神の所有物
〜マリアブルク・路地裏〜
耳はおろか、恥部まで晒されようとしているフランと、スキンヘッドの大男を屋根の上から見下ろすロキ。
「なっ! どうしてここが!」
「虱潰しに探した結果だ。もう少し周りに気を配ることだな」
「何を言っている! マリアブルクがどれだけ広いか知っているのか!」
「ああ。だからこんなにも遅くなった」
「んー! んー!」
フランに希望の表情が現れた。
「はっ。そんなにこの奴隷が大事か。ならお前の大切なものをここで奪ってやるよ!」
「奴隷? 馬鹿を言うな」
スキンヘッドが手を動かそうとしたが、その瞬間にはロキは既にそれを押さえていた。
スキンヘッドはフランのズボンからも手を離し、慌ててロキの手を払った。そのまま殴りかかったが、ロキはそれをバックステップで躱す。
「こいつは俺の大切な大切な友人だ」
「友人? 獣人がか。はははっ! 面白い冗談だ!」
笑ったスキンヘッドの首元スレスレを高速でナイフが通った。
いや、スキンヘッドの首の皮を一枚剥いでいる。
ナイフはそのまま通りに出て、他には誰にも当たらず壁に突き刺さった。通りで悲鳴が上がる。
「殺されたいか?」
ロキは、これ以上ないほどの殺気を放っていた。およそ神を自称する者が放つとは思えない。
スキンヘッドは震え上がった。膝が笑っている。
しかし、彼はまだ諦めていなかった。フランの腕を掴み、通りに向かって放り投げる。
「っ!」
投げられたフランを上回るスピードで、ロキはスキンヘッドの上を越え、通りに出た。そのままフランを抱き留める。
そこでロキはフランの口元のテープを剥がし、縄を解いた。
「ロキ君! ロキ君ロキ君ロキ君!」
途端に、フランはロキの首元に抱きつく。
「離れろ、フラン。それから耳を隠せ」
「耳? あっ!」
慌ててフランが耳を隠したが、もう遅い。獣の耳は、衆人監視の元に晒されていた。
「隠れてた獣人をどうしようと勝手だろうがよぉ! 首に傷なんざ付けてくれやがって!」
そこでスキンヘッドは叫んだ。周りの人間に、出来るだけ聞こえるように大きく。
そのせいで、周囲の敵意はロキに向いた。
「誘拐犯が。よくそこまで口が回るな」
「誘拐? なんの事だ? 俺は隠れていた奴隷を引っ張り出しただけだぜ?」
ロキはフランを抱えあげた。
「所有者のいない奴隷だ。ちょっと手荒に扱っても構わねえよなぁ? どうせ獣人は人間様の道具なんだからよぉ。その上性奴隷としての手解きまでしてやったんだ。なぁ? 獣人の小娘」
周囲の嫌悪の視線がフランへ向く。
「このまま俺の奴隷にしてやろうか?」
スキンヘッドの態度に、フランがロキの服をギュッと掴んだ。
「こいつは俺のものだ」
「あ?」
「所有者のいる獣人に手を出したんだ。わかっているよな?」
「はん! 首輪も付けていない奴隷があるか!」
「奴隷ではない。俺の女だ」
「は?」
ロキ以外の全員が唖然とした。
「ははははっ! 馬鹿な奴だ! 獣人との婚姻は禁止されているんだぞ? この無法者が!」
「何とでも言うがいい」
そう言って、ロキは凶悪な殺意を撒き散らした。
「神の所有物に手を出したこと、後悔させてやる」
「はっ。言ってろ! すぐに兵士が来る!」
ロキはそっとフランを立たせた。
「十秒だけ待っていろ」
その次の瞬間、ロキはスキンヘッドの眼前に現れた。
「それだけあれば、お前を殺るには十分だ」
「なっ!」
ロキは、スキンヘッドの武装した腹を殴る。
スキンヘッドは、胴当てにロキの拳の型を付けて、路地裏の奥深くへと吹き飛んでいった。
もはや生死はロキの知る所ではない。
「神を害するなんぞ百年早い」
決めゼリフの後は、逃走。
「フラン、しっかり掴まっていろ」
「う、うん!」
ロキはフランをお姫様のように抱えながらも、常人からは見えないような速度で逃走した。
〜宿屋〜
ロキは、フランをお姫様抱っこしたまま、窓から部屋へ入った。
「はぁ。面倒事に巻き込んだな。悪かったっ?!」
ロキの部屋の床に立たされたフランは、ベッドにロキを押し倒した。
フランはそのまま、ロキの胸に顔を押し付けて、涙を流した。安堵の涙を。
「今回は全面的に俺が悪い。好きなだけ俺の体でも服でも使え」
ロキは押し倒されたまま、優しくフランの頭を撫で続けた。
〜数十分後〜
フランの涙は止まった。今はロキの胸板に顎を乗せ、ロキの目に視線を合わせていた。
「ロキ君、ありがとうな」
「気にするな。友人のためだ」
「あれ? うち、ロキ君の女になったんちゃうん?」
「いや、あれは。ちょうど良い言い回しがあれしかなかったんだ」
「ふーん」
フランはいたずらっぽく微笑むと、ロキの肩を掴んで耳元へ口を寄せた。
「ちょっとときめいとったのに」
フランはロキから顔が見えぬよう、肩越しにベッドへ顔を埋めた。
「お前、そういうことはズボンのシミが無いときに言えよ」
「あっ!?」
フランは耳までどころか、身体中真っ赤になった。
「ご、ごめんなロキ君! うちすっかり忘れとって!」
「わかったから、風呂でも入ってさっさと着替えろ。俺はシャルを探してくる」
「ロキ君も着替えといて? うちの、その、おしっ、こ。付いとるから。洗濯しとくわ」
「ああ。頼む」
「ぴゃっ! ロキ君ここで脱がんといて!」
「ここ以外のどこで脱げと」
「うちが出てってから! わかるやろ普通!」
フランは自分の部屋へ駆け足で戻った。
〜さらに数十分後〜
「フランちゃーん!」
「きゃっ!」
帰ってきたシャルルは、ロキも驚くようなスピードでフランに抱きついた。
「ごめんね! 私が気づいていれば!」
「ええんよ。しゃあないことやって」
「ロキ、ちゃんとあいつ吹っ飛ばしたよね!」
「ああ。今回ばかりは死ぬ可能性もあるくらいだ。その程度までしか手加減していない」
「よし、グッジョブロキ!」
「なんかうち、急にシャルちゃんが怖くなってきてんけど」
「安心しろ、元々こういう奴だ」
「尚更安心出来ひんわ!」
「まあいい。こいつの狂人具合は置いておいて、これからの行動についてだ」
「とりあえず、街からは出ないとね」
「ああ。既にフランの顔は見られている。噂が伝播するのも時間の問題だ」
「ごめんな、うちのせいで」
「違うよ。今回の件は私たちの因縁が悪いんだから。フランちゃんは気にしないで」
「向かう先はこのまま東で良いか? そこでほとぼりが冷めるまで待とう」
「いいんじゃない?」
普通に首肯するシャルルに対し、フランは微笑んだ。
「ええよ。うちはロキ君の所有物やから、どこへでもついていくで」
「え?」
「おい、あれはその場の」
「でも、口に出してもうたもんな? 神は約束を大事にするんやろ?」
「どどどういうこと?」
「ロキ君な、うちを助けるときに「こいつは奴隷じゃない、俺の女だ」って言って助けてくれてん。ほんま、惚れてまうやろー! って」
「え、そんなこと言ったの?」
ロキは黙って頷いた。
「かっこよかったわ。うちのために周りの全員敵に回して」
「ふ、ふーん」
「おい、シャル? なんだか顔が怖いぞ」
「そらそやで。これは完全な浮気やもん」
「どこがだよ」
「うちを籠絡したところや」
「いや、だからあれは本意じゃねえし、シャルとも別に夫婦じゃねえよ」
「でも、言うてもうたもんな?」
「ぐっ」
「そんな嫌そうな顔せんでも。何も悪いことないで?」
楽しそうに笑うフランと、奥歯を噛むロキ。シャルルは涙目である。
「ろ、ロキもこう言ってるんだし、その発言はなかったことにしようよ!」
「それでもうちは聞いてもうたし。シャルちゃんがロキ君から手を引いてくれたら、ロキ君はうちのものになって幸せやねんけど」
「おい、所有関係が変わってるぞ」
「ロキ君は黙っとき」
「私だって、昔ロキからプロポーズされたもん!」
「おい、なんの話だ。ややこしくするな」
「私が世界一強くなるまで訓練してくれるってこれ、プロポーズだよね?」
「ちげえよ」
「くっ。やるなシャルちゃん」
「何がやるんだよ」
「ロキと一緒にいる時間は私の方が長いんだから、私の方がロキのお嫁さんにふさわしいよ!」
「でも明言されたんはうちが初めてやもん!」
「おい、俺はどっちとも結婚なんぞする気はないぞ」
「うるさい! この女たらし!」
「ロキ君は諦めてどっちか娶り! さあ、選んで!」
「えぇ」
ロキは追い詰められていた。他ならぬ、パーティの二人に。
困り果てていたロキのところへ、ノックの音が響いた。
「お客さん、ちょっとお話があるんですけどね」
「あ、やばいよ。女将さん、噂を聞きつけたのかも」
「いかにも噂好きっぽい人やったもんな」
「仕方ない、逃げるか」
ロキはこれ幸いと、ガラッと窓を開けた。
「ほなロキ君、乗せてって」
「だめ! フランちゃんは私が持っていく!」
「えー。うちロキ君の所有物やから、ご主人様に持ち運ばれたいなぁ」
「断る。シャル、頼んだ」
「任せて」
ロキは急いで窓から出た。そのまま屋根伝いに高速でゲートへ。
〜マリアブルク・郊外〜
「兵士にはまだ気づかれていないようでよかったな」
「ねえフランちゃん、冷静になったら、私すごいこと言ってたと思うんだけど」
「奇遇やな。うちも同じこと思っとったわ。一時の気の迷いかもしれんのに、結婚とか」
「やっと気づいたか」
「対抗相手がおるって怖いな」
「この話は保留ってことにしよう。ロキ、騒がしくしてごめんね」
「でも、もしロキ君が望むっていうならそのときは、ロキ君の女にしてくれてもええで?」
「えっ。じゃあ私も!」
「そのくだりはもういい」
疲労感を顔に滲ませ、ロキはため息を吐いた。
「シャル、そのままフランを背負って走れるか?」
「うん。毎日鍛えてるんだから、そのくらいわけないよ」
「なら出来るだけ進んでおくぞ。途中の村かどこかまで行かないと食料がない」
「シャルちゃん、ごめんな。ロキ君と代わってもええで?」
「気にしないで。これも訓練の一種だから」
些細なところで、小さな火花が散っていた。
〜夕方〜
「よし、ここらで野宿にしておくか」
「ふーっ。疲れたよ」
「無理せんと、うちをロキ君に渡せばよかったのに」
「これも訓練だから。全然問題ないよ」
「お前らそのくだりいつまで続ける気だよ。ついでにフランはキャラが変わりすぎだ」
「うち、好きなことには真っ直ぐやねん。まだこの気持ちが本物かわからんけど、それでも今はロキ君のことが好きやから」
フランはロキにはにかんだ。美少女の微笑みは様になるものである。
「にしたって変わりすぎだよ。今まで普通の友達してたじゃん。急に肉食系になっちゃって」
「そんな変わってる? 今までも、シャルちゃんにはガツガツいってたやんか」
「え? それってもしかして」
たった一言で、フランとシャルルのバックに百合の花が咲いた。
「まあでも、今はロキ君一筋やけどな」
「え。私、フランちゃんになら良いかなって思ったのに」
シャルルの必殺技、涙目で上目遣い。最近覚えた悩殺テクニックに、フランは見事に釣られた。
「シャルちゃん、ごめんな。うちが間違ってたわ。やっぱり最初の見立て通りシャルちゃんがうちの運命の人なんや!」
「えへへ。フランちゃーん」
「シャルちゃーん」
「なんだこの空間」
美少女二人が謎の展開で抱き合い、ロキは置いてけぼりである。
「フランちゃん、私一筋?」
「うんうん! シャルちゃん一筋やで!」
「手のひら返しも甚だしいな」
「じゃあフランちゃん、ロキのことはもういいよね?」
「あっ、それは!」
「私一筋だもんね?」
「いやぁ、うちはどっちも好きやからなぁ」
ロキの修羅場が、一瞬にしてフランの修羅場に変わった。
「世の中、どっちも好きじゃいられないんだよ。さあ、選んで」
「うぐぐ」
「お前らわざとやって楽しんでるだろ」
付き合っていられないと、ロキは野営の準備に取り掛かった。
〜夜〜
フランの修羅場は就寝前まで続いていた。
「やっぱりうちはロキ君が好きやで!」
「ふーん。私は二の次なんだ」
「おいシャル、お前までキャラが変わってるぞ」
「ロキ君は好きやけど、やっぱりシャルちゃんも好きやねん! これが不誠実なんは分かっとるけど、好きなもんは好きやねん!」
ハーレム系主人公のようなセリフである。
しかし、シャルルはそれに満足したようで、フランに手を差し出した。
「良いよ。フランちゃん。覚悟は伝わった。これからも友達でいよう」
「おい、お前面倒くさくなって終わらせようとしてるだろ」
「でも、ロキのことに関しては、一旦保留ね。私もフランちゃんも、まだ気持ちの整理がついてないから」
「うん、わかった。これからもよろしくな」
フランはシャルルの手を取った。
「はいはいハッピーエンドハッピーエンド。さっさと寝るぞ」
「はーい」
フランとシャルルの声が見事に被った。
微笑み合う二人に、険悪なムードは一切ない。
「女って信じられねえな」
ロキは二人の演技力にため息を吐いたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




