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ジャン負け村人転生しようぜ  作者: リア
第三章・東方見聞録
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約束

〜ミルク・街頭〜



 アイリスの市長カミングアウトが終わってすぐ、ロキたちは街に繰り出していた。



「そういえばお姉さん、火傷はもう大丈夫なん?」


「ええ。すっかり良くなったわ。マントが優秀だったおかげで、痕も残らなさそうね」


「そっか。良かったぁ。お姉さんせっかくお肌綺麗なのに、痕が残ったら勿体ないもんね」


「若い子達には負けるわ」


「若い子達って、アイリスはいったい何歳なんだ」


「あら。紳士たるもの、淑女に年齢を尋ねるのは野暮というものよ」



 クスクスと笑うアイリス。ロキたちも、アイリスの笑顔の変化には慣れてきた。



「そうやお姉さん。あのマントって、代わりあるん? 今日はしてへんみたいやけど」


「それが無いのよ。あれが無いとスースーして落ち着かないわ」


「なら、そんな水着みたいなのじゃなくて、ちゃんとしたの着れば良いんじゃない?」


「それだとロキ君を悩殺出来ないわ」


「しなくていい。目の毒だ」


「まあ。酷いわ」



 言葉ではそう言いつつも、アイリスは実に楽しそうである。



「あのマントはね、特別製なのよ。金属糸が織り込んであるとかで、防御性は抜群なの。だから発注してから届くまでに時間がかかるのよ」


「あっ、それうちも着てる!」


「あ、そうだったんだ。だからいつも同じ服で、鎧も無いんだね」


「言うても、使われとるんは急所とか一部だけやで。これがあるだけで割高になるんよ」


「財布には優しくないけれど、お洒落な女性の味方と言って良い技術ね」



 見目を良くするには、往々にしてお金がかかるらしい。



〜喫茶店〜



 クラシックな趣のある喫茶店に、四人は入った。



「ここのケーキはこの街一番と評判なのよ。今日はお姉さんの奢りだから、気にせず食べてね」


「わーい!」



 アイリスが店主に目配せをする。市長からの視線に店主はおどおどしながら、コーヒー豆を挽き始めた。ダンディなあごひげを生やした熟年の男性だが、アイリスの前では形無しである。


 無邪気に喜ぶシャルルを、アイリスは組んだ手に顎を乗せてニコニコしながら鑑賞していた。


 見られていることに気づいたシャルルは、恥ずかしそうに話題を変える。



「思ってたんだけど。お姉さん、自分を犠牲にしてまでこの街を守ろうとしてたよね。どうしてそこまでする必要があったの?」


「確かにそやな。この街の人を守るだけやったら、住民避難とかだけで良くない?」


「嵐とはいえ、人が飛ばされるという程でもなかっただろう」


「そうね。住民を守るだけなら、それでも良かったのだけれど」



 アイリスは偲ぶように窓の外を見た。



「お姉さん、約束したのよ。この街を守るって」



〜十数年前〜



「お父様、お父様!」


「どうしたんだい、アレク。今日はお友達の家に行くのではなかったのかい?」



 アレクサンドラ・ミルク。アイリスの本名である。その名の通り、ミルクの市長の娘であった。



「この街に山が来て! それで男の人がバーンって!」


「アレク。落ち着いて。ゆっくり話してごらん」



 アイリスに未来視のスキルがあることは、家族内だけでの秘密であった。


 家族というのも、アイリスとその父親との二人だけであるが。


 一人娘で且つ亡くなった妻の形見ということで、アイリスを過度に心配した父親の配慮である。



「未来にその大きな魔物が来るんだね?」


「うん! お父様、どうにかできる?」


「あはは、ちょっと、厳しいかな」



 アイリスの父親は困ったように笑った。山のような図体の魔物など、一般人の彼がかなうはずはない。



「けれど、アレク。この街は好きだろう?」


「うん」


「即答か。ははは。なら父さんは、全身全霊をもってこの街を守るよ。アレクがこの街をずっと好きで居てくれるように」



 そのときアイリスにとって、父の姿が限りなく美しく、頼もしいものに見えた。



〜三年前〜



 市長の座をアイリスに譲り、退任したころから、アイリスの父親は体調を崩した。



「アレク、大丈夫か? 何か困っていないか?」


「お父様ってば、いつもそれね。自分の体調を心配してはどう?」


「アレクが働いているのに、これが落ち着いていられるものか。ゲホッ、ゲホッ」


「ほらほらもう。無理しないで」


「はぁ。すまない。父さんの体が弱いばかりに、アレクには負担をかけて」


「それは言わない約束でしょう?」



 アレクの冗談じみたセリフに、何故だか父親は驚いたような顔をした。



「ははは。アレクは父さん似だな」


「どういう意味かしら?」


「そのセリフは昔、父さんが母さんに言ったセリフなんだ。母さんはその日のうちに死んでしまったけどね」


「お父様は死なないわよね? この街を守っていてくれるのでしょう?」



 アイリスは、子供のように駄々を捏ねた。



「ははは」



 父親は乾いた笑いをこぼすだけ。


 それがどういう返事なのか、アイリスには分かってしまった。その未来を想像し、顔を俯ける。


 しばらくの間、病室を静寂が包んだ。


 先に口を開いたのはアイリスだった。



「お父様、この街は好き?」


「何を言うかと思えば。当たり前じゃないか。生まれたときからこの街で過ごしてきたし、今ではアレクまでいる。こんなに素敵な街は他にない」


「即答ね。お父様ならそうだろうと思っていたけれど」



 アイリスは一呼吸置いて、顔を上げた。



「お父様。お父様の代わりに、私がこの街を全身全霊を賭けて守るわ。だからお父様は」


「ああ。ずっとずっと、見守っているよ。アレクが頑張っているところを、ずっと」



 アイリスの父親は、いつも娘がしているような微笑みを浮かべ、安らかに眠りについた。



〜現在〜



 しんみりとした静寂が喫茶店を包む。聞こえるのは、店主が挽く豆の音だけ。外の喧騒でさえ、今は空気を読んでいるかのようだ。



「良い父親だな」


「ええ。最高の父よ」



 即答であった。



「ごめんなさい。湿っぽい空気になってしまったわ。気分を切り替えて、楽しくお茶会にしましょう」



 アイリスが手を合わせて微笑むと、横から店主がチョコケーキとコーヒーをサーブする。



「このお店も、お父様がよく通っていたわ。一緒に連れてきてもらっては、このケーキを食べていたの」


「思い出の味、というやつだな」


「ええ。早速頂きましょう」



 配膳を終えた店主はその場で一礼をすると、そっと店外へ出ていった。



「何これ。にっがーい」


「シャルちゃん、コーヒー飲んだことないん?」


「ケーキと食べてこその苦味と香りなのだけれど、シャルちゃんはお砂糖を入れた方が良さそうね」


「シャルの舌は子どもだな」



 嘲笑を浮かべ、カップに口をつけるロキ。



「むっ。大人だよ。別に苦くないし」


「シャルちゃん、ロキ君の挑発に乗らんでええで」


「そうよ。無理はしない方が良いわ」


「いいの。私は大人だから、この苦味を楽しむよ」



 とは言いつつも、コーヒーには手を出さない。シャルルが手を伸ばしたのはケーキだ。正確に言えばフォークだが。



「これって本当にケーキ? すごく綺麗。切っちゃうのが勿体ないよ」


「ザッハトルテと言うのよ」


「こんな綺麗なケーキ初めて見たわ。さすがこの街一番って言うだけあるなぁ」



 直径10センチくらいの円柱のバターケーキに、チョコレートがコーティングされている。光沢のあるコーティングには一切の皺も無い。



「見事だ」



 これには神もご満悦。



「怒涛の甘みと仄かな酸味が合わさって。んー! 至福やわぁ」


「酸味はラズベリージャムよ。やっぱりチョコレートにはラズベリーね」


「香り高いコーヒーともよく合っている。正真正銘の一級品だ」


「初めてお母さんのクッキー以上に美味しいお菓子と出会ったかも」


「シャルちゃん、さすがにそれは住む世界が狭すぎひん?」


「たしかに、シャルの母親のクッキーは美味かったな」


「あら、腕が立つのかしら。是非お会いしたいわ」


「お母さんも喜ぶよ」



〜数十分後〜



 絶品のザッハトルテを少しずつ口に運びながら、世間話や将来の夢について語らうことしばし。



「そろそろ出ましょうか」


「ああ」


「お姉さんは会計を済ませてくるわ。忘れ物の無いようにね」


「そのセリフ、なんか昔を思い出すわ」


「子供の頃はよく言われたよね」



 アイリスの後方でまたシャルルとフランが無駄話に興じようとしていたところ、アイリスが困惑し始めた。



「おかしいわ。どこにも店主がいないの」


「買い出しにでも出かけているんじゃないか?」


「お姉さん、少し探してくるわね。入れ違いにならないように、ロキ君たちは店の中で待っていて」


「うん。わかった」


「小刻みに戻ってきてや? お姉さんの奢りなんやから」


「うふふ。分かっているわ」



 そう言ってアイリスがドアを開けると。


 扉のベルが鳴ると同時に、数多の破裂音が響いた。



「え?」



 眼前の光景に、アイリスは呆気にとられていた。


 店の前では、多くの市民が駆けつけていたのである。



「市長! この街を救ってくれてありがとう!」


「この間のでけえ魔物、姐さんが倒したんだろ? 大したもんだぜ」


「い、いえ。私は別に」


「それだけじゃないよ。いつも私たちのために色んな知恵を貸してくれているじゃないか」


「しちょーさん、いつもがんばってる!」



 集まった市民は口々にアイリスを褒め称えた。



「ちょ、ちょっと待ってちょうだい。これはいったいどういうことなの?」



 アイリスは困惑しきっている。


 そんな彼女の元へ、店主が歩み出た。



「前市長。アレクサンドラ様のお父様からの遺言です。「アレクが何か大きな困難を乗り越えたら、是非市民皆で祝福してやってくれ。愛する娘にこんなことしか出来ないのは不甲斐ないが、どうか頼む。街を守った英雄に、拍手を」と」



 店主の言葉の後、ミルクの街が拍手で満たされた。


 アイリスは涙を堪えきれなかった。未だかつて無い感謝の激流に、アイリスは打ち震えていた。


 アイリスの父親が書いた遺言を、店主がアイリスへ手渡す。



「お父様ったら」



 アイリスは市民からの感謝をしみじみと受け取り、そして、これ以上無いくらいの笑みを浮かべた。



〜数時間後〜



「祝い事とあったら、盛大に祝おうぜ! 祭りだ!」



 そんな船頭の先導で、街を上げての宴が始まった。


 今夜は無礼講。市長も市民も関係なく、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎである。



「アイリスお姉さん、楽しそうやね」


「うん。街のみんなも大はしゃぎだね」


「なんだ、祭りだというのに遠目から見ているとは、お前達らしくもない」


「だってさ、うちら、そろそろこの街を出るやろ?」


「そういう計画だったもんね」


「ああ。そうだな」


「そうやって考えたら、なんかすごい寂しいなって思って」


「アイリスお姉さんがいると楽しいもんね」


「ああ。だが、それはこの街の奴らも同じだ。俺たちが無理に引き抜くことはできない」


「わかっとるよ、そんなこと」


「だったら、アイリスがいる今を楽しめ。どうせ別れることになるなら、最後くらい大きな思い出にするんだ」



 珍しく人間関係に口を出したロキ。フランとシャルルはそのロキの顔を見つめると、フッと微笑んだ。



「そうだね。アイリスお姉さんといられるのはこれで最後かもしれないし、楽しまないと」


「せっかくの祭りやしな。めいっぱい楽しむで!」



 フランとシャルルがアイリスの元へ駆けていくのを、ロキは後方から微笑ましいものを見る目で見ていた。



「あらぁ? シャルちゃんにフランちゃん。あなたたちもお酒、飲むぅ?」


「うわっ、お姉さん酒臭いよ」


「しかも絡み酒やね。来て損したかもしれんわ」



 苦言を呈しながらも、アイリスに抱き寄せられた二人は、満更でもなさそうなのであった。



〜更に数時間後〜



 夜も更けて、縁もたけなわ。ロキたちはとっくに宿へ帰っていた。


 酒を飲まぬ自制心のある者は帰途につき、宴だと調子に乗って酒を飲んだ者は路上でも構わず倒れ、眠りこけている。


 アイリスもその一人であった。ただ、アイリスも大人である。朝まで眠るという愚行はせず、真っ暗闇の中で目覚めた。



「帰らないと。こんなところで眠ったら風邪をひくわ」



 そうして自宅へ辿り着き、そこから直接ベッドへ倒れ伏す。



「はれ? なにこれ?」



 ポケットの中に慣れない感触。


 それは父親からの遺言状であった。幸いなことに、目立った皺はついていない。



「お父様ぁ」



 酔いも醒めぬ中、アイリスは無意識に近い動きでそれを開いた。


 当然、喫茶店の店主が読み上げた文章が続く。



「あれ?」



 しかし、アイリスの目は最後の一文で止まった。店主が読み上げていない部分があったのである。



 愛しのアレクへ。


 天国から、ずっと見守っているよ。

お読みいただきありがとうございます。

アドバイスなどいただけると幸いです。

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