亀の甲より神の光
〜数十分後〜
「はぁ、はぁ、はぁ」
アイリスは目に見えて疲弊していた。雷属性における大魔法。それを連発したことにも要因はある。しかし。
「これだけ食らってまだ動くのね」
全力で放つ魔法を全弾被弾して、かつ歩みを止めない魔物から来る、精神的ダメージも大きい。
また、近づいて至近距離で魔法を使って振り落とされたことによる落下ダメージも少なくない。
アイリスが砂浜に膝をつき、息を荒くしている間にも、魔物は岸へ、街へ近づいてくる。
「お姉さんを無視しないでもらえるかなっ! 雷光放電っ!」
残り少ない魔力を使い、どうにか魔物の気を逸らそうとする。
しかし、魔物の歩みは止められない。
「やってやろうじゃないの。電磁加速」
再び、アイリスは魔物の甲羅部分へ張り付いた。今度は振り落とされないよう、しっかりと掴んで。
「雷光放電! 一斉発動!」
稲妻が視界を白く塗りつぶす。今度こそ、魔物の頭部に全弾命中した。
蓄積されたダメージもあり、これには魔物も堪えたのか、歩みを止めた。
「あら。ようやくお姉さんのことを見てくれる気になったのかしら」
してやったり。と、アイリスが口角を上げた。
すると、魔物の頭部が伸び、赤い目がアイリスを捉えた。
「どうしたのかしら? もしかして、怒ってしまったの? あなたより小さいお姉さんにダメージを受けて? 可哀想ね」
言語はきっと通じていないが、精一杯の挑発であった。
亀の魔物はまんまと乗せられたらしい。狂ったように暴れ、アイリスを振り落とそうともがく。
「そう簡単には落とされないわ。お姉さんの背にはミルクの街がかかっているもの」
杖さえも手放し、必死で甲羅にしがみつく。
その執念に、魔物はついに抵抗をやめた。
「あら。諦めて帰ってくれる気になったかしら」
一瞬、アイリスの気が緩んだ、その瞬間。
白い光と轟音が世界を満たした。
これはアイリスの魔法では、ない。
「ああああっ!」
轟音が終わり、響いた悲鳴はアイリスのものであった。
魔物の魔法、反射。受けた攻撃をそのまま打ち返すというものだ。
アイリス愛用の外套は見るも無残な状態に焼失しており、また、内部の衣服まで少し焦げている。
そして、美しいアイリスの肌にも、火傷が目立った。
「ぐっ、あああっ!」
しかし、アイリスは手を離さなかった。
「やらせないわ。お姉さんの街は、誰にも壊させはしない!」
アイリスの、狂気にも似た執念に、魔物は畏怖の念を抱いた。
そして、もう一度反射の魔法を放とうと、魔力を高める。
「次に喰らえば、さすがにまずいわね」
アイリスの体を守る衣服は、もうほとんど焼け焦げてしまっている。次に喰らえば、火傷どころでは済まないかもしれない。
「でもね。良いことを教えてあげるわ」
アイリスはニヤリと笑った。
「人間っていうのは、どれだけ自分の身が危険でも、決して諦めないのよ。これって決めたことに関してはね」
それは愚かとも言える。されど、強力無比な力であった。
「この街はお姉さんの街。それに、ここにはロキ君もシャルちゃんも、フランちゃんもいる。尚更、ここを通す訳にはいかないの」
アイリスはもう一度、魔物の甲羅を握りしめた。
「死んでもあなたを通さない」
アイリス目には微塵も諦めの色などなかった。強い眼光で、魔物を睨みつけている。
アイリスのその目に呼応するように、魔物の目がギラりと光った。
またもや、白い光がアイリスを襲う。
やがて、光が止んだ。亀の上には、もうアイリスの姿はない。
「はぁ。まったく無茶をする」
「ロキ、君?」
「お姉さん! ごめんな、遅くなって! もっと早く来られたら良かったんやけど!」
「フランちゃんがお姉さんの雷にビビってるからだよ」
「まったくだ。しかし、アイリスがまさかあそこまで魔法に熟練しているとはな」
「そうやんな。びっくりやわ」
「呑気に話してる場合じゃないよ。あのバカでかいの、どうにかしないと街が踏み潰されちゃう」
アイリスという邪魔者がいなくなったことで、魔物はまた歩き出していた。もうまもなく、片足が砂浜に到着する。
アイリスたちを踏み潰そうと。
「アイリスお姉さん、立てる?」
「ええ。大丈夫よ」
「掴まれ。戦線離脱する。お前を前線に置いておくわけにはいかない」
「フランちゃんは私に」
「はーい」
〜ミルク・街頭〜
亀の魔物の足が降りてくる直前、ロキたちは街まで戻った。
アイリスをどこかへ預けようとするロキたちに、彼女自身が抵抗する。
「待って。お姉さんはまだ戦えるわ」
アイリスは、懇願するような目でロキを見た。
「はぁ。お前は後方支援だ。俺たちに当てるなよ」
アイリスはいつもの笑顔で頷いた。
「アイリスお姉さん、それだけこの街が大切やねんな」
「良いね、そういうの。守りたいものがあるって」
「アイリスが守るこの街に、あんなデカブツを一歩でも踏み入らせるなよ」
ロキは拳を打ち鳴らした。
「さあ。神の力をみせてやろう」
〜ミルク・海岸〜
亀の魔物が次の一歩を踏み出した。次の落下予定地は桟橋である。
しかしそこでは、不敵に微笑むロキが仁王立ちしている。
落下する前足に合わせて、ロキは全力で拳を突き出した。
「ぐっ、オラァっ!」
いったい何トンあるのかも分からない亀の魔物の足を、ロキはその身一つで跳ね返した。ついでに、足裏火傷のおまけ付きである。
亀の魔物は、まるで笛のような奇怪な鳴き声を上げ、後ずさった。
「シャル!」
「凍結!」
シャルルの放った魔法が、亀の魔物の足元の海を凍てつかせる。これにより、亀の魔物の動きは止まった。
「岩雪崩!」
そこへ炸裂するフランの魔法。現在進行形で起こる大雨に勝るとも劣らない勢いで、亀の魔物に岩石が降り注ぐ。
しかし、その全てが堅い甲羅に弾かれてしまった。
「はぁ。はぁ。こんな魔法使ったの初めてだよ」
「シャルちゃん、お疲れさん。あとはロキ君が上手くやってくれるわ」
フランが発動した魔法の、最後の一弾は、赤熱化していた。
そう、ロキが乗っているのである。
そのまま岩石は着弾。弾かれはしたものの、熱かったらしく、魔物はまた奇怪な悲鳴を上げた。
「さて。覚悟は良いか?」
亀の魔物の甲羅の上で、ニヤリと笑むロキ。しっかりと小盾を篭手として装着した上で、拳を振り下ろした。
たかだか拳一発とは思えないほどの風圧が発生し、一瞬だが、それで雨さえも吹き飛ばした。
その結果はといえば、魔物の甲羅にヒビが入っている。どんな魔法でも傷一つ付かなかった甲羅を、拳の一つでロキは叩き割った。
「まだまだ行くぞ!」
ロキが意気込み、拳を上げたその瞬間。
周囲を白い光と轟音が埋めつくした。
「ひいっ!」
「ちょっとフランちゃん、しがみつかないで!」
亀の魔物の魔法、反射が発動した。アイリスから食らった雷の魔法を、ロキに跳ね返したのである。
そのロキはというと、既に亀の甲羅から降りていた。
「ロキっ! 良かった。無事だった」
「はぁ。まったく、丈夫な魔物だ。一撃で沈まなかったのはあいつが初めてだな」
「いらん考察せんでええって。それより、どうすんの? 雷打つ気マンマンみたいやけど」
魔物の甲羅は、少しだけ帯電しているようだった。そのまま突っ込めば、まんまと雷を食らうことになるだろう。
「それに、甲羅を割ってばっかりじゃあ埒が明かないよね」
「そうだな。迅速に終わらせてやる必要がある」
ロキたちが思考を巡らせていると、フランが声を上げた。
「なぁ、なんか寒ない?」
「ん? そうだな。雨で冷えたか?」
「違うよ! 魔物が私の魔法を真似してる! 私たちに付いた雨を凍らせてるんだ!」
「え、ほんま?」
「みたいだな。見ろ。あいつの周りから、海が少しずつ凍り始めている」
「これは尚更短期決戦にしないとね」
「あっ。ええこと思いついたで」
「どうした、唐突に」
「あの魔物をワンパンする方法。うちが教えてあげるわ」
得意顔のフランに二人が集まっていると、ついに海がほとんど凍ってしまった。無尽蔵の魔力である。
それとほぼ同時に、ロキたち三人が話を終え、ニヤリと笑った。
「よし。やるか」
「うん。私はアイリスお姉さんに頼んでくるね」
「頼んだで。うちは魔法の準備や」
各自が準備に取り掛かる。
しばらくすると、魔物の拘束が解けた。シャルルの作った氷が、亀の魔物の体温で溶けたのである。
しかし、それで狼狽えるようなことはない。四人は既に、準備を終えていたのだ。
「ほな行くで! 岩石砲!」
フランの魔法により、氷の海へいくつかの足場が現れる。
「氷槌!」
そこへやってきたシャルルが、氷の塊を生み出した。
いつぞやの訓練の通り、シャルルが足場を蹴って、氷を動かし始める。
そして、ロキがその上に飛び乗った。
「行っくよー! アイリスお姉さん!」
「ええ! 電磁浮遊! はあああああ!」
どれだけの重さかも分からないあの魔物が、アイリスの魔法で浮かび上がった。たった数十センチだが、それでも浮いたのである。
そして、氷の塊と共に、ロキは魔物の腹部へ潜り込んだ。
「吹き飛べっ!」
ロキはそのまま、思い切り魔物の腹を殴りつけた。
既に浮いている魔物に、抵抗する術はない。
魔物は高く高く、空へと吹き飛んだ。分厚い嵐の雲を突き破るほど高く。
十数秒の後、海に張った氷を叩き割り、亀の魔物は仰向けに着弾した。
「神を害するなんぞ百年早い」
落下した魔物の腹に飛び乗り、ロキは拳を掲げた。
突き破った雲の隙間から、ロキに太陽の光がそそぐ。
「やったぁ!」
「やったね、アイリスお姉さん!」
「ええ。ええ!」
呆然としていたように見えるアイリスであったが、すぐに喜色満面の笑みを浮かべた。
「みんな、ありがとう。街を救ってくれて」
〜一週間後〜
それから数日、ミルクの街は、諸々の後処理に追われていた。
何せ、巨大な魔物の死体が転がっていたり、所々に流氷が浮かんでいたりと、滅茶苦茶な状態なのである。
そんな中、復興の指揮を執るのはアイリスであった。リーダーシップを遺憾無く発揮し、みるみるうちに産業を復旧させていく。
そして、魔物討伐から一週間の今日、腹を割って話そうと、ロキたち三人はアイリスに呼ばれていた。
そこは、ミルクの市役所である。
「今日は三人に、今まで秘密にしてきたお姉さんのことを教えたいと思うの」
何故だかそこの応接室に通されて、アイリスと向かい合っている三人。
「お姉さん、実は商人じゃなくて、この街の市長なのよ」
アイリスは、単刀直入に切り出した。
「ほう。そうだったのか」
「商人ちゃうやろうとは思っとったで」
「二人とも反応薄くない? 私、結構驚いてるんだけど。市長ってあれだよ? この街で一番偉いんだよ?」
「なんにせよ、高い立場にあることは予想していた」
「船頭さんの態度といい、魔物討伐をうちらに頼むことといい、いくつか怪しいとこはあったやんな」
「え、ロキ、分かってるサイドなの? おかしくない?」
「喧嘩か? 買うぞ?」
「こら、ロキ君シャルちゃん。今はもっと大事なことがあるでしょ」
フランが二人を窘めた。
「そうだな。問題は、どうしてアイリスがそれを黙っていたか、だ」
「うちらを連れてくるだけやったら、商人のフリせんでも、別に市長さんのままでもええやんな」
「それはね、あなた達が相応の優しさを持った人かを調べるためよ」
「それにしたって、すぐバラしたらええやんか」
「それは。そうね。ひとつずつゆっくり話しましょうか」
「ロキにもわかるようにね」
「よし、表出ろ」
「こらこら」
またもやフランが窘めると、アイリスの笑みは濃くなった。
「うふふ。ロキ君たちは知らないみたいだけれど、実はこの街、国から恨まれているのよ」
しかし、内容はおおよそ笑顔で言うことではない。
「治外法権を自称して、国からの支配を回避しているのよ。国から、と言っても、今の時代は侯爵からかしら」
「そんなことして大丈夫なん?」
「大丈夫ではないわ。けれど、お姉さんの実力と名声があれば問題ないわね」
アイリスは、とびっきりのイタズラを仕掛けたように微笑んだ。
「実はお姉さん、本当の名前はアイリスではないの」
「え?」
「アレクサンドラ。アレクサンドラ・ミルクよ。東の魔女と呼ばれているわ」
ロキたち三人は沈黙した。そして、哀れむような目をアイリスに向ける。
「アイリスお姉さん、私たち、そんな人聞いた事ないよ」
「神を自称しとるロキ君みたいやな」
「いや、あの。お姉さん本当に」
「安心しろアイリス。俺はお前の味方だ。自称が信じられない気持ちはよく分かる」
「お姉さんを可哀想な人にするのは止めてもらえる?!」
ロキたち三人を驚かせるつもりが、困惑したのはアイリスの方であった。
お読みいただきありがとうございます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




