、ロキはぐっすり眠っていた。
お読みいただきありがとうございます。
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