ホワイトタイガーと王都
〜十日後・モンテブルク〜
ロキたち四人は、ミルクを出て、北の大都市モンテブルクにやって来ていた。
マリアブルクはまだ不安だと、フランが避けて通ることを提案したためである。
モンテブルクは職人の街。至る所で金属音が響いている。
その通りを歩く、四人。
「アイリスお姉さんにも遠回りさせてもうたな」
「いいのよ。あなたたちとの旅は楽しいもの」
「アイリスお姉さんの目的って、あの魔物を報告することだよね? 王都まで行くんだっけ」
「ええ。そうよ。それよりも、本名で呼んでくれないかしら」
そういうわけで、アイリスはついてきたのである。
「治外法権的なことをしてるんなら、別にわざわざここまで来る必要は無いんじゃないの?」
「名前の件は無視なのね。はぁ。それがそうもいかないのよ。犬猿の仲ではあるけれど、一応国家の危機的状況だったのだから、知らせるくらいのことはしないと」
「手紙でも出せば良いじゃないか」
ロキの発言に、アイリスは楽しげな笑みを浮かべた。
「それじゃあ楽しくないわ。お姉さんはもう少しロキ君たちとお話していたいのよ」
「私もアイリスお姉さんと話したい」
「うちもそう思っとってん。なんやったら、このまま一緒に旅をして欲しいくらいやわ」
「ごめんなさい。この報告が終わったら街に戻らないといけないのよ。仕事が溜まっているわ」
アイリスは笑顔ではあるが、どこかゲンナリした様子だ。
「仕方ないな。出会いがあれば別れがあるものだ」
「おおっ、ロキ君が哲学っぽいこと言うとる」
「どうせ受け売りでしょ?」
「まあな」
そんな世間話をしつつ、大通りを歩いていると。ロキたちが街へ入ってきた方向、ゲートの方から大きな声が聞こえてきた。
それはどうやら、悲鳴のようである。
「何かしら?」
「もしかして、魔物が入ってきたとか?」
「凶悪犯かもしれんな」
「なんにせよ、冒険者に依頼が回ってきそうなことだね。先に潰しておこっか」
「被害が出てからの方が良くないか? 報酬が上がるぞ」
「報酬より平和を優先しようよ。自称でも神でしょ」
「それに、うちらの遭遇率を考えてみ。ここを逃したら会われへんかもしれんで」
「フランちゃんも大概ね」
ロキたち四人は、逃げ惑う人々の波に逆らって進んだ。
そこでは大型の魔物が、ゲートさえ壊して暴れ回っていた。兵士たちが抵抗しようと槍を向けるも、大きい図体にも関わらず魔物の動きは素早く、当てることができない。
「あら。大変そうね」
「速いなぁ。ロキ君くらいちゃう?」
「俺をあんな小物と一緒にするな。俺は」
言いながら、ロキは姿を消した。正確には、そう錯覚するような速度で移動したのである。
そして、ロキが次に現れたのは、先程まで魔物がいた場所。拳を振り抜いた状態で静止していた。
そこにいたはずの魔物はといえば、ゲートだった外壁に突っ込み、瓦礫を被っている。
「この程度、歯牙にもかけない」
「うわぁお。やるなぁロキ君。いつも通り、頭おかしいわ」
「フランちゃん、それ褒めてないよ」
「たしかに、ロキ君は異常ね。兵士さんたちも困惑しているわ」
呑気に会話をしていると、瓦礫の中から魔物が立ち上がった。
「生きているのか。タフなやつだな」
「グフゥ。いったい何が」
「え?」
「魔物が、喋った?」
白い毛に、黒のメッシュが入った毛皮。大きさは電車一両ほど。形はといえば、何の変哲もない虎である。
異常に大きいホワイトタイガーと言えば陳腐に聞こえるが、ロキの拳に咄嗟の受け身を取ったことからも、相当な実力者だと見える。
「実力者揃いらしいな。潮時か」
「逃がすと思うか?」
ホワイトタイガーの魔物に、ロキが一瞬で接近した。
それを予測していたかのように、魔物は地面を蹴って瓦礫を打ち上げた。これではロキも上手く攻撃が出せない。
「小賢しい!」
まるで悪役のようなセリフで、ロキは瓦礫を打ち払った。しかし、その時間を利用して、どういう手品かホワイトタイガーの魔物は姿を消していた。
「ちっ。逃げたか」
「ちょっと周りを見てきたけど、どこにもいなかったよ」
「図体が大きいと脳も大きいんかな? 人の言葉を喋る魔物なんて初めて見たわ」
ロキとシャルルの異常なスピードに慣れているフランとアイリスはともかく、周囲の人々は呆然と見つめていた。
いや、姿さえ捉えられないものを見つめるというのはおかしいだろうか。
「お姉さんには、終始何が起こっているのか見えなかったけれど。とにかく、あの魔物は逃げたのね?」
周囲の人々、特に兵士は「よく聞いてくれた」とでも言わんばかりにアイリスに視線を向けた。
「ああ。帰ったらしい。というより、探知魔法でも使えば分かるだろう」
「人が多すぎて探知なんて出来ないわ。動いているものを探知するだけの魔法だもの」
「安心してええと思うで。逃げたんは多分外の方やし」
「ちょこっと見てきたけど、どこにもいなかったよ」
「そうなのね」
周りの人々は胸をなで下ろした。
「ほな、ここは兵士さんたちに任して、うちらは王都に向かおか」
「そうだね。あんまり騒動を起こしたって思われるのも嫌だし」
「面倒事の気配がするのはお姉さんだけかしら?」
〜王都〜
王都へと入った瞬間、周囲の景色が変わった。
他の大都市では家が密集した雑多な景観であったのに対し、王都の邸宅はどれも華美な装飾が施されている。また、そのどれもが庭付きで、手入れが行き届いている。
「ほぇー。建物がどれも大きいね」
「うち、メイドさんとか初めて見たで。お貴族様ばっかり住んどるんやろな。羨ましいわ」
「物価も異常に高いらしいな」
「貴族だって見栄でここに住んでいるのよ。王都の繁栄の一端を担っているわ。それが嫌でお姉さんは自分の街に閉じこもっているのだけれど」
「その方がいいよ。ここで王様に媚を売るより、自分の街を育てた方がさ」
「うちらもどうせすぐにお暇するとこやし、さっさと冒険者ギルドまで行こうや」
〜王都・冒険者ギルド〜
「あら? 誰かと思えば」
冒険者ギルドの内装だけは王都であっても変わらない。そこでアイリスは知り合いを見つけたようだ。
青髪に青髭の熟練冒険者。
「ガラナさん、だっかしら。ご無沙汰ね」
「おや。東の魔女殿に名前を覚えて貰えているとは。光栄です」
「各地で活躍しているそうじゃない。こんなところでどうしたのかしら?」
「いつも街から出ない貴女が仰るのですか」
「あら、そうね」
「僕は魔物の報告をしに来たのです。この間仕損じた物が王都に向かっていたので」
「もしかして、白黒の大きな魔物かしら? 四足歩行の」
「ええ、そうです。もしや、お見かけに?」
「ええ。逃げられてしまったけれど」
「東の魔女殿でも、ですか」
ここでガラナは、ロキたちに視線を向けた。
「魔女殿。この子たちは?」
「そうね。言うなれば、ミルクの救世主かしら」
「救世主? この子たちが?」
「詳しくはギルドマスターの前で話すわ。ここへ来た用件とも関係があることだもの」
会話を繰り広げる二人へ、受付の女性が声をかけた。
「お待たせ致しました。マスターがお待ちです」
王都の冒険者ギルドとあって、接客も卒がない。姿勢の良い彼女に続き、ロキたち五人は奥へ入った。
〜王都・冒険者ギルド・奥地〜
応接室と見られるその部屋では、
「む。魔女よ。この部屋に若造を入れるでない。儂は若い者が嫌いなんじゃ」
「あら? お姉さんも若いわよ?」
「それを言えるのは肌のハリを良くしてからじゃ」
「うふふ。このギルドに特大の雷を落としても良いかしら?」
「魔女殿。抑えて抑えて。マスターはデリカシーが無いのです」
青筋を浮かべたアイリスを、ガラナが宥める。
その間に、マスターの視線はロキたちへ。
「ほれ小童共。出て行かんか」
「ほう。神に対して小童と言うか」
「ほっほっほ。魔女が連れてきた以上、実力者ではあるのじゃろうが。神とは大きく出たのう」
「それはそうだ。本当のことだからな」
「ロキって凄いよね。あれを偉い人の前でも言い張るんだから」
「そうやな。普通の人間には無理やわ」
「おい、聞こえているぞ」
まるでイタズラがバレたかのように、フランとシャルルは小さく舌を出した。
「ほっほっほ。面白い小僧じゃ。気が変わった。居ても良いぞ」
「それよりマスター。ご報告です」
「お主が取り逃がす程の魔物とはどういうものか、聞かせてもらおうかの」
「四足歩行で、白黒の毛皮。鋭い爪を持ち、尋常ならざる速度で攻撃を仕掛けてきます。危うく、パーティに犠牲者が出るところでした」
「人の言語を話すほどの知恵があるわ。それから、戦況次第で逃げ出す分別も」
「魔女も取り逃したか。厄介な魔物が現れたものじゃな」
ギルドマスターは一つため息を吐くと、傍で控えさせていた女性に何事か告げた。
その女性は、羊皮紙を取り出し、一旦退出。
「それから、もう一つ報告があるわ」
「ふむ。何じゃ?」
「東の海岸に、巨大な魔物が現れたのよ」
「ほう? ガラナの言うものとは違うのか?」
「ええ。四足歩行ではあるけれど、背中には硬い甲羅があった。おかげで魔法の通りが悪いなんてものじゃなかったわ。加えて魔法を反射までしてくるのよ。それに、大きさのスケールが違うもの。王城よりも大きい魔物だったわ」
「なんと。そんな怪物が。して、どうしたのじゃ?」
「倒してもらったのよ」
「誰に?」
「まさか」
「ええ。ロキ君たちにね」
ガラナとギルドマスター、二人の驚愕の視線が集まる。
ロキはこともなさげに首肯した。
「証拠は?」
「あら。魔女の発言だけでは不満かしら? 魔物の存在証明なら、ミルクの街に死骸が残っているけれど」
「魔女以上の力を持つ、そんな冒険者がいただなんて」
「小童ども、いや、お主ら。今のランクは?」
「Cだな」
ロキは正直に答えた。
「あんな大きい魔物倒してこれってのもしっくり来ないよね」
「うちとシャルちゃんは文句言われへんやんか。だいたいロキ君のおかげやろ」
「そうなんだけど。せめてロキのランクは上がって良いよね」
「それはそうやな。一気にSランクとかなるんちゃう?」
「あはは。ロキならやりそう」
ギルドマスターの前とあって、緊張で若干言葉少なだったフランとシャルルであるが、自分たちの功績の話とあって、気が楽になっているようだ。二人の間で会話が弾んでいる。
驚きで口をあんぐりと開けているガラナとギルドマスターには、全く関係の無い話であるが。
「これも上へ報告じゃな」
ギルドマスターは再び、側仕えの女性に何事か告げた。
「しかし、巨大な魔物の同時出現とは。何か関係がありそうですね」
「その上、一匹はまだ殺せておらん。早急に判断を仰ぐとしよう」
「それじゃあ、報告も済んだし、ここでお暇させてもらうわね。ロキ君、行きましょう」
「待て。これから儂は国王に判断を仰ぐ。国王の決断によってはまた話さねばならぬやもしれん。宿は用意してやるから、王都に留まっておるのじゃ」
アイリスは、いつもの笑顔を少しだけ歪ませた。
〜王都・ホテル〜
ロキたち四人はそれぞれ、高級ホテルの一室を貸し与えられた。
「うわぁ。シャンデリアって初めて見たよ」
「さすが王都の宿やな。最高級やわ」
「お前ら、あまりキョロキョロするなよ。子供じゃあるまい」
「こんなに豪華なの見たら仕方ないじゃん」
「ええやんか。この部屋には身内だけやで?」
初めてのホテルにわくわくが止まらない様子の二人。それに対し、アイリスが纏う雰囲気は澱んでいた。
「はぁ。こうなるからさっさと帰ろうと思っていたのに」
「なんだアイリス。何かまずいことがあるのか?」
「こうしている間にも仕事は溜まっているのよ。それを思うと憂鬱で憂鬱で」
「お姉さん、街のやり繰りって大変そうやな」
「私たち、はしゃぎすぎかな?」
「ああ。アイリス程落ち込まなくて良いが、落ち着きを持て」
「はぁぁ。嫌な予感には従うものね」
ここへ来て、面倒事に巻き込まれたのだと確信を持ったアイリスであった。
お読みいただきありがとうございます。
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