バカは風邪をひかない
〜金曜日・日中〜
この日、生徒達は訓練場に集合していた。普段であれば、アビスブルク郊外の森まで狩りに出かけている時間である。
しかし、今日は生憎の雨。演習を強行するわけにもいかなかったが、生徒達は雨具を着て、訓練場に集合した。
「今日の訓練は雨の中行う! 冒険者の仕事は時と場合を選べないこともあるからだ! 風邪をひかぬよう、この訓練が終わればすぐに休むように!」
「はい」
「では、今日の訓練はいつもの組に分かれて模擬試合とする!」
激しい雨が地を打つ中、嘲るような笑いが一部で起こった。
その中心は、A教室。その剣術組である。
「そりゃあそうだ。組が分かれていないと練習にならないからな! 素振りもなっていないあいつらなら、魔物の突撃を受けるくらいの訓練にはなるか! ははは!」
「なんか感じ悪いね」
「説明しよう! あいつらの中心。白髪の奴がいるだろう?」
「あいつはここの校長の息子で、プライド高し君だ。何かと他の生徒を見下す傾向にある」
二人の少年の言う通りである。
「そういえば、あの教官に似てるな」
「多分、ロキ君が想像してる人と一緒やで。そんであの子、何かと優遇されて調子に乗っとるんよ」
「へぇ」
俗に言う、二代目ボンボンである。
「俺たちには関係ない人間だ。どう見ても面倒臭い人間のようだし、関わらないに越したことはな」
ロキの発言は完璧なフラグであった。
「ロキ、といったかね?」
「うわ、なんか来やがった」
「授業中、君のことを観察していたがね。なるほど、頭が切れるようじゃないか」
「えっ、ロキが?」
「だがしかし。ろくな教育も受けていない君では、校長の息子である僕にはかなわないよ。君がどんなに特別なことをして、無駄に目立ったとしてもね」
「やいやいやい!」
「うちの組長を馬鹿にしてんじゃねーぞ!」
「組長って。やばい組織でもあるまいし」
「ふん。勝手に吠えているが良いさ。だがロキ。覚えておくが良い。フランさんを嫁に迎えるのはこの僕だ。新参者が大きい顔をするものではないよ」
「また勝手なこと言うて」
「フランさん。いつか良いお返事をくださること、期待しております」
「はぁ。何度も断っとるやんか」
「それじゃあね。せいぜい模擬戦の日まで足掻くことだ」
白髪少年は手を振り立ち去った。
「あっかんべーだ」
「フランちゃん、それもはや死語」
「え、そうなん? まあ、それはええとして。まったく人の話を聞かへん子やで」
「面倒臭そうな子だったね。フランちゃんのこと好きすぎない? 断ったフランちゃんからしたら迷惑極まりないよね」
ほとほと困ったという風に、フランは首肯した。
「気に入らない奴ですね組長!」
「やっちまいますか! 今すぐに!」
「何なん、その雑魚臭がプンプンする下っ端キャラ」
「溢れ出るかませ犬感だね」
彼らがそうなってしまうほど、今日のロキは大人しかった。いつもであれば、不遜に言い返していて良いはずの場面である。
「なあフラン」
「どうしたん? あんまりイラついて言葉も出えへん?」
フランは相当苛立っているようで、彼への嫌悪を隠しもしない。
しかし、そんなフランにロキが放った言葉は真逆であった。
「あいつ、良い奴だな」
「は?」
その場の全員がポカンとした。
ロキは生まれて初めて頭が切れるという褒め言葉を頂いて感動していたのである。生まれて初めてというのは、天上界を含めて、だ。
「あいつは俺の事がよく分かっている。今までの節穴共とは違うな」
「あー、あれだね。予想外におだてられたんだね」
「ロキ君、さすがにそれはチョロすぎちゃうか?」
少年二人も呆れ顔である。
雨の中の訓練は、険悪になると思いきや、案外軽い雰囲気でスタートしたのだった。
〜訓練場・その他組〜
「はっ! はぁっ!」
「くっ! ぬぅっ!」
シャルルが攻め、フランが受ける。そしてたまにロキの指導。
いつもの光景であった。
ロキがその他の生徒を片手間で処理している以外は。
「おぉぉぉ! くぼっ!」
「せやぁぁ! でっ!」
少年二人も、以前の復讐を果たすべくロキに挑んでいた。
腹にデコピンを受け、「大久保!」「せやで!」という謎の会話を繰り広げて吹っ飛ばされたが。
ちなみに、ロキの手は既に完全回復している。
「はぁ。お前ら弱すぎないか? 仮にも俺が一度指導してやったというのにそれでは、さすがに情けないぞ」
「ぐっ。ロキが、強すぎ」
「ぐおお、腹痛ぇ。デコピンの威力じゃねえって。魔法かなんか使ってんじゃねえのかよ」
「使ってない。筋力増強系のようなスキルはあるがな」
「なんてこった。魔法無しでこれかよ」
少年は振り返り、ロキに吹き飛ばされた同胞たちへ合掌。
「ロキー! そろそろ来てよー!」
「じゃあな。少しは俺を追い詰められるように訓練に励め」
ロキは彼らに背を向けた。
「ちぇー。お姫様に呼ばれて、良いよなぁあいつは」
「なあ、俺があれだけ強ければ、女の子も寄ってきてくれるのかね?」
「ん? そうなのか? 今まであいつの境遇が良いんだと思ってたが」
「シャルルさんはともかく、少なくともフランさんはあいつの強さに惹かれてるだろ」
「ということは、ロキを倒せば、彼女の興味はこっちに移る、と?」
「そういうことだ」
「おおお。そう考えると自然とやる気が」
「よし! 強くなって彼女を作るぞ!」
「おお!」
短絡的思考。単純な少年たちであった。
「あいつら、正真正銘の阿呆だな」
「ロキ、聞こえるから言わないであげて」
「まあまあ。女の子としては、ちょっと頭の弱い方が魅力的に映るもんやって」
「フランも馬鹿な男が好きなのか?」
「ぅえっ?! えーと、好きかどうかはともかく、可愛いとは思う、かな」
「女の子に可愛いって思われる男はモテないよね、多分」
「同年代か年下からはモテへんやろな。年上からなら別やろうけど」
「好かれるのが誰であれ、あいつらは幸せなんじゃないか?」
「そうやね」
「っと、無駄話もこのくらいにして、訓練してよロキ」
「そうだな。何も雨の中話すようなことではなかった。さあ、かかってこい」
シャルルとフラン、二人がかりでロキを攻める。
シャルルは主に剣で、フランは魔法で。フレンドリーファイアもなく、実に見事な連携である。
「ふっ」
「フェイントにしては腰が入りすぎだ馬鹿者。すぐに元の体勢に戻れんぞ」
「ふえっ! ふやっ!」
「あっ! シャルちゃん!」
「はぁ。まったく」
シャルルは体重を前に掛けすぎている。そのくせ、戻ろうとさえしているのだから、バランスを崩して前方に倒れた。
危うく自慢の髪や服まで泥だらけになるかと覚悟したが、ロキが支えた。
支えた場所が胸でさえなければ、言うことは無かっただったのだが。
「お前、ちゃんと食ってるか? 骨の感触しかしないぞ」
「うっさいバカロキ! いいから手を離して!」
「うわぁ、ロキ君、そらないわ」
「ロキなんて凍らせてやる! 氷霧!」
ロキの足元に、だんだんと氷の粒が積もっていく。
「おいこらやめろ! この雨の中で冷やされたらマジで風邪をひくだろうが!」
「シャルちゃん余波! こっちにも冷気来とるって!」
「氷の中で反省しろぉ!」
「おいやめろ! 死ぬ!」
「わお、率直! そうやロキ君魔法! 魔法で暖かくして!」
「そうだ、その手があった!」
ロキは握り拳を作り、炎を出した。
プスプスという音が鳴る。
「まずい! 雨で火が消える!」
「シャルちゃん! ほんまにストップ! うちら凍死するわ!」
「悪かった! 体質の話はもうしない! 殺さないでくれ!」
シャルルはそこでようやく冷気を止めた。
「はぁはぁ。寒い。雨の中では最悪の魔法だな」
「シャルちゃん、やりすぎやて」
「ふーんだ。このくらいしないと反省しないでしょ」
「はぁ、はぁ。そう、かもな」
「肯定するんやね」
「あれ、ロキ。顔赤くない?」
「そう、かもな」
「ちょっ、ロキ! ロキ!」
バシャリと音を立て、ロキは雨に濡れた地面へ倒れた。
〜数時間後・ロキの部屋〜
「ん」
「あ、ロキ。起きた?」
「ああ。そう、かもな」
「いつまでそれ引っ張るん?」
ベッドの上で横たわるロキのそばには、シャルルとフランが座っていた。
「ロキ、ごめんね。さすがにやり過ぎたよ」
「構わん。こうして生きているのだからな」
そう言って立ち上がろうとしたロキだったが、上手くいかない。
起き上がること自体は不可能ではないが、少し頭を上げただけで、頭が割れるように痛むのである。
「あれ?」
「無理したらあかんで、ロキ君。すごい熱やもん」
「本当にごめんね。ロキが治るまで責任持って看病するから、それで許して」
「ああ。何だか答えるのもだるくなってきたな」
「お粥さん食べて寝とき。シャルちゃんが作ったんあるから」
「ロキ、食べられそう?」
「ああ、なんとか」
シャルルが持つ器からスプーンを拾うも、手が震えて上手くすくえない。
「ロキ、貸して。私がやってあげる」
ロキが答える間もなくスプーンをひったくり、ご丁寧にふうふうと息を吹きかけてから、ロキの眼前へ。
「はい、あーん」
目の前の餌に食いつくくらいなら今のロキにもできる。
二口、三口と、介護は続く。
「あかんわ。うち、こんなラブラブ空間におったら胸焼けしてまう。あとは夫婦水入らずで頼むわ」
「え、フランちゃん帰るの?」
「シャルちゃんは面倒見たりや。なんかうちもちょっと体だるなってきたし、早めに寝るわ」
「あ、うん。おやすみ。お大事にね」
フランは嵐のように去っていった。シャルルに気を使ったつもりなのかもしれない。
そんなことをされても、共に野宿をした二人がどうこうなることはないのだが。
「はい、ご飯おしまい。ゆっくり眠って」
〜数時間後〜
深夜。ロキの部屋に入る光は明るい満月の光と、気持ち程度の星明かりだけ。いつの間にか雨は上がったようだ。
「ん」
「あ、ロキ。起きた?」
「ああ。何だシャル、まだいたのか」
「いて欲しくなかった?」
「いや。いた方が落ち着く」
「そう。ならよかったよ」
「居てくれた方が何かと助かるが、お前もちゃんと寝ろよ。目が赤いぞ」
「生まれつきじゃい」
「いや、ボケじゃなく。いつもより赤いぞ」
「え、嘘。充血してる? さっきまで寝てたのに」
「いや、充血というほどではない。というかお前、どこで寝てたんだ」
「いやぁ、椅子で寝たから体が痛くって」
「そりゃそうだろ。もうちょっと良い方法探せよ」
「んー、じゃあ。えいっ」
シャルルはロキの布団に潜り込んだ。
「おい、伝染るぞ」
「別にいいよ。それでロキが早く治るなら」
「やめろよ。俺が看病しねえといけなくなる」
「そこでその理由? もうちょっと気を使ったことが言えないのかな?」
「悪いが、神はそんな気遣いなど持ち合わせていない」
「他の神様への風評被害よ」
「気にするな」
「気にしてあげて」
そこで会話は一旦途切れた。が、すぐにまた話題が生まれる。
「そういえば俺、泥だらけじゃなかったか?」
「え、あ、それは」
「フランが魔法で落としたのか」
「そ、そう! その通り! ご名答! よくわかったね!」
「何か焦っていないか?」
「そんなことないよ!」
「そうか? なら良いが」
「ふぅ。なんでそんな余計なとこに気がつくかな」
「何か言ったか?」
「独り言だよ。ほら、もう寝て」
シャルルはロキに背中を向け、眠る体勢に入った。
「シャル、お前、魔法上手くなったよな」
「うん、ありがとう」
「はぁ。ちょっと俺に才能を分けてくれよ」
「あ」
「俺は炎を身に纏うくらいしか出来ないからな」
「で、でも、詠唱いらないでしょ」
「詠唱なんぞ、口を塞がれなければあってないようなものだ」
風邪のせいか、珍しく弱気なロキ。シャルルは当惑してしまった。ベッドの中で頬をかく。
「俺にもまともな魔法が使えればな。道具に頼らず戦えるのかもしれんが」
「もう。ロキらしくないよ」
「俺らしくない、か。俺がそんなことを言われる人間になるとは。はは。あいつが聞けば笑うかもな」
「ロキ?」
「卑屈な俺こそが俺なんだよ。よくもまあ今までの人生、驕ってこられたもんだよな」
「もうっ!」
シャルルはロキの頭を抱えた。喋れないように、胸のあたりを顔面に押し付けて。
「ロキらしくないって言ってるの。天上界だ何だって、要は前世の話でしょ。ロキはロキでいてよ。私の好きなロキのままで」
「ぐむ、ぐむむ」
「わかったって言うまで離さないからね」
「ぐむ、むむむーむ」
翻訳しよう。「いや、言えねえよ」だそうだ。
「前世での話がどうとか、今は関係ないじゃん。この世界ではこの世界のロキで生きてよ」
「ぐむっむむむ。むむむー!」
「わかったから。離せー!」という叫びも虚しく、シャルルには聞き届けられなかった。
「私のおっぱいでお眠り」
〜翌日・早朝・ロキの部屋〜
「シャルちゃーん、ロキくーん、大丈夫?」
フランはこっそりと部屋の中へ入った。ベッドの中にいるはずのロキの様子を確認。
「んぅ? フランちゃん?」
「あら、仲良しやなぁ」
シャルルはフランの視線の先を見た。
ボタンが取れたシャルルの寝間着。それから、そこから見える白い肌へ吸い付くロキの姿。
「あっ、あの。フランちゃん、これはっ」
「ロキ君、赤ちゃんみたいやねぇ、シャルママ?」
「やめてぇ!」
「授乳中に来ちゃってゴメンねぇ」
「授乳じゃない! 肩甲骨だから! 見てわかるでしょ!」
「でも口元に押し付けとったんやろ?」
「そりゃそうだけどぉ!」
「む。うるさいぞ」
モゾモゾとロキが起き出した。傍から見れば、ロキがシャルルに押し倒されているようにも見える。
目を覚ましたロキに、シャルルは心配そうな目を向けた。
「ロキ、大丈夫?」
「誰の上に乗っかってやがる。さっさと退け」
心配しただけのシャルルに、ロキは雑な返し。
しかしシャルルは機嫌を損ねることなく、寧ろ笑顔でいた。
「大丈夫そうやね。良かったやん、ママ」
「誰がママか!」
「いいから退けよ」
こうしてシャルルは母親の称号を得て、ロキの風邪は綺麗さっぱり無くなったのであった。
お読みいただきありがとうございます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




