第二回教官吹き飛ばし大会
〜翌日・訓練場〜
訓練場の一角には、A教室とB教室の面々が集まっていた。木曜日である今日は、二組合同訓練の日なのである。
「いつものように、剣術組はこっち、その他は向こうだ。では分かれろ!」
二組合同であろうが、やることは変わらない。せいぜい訓練場の取り分が狭くなるというところか。
ぞろぞろと動き出す生徒の中で、ソワソワする者が一人。シャルルである。
「シャルちゃん、こっちやで」
「え? あ、うん」
黒髪教官に負い目を感じて動けなかったシャルルであったが、フランがその手を引いて、ロキの近くへ歩いていく。
〜訓練場・ロキ組〜
「A教室の皆は一昨日の通りよ。いいわね、ロキ?」
「ああ」
B教室の生徒は首を傾げた。なぜ生徒が教官に確認を取られているのか、と。
「ロキ君、うちらも頼むわ」
「私はどうするの、ロキ?」
「お前ら、向こうをサボって来たのか。良い根性してるじゃないか」
そこへ美少女二人も参戦とあって、B教室の生徒らはさらに目を丸くしたのであった。
「フランの得物は短剣か。ふむ。シャル、手合わせしてやれ」
「はーい」
これにはA教室の生徒も驚いた。
「おいロキ。奥さん大丈夫なのか?」
「相手はフランさんだぞ。A教室とB教室、合わせてもトップクラスの戦績だって話じゃねえか。いくらお前の奥さんでも」
「奥さんじゃない! 連呼しないでよ!」
「まあ見ていろ。シャルルは小さい頃から俺が手塩にかけて育ててきたんだ」
戦績トップクラスのフランと、圧倒的実力を持つロキが育てた上に、妻だというシャルル。A教室のその他組は、自分の訓練そっちのけでその手合わせに注目した。
「じゃ、いくよ」
「えー。シャルちゃん強いもん。こんな見られながら醜態晒すん恥ずかしいわ」
「ここにいるA教室の奴らは全員俺が負かしている。そいつらがどうこう言う資格なんてない」
「ほんまに規格外やな、ロキ君は」
苦笑気味なフランの一言に、女史は小さく頷いていた。
短剣と細剣を構え、対峙する二人。シャルルの素性を勘違いしているA教室の生徒はともかく、B教室の生徒は再び、その他組であるのに剣を携えた彼女らに驚いた。
「ロキが規格外なのは分かっているけれど、二人とも真剣で地稽古をするのかしら? さすがにそれは危ないのでは」
「シャルル、上手くやれよ」
「わかってるよ! 手が滑っても絶対当てないから!」
「だ、そうだが?」
「はぁ。もう勝手にしてちょうだい」
女史は諦めた。
先に動いたのはシャルル。生徒たちの度肝を抜くスピードでフランに近づき、ギリギリ当たらない範囲から刺突。
「ふっ!」
「きゃっ!」
当然、短剣のリーチには程遠い。
フランは悲鳴を上げたものの、飛び退るということもなく、短剣で受けた。
「なるほどな。良い反応速度だ。戦績が良いのも頷ける」
「よーっし、まだまだいくよ!」
「お手柔らかに頼むで」
表情を強ばらせ、フランは次々とシャルルの攻撃を捌く。
彼女が捉えきれた刺突は、およそ半分。それでも常人には有り得ないレベルの反応である。
現に、ロキの隣の男子二人は若干引いていた。
「はぁ、はぁ。もう、シャルちゃん、手ぇ抜いてぇや」
「もうへばっちゃったの? 情けないよ?」
「お前が言うな」
「あいて。ごめんなさーい」
ロキは平手でシャルルの背を叩いた。
「凄いわね。シャルルにならと思っていたけれど、引き分けも危うそうだわ」
「謙遜しすぎですよ。私もまだまだ荒削りですから」
「ああ。まったくだ」
「ぐむう。ムカつくけど反論できない」
「シャル、お前に素振りや体力云々はもう必要ない。俺と地稽古だ。少し待っていろ」
「はーい」
そしてロキはフランに向き直った。
「フラン、お前は反応が良い。その面では戦闘向きだと言える。だが」
「だが、なんなん?」
「戦う意志がないように見える」
「それ、どういうこと?」
「さっきのシャルとの手合わせ。反撃できる箇所はいくらでもあったはずだ。何せ攻撃を当てないようにしてくる相手だからな。間合いを詰めてそれを振りかざすだけで立派な反撃だ。だがお前はそれをしなかった」
「せやかてシャルちゃん、めっちゃ怖いんよ? 四方八方から剣が飛んでくるし、ちょっとでも身じろぎしたら掠りそうで」
「それでも棒立ちにならず、短剣で受け流していただろう?」
「そらそうやけど」
「つまりお前の剣は、守りの剣だ。魔物と戦おうとする冒険者が、わざわざ攻めを捨てるとも思えない。フラン。お前、魔法寄りだな?」
「ようわかったな。隠し通して月曜日に驚かしたろうと思っとったのに」
フランは観念したように笑って両手を上げた。
「説明しよう! フランさんは、武術においてだけでなく、魔術においても優秀な成績を修めているのだ!」
少年の言う通りである。
「へぇ、そうなんだ。すごいね、フランちゃん」
「そんなことないよ。剣術やったらシャルちゃんには全然かなわへんし」
「剣術は防御主体か。ならシャルが相手になった方が良いな」
「りょうかーい。フランちゃんのためなら私、鬼になるよ!」
「ひぇー。勘弁して欲しいわ」
「そういうわけだ。ギャラリー共も、訓練に戻れ。シャルはまずフランとだ。その後で相手をしてやる」
「ロキ君はどうするん?」
「俺には客が来たみたいだ」
訓練場の剣術組から、歩いてくる人影。それは黒髪教官のものであった。
〜十数分前・訓練場・剣術組〜
「いつも通り素振り千回だ! 始めろ!」
「はい」
訓練場の一角。ロキたちと対角に位置するこの場所では、黒髪教官とその生徒が陣取っていた。
黒髪教官は辺りを見渡し、首を傾げた。
そして、汗を流して素振りをしている生徒に尋ねる。
「おい。新入生のシャルルとフランはどうした」
「さっきまで一緒に並んでいたと思います」
恐る恐る声を出した生徒に対し、黒髪教官は頷いて、声を張り上げた。
「おい! 誰かシャルルとフランを見なかったか!」
生徒たちは皆聞かぬふり。素振りに集中している風を装っていた。その態度に黒髪教官は更に声を荒らげた。
「なんとか言え!」
「さ、さっき、その他組の方へ歩いていったのを見ました!」
B教室の生徒が怯えながら報告した。
彼の答えに、黒髪教官は奥歯を噛み締めた。
「ロキ。またお前か」
黒髪教官は生徒たちに素振りの追加を告げ、その他組に向かって歩き出した。
〜現在・訓練場・その他組〜
「ロキ。フランとシャルルはこちら側の生徒だ。勝手に連れ出して貰っては困るな」
「連れ出した? こいつらが勝手に来ただけだ。俺に責任を押し付けられても困るな」
「決められた組み分けに従え! フランとシャルルはこっちだ! 早く来い!」
「おいおい、強引だな。教官は生徒の意志を無視するのか?」
「決まりは決まりだ!」
「古い考え方だな。生徒の意志を尊重したらどうだ? それが大人ってもんだろ?」
「出しゃばるな。一生徒の分際で!」
「一教官の分際で、神に指図してんじゃねえよ」
「生意気な口を! 親に代わって教育し直してやる!」
黒髪教官は剣を抜いた。西洋風の片手剣である。
「行くぞ!」
「神に仇なしたこと、後悔させてやろう」
黒髪教官は踏み込んだ。シャルルと比較しても数段劣る、のろまな踏み込みである。
普段のロキであれば、回避してカウンターを決めるような剣筋である。しかし、ロキはそうしなかった。出来なかったのである。
「液状化!」
地面が一気に緩み、ロキの足を引きずり込んでから固まった。地面に拘束されたのである。これではどんなに下手な切り込みであろうと回避することができない。
「育成教室の戦闘において魔法を使うことは禁止です! やめてください!」
「ははは! 甘いな! 実際の戦闘では魔法を使ってこそだ! ロキぃ! 今までの態度を後悔させてやる!」
上段からの振り下ろし。回避する術を持たないロキに迫る。
「なっ!」
「そうだな。魔法を使ってこその戦闘だ。お前の言うことは正しい」
片手の親指と人差し指を使った白刃取りで受け止めていた。
引き抜こうと黒髪教官が藻掻くが、ロキの握力はそれを許さない。無駄だと分かっていても、黒髪はもがき続けた。
「この状態なら、シャルの方がよっぽど上手くやるだろうな」
ロキは剣を掴んでいない方の手を握りしめた。動けないながらもロキは腕を引く。
「お前は剣と魔法に頼りすぎだ」
ロキは拳を振り抜いた。剣を封じられ、避けるという正常な判断を失った黒髪に命中する。
「神を害するなんぞ百年早い」
以前の白髪よろしく、黒髪教官は壁まで吹き飛んだ。
「あーあロキ、またやっちゃった」
「あれがロキ君の実力なんやね」
「おーい、死んでないかー?」
女史が確認に走る。
「気絶しているだけよ。医務室まで運ぶわ」
「そうか。あんなやつでも教師だからな。死なれては困る」
呆れたような表情で、女史は黒髪教官を背負い、訓練場を出た。
「で、ロキ。なんで動かないの?」
「お前、この状態の人間を見て動けと言うのか」
「いや、ロキならいけるかなぁって」
「ご丁寧に、ガチガチに固めてくれたらしい。無理に動くこともできないではないが、足がもげそうだ」
「ロキ、人はそれを不可能って言うんだよ」
「待っててやロキ君。今戻すからな」
フランがロキに駆け寄った。
「液状化」
「フランちゃん、もしかして地属性?」
「そうやで」
「助かった。礼を言う」
「ええんよ。しかし凄いな、ロキ君。片手で剣を掴むなんて聞いた事ないわ」
「あいつは俺を舐めてかかった。魔法を過信していたと言うべきか。あれがあいつの必勝パターンだったんだろう」
「まさか剣を素手で掴まれるとは思ってなかっただろうしね」
「ああ。だが、あいつの振りは良いものだ。だからこそタイミングを図りやすかったんだが」
靴に入った泥を抜きながら、ロキが言う。
そのあくまでも上からの態度に、フランとシャルルは揃って苦笑した。
「さて、邪魔者がいなくなったことだ。目一杯教育してやるからな」
「よろしくね、ロキ」
「よろしく頼むで」
「おいおい、美少女二人だけ贔屓かよ」
「素振りもろくに出来ないやつが何を言っている。才能があるやつには相応の相手が必要なんだ」
「うちは才能ある判定でええん?」
「ああ。あの黒髪のおかげか素振りは上々。反応も良い。魔術寄りであればそれだけで十分だろう」
頷くロキに、シャルルが手を挙げた。
「でもロキ、ここって人に魔法使ったらダメなんでしょ?」
「らしいな」
「それで練習になるの? フランちゃん、短剣で防御しながら魔法使うんでしょ?」
「せやで」
「たしかに、集中出来ない可能性もあるな」
「そうかもやけど、どうしようもなくない?」
ロキとシャルルは顎に手をやった。
しばらくして、シャルルが何か思いついたらしく手を叩いた。
「ロキに相手してもらえばいいじゃん。ロキはグローブでも付けて、短剣で切れないようにしてさ」
「その手があったか。多少動きは制限されるが」
「そのくらいのハンデは必要でしょ」
「それもそうか。良かったなフラン、これで戦闘中の魔法が練習できるぞ」
「いや、そもそも人に魔法打ったらあかんし」
「ロキは人じゃないから。人外だから」
「そういうことだ」
「それでええんか、ロキ君」
フランは苦笑さえも出来なかった。
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