己の弱点を知る
〜翌日・A教室〜
「今日は金曜日だ。貴様ら、わかっているだろうな」
昨日、無様に敗北を喫した黒髪教官は、ざわめく教室内に叫んだ。
普段であれば、黒髪教官が教室にいて、声を張り上げる必要などない。それほどまでに生徒から恐れられていたのだが、今日は違っていた。
昨日のロキとの試合。あれを見た生徒は全て、彼を軽く見るようになっていた。
「いいか貴様ら。今日は実習訓練だ。付き添いの教官はいるが、常に死と隣り合わせにある。浮かれていては死ぬぞ!」
いくら黒髪教官が怒ろうと、誰も相手にしない。教室はざわめいたままである。
そこで立ち上がったのは、意外にもロキであった。そして、黒髪教官を指さす。
「お前ら、何を調子に乗っているのか知らないが、この中でこいつより強いのは俺だけだ。死にたくなければ気を引き締めることだな」
ロキの一言で、教室内は顔を背ける者が多く発生した。そして静かになったことを確認し、ロキは席に着いた。
黒髪教官はロキの行為に驚きつつも、一つ咳払い。注目を集めた。
「では出発する。各自、忘れ物のないように」
〜約一時間後・アビスブルク郊外〜
冒険者育成教室の面々は、揃って一時間ほど歩き、アビスブルク郊外の森へ来ていた。
生徒たちは皆巨大なリュックを持っている。多くの生徒のリュックには、キャンプ用品が入っていた。
「今日の流れを説明する。まず、教官が奥から魔物を引き連れてやってくる。それを各班ごとで討伐してもらう。その速度、安全性で合格を貰った者から奥へ入ることを許可していく」
「つまり、いつもと同じよ」
「体調の優れない者は待機していて構わん。常に命の危険が付きまとう訓練だ。決して無理はするなよ」
「はい」
そうして生徒は重い荷物を下ろし、装備と最低限の荷物を持って班を作りだした。
「ロキーっ。どうせ友達いないでしょ。班に入ってあげる」
「ロキ君とおったら安心やろな。うちも混ぜてや」
「いいぞ、フラン。歓迎してやる」
「あれ、私は?」
「お前は態度が気に入らない。他のやつと組め。どうせお前も友達なんていないだろうが」
「ごめんなさい、組んでくださいお願いします。出来上がったグループに入る気まずい空気は嫌なんです」
「素直でよろしい」
こうして、両手に花のロキ班が出来上がった。当然、周囲からはやっかみが来るわけで。
「ロキ、頼む。俺も入れてくれ。少しで良いから充実した生活を味あわせてくれよ!」
「ロキぃ。俺たち友達だよな?」
「別に俺は構わんが。シャル、フラン。どうする?」
「うちはどっちでもええで」
「私もいいけど、あんまり多いと困るなぁ」
ロキの班を狙う野郎共は、何もこの少年二人だけではない。
周囲からぞろぞろと集まってきて、俺も俺もと声を上げるのである。
「はぐれても困るからな。よし、最大二人だ。さっさと決めろ」
「なら最初に言い出した俺たちだな」
「それが妥当だよな」
そこへ向けられる殺意。思春期男子たちの戦いの火蓋が切って落とされた。
あちこちから飛び交う、俺の方が云々というセリフ。普段は仲の良いクラスメイトが、美少女と同じ班を賭けて互いを貶し合う。
なんと醜い争いだろうか。
「おい、次の班! さっさと来い! 魔物は既に来ているぞ!」
「はぁ。仕方ない。メンバーは決まらなかった。置いていこう」
「残忍やなぁ、ロキ君」
「ちょっと後ろめたいんだけど」
「気にするな。さっさと決められないあいつらが悪い」
暴言どころか、暴力沙汰にまでなっている男子達をバックに、ロキの班は前へと進んだ。
魔物を連れてきた女史は、一連の流れが想像出来たようで顔を引き攣らせている。
「では始めろ!」
〜アビスブルク郊外・森林地帯〜
余裕で合格を頂戴したロキたちは、けもの道を歩いていた。
「弱い魔物だったな」
「そらロキ君にしたらそうやろな」
「フランちゃんにしたってそうでしょ? あんなの牛と変わらないじゃん」
「いや、あんなん出てきたら怖いやん。シャルちゃんが秒殺しちゃったからわかんなかったけど」
女史が連れてきた魔物は、熊。名をワイルドベアという。
その名の通り、野生の熊である。
シャルルの速度に翻弄され、見せ場もなく屍となったが。
「そうだぞ。シャルが秒殺したせいでフランの魔法が見られなかっただろうが」
「うちの恐怖心は無視やねんな」
「いいじゃん。どうせロキにチームワークなんて求めても無駄でしょ」
「なぁ、うちの感情はほんまに無視やねんな」
二人にジト目を向けるフランであったが、スルーされた。
「そんなことよりだ。フラン、朝言っていたことは本当なんだろうな」
「ここで倒した獲物は持ち帰って換金してもいいんだよね?」
「釈然とせえへんけど。そうやで。一部は税金みたいに教室側へ持ってかれるけど、半分以上は懐に入ってくるんよ」
「そうかそうか。くっくっく。楽しみだな」
獲物に飢えた捕食者の目である。
「ロ、ロキ君」
「あ?」
呼びかけたフランに対し、ロキはそのままの形相で振り返った。
その目に見据えられたフランは、頬を髪と同じ色に染め、しばらく動かない。
フランはその目付きにゾクリとする何かを覚えていた。
〜その頃・集合場所〜
「はぁ、はぁ、はぁ」
熾烈な争いの中、いつもロキの周りで囃し立てる二人の少年が勝ち残っていた。
「さぁロキ!」
「俺たちを班に加えてもらおうか!」
そよ風。
彼らが振り返った先には、仁王立ちの教官こそ居れど、彼らが求めてやまなかったパーティは姿を消していた。
「はぁ。何をしているのかしら、まったく」
「貴様ら! 今日の訓練を忘れたのか! 何をやっているんだ!」
幾多の男共の屍を越えた先にあったものは、教官の叱責だけであった。
「あ、あのやろぉ!」
「ふざけんなぁ!」
少年二人の悲痛な叫びは、森中に響き渡った。
〜その後・ロキ班〜
もう随分と奥へ奥へと進んでいたロキたちであったが、その間、魔物には一体も出会っていなかった。
「はぁ。なんでこんなにいないんだよ」
「そらそうやって。うちら毎週ここに来て狩りしてんねんで? 魔物もおらんくなるわ」
「毎週?! なんでまた。狩りの場所くらい変えればいいのに」
「ここら辺の魔物は初心者向けなんやって。他のとこはもう少しレベル高いらしいわ」
「へぇ、そうなんだ」
「せっかくなら一番強い魔物が出る場所に行かせて欲しかったな」
「それはやめて。ロキが良くても私たちが死んじゃう」
「そうやで。シャルちゃんはともかく、うちは絶対死んでまうわ」
「ちょっ、フランちゃん。ロキと同じ扱いにするのやめてよ。私は人間だから!」
「言い方に気をつけろよ、シャル」
美少女二人を侍らせたロキは、どんどんと先へ進んで行く。
エンカウント率はゼロのままで。
しばらくすると、少しだけ開けた場所に出た。
「しっかし、出ねえな」
「初心者でも勝手に歩いていっていいわけだよね」
「みんなロキ君にビビってるんちゃう?」
「にしたって異常だろう。教官共はどこまで行って魔物を連れてくるんだよ」
「どこかに固まってるんじゃない?」
「じゃあ、ちょっと先に行って確認してくるか。お前らは休んでろよ」
「ええの? 助かるわ。歩き疲れてたとこやったんよ」
「ロキ、自然破壊はダメだよ? そんなとこで驚かそうとしなくていいから」
「普通に走るだけの人間に対して環境破壊という言葉を出すお前に驚くよ」
〜十数分後〜
「ロキ君遅いなぁ」
「そんなに魔物がいないのかな?」
「もしかしたら魔物に囲まれてピンチなんかも」
「ロキが? あはは。ないない」
「随分と信頼しとるんやね、ロキ君のこと」
「そうだね。ロキは小さい頃からデタラメだったから」
「え、そうなん? 例えば?」
「小さい頃から誰にも腕力で負けたことないんじゃない? 喧嘩なら誰も寄せ付けなかったよ。」
「想像できるわぁ」
「去年はダークウルフまで瞬殺してたし。群れに囲まれたときは、私を背負ってダークウルフより速く走ってたなぁ」
そこで嫌なことを思い出したのか、シャルルは目を伏せた。
「ダークウルフって、あの?」
「うん、あの。普通素早さで負けて噛みちぎられるんだけど、ロキってば同じくらいの速さで避けてさ」
「えっ、何それ怖い」
「でしょ? それに一発で地面にめり込ませてたし」
「ダークウルフって、剣でも刃が通らんくらい皮が堅いんやろ? そんなん出来ひんやん普通」
「やっちゃうんだよねぇ、ロキは」
シャルルが呆れを含めて笑ったとき。ロキが走って行った方角から多くの足音が聞こえてきた。
「ここにいたか」
「ロキ? 一体何をしたの!」
「丁度いい獲物を見つけたから連れてきた。一家全員でお出ましだ。手伝え」
「ロキ君、魔物の種類は?」
「知らん。大きくはなかったぞ」
「もうすぐ来るよ! 構えて!」
草むらから飛び出して来たのは、巨大な木の枝。かと思われたが、それは角のようだ。
飛び出したそれは、立派な角を武器にして真っ直ぐロキの方へ。
魔物の前面全てをカバーする角。その角には、ささくれのような小さな棘が生えていた。
仮に殴ったとすれば、拳の方ががダメージを受けてしまうだろう。
「ロキっ!」
「ああ。問題ない」
迫り来る角という名の壁に対し、ロキは飛び上がった。ロキは突進してくる魔物を軽々と越え、魔物の背後に着地。
そして、ブレーキをかけた魔物の元へ瞬間移動のような速度で近づき、燃え盛る拳で殴打。
魔物は地面に真っ赤な跡を残した。
「ちっ。力加減をミスったか」
「まだまだ来るよ!」
地のシミになった魔物にロキが舌打ちをしていると、草むらから魔物の仲間が続々と湧いて出てきた。
「厄介な魔物やな。岩石砲!」
フランが顔サイズの石を魔法で作成、射出するも、堅牢な角に阻まれてしまう。
しかし、怯ませることは出来たようで、その間にシャルルが横から串刺し。
「ターゲットはロキ君みたいやから助かるけど、こんないっぺんに来られたら泣いてまうわ」
「ほんとだね。でも、ロキだって人間だから。アシストしてあげないと」
「そうやね」
その頃、ロキは少し焦りを感じていた。
何せ、自慢の腕力が通用しないのである。脆いと忠告を受けた人間の腕、それも生身では棘のついた角に太刀打ちが出来ない。
「俺もまだまだだな」
今は高く飛んで回避しているものの、この魔物にもう少しだけ知性があれば、待ち伏せされて足元を刺される。
「ロキーっ。大丈夫ー?」
「ちょうど良い! 手伝え!」
「ロキ君でも困ることってあるんやな」
跳ね回るロキに群がる魔物を、側面から刺していくシャルルとフラン。
「これで最後っと!」
「悪いな。助かった」
「ええんよ。仲間やからな」
「そういえば、こいつらの名前、なんて言うんだ?」
「これはホーンディアだね。属性は無いらしいよ。特徴としては戦ってみた通りかな」
「はぁ。まったく厄介な角だ」
「力もさほどやないし、棘も大きくないから、剣で受けられる突進やねんけどな」
「素手じゃ無理だよね。ガントレットか何かつけたら?」
「しかし動きが制限されるだろう」
「対トゲトゲ専用ってことでさ。いざってときのために持っといた方が良いんじゃない?」
「そうかもな」
「こんだけホーンディア倒したんやから、ガントレットの一つくらい買える額にはなっとるやろ。うちもその方がええと思うわ」
「ふむ。考えておこう」
ロキは頷き、血だらけの草原を振り返った。
「それじゃ、死体運ぼっか」
「こんないっぱい持ってかなあかんのか。嫌になるわ」
「いっそワープでも出来れば楽なんだがな」
「あー。助かるわそれ」
「馬鹿なこと言ってないで現実見ようよ」
「うー。シャルちゃんのいけずぅ」
項垂れるフラン。
その近くから、またもや何かの足音が近づいてくる。
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