模擬戦本番
〜翌日・夜明け前〜
寮舎の前には、ロキたち三人と美丈夫が立っていた。
「悪いな、こんな時間に」
「構わないよ。たまには早起きするのも良いものさ。この時間の空気は美味しいからね」
「店長さん、ワガママ言ってごめんな」
「常連様の頼みだからね。多少の融通は効かせるよ」
「助かった。話通り、金貨三枚だ」
「あと店長さん。これ、どうぞ」
シャルルは小さな紙包みを差し出した。中身はハムとレタスを挟んだサンドイッチである。
「良いのかい?」
「ああ。こんな時間に来てもらったからな。迷惑料だ」
「作ったのは私なんですけど」
「うちもちょっと手伝いましたよ」
「ありがたく頂くよ。それじゃあ」
美丈夫はまだ暗い道を帰っていった。尚、彼は女性である。
〜早朝・訓練場〜
訓練場にはA教室の生徒が全て集まっていた。
「今日は合同の模擬戦だ。くれぐれも危険のないように振舞え」
「はい」
「最初の対戦コードへ移る前に、学校長のデモンストレーションがある。対戦相手は、ロキ! お前だ!」
恨みがこもったコールである。ロキは柳に風と受け流しているが。
訓練場に向かい合う、白髪の教官オリバーと、ロキの二人。
「はぁ。面倒なことを仕向けてくれものだ」
「釣れないことを言うなよ。儂に勝てば、卒業証書をくれてやるぞ」
「ほう。それは魅力的だ」
すでに戦闘狂モードに移行しているようで、獰猛な笑みを浮かべている。
ロキは今朝方貰ったベルトの調子を確かめるように、伸ばしたり縮めたりを繰り返している。
「ただし、今日の儂は本気。以前の儂とは違う」
「ほう。それは楽しみだ」
「軽口を叩けるのも今のうちだ」
オリバーは腰を落とし、大太刀を構えた。何やら、超がつくサイ〇人のような黄色いオーラを纏っている。
ロキは用意した小盾を、まずは腕につけたままにしておいた。
「では、用意、始め!」
黒髪教官の合図でオリバーの姿がブレた。
剣術組の生徒は呆然としているものの、その他組の生徒達は目で追っている。
「どうだ! これが限界突破の力だ!」
「限界突破ねぇ」
限界突破。使用者の身体能力を一時的に跳ね上げる強力なスキル。使用者の意思で発動することができる。
オリバーはそれで得た速度を使い、瞬時にロキの背後へ回った。
「今度は儂が一撃で沈めてくれるっ!」
大太刀を真横から振り抜いた。どう見ても殺す気だが、刃は潰れている剣のようだ。それでも骨の数本は折れそうな威力である。
それをロキはしゃがんで躱し、剣の腹を真上に弾きあげた。
「一撃で、なんだって?」
「やるなぁ。だが、こんなものじゃない!」
オリバーは弾きあげられたそれを再び振り下ろした。風を割いて、ロキに襲いかかる。
「おっと」
「はああああ!」
ロキはそれを横へ軽く避けたが、予測済だったようで、剣の軌道をロキの方向へねじ曲げた。
そこから始まる怒涛の連撃。横から上から下から、あらゆる方向から剣閃が迫る。
ロキはその全てを躱し、小盾を使っていなし、時には剣の腹を叩いて軌道を逸らした。
「なにあれ。凄い攻防だね。私にも出来るかな」
「さすがやな」
「そうでしょう、フラン様。本当はこの僕があいつを叩きのめしてやりたかったのですが、お父様がどうしてもと言うので譲ったのです。いやはや、やはりお父様は別格だ」
「何言っとるん? うちはロキ君にさすがやって言うたんやで?」
「はい?」
「ロキ、少しも体勢を崩してないよね」
「そうやね。それに比べて、校長はちょっと荒っぽくなってきたんちゃう?」
「お父様が劣勢? そんなはずは」
「あんたには見えてへんのやろ。速すぎて」
「親の力で威張ってるだけじゃ、見えないよね」
「ぐっ、ぐぬぬぅ」
白髪少年は歯噛みした。ロキに負けただけでなく、恋心を抱く少女に馬鹿にされたとあっては、彼のプライドが許さない。
そのプライドさえ、虎の威を借る狐が得た浅はかなプライドであるのだが。
「そろそろ疲れてきたか?」
「まだまだぁ!」
「集中力は切れてきたな。わかった。ならここらで沈んでおけ」
オリバーは剣を振り抜いた。振り抜けば、そこには少なからず隙ができる。ロキが拳を一発送り込むには十分だった。
「お父様! 氷壁! 氷針!」
白髪少年は手を伸ばしていた。魔法を発動したためである。
オリバーとロキの間に壁が出来た。そして、ロキの方面にはトゲが出来ていた。ロキの苦手とする棘である。
「ぐっ」
「ロキっ!」
「ロキ君っ!」
案の定、ロキの拳は止まることなく突っ込んだ。氷の壁は崩壊したが、オリバーに拳は届いていない。
さらに悪いことに、ロキの拳からは血が滴っていた。
「ははは! ロキ! ざまあみろ! お父様を追い詰めることなんて不可能なんだよ!」
「ちょっとあんた! どういうつもりや! これはロキと校長の模擬戦やろ!」
「魔法の使用は厳禁よ。処罰の対象になるわ」
「何を言っているんだ。君たちはいつも使っているじゃないか。ロキとの訓練は特別だと言って!」
「ぐっ、それは」
「あいつには使っても良いんだろう? 僕は何も悪いことをしていない!」
白髪少年は堂々と言い切った。
それを咎めるべき立場のオリバーは、無言。戦闘狂モードが解除された訳ではなく、ただの黙認である。勝つための手段は選ばないらしい。
「ああ。そいつの言う通りだ。ここは冒険者育成教室。魔物との戦いにおいて卑怯などという言葉は通用しない」
ロキは手の血を拭った。そして、今朝方貰ったばかりのそれを装着する。
「良いだろう。親子揃って叩きのめしてやる」
ロキは両手の小盾、今は金属の篭手を打ち鳴らした。
「もはやお前相手に油断はしない。全力で、斬る!」
「援護しますお父様!」
そのとき、白髪少年の足元に霜が降り始めた。
彼自身が起こした現象ではない。身に覚えがないらしく、疑問顔で足から振り払っていた。
「じゃあさ、こういうことも言えるよね。誰がロキに味方しても構わないって」
「シャルちゃん? なんか怖いで?」
シャルルの真紅の瞳は、ハイライトが消えていた。
意思ある人間に悪意を持ってロキを傷つけられ、お冠らしい。
「やめろシャルル!」
「退いてくださいよ先生。ちょっとお灸を据えないと分からないみたいなんです」
黒髪教官がシャルルの前を塞いだ。
「先生も校長先生の味方をするんですか?」
「その通りだ。学校長の言うことに従わねばならない」
光の消えた瞳で、シャルルは黒髪教官を見つめた。
「フランちゃん。ロキの方、お願い。私はこの人の相手をするから」
「え? あ、うん。わかったわ」
突然の司令に、フランは少し怯えながらも頷いた。ここで異を唱えれば、シャルルの殺意が自分へ向くような気がして。
「これが夫を傷つけられた女の強さ。恐ろしいわ」
「フランさん、邪魔をしないでください! 今恋敵との決着を」
「何が決着やの。二対一なんて卑怯する人、うちは大嫌いや」
「しかし、これはお父様がお認めになったことです!」
「何でもかんでもお父様って、気に入らへんねん。一回痛い目見とき! 噴火!」
「ま、待ってくださいフランさん! 僕、女の子に手を上げる趣味は無くて! ましてやあなたと戦うなんて」
「問答無用や!」
白髪少年付近の地面が大きく揺らいだかと思えば、地面を破って岩石が噴出。白髪少年の顎下にクリーンヒット。他にも、体中に岩石が襲う。
たまらず白髪少年は意識を手放した。
殺す気が全く無いのに、この威力である。フランの彼に対する憤りが窺えるというものだ。
「ふぅ。スッキリした」
フランはにっこり笑顔で頷いた。
案外、シャルルより容赦がないのかもしれない。
話題のシャルルだが、黒髪教官と剣を交わしていた。こちらはルール通り、魔法を使っていない。
「ふんっ! はあっ!」
「ふっ」
片手剣を必死の形相で振るう黒髪教官。
しかし、シャルルはそれをいとも容易く躱し、ロキとの訓練で洗練された刺突を繰り出す。急所は外しているが、フランとの訓練で見せた配慮はなく、当てに来ている。
黒髪教官の額には冷や汗が流れていた。
そのまま攻防を数分間。
「ふっ」
「ぬうんっ!」
思わず変な声が出た黒髪教官。脇腹を狙った突きを、なんとか真横に振り抜いた片手剣で逸らす。
シャルルはそれを読んでいたらしく、ロキにダメ出しを食らったフェイントを改良し、使用していた。すぐさま体勢を戻し、がら空きになった胴へ突きのモーション。
黒髪教官は来るだろう痛みに耐えるべく、体を強ばらせた。
しかし、待っていたのは金属音。シャルルは黒髪教官の剣を叩き落としたのだ。
「先生ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「は、へ?」
厳しいと有名な教官でも、間抜けな声を漏らさずにいられないほどの豹変ぶりであった。
深い集中の中にいるようであった瞳には光が戻っており、声音には確かな気遣いがあった。
「ロキが血を流してるのを見たらついカッとなって。先生は関係ないのにごめんなさい!」
「い、いや」
黒髪教官は言わずもがな、一部始終を見ていたA教室の面々でさえ引いていた。
ある者はシャルルの強さに感嘆し、ある者はシャルルの狂ったような姿に恐怖し、またある者は嫁の深い愛情が成した業だと騒ぎ立てる。
「ロキ、大丈夫かな」
ロキとオリバーの戦闘は長引いていた。
疲労の様子を見せるオリバーと、手の痛みに顔を顰めるロキ。互いに全力を尽くしていた。
ロキは全速力で、全方位から攻撃を仕掛ける。そしてオリバーは限界突破を駆使した脚力で逃げ回り、あるいは剣でかろうじて受け止める。
次第に、ロキの口角も上がり始めた。久々に、全力を持ってして対等に渡り合える好敵手と出会ったことが、何より嬉しかったのである。
「怪我をして、万全でなくてそれか。化け物だな」
「お前も、その歳で、体力まで落ちてこれとは恐れ入る」
「はっはっは。儂の執念の賜物だ」
互いにニッと笑い、そしてまた姿をブレさせる。
あっちで砂埃が舞ったかと思えば、向こうで剣と篭手の弾き合う音がする。
訳の分からない高次元の戦いに、剣術組の生徒達は目を回していた。
「あ、そろそろ」
シャルルは呟いた。
シャルルの目は、だんだん動きが鈍くなるオリバーの姿を捉えていた。ロキの攻撃を躱しきれず、所々で掠っている。
「くっくっく。儂が負けるとはな」
「これで最後だ。心して受け取れ」
鍔迫り合いのような戦いも、ようやく終わりを迎える。
ロキが繰り出した拳は、オリバーの鳩尾を打った。
戦闘狂は最後まで笑顔で、膝を屈したのだった。
「神を害するなんぞ百年早い」
「先生、コールをお願いします」
シャルルに負けたまま座り込んでいた教官に、彼女から話しかけた。
「あ、ああ。勝者、ロキ!」
おぉぉ。という控えめな驚嘆の声と、まばらな拍手がロキに送られた。
「ああもう! また怪我して! せっかく篭手を作ったんだから最初からしておきなよ!」
「ロキ君やっぱ凄いわ。本気の校長先生まで倒してまうなんて」
包帯を持ったシャルルがまずロキに近づき、それに続いてフランが駆け寄った。
「途中からロキの姿が見えなかったんだが」
「あれがロキの本気かよ。こえぇ」
今度は続々とその他組の生徒が集まっていった。
そして最終的に、なぜかロキを胴上げする流れになったのだった。
デモンストレーションではなかったのかというツッコミは封印されたままで。
〜夕方〜
オリバーは医務室に運ばれ、ロキは怪我のため欠場。
それでも模擬戦は大いに盛り上がった。
ロキが教育を施していた生徒達は、オリバーから直々に教育を受けた剣術組と互角とはいかぬものの、いつものように恥をかくことはない程度には仕上がっていた。
途中、白髪少年が目を覚まし、フランとの再戦を申し込むという事件もあった。フランはそれを受諾したが、白髪少年の屈辱を晴らすことは出来なかったとだけ言っておこう。彼の小さくないプライドのために。
「シャル、あの黒髪に勝ったらしいな。やるじゃないか」
「え、そう? えへへ」
「でもシャルちゃん、ほんまになんか怖かったで?」
「そうなのか?」
「ロキから血が出てるのを見たら、頭がグワーッとして。無意識のうちに斬りかかってたんだけど。いったいどうしちゃってたんだろ?」
「さあな」
「そらシャルちゃんしかわからんわ」
寮舎への道すがら、首を傾げるシャルル。
「まあいっか。それはそれとして。ロキ、卒業証書を貰ってたけど、まさか私を置いて卒業したりしないよね?」
「どうするかな」
「し、な、い、よ、ね?」
「お、おう」
「なら良いんだけど」
ロキはシャルルの気迫に押されていた。
その気迫はさながら黒髪教官に迫ったときのごとく。
「ロキ君、シャルちゃんの尻に敷かれとったらあかんで」
「敷いてないよ。約束を守ってもらうだけ」
「まあ、あの黒髪教官に勝ったんなら、卒業証書もほど近い」
「嘘つかないでいいから。私、あんな曲芸じみた動きで回避なんて出来ないよ? ロキが全力で相手をする人に勝てる自信なんてないって」
「そうか? シャルルならすぐに成長すると思うが」
「買いかぶりすぎだって」
シャルルはそう否定し、駆け足で寮舎へ入っていく。
なぜか置いてけぼりにされたフランとロキは、揃って首を傾げた。
〜シャルルとフランの部屋〜
ロキとフランを置いてけぼりにしたシャルルは、部屋に駆け込んで目元を拭いた。
「いつか絶対、ロキと対等に渡り合えるようになってやる! 校長先生なんて目じゃないくらい強くなって、ロキの隣に立ってやるんだから!」
シャルルは一人、桃色と橙が支配する部屋の中で意気込んだ。
お読みいただきありがとうございます。
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