アイリスの告白
〜数日後〜
日が昇る前からの嵐で、宿の窓は風に揺れ、雨に打たれてそれはそれはうるさい。
「凄い雨だね」
「風も強いし、外出どころやないなぁ」
「良いじゃないか。最近依頼続きで金には困っていない」
「まあね。たまには部屋でのんびりする日があってもいっか」
「カードでもする?」
「そうだな。ポーカーでもするか。三人だが」
「あら、良いわね」
トランプを用意し始めたロキの部屋へ、アイリスがやってきた。
「えぇ?! アイリスお姉さん、なんで来たの?!」
「あら、来てはまずかったかしら?」
「いや、まずいも何も、外見たらわかるやんか」
「こんな嵐の中、よく来たな」
「この宿、設備は良いのだけれど古くてね。ロキ君たちが飛ばされていないか心配だったのよ」
「心配はいいから。こんな雨の中来たんならずぶ濡れでしょ? お風呂入って温まろうよ」
「お姉さん、マント預かるで」
「ええ、お願い」
アイリスはフランに外套を預け、シャルルに連れられて浴場へ向かった。
「なぁ、ロキ君」
「どうした?」
「このマント、あんまり濡れてへんのやけど」
「水を弾く素材なんじゃないのか?」
「普通のマントやで。なんでこんな濡れへんのやろ」
「さあな。海辺の街の便利道具だろう」
フランは納得いかないような顔で、外套を見つめる。
「あれ?」
「今度はどうした?」
「うちら、もう何週間もここにおるやんか」
「まあ、結構な日数滞在しているな」
「アイリスお姉さん、商人やのに、事ある毎にうちらに会いに来るやんか」
「そうだな。それだけこの街は儲かるんじゃないのか? ここがあいつの本拠地なんだろう?」
「それにしたって、仕入れとか行くんが普通やろ?」
「俺たちが知らないうちに行っているんじゃないか? 怪しいと思う気持ちもわかるが、疑ったところでどうしようもないだろう」
「まあ、あのお姉さんがうちらを騙してどうこうしようとしてるようには見えへんけど」
「シャルが言っていたぞ。あまり人を疑うものじゃない」
「そうやね。あんまり言うても仕方ないやんな。よし、ほなポーカーやろか」
「お前は風呂に行かなくていいのか?」
「あのおっぱいと一緒に行ったらまた発情してまうわ」
「左様か」
〜十数分後〜
アイリスたちが戻ってくるまで、ロキとフランはポーカーで一喜一憂しながら過ごした。
「温まったわ」
「お風呂にいつでも入れるって、地味だけど嬉しいよね」
「おかえり、二人とも」
「ポーカーに混ざるか?」
乗り気のシャルルであったが、隣のアイリスの表情は険しい。
「お姉さん、ロキ君たちにお願いがあって来たの」
「どうしたんだ、改まって」
「お願いなんて今までもしてたじゃん」
「また魔物? この雨ん中やし、明日にせえへん?」
フランは軽く言うが、アイリスの表情は険しいまま。
「魔物は魔物よ。でも、ただの魔物ではないわ」
「どういうことだ? 今までとは違うのか?」
「もしかして、あのデカいのが動いたとか?」
シャルルが言うデカいのとは、以前のティラノサウルスである。ただ、アイリスは首を横に振った。
「これからお姉さんが言うことを、ひとまず全て信じて欲しいの。そして助けて欲しい。あなたたちにしか頼めないのよ」
「はぁ。何の趣向か知らないが、聞いてやる」
「お姉さんの言うことだしね」
「ありがとう。やっぱりあなたたちだったみたいね」
「お姉さん、随分深刻みたいやけど、ゆっくり話しとる時間はあるん?」
「ええ、大丈夫よ。そのくらいの時間はあるわ」
アイリスは、笑顔をやめ、真剣な表情でロキたち三人を見回した。
「もしお姉さんが、未来から来たって言ったら。信じてくれるかしら?」
「無理だな」
「でも、理由も無くそんなこと言わへんやろ?」
「ええ、そうね。でも、お姉さんが未来人っていうのは嘘よ」
素晴らしいシンクロ率で、ロキたち三人はずっこけた。
「けれど、それに準ずる存在ではあるわ。実はお姉さん、未来が見えるのよ。存外にはっきりとね」
「お姉さんの言うことでも、さすがに信じられることと信じられへんことがあるで」
「そう簡単に信じられるわけがないだろう」
訝しげなフランとロキを、シャルルが諌めた。
「待ってよ。こんなに親しくしてきた人を疑うものじゃないって」
「ありがとう、シャルちゃん。でも仕方がないのよ」
アイリスは柔和に微笑んだ。渋々シャルルは引き下がる。
「どうしても信じて欲しいとは言わないけれど、まずは話を聞いて欲しいの。これから三時間後、嵐に乗じて海から巨大な魔物がやって来るわ」
「どんな魔物なんだ?」
「そうね。表現するなら、動く山かしら」
「山が海から来るって変な話やな」
「でも、そんなのが来たらこの街は」
「そう。潰れてしまうのよ。だから、あなた達に力を貸して欲しいの。お姉さんの未来視では、ロキ君たちがその山を倒していたわ」
話を聞いて、考える。
「胡散臭い話やけど、アイリスお姉さんの言うことやし、信じてあげたいとも思うわ」
「そうだよね! 信じてあげようよ! 信じて後悔することなんて無いって!」
そんなフランとシャルルの肯定的な意見に、ロキはため息を吐いた。
「はぁ。アイリスだから信用出来るとは言うがな。もし本当に未来が見えているのだとしたら、俺たちを利用するためだけに近づいたことになるんだぞ。そんな奴が信用出来ると思うか?」
「そ、それは」
およそ神、およそ主人公とは思えないひねくれた発言である。
アイリスは狼狽えた。
「未来が見えてるっていうんやったら、信用度合いが足りひん。うちらと出会ったのは利用するためやないって言うんやったら、未来視の話は嘘になるんか」
「ロキ! 言って良いことと悪いことがあるよ! そんな言い方っ! アイリスお姉さんが私たちのことを道具としか見てないみたいに!」
「シャルちゃん、落ち着いて。ロキ君が言うことはもっともだもの」
アイリスは諦めたように瞑目した。
「そうよ。お姉さんは、最初からこのときのためにロキ君たちに近づいたの」
「そんなっ! お姉さん! どうしてそんなこと言うの?!」
「シャル。少し静かにしろ」
「ロキっ!」
「シャルちゃん。今は冷静になるときやで。シャルちゃんが優しいのは知っとるけど、何でも鵜呑みにしたらあかん」
「フランちゃんまで」
シャルはもう泣きそうになっていた。
「初めからこの街を守るためだけに馬車を失くしたフリをして、あなた達と行動を共にしたわ。あなたたちがこの街を出ていかないように足止めもした」
「貴族の護衛依頼に行かせへんように、わざと魔物の討伐依頼を寄越したんやね」
「あのときのデカブツ。あれはやはり偽物だったか」
「そうよ。空間投影。映像で誤魔化していたの」
「なるほどな。俺たちは完全にお前の掌の上だったというわけだ」
「騙し続けるなんて、酷いことしはるわ」
「そう言われても仕方ないと思っているわ。何も知らないあなたたちを騙すのは、お姉さんにとっても本当に心苦しかった」
「苦しかった、という言葉は免罪符になどならんぞ」
「分かっているわ。お姉さんからはただ一つ。この街を救って欲しいの。お姉さんのことをどれだけ嫌おうと構わないけれど、それだけはどうか叶えて欲しい」
アイリスは深々と頭を下げた。
「アイリスお姉さん。私はお姉さんを信じたいよ。だから、少しでも多く情報をちょうだい。お姉さんの発言が証明されるような。未来で視たこととか」
「そうね。一つだけ。フランちゃんが獣人だということを、お姉さんは知っているの」
「っ!」
「海の山と戦った直後、フランちゃんの耳が露出するタイミングがあったのよ。フランちゃん、気をつけてね」
いつもの笑みでフランに話しかけると、室内で乾かしていたローブを羽織り直し、ドアノブに手をかけた。
「あなたたちとの時間は、想像以上に楽しかった。こんなこと、今言っても仕方がないけれど、あなたたち三人を心から愛しているわ。と言っても、この街の次に、だけれど」
「お姉さん」
「願わくば、ロキ君たちがこの街を救ってくれることを」
シャルルが呼び止めるのも聞かず、アイリスは出ていった。
「で、どうすんの?」
「信じる理由が無い」
「ロキ! 今も言ってたでしょ! アイリスお姉さんの言うことは本当だよ!」
「もしも、アイリスお姉さんの未来視が本物やとして。魔物という発言が本当である可能性はどう? うちらを足止めしてここに留めて、ほかの準備をしてたかもしれへんで?」
「あいつはフランが獣人だと知っていた。フランを狙う奴隷商人という可能性だってある」
「でも、フランちゃんが獣人だって知る手立ては」
「この間の最後の奴隷市場。あそこでうちに声をかけた人がおったやろ」
「もし、あそこと繋がっているのであれば」
「そんなはずない! アイリスお姉さんはそんな人じゃない!」
「落ち着け。考えられる可能性の一つということだ」
ロキはひとまず、かぶりを振るシャルルを宥めた。
「さて、それを分かった上で、だ。あいつのことを助けてやろうと思う」
「そうやね」
「え?」
「何を呆けているんだ、シャル。お前が望んだ回答だろうが」
「いや、でも、話の流れが」
「あいつはどこか胡散臭い。だが、だからといって願いを聞いてやらない理由にはならない」
「うちかて、アイリスお姉さんのことは好きやもん。助けてあげたいと思うやん。それに、奴隷商人くらいうちでもどうにか出来る自信あるで」
「じゃあなんで、あんな厳しいこと言ったの?」
「それはあれだ」
「あれやね」
「どれ?」
「ちょっとした悪戯心」
アイリスに辛辣な返しをされた二人の、見事な結託であった。
「はぁ。本気になって損したよ」
肩をすくめるシャルルであったが、その表情は明るいものであった。
〜ミルク・沿岸〜
強烈な風に髪を靡かせ、滝のような雨で見渡せない海を眺める一人の影。アイリスである。
「来たわね」
その視線の先には、小さな島があった。その小さな島はだんだん岸に近づくにつれ、大きくなっていく。
やがて、魔物は海から顔を出した。真っ赤な目がギラりと鈍く光っている。
その魔物の容貌は、巨大な亀であった。リクガメのようにのっそりとした動きで、しかし着実に岸へ近づいてくる。
「ロキ君たち、来てくれるかしら」
そのあまりの巨体に、思わず弱音が漏れる。
「ダメね。ロキ君たちに頼っていては。自分で何とかしないと。それが私の役目なのだから」
アイリスは杖を構えた。普段は持ち歩かない、特別な杖。このときのためだけに制作したものである。
「行くわよ。雷光放電、一斉発動」
アイリスがそう口にした瞬間、辺りは眩い光と轟音に包まれた。叩きつける雨の音すら、埋もれてしまうような爆音である。
それが収まり、アイリスが目を開けると。
「これで無傷。凹んでしまうわ」
そうは言えど、アイリスの策はまだ尽きない。今のはちょっとした牽制だと言わんばかりに、次々と魔法を発動させる。
「弱点は知っているのよ。電撃球体」
いくつもの輝く球体を、魔物の目元へ放つ。
しかし、魔物はそれを、首を引っ込めて避けた。
「あぁっ。ロキ君のスピードが羨ましいわね。けれど」
アイリスはニヤリと笑った。
「私だって負けてはいないわ。電磁加速」
次の瞬間、雷光の残滓を残して、アイリスの姿は消えた。
「ここからならどうかしら。雷光放電」
アイリスが現れたのは、魔物の首元。引っ込められた頭に向かって、もう一度雷鳴を轟かせる。
「きゃっ!」
その光でアイリス自身も視界が奪われていると、突然弾き飛ばされた。
背中から水面に叩きつけられ、水の中だというのに咳き込む。
「はぁ、はぁ。ここまでしたんだから、効いていて欲しいのだけれど」
なんとか陸地に這い上がって、魔物を見る。
「そこが弱いのではなかったの?」
煙を上げながらも、魔物はまだピンピンしていた。その上、まだ前進を止めていない。
「はぁ。前途多難ね」
アイリスはまた、魔物に向かって立ち上がった。
お読みいただきありがとうございます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




