旅の女性と訓練成果
〜一週間後〜
「ねえロキ、まだ走るの?」
「うちもシャルちゃんに申し訳なくなってきたわ」
「宿があるような場所が無いんだ。仕方ないだろう」
三人はずっと東に進み続けていた。訪れた村落で魔物の死体と物々交換で食料を調達すること、早一週間である。
そしてこの日も、走り続けて一日が終わろうとしていた。
今日のキャンプ地は、月の反射が美しい湖畔である。
「せっかくやし、このまま東進を続けて海まで行ってみいひん?」
「あーそれ良いかも」
「海ということは、東の果てか。あとどれくらいかかるだろうな」
「そうねぇ。このスピードなら、あと三日くらいじゃないかしら」
「まだそんなにかかるのかぁ。フランちゃんを背負って。はぁ」
「ちょっ、シャルちゃん、そのため息どうゆうこと? うちそんなに重くないやろ?」
「俺が三人分の荷物を持ってやっているんだ。文句を言うなよ」
「あら、大変なのね」
完全に他人事な笑いを浮かべる女性。というより、先程からずっと笑顔である。
「で、さっきからナチュラルに会話に入ってきてるそこのお姉さんは誰?」
「うちは知らんけど、誰かの知り合い?」
「俺も知らん」
「あらあら。バレてしまったわ」
「いや、隠れることもしてないのにバレるも何も」
「お姉さんは何者なん? 何か用があるん?」
「用もないのに他人のキャンプ地に入ってこないよな」
女性の笑いが困ったようなものになった。
「実はね、お姉さん、今、一文無しなのよ。食料もお金も何もなくて、このままでは野垂れ死ぬわ」
「あ、ほんとだ。よく見ると顔色が良くない」
「笑顔で言うことちゃうやんか。ロキ君、食べ物あげてもええやんな?」
「ああ。目の前で死なれるのは気分が悪い」
「ありがとう。お姉さん、このご恩は忘れないわ」
スープの入った器をロキから手渡され、笑みを深める女性。
抹茶でも飲むかのような仕草でスープを啜ると、はぁ、と息を吐いた。
「見たところ荷物もあらへんけど、お姉さん何者なん?」
「こんな中途半端なところで、その装備はありえないよね?」
荷物と呼べる荷物は、肩からかけた小さな鞄だけ。確かに、旅装と言うには頼りなさすぎる。
「え? あぁ、そうねぇ。なら話しましょうか。お姉さんね、実は商人なの」
「へぇ? 商人? そうは見えへんわ」
「スタイル良いし、各地を転々としてるって感じはしないよね」
「あら、ありがとう。それでね、お姉さん、魔物に襲われてしまったの。お姉さんは慌てて逃げ出したんだけれど、馬が馬車ごとどこかへ走り去ってしまって」
「うわぁ。それで何もなくなったんやね」
「可哀想。私たちで良ければ力になるよ?」
「本当? お姉さん、助かるわ」
両手のひらを合わせ、ぱあっという擬音が出そうな笑顔を浮かべる女性。
しかしロキだけは、そんな彼女を訝しげに見ている。
「どうしたん、ロキ君?」
「こいつ、なんだか胡散臭くないか?」
「えっ?!」
「もう、ロキ。あんまり人を疑うものじゃないよ」
シャルルはそう言うが、ロキは見逃さなかった。一瞬だけ、女性の笑顔にヒビが入ったことを。
「まあ、害する気が無いのなら好きにしろ」
「あ、ありがとう、ロキ君。お姉さん助かるわ」
女性は笑顔を作り直した。
「それで、お礼と言っては何なのだけれど、ミルクの街までの道案内をさせて欲しいわ」
「ミルクの街って、あの港町の?」
「そうよ。東の果てに行きたいのよね?」
「そうだよ」
「道案内を買って出てくれるというのなら助かる。頼んだ」
「任せて。お姉さん、一番の近道を教えるわ」
笑顔の中に意志を含めて、女性は拳を握った。
「そうだ。自己紹介がまだだったわ。お姉さん、アイリスって言うの。よろしくね」
「うちはフラン」
「シャルルです。よろしくね」
「ロキだ。気が済んだら眠るぞ」
「そうは言うけどロキ君、アイリスお姉さんはどこで寝るん?」
「テント、二つしかないよね。こうなるんならフランちゃんの分のテントも調達しとけばよかったかな」
普段、フランとシャルルは同じテント眠っている。その節約が裏目に出た。
「私はいいわ。外でも大丈夫よ」
「そうはいかへん。女性が外っていうのは許されへん事態やわ」
「つまり、俺に外で寝ろと言うのか?」
「そうは言ってへんで。うちがロキ君のテントに行けばええだけやもん」
「あっ! フランちゃん! 抜け駆けはダメだよ!」
「あらあら、モテモテみたいね、ロキ君?」
「はぁ。あいつらはああやってじゃれ合っているだけだ。こうなれば長いぞ。俺はもう寝る。お前もあいつらのテントで寝ておけ」
「良いのかしら?」
「あれが終わるまで待っていられない。どうせあいつらのことだ。最終的に仲良く外ででも寝るだろう」
「良く見ているのね」
「見せつけられているの間違いだ。はぁ。何が楽しくて一週間も俺を争ったフリを見なければならないんだ」
「フリ? 本気に見えるけれど?」
「次の朝にはケロッと仲直りしてやがる。これが演技と言わず何と言うんだ」
「ふぅん」
ロキとアイリスはそれぞれテントに入り、眠った。
〜翌朝〜
いつもは一番遅くに目覚めるロキが、今日は一番に目を覚ました。
「なんだ? 重てえな」
「はみゃっ」
無理やりに体を起こすと、ロキの左右から小さな悲鳴が聞こえた。フランとシャルルである。
「お前ら、何をしているんだ」
「ロキ君争奪戦?」
「ロキの貞操を守ろうとして、そのまま寝ちゃった」
「はぁ。仲が良いのはわかった。いいから退け。まったく、勝手なやつらだ」
三人揃ってテントから出ると、アイリスは既に起きていた。
「早いな」
「商人の朝は早いのよ。ロキ君たちも早いのね」
日が昇ったことで、ようやくアイリスの全貌が明らかになった。
薄い青色の髪。豊満なバストを持ちながら、それでいて腰周りは引き締まっている。目はいつも笑っており、優しいお姉さんの雰囲気を醸し出していた。
また、纏っている衣服はなかなか際どい。黒マントこそ羽織っているものの、中に着ているものは水着の延長線上のようなものだ。
「うちらは訓練するから」
「これでも冒険者なんだよ」
「暇なら朝食を作っていてくれ」
「わかったわ。頑張ってね」
ロキの魔法で火を起こしてから、三人は訓練へ。
「行くよ、ロキ!」
「行くで、ロキ君!」
「ああ。かかってこい」
シャルルとロキが出会って十数年。一度も欠かしたことのない訓練。それが今日も始まる。
「はあっ!」
初手。シャルルが突っ込んだ。しかし、以前のように闇雲に突っ込んだ訳では無い。
ロキの拳の射程外で踏みとどまると、比喩抜きで、目にもとまらぬ速さの凶悪な突きを繰り出す。
「くっ」
ロキはなんとか体を捻り、あるいは小盾を微妙に動かして軌道を変え、その身に当たらぬよう回避する。
シャルルの速度は格段に上がっていた。それこそ、今でも成長を続けているはずのロキと肩を並べる程に。
その速さは、もはや瞬間移動の域である。
「地動割!」
ロキをしてギリギリの攻防の最中、フランが地面に手をついた。ロキの足元で、地面がパカッと割れ、ロキを飲み込まんとする。
その時点でシャルルは脱出済み。ロキは重力に従って落ちていくかと思われた。
しかし、それは残像だ。
「シャル。動くのが早すぎだ。罠に嵌めたければギリギリまで引きつけろ」
シャルルを追って、ロキは動いていた。シャルルが引いた一瞬で罠だと理解し、まるでフォークダンスのように、シャルルに追随したのである。
「くっ!」
「これで今日は終わりだ。残念だったな」
「それはどうかな! 今日こそは負けないよ! フランちゃん!」
「うん! 岩石鎧!」
ロキの拳がシャルルに着弾する目前。その拳の前に、シャルルの体に沿った岩石の壁が出来上がった。
ロキの炎の拳は岩石を貫く。が、ロキの拳が届くときにはもう、シャルルは射程圏外。
「上手く凌いだな」
「まあね! まだまだいくよ! 氷床!」
「来い!」
「岩石砲!」
凍らせ、ロキまで繋いだ道の上を、シャルルが走り抜ける。
そのままでは当然、滑って上手くいかないのだが、フランが道程に岩石を配置することで、そこを補っている。
そのおかげで、僅かながらもシャルルの速度が上がった。
「液状化!」
少し速度を上げたぐらいで何をする気なのかと訝しげなロキの隙をついて、フランが足止め。ロキはまんまと引っかかった。
「氷槌!」
シャルルはその速度のまま、目の前に氷の塊を配置。氷の道の先にいるロキに目掛けて、全力で押し出す。
これにより、銃弾もかくやという速度で氷の塊が射出された。
「ふん! こんなもので俺が怯むか!」
ロキはそれを、正面からぶん殴り、粉々に粉砕した。
「まあ、ロキはそうするよね」
「やったれシャルちゃん!」
それを見越していたシャルルは、ロキが対抗した一瞬の隙に。
「そこを後ろから、だろう?」
「なっ!」
氷の塊を粉砕したロキは、どういう手品かフランの魔法を抜け出し、シャルルを迎撃。
迎え撃たれたシャルルがデコピンをされ、勝負は決した。
「神を害するなんぞ百年早い」
そして、セリフと共に拳の炎を振り払った。
「なんで! なんであれを抜け出せたの! この間は骨折れるとか言ってたじゃん!」
「お前、俺が対策もしない馬鹿だと思っていたのか」
「うん!」
「デコピンじゃ済まさねえぞこの野郎」
「まあまあロキ君。うちらにその手品の種を教えてや」
やれやれといった表情で、ロキはため息を吐いた。
「はぁ。見ていればわかっただろうに」
「砕けた氷で見えへんかってん」
「それもそうか。なら説明しよう。液状化は地面を脆くして相手を引き込み、固めて動けなくする魔法だ」
「そら知ってるけど」
「脆くなった時にな、その液状になった部分を走っていた。あとは勝手に固くなるだろう」
「ごめん、いまいち意味が分からへん」
「私はわかったよ。もしかしたら私にも出来るかも」
「さすがは幼馴染やな」
「ふふん」
「何故誇らしげなんだ」
シャルルは胸を張った。女性として致命的なまでに成長していない胸を。
「ならシャル、そこの湖で実践するか」
「うん。やってみる」
「湖で実践? どうゆうこと?」
ロキとシャルルは湖へおもむろに近づき、両足一気に飛び込んだ。
かのように見えたのだが、実際は、水の上を走っている。
傍から見ると、足の動きが気持ち悪い。その上、湖には何かの災害かと思うほど波が出来ていた。
「まあ、ざっとこういうわけだ」
「なるほどな。頭おかしいんちゃう?」
「うわ、酷い言い草ぁわっ!」
「おい、足の動きを緩めるなよ。沈むぞ」
「早く注意してよぉ。ケホッケホッ。水飲んじゃったじゃんか」
「あぁあぁシャルちゃん風邪引くで? はよ上がってき。ロキ君も、波起こしたら余計シャルちゃんが濡れてまうで」
「そうだな。戻ろう」
ロキはバジリスクのような動きで陸地へ戻った。その際に、盛大にシャルルに、水をかけて。
「ロキぃ!」
「すまん」
「あ! シャルちゃんはよタオル被り! 透けてる透けてる!」
シャルルのタンクトップは湖水のせいでピッタリと肌に張り付き、小さな突起を浮き彫りにしていた。
「え? ひゃあっ! ロキの馬鹿! 氷霧!」
「悪かったから凍らせようとするな。死ぬ」
「ご飯が出来たのだけれど、あなた達、いつもこんな風なの?」
アイリスの笑顔は呆れを含んでいるようだった。
「じゃあシャルちゃん、今日もよろしくな」
「はーい」
「アイリスはどうするんだ。まさか俺たちと同じスピードで走ることが出来るわけでもあるまい」
「あら? こう見えてもお姉さん、体力には自信があるわよ?」
「ほう? ならば試してみるか。荷物は持っていてやる。ちゃんとついてこいよ」
〜三分後〜
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
アイリスは喘息の発作かと思うほど、豊満な胸をたゆんたゆんと揺らして息切れしていた。
「だから言っただろう」
「ここまで来られただけ凄いよ」
「うちには無理やわ。その根性、尊敬に値するわ」
「ひぃ、ひぃ。お姉さん、もうダメぇ」
「はぁ。仕方ない。荷物の上からでも掴まっていろ。一緒に運んでやる」
「ロキ、大丈夫? 荷物持とうか?」
「問題ない。これも訓練だ」
「さすがロキ君。男らしいわ。お願いね」
途端に媚びるアイリスに、訝しげな表情を向けるシャルルとフランであった。
お読みいただきありがとうございます。
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