人間の心
話の切れ目に違和感があったため、修正しました。それに伴い、前話の最後を加筆しております。未読の方は是非。
平成30年8月9日
〜二日後・シャルルとフランの部屋〜
「っ! はぁ、はぁ」
早朝。フランはベッドから飛び起きた。
「あぁもう。夢見悪いわぁ」
どうやら悪夢を見たようである。
「あれ、シャルちゃんがおらん」
フランはベッドから降り、桃色に染まった部屋を見渡した。生憎と暗闇ばかりで、何もハッキリとは見えない。
「真っ暗やけど、シャルちゃんの髪、目立つからわかるはずやのにな」
シャルルのベッドを探っても、もぬけの殻。
本格的に探そうと思い至ったフランは寝間着のまま、ランタンを持って外へ出た。
〜訓練場〜
この日もロキとシャルルは、朝の運動をしていた。
実際の刃物や魔法を使う、危険度マックスの運動であるが。
「神を害するなんぞ百年早い」
「ふぃー。疲れた」
いつものタンクトップに短パンのシャルルは、その場に座り込んだ。
ロキはその隣に腰を下ろす。
「最近、体力がもつようになったな。速さも活かせるようになってきた。着実に上達している」
「え、何。どうしたの急に。今日雨とか降る?」
「どういう意味だ」
「そんなに褒めるなんて、今まで一度も無かったじゃん。まさか、卒業とかないよね?」
「ねえよ未熟者。思い上がるな」
「言い方きつくない?」
「弱いところだけでなく、自分の強いところも知っておくべきかと思っただけだ。あの白髪にも及ばない癖にいきがるな」
「え、だいぶ口悪くない? というか、あの人に勝つのって相当厳しいんじゃないの?」
「そうでもないぞ。実力はあの黒髪と大差ない。現役時代どうのという言い訳もあるかもな」
「へぇ、変わらないんだ。そんなのよく分かるね」
「一度手合わせしたからな。分かるだろ」
「うん、わかんない」
互いに薄着で歓談する二人の元へ、ピンクの影が現れた。フランである。
「シャルちゃん、それにロキ君も。こんなとこで何してんの?」
「あ、フランちゃん。ごめんね、起こしちゃった? あれくらいの物音なら起きないと思ってたよ」
「おいシャル、訓練に来るのはいいが、他のやつを起こすなよ」
「ああ、ちゃうねんちゃうねん。うちが勝手に目が覚めただけ。二人とも訓練しとったんやな」
「え、そうなの? いつも時間ギリギリまで全然起きないのに」
「今日はたまたま悪い夢見てん。それでちょっと不安になってシャルちゃんを探しとったんよ」
桃色一色のパジャマ姿のフランが甘えたような声を出す。
シャルルは心を撃ち抜かれた。
「ふふふ。おいでおいで。私が隣にいてあげるよー」
「ありがとうシャルちゃん」
まるで甘える猫のように、フランはシャルルに近づいた。
「えへへ。ね、どんな夢を見たの? あ、話したくなければ全然いいんだけど」
「えっとねぇ、両親の夢。あのときのこと、たまに夢に見るんよ」
フランは、少しだけ悲しそうな表情で真っ暗な空を見上げた。
シャルルは何か言おうと口を開きかけるが、フランの放つ雰囲気に口が重くなる。
そこで話し出したのはロキであった。
「どこかの国の思想でだな」
「ロキ君?」
「夢の中にある人が出てくると、夢を見た当人はその人に想われている。そんな考え方があった」
天上界での教育課程にあった人間世界の情報の中で、ロキが覚えている数少ない事柄の一つである。
「つまりうちは、パパとママに今も愛されてるってこと?」
「そういうことだ」
「そうなんや。なんかちょっと、元気出たかも」
フランは笑顔を作った。
「おぉ」
「シャルちゃん、どうしたん?」
「いや、ロキが気を遣ったことに驚いて」
「おいシャル、もうちょっと訓練するか? 次は俺も叩きに行っていいよな」
「すみません、勘弁してください。地面のシミにはなりたくありません」
「あはは」
フランは少し笑って、もう一度空を見上げた。
「うちな、もっかいパパとママに会うのが夢やねん。冒険者になって、色んなとこを回って、奴隷になっとるかもしれへんパパとママを探し出すんや」
「きっと見つかるよ。むしろ、向こうの方から会いに来てくれるんじゃない?」
「そうかもな。夢に出てくるほど近くにいるのかもしれん」
「そうやとええなぁ」
フランは視線をロキたちに戻した。
「シャルちゃんたちは、なんで冒険者になろうと思ったん?」
「私はねぇ、故郷の村を栄えさせるためかな」
「俺たちの村は魔物のテリトリーに囲まれていてな。周りとの交流は絶望的な中で、自給自足の生活をしている」
「そうなんや。親孝行っていうか、故郷孝行?」
「あはは。その言い回し好きかも」
「まあ、俺はそこまで熱心ではないがな。シャルに付き合ってやっているだけだ。俺には高尚な目標なんぞない」
「ロキ君は自由だもんね」
「ロキの夢はこれから見つけるんだよ。いわばこれは自分探しの旅だね」
「シャルに引っ張られて来ただけの旅だがな」
「あれ? でも、魔物に囲まれてる場所からよう出てこれたね。やっぱりロキ君が道を拓いたん?」
「ううん。うちの村の特産品っていうか、よく取れる植物で、魔物避けっていうのがあるんだ。それがあると魔物が寄ってこなくなるんだよ」
「効果範囲は小さいがな」
「えっ、何それ! すごいやん! それがあれば世界が変わるで!」
「あれってそこら辺に生えてるものじゃないの?」
「クルス村では見飽きるほどに生えていたが、そういえば最近見ていないな」
「そらそやで! そんな植物聞いた事ないわ! それがもし流通したら革命やで!」
フランは鼻息を荒くする。
「そうなんだ。なら尚更頑張らないとね」
「上手く行けば、クルス村は一気に億万長者だろうな」
「んふふ。あんな田舎の村がって思うと、面白いね」
「想像すると、父さんも母さんも、まったく似合わないな」
「ザ田舎者って風貌だもんね。うちもだけど」
「シャルちゃんの夢が叶ったら、一番に教えてな。冒険者辞めて魔物避けで生計立てるわ」
「うん。一緒に億万長者になろうね」
「なんだそのフレーズ」
ロキたちは立ち上がった。もうすぐ夜があける。日が昇ると同時に授業が始まるのだ。
「なあロキ君。明日からうちも訓練に参加してええ?」
「フランちゃんも来るの? やったあ!」
「夢を叶えるには強くならなあかんから。旅をしてパパとママを探すにも、どっかから取り戻すにしても」
「ああ。歓迎だ。シャルルに魔法の使い方でも教えてやってくれ。俺はよくわからん」
「任しといて」
「じゃあお返しに剣術を教えてあげるよ!」
「ライバルが出来るのは良いことだ。お互い頑張れよ」
〜日中・A教室〜
今日も今日とて、冒険者育成教室では訓練に明け暮れる。はずだった。
「雨だと訓練は休みになるんだね」
「訓練場は野ざらしだからな。視界が悪い中での訓練も為にはなるだろうが、風邪をひいては元も子もない」
「それもそっか。だから今日は座学なんだ。嫌だなぁ」
「同感だ」
「そう? 冒険者に必要な知識ばっかりやし、為になると思うんやけど」
「理屈ではそうかもしれんが、気分としては良くない。まあ、天上界での勉強漬け生活より遥かにマシだが」
「またロキが何か言ってる」
「ロキ君、たまにそういうとこあるやんな」
「信じたくなければ信じなくて構わん。好きにしろ」
ロキは、シャルルたちのいつもの反応に不貞腐れたようだった。
〜授業中〜
今は社会の時間。女史が黒板に何事か書き連ねている。
「獣人というのは、このように人間の形をした獣よ。知能は低いけれど、労働力としては人間以上の働きね。彼らは一般的に奴隷として飼育されるわ。稀に犯罪を犯した人間も奴隷に落ちることがあるけれど、奴隷は専ら獣人ね」
今日は獣人の授業らしい。いつも熱心に授業を聞くフランであったが、この授業ばかりは俯いていた。
「この国では獣人の奴隷化が推奨されているわ。軍隊を使って、獣人の村から獣人を連れてくるのよね。では、ここでクエスチョン。一番最近に軍隊が突入した村はどこかしら?」
当然、教室内は静寂。また女史は嫌な汗をかいていた。
「獣人の村の名前はさすがに分からないかしら。でも一応聞いておくわね。じゃあ、フラン。答えてくれる?」
「はい」
フランはゆっくりと立ち上がった。
「サモン村、です」
「正解よ! よく知っていたわね!」
フランは俯いたまま、ゆっくりと席についた。その拳は固く握られ、体はワナワナと震えている。
フランのノートには水玉が出来ていた。最前列で俯いているため、見える人は限られているが。
そこで、フランの後ろに座っていたロキが立ち上がった。
そのさらに後ろに座っているシャルルが驚いたような表情で、ロキを見上げる。
「なあ」
「ロキ? どうしたのかしら?」
「フランの具合が悪そうだ。医務室へ連れて行って良いか?」
女史は最前列で俯くフランの様子を見た。
「ぐすっ。いえ、大丈夫、です」
「いいえ。無理はしない方が良いわ。ロキ、悪いけど、フランを医務室までお願いできるかしら」
「ああ。任せろ」
ロキは、フランを連れて教室を出た。
そこで手を挙げたのがシャルルである。
「私も心配です! ついて行って良いですか?」
「シャルル。付き添いは一人で十分よ。あなたは授業を受けなさい」
「はい」
撃沈。シャルルはロキに思いを託すのみとなった。
〜医務室〜
「ロキ君、ほんまに、大丈夫やから」
「大丈夫なものか。少し寝ていろ」
ベッドを一つ借り、ロキはフランをそこへ押し込んだ。
フランの涙に濡れた顔が顕になる。
「辛かっただろう、今の授業。お前にとっては拷問だ」
「それは、そうやけど。授業は受けな」
「あんな授業を聞く必要はない。お前の心の方がよっぽど大切だ」
柄にもなく真摯に訴えるロキ。フランは諦めて横になった。
「なあロキ君。我儘言うてもいい?」
「言ってみろ」
「ちょっとだけ、話し相手になってくれん? うちが寝るか、授業が終わるまででええねん」
「ああ。もとよりそのつもりだ」
「ありがとう」
フランは涙を拭いた。
「サモン村ってな、うちの故郷やってん。国に滅ぼされてもうたけど」
「それは、ご愁傷さま、だな」
「うちのことを散々な扱いしてきた村やったし、愛着なんてあれへんと思っとったんやけどな。実際はちゃうかった。この街でその報せを聞いたときな、めっちゃ悲しかってん」
「ああ」
「そんで今。もっかいあのときのことを思い出したら、なんかもう込み上げてきて。我慢できひんかった」
「仕方ないことだ。故郷が無くなれば、悲しくなる。それが人間の心だ。どいつもこいつも、獣人をもの扱いするが、そんな奴らよりお前の方がよっぽど人間らしい」
「そうやろか」
「人間の特徴はな、考えることだ。過去を記憶し、未来を予想する。それが人間だ。知能が低いだかなんだか知らんが、それだけ出来れば立派な人間なんだよ」
「ロキ君、そんな哲学的なこと言えるんやね」
「シャルみたいなこと言うなよ」
「あはは。ごめんな。元気づけようとしてくれてありがとう」
「どういたしまして。じゃ、さっさと元気出せ。神の弟子が人間如きの考え方に振り回されるな」
「うん。そうやね。なんたってうちは神の弟子やもん」
「おい、今馬鹿にしなかったか?」
「してへんしてへん。気のせいやって」
フランは微笑んだ。
「さて、話はこのくらいにしてもう寝ろ。何かを忘れるには寝るのが一番だ。いつも俺はそうやって物事を忘れてきた」
「なにそれ。自慢出来ひんやんか」
「まあな」
「ロキ君、今度はロキ君の話聞かせてや。うちが寝るまでの間でええからさ」
「構わないが。どこから聞きたい? この世界に生まれてからか?」
「せっかくやし、天上界のお話にして」
「わかった」
ロキは話し出した。
そう長く語るつもりは無かったのだが、目を瞑ったフランを見ていると、次から次へ言葉が生まれてくる。
そんな不思議な感覚を、ロキは味わっていた。
お読みいただきありがとうございます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




