海といえばスイカ割り
〜数日後〜
ロキたちが生活する宿には、この日もまたアイリスがやって来ていた。アイリスはいつものように、水着と大差ない格好である。
「海水浴に行きましょう」
「どうしたんだ急に」
「急でもないよ。この間水着買ったんだし」
「むしろ当然の流れやな」
待っていたと言わんばかりに、シャルルとフランは浮き輪やビーチボールを取り出した。
「いつの間に買ったんだ。それから何処に売っていたんだ」
「こんなこともあろうかと、ね」
「わりとそこら中で売ってんで」
「準備万端のようね。行きましょうか!」
「おい、待て。俺がまだ一切準備をしていないんだが」
「もう、ロキ。いつ来ても良いようにしとかなきゃ」
「せやで。海やで海」
「どうして準備していないだけでここまで責められなきゃならんのだ」
「うふふ」
〜海水浴場〜
「思ってたより人が少ないね」
「今は農繁期やもん。外からのお客さんは少ないやろな」
「この街の人は散々遊び尽くして、飽きているもの。海水浴場にまで来る人は少ないわ」
シャルルの言う通り、海水浴場にはちらほらとしか客がいない。そのため、出店なんかもやっていないのだが、それは気にしないこととするらしい。
「なら好都合だ。思い切り遊び倒すぞ」
「わーい!」
「あっ、待ってやシャルちゃーん!」
瞬時に服を脱ぎ捨て、海へと走るシャルル。フランも追随する。
彼女らは下に水着を着ていたのだ。用意周到である。
「はぁ。子守りをしている気分になるな」
「あらあら。なら、お姉さんとロキ君はママとパパね」
「冗談はやめろ。そのくだりはもううんざりだ」
「残念ね。それじゃあ、ママも行ってくるわ」
「それの下に水着を着ているのか。大差ないように思えるが。ああ、分かっていると思うが脱ぎ捨てるなよ? それから、更衣室の場所を教えてくれ」
「ええ。そこのトイレが更衣室よ」
「兼用か。エコなことだ」
いつになく口数が多いロキもロキで、初めての海に浮かれているらしい。
テンションの上がった女子三人は、ビキニだというのに恥ずかしがるということも無く、楽しそうにキャッキャウフフ。
「待たせたな」
ロキの水着は、下から上にかけて、青から白のグラデーションになったサーフパンツ。
「ロキ遅いよ! 早くこっち来て!」
「ロキ君、かっこええで。ええセンスしとるわ」
「見立て通りね。やっぱり良い筋肉だわ」
アイリスはロキではなく、ロキの筋肉に見とれているようであったが。シャルルはそもそも、ロキの服装に興味がないらしい。
「よーし、スイカ割りやるよー!」
「よっ! 待ってました!」
「うふふ。テンションが上がり切っているわね」
「スイカ割りは良いが、棒はどこかにあるのか?」
「あっ」
「まさかシャルちゃん」
「忘れたのね」
「まあまあ! 男は黙って拳で勝負しようよ!」
「男は俺だけだぞ」
「気にしない気にしない。誰から行く?」
スイカを拳で、という不穏なワードに、手を挙げる者は出ない。
「やっぱここは発案者やんな」
「そうね。妥当だと思うわ」
「やっぱりそうなる?」
「諦めろ。棒を忘れたお前が悪い。ほら、アイマスクだ。潔くやれ」
「はぁい」
シャルルはアイマスクを付けた。その状態でグルグルと回り、方向感覚を無くす。
「よし、シャルちゃん左やで」
「もっとだ。もう少し」
「いいわ。そのまま真っ直ぐ」
「おおっ。良い感じじゃない?」
「あー、ちょっとズレたで」
「真っ直ぐ歩けよ」
半分はこのために、わざわざ三半規管を撹乱したというのに、無茶を言うロキである。
「右やで。そう、そのまま」
「こっち?」
「おいフラン、そっちは逆だろうが」
ここでフランがあえてシャルルを騙した。というのも、フランはシャルルの目の前で両手を広げている。
「そうそう。おいでー」
「ねぇロキ、私、凄く嫌な予感がする」
「的中しているぞ。フランがお前を抱きすくめようと構えている。何をする気か分かったものじゃない」
「シャルちゃん、そのまま反転してね。フランちゃんは無視して良いわ」
「別にいやらしいことなんてせえへんで? シャルちゃん、そのまま来たらええよ?」
「怪しすぎるよ。多数決で私は反対に行くから」
しかし、シャルルは回り込まれてしまった。
「ここを通りたくば、うちを倒して行き!」
「何か趣旨変わってない?」
「シャル。やられる前にやれ」
「フランちゃんは何をされても文句が言えないわ。シャルちゃんは目隠しをしているもの」
「え、ちょっと待って。ほんまに倒す流れになっとらへん?」
「そうだね。何をしても仕方ないよね。まさか目の前に人がいるとは思わないし」
「ちょっ、シャルちゃん何をすっぽぉ!」
シャルルは弾丸のような速度で前方へ飛び出した。ラグビーさながらのタックルで、フランの胴体へ。
フランは奇怪な悲鳴を上げ、シャルルと共に砂浜へ倒れた。
シャルルはすかさずフランに馬乗りになる。
「あれ? これがスイカ?」
「ちゃう! シャルルちゃん! うちやでむぅ! ちょっ。砂のついた手で顔を触らんとって!」
「スイカなら殴って割らないと」
「ひえぇ。シャルちゃんが怖いこと言うとる! やめて! 拳を下ろして!」
「積年の恨み、晴らさせてもらうよ」
「確信犯っ!」
シャルルは笑顔で拳を下ろした。
「あっ」
「あはは。冗談だよ。さすがに本気では殴らないって」
「シャルちゃん、今の表情良かったで。もう一回お願い」
「え? いや冗談だって」
「ええから殴って。ほら。ほら」
「え、ちょっと」
「また怒らせればええ? はい、じゃあ水着の紐解くな」
「えぇ? わ! ちょっ、ほんとに解かないでよ!」
シャルルは慌てて目隠しを外し、胸元を隠した。真っ赤な顔で、フランをキッと睨みつける。
「あぁ。ええわぁ。その表情好きすぎる。もっとぉ」
「ちょっと待って。さすがに気持ち悪い。近寄らないで。新手のいじりなの?」
馬乗りの状態から飛び退き、ロキの後ろへ隠れる。
普段フランに弄られているシャルルは、その変わりようにドン引きしていた。
「まずいな。テンションと同時に何か良くないものまで目覚めさせてしまったようだ」
「マゾモードね」
「シャルちゃぁん」
「いやぁ! 来ないでぇ!」
「仕方ない。一旦眠らせるか」
ロキは、フランの首筋をトンッとした。そうすると、ゾンビかのようだったフランが、息絶えたかのようにふっと倒れた。
「シャルちゃん、動かないで。水着、直してあげるわ」
「ありがとう、お姉さん。はぁ。フランちゃん、一体どうしたんだろう? いつもならからかってくるはずなのに、今日は逆に虐めてくれって」
「馬乗りになられると性癖が暴走するとかか? 前からそっちの気はあっただろう」
「そうね。不思議な体質だわ。キャラを詰め込みすぎじゃないかしら」
「私にだけはサドで、基本はマゾ? よくわかんないね」
「あれだ。好きな奴には意地悪がしたくなるというやつだろう」
「それならシャルちゃんよりロキ君がターゲットになるんじゃないかしら?」
「そうだよね」
「俺に気があると見せかけて、シャルをからかおうとしているのかもな。本人に聞かない限りはわからないが」
ロキが言い終わったちょうど良いタイミングで、フランが呻き声を出した。
「うぅ。ここは誰? うちはどこ?」
「ここはフランちゃん。フランちゃんは砂浜」
「いや、意味がわからねえよ」
「フランちゃん、さっきまでのことは思い出せる?」
「あー。ハッキリと思い出せるわ。そのことでちょっと、ロキ君とシャルちゃんに話があんねん」
起き上がって早々、二人を指名し、人気のないところへ連れ込んだフラン。
「ごめんな、シャルちゃん。ちょっと暴走してもうたわ」
「もういいよ。それより、ロキに殴られたけど大丈夫?」
「大丈夫だ。ちょうどよく手加減は出来た。それより話を聞かせろ」
「大事無いよ。そんで、話っていうのは、うちの体質について。うちな、今、発情期やねん」
「は、発情期?」
「初耳だな。獣人ならではのものか」
「そう。獣人言うても人間は人間やから、自制も効くんやけど、興奮してまうとどうもあかんみたいやわ。そんで、うちの趣味から考えて」
「つまり、罵られたり、虐められたりしたらスイッチが入るってこと?」
フランは恥ずかしそうに頷いた。
「認めたな」
「ごめんやけど、気をつけてもらえる?」
「う、うん」
ロキとシャルルは引き気味に頷いた。
「ごめんな、アイリスお姉さん。もう用は済んだで」
「いいのよ。気にしないで」
「スイカ割りの続きでもする?」
「そもそも、拳でスイカが割れるん?」
「シャルちゃん、試してみて?」
「アイリスお姉さん、笑顔でサラッと酷いこと言うよね。やってみるけどさ」
シャルルは股の間にスイカを挟み、拳を構えた。
「シャルちゃん、無理せんでもええねんで?」
「せーのっ!」
フランが諦めるように促すも、シャルルはそのまま振り下ろした。だが、スイカは割れず。
「いっ、つーっ!」
反作用に悶える結果となった。
見かねたロキが、スイカを奪い取る。
「はぁ。貸してみろ。俺が割ってやる」
「うん。お願い」
「ああ、ロキ君やったら安心して見てられるわ」
「ロキ君は人外だものね」
「サラッと酷いことを言うな」
そうは言いつつも、人外な技をやってのけるロキ。
ロキが手刀を振り下ろすと、綺麗なヒビが入って、スイカは真っ二つに割れてしまった。
「お見事ね」
「今、背筋に冷たいものが通ったんやけど。うち、あんなん食らったん?」
「そりゃあ意識も持っていかれるよ」
「怖がってないで、人数分に割ってやったから食えよ」
茶碗に米飯をよそう昔の母親のように、スイカを手渡すロキ。
「割ると言うより、切っているわね」
「ロキ君、お塩ある?」
「スイカに塩か? 持ってきていないが」
「そうするって聞いたで? なぁ、アイリスお姉さん」
「それを好む人もいるわ。お姉さんはそのままだけれど」
「あ、じゃあうちもそのままでええや」
「わーいスイカ。私スイカ大好き」
「お前ら自由だな」
呆れたような笑いを見せつつも、砂浜に四人並んで食べるスイカを美味に思うロキであった。
〜夕方〜
「はぁー。遊んだ遊んだ」
「ええ時間やったわ。初めての海は大成功やな」
「俺を砂に埋めて、お前らは楽しそうだったな」
「楽しかったわ。またみんなで来ましょうね」
「うん!」
「ほな、またな。アイリスお姉さん」
「俺たちは少しだけ繁華街に寄っていく」
「ええ。また遊びに行くわ」
夕日が沈む海を背に、別れを告げる。ロマンチックな光景であった。
これから行く場所を鑑みなければ。
〜ミルク・奴隷市場〜
「どうだ?」
「あかんわ。おらんみたい」
「見つからないね、フランちゃんのご両親」
薄暗くなった街の隅で、その市場はひっそりと開かれていた。
「ここで最後だったんだが。この街にはいないようだな」
「そうみたい」
「ねぇ、早く帰ろう? 私、あんまりここ好きじゃない」
「ああ。同意見だ」
「うちもやわ」
薄暗い店の中には、全裸で横たわった女性の奴隷や、鞭で叩かれている男性の奴隷、見世物として、犯すこと、犯されることを強要された奴隷までいる。
まともな人間が見ていられる光景ではない。
立ち去ろうとするロキたち三人に、ある獣人の奴隷が声を発した。
「獣の匂い。同族の、匂い」
フランの心臓が飛び跳ねた。これ以上ないくらいの速さで脈を打つ。
「フランちゃん」
「さっさと離れるぞ」
「う、うん」
声を発した奴隷は、鞭で叩かれている。
フランが振り返ると、彼と目が合った。フランは慌てて目を逸らしたが、彼が視線を外すことはなかった。
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