寝起きドッキリと授業
〜夜明け前・ロキの部屋〜
コンコン。ロキの部屋の扉が叩かれたが、内側から返事はない。
ドアを叩いた本人、シャルルは嘆息した。そして、少し躊躇いがちに扉を開く。
「おはよーございまーす」
約束をしたため、シャルルが気を使う必要は全くないのであるが、わざと声を潜めていた。
「寝てる寝てる。もぉ。ヨダレまで垂らして」
いつも横柄な態度であるロキの気の抜けた姿に、シャルルは頬が緩んでしまうのであった。
そして、その表情はさらに喜色を増すことになる。
その手には筒状に丸めた書類。シャルルはその一方に口を近づけ、もう一方をロキの耳へ。
「わーっ!」
「うおっ! 何事だ?!」
「おはよう、ロキ。近所迷惑だから大きな声は出さないで」
「シャル? いったい何しに? ああ」
「思い出した? じゃあささっと着替えて。外でね」
そう言ってシャルルは退出し、部屋の扉を閉めた。
「はぁ」
ロキがため息を吐いてベッドから起き上がると、再び扉は開かれた。
「二度寝禁止だからね」
「はいはい」
今度こそシャルルは出ていった。ロキはもう一度ため息を吐いて、着替える。
「あいつ、寝起きドッキリなんてかましてくれやがって。覚えてろよ」
邪悪な笑みを浮かべ、部屋を出るロキであった。
〜訓練場〜
日が昇る前。ほとんど真っ暗な状態の訓練場には、鍛錬をする二人の姿があった。
シャルルはいつものようにタンクトップに短パン。ロキは普段着である。
「シャル、お前昨日もそんな格好で訓練していたのか?」
「ううん。昨日はいつもの格好で。でもロキとやるならこれくらい動きやすくないと」
「そうか」
「この服だと、露出が多くてドキドキする?」
「しねえよ。昔からずっとその格好だろうが」
「あはは。そりゃそうだよね。でも、急になんでそんなこと聞くの?」
「特に深い意味はない。ただ、その無防備すぎる姿を他の奴に晒すのはどうかと思っただけだ」
「なぁに? ロキ、焼きもち焼いてくれてるの?」
「焼きもち? どうしてそんな話になる?」
「安心して。私がこの姿を見せるのはロキだけだから」
「いまいち噛み合っていない気がするが、まあいいか。信頼の証と受け取っておこう」
ここで二人の齟齬を補足しておこう。
シャルルはこの話を、服装の話だと思っている。下手をすれば大事な部分がちらりと見えてしまうような格好について、ロキが注意をしてくれているのだと。
対してロキは、装備についてだと思っている。シャルルはロキとの訓練で鎧を外しているが、普段の装備では常に身につけているのである。
「じゃ、ロキ。行くよ?」
「ああ」
〜一時間後〜
シャルルは顔を赤く染め、息を荒くしていた。
「はぁ。はぁ。もう、らめぇっ」
「神を害するなんぞ百年早い」
「ふーっ。やっぱりロキとの訓練は効くなぁ」
「そうだろう」
休憩がてら、訓練場の隅で二人並び、座って話すことにした。
汗で張り付いた白銀の髪や火照った肌は、暗闇に隠されてロキの視界には入らない。
「そう言えば聞きそびれていたな。剣術組は昨日どんなことをしていたんだ?」
「んー、掛かり稽古とか素振りとか、型を重視してばっかりであんまり面白くなかったよ」
「ふむ。まあそれも悪くはないだろうな」
「でも私はロキと地稽古をする方が好きだよ」
「だろうな。お前の素早さは実戦でこそ鍛えられる」
「にひひ。やっぱり私のことを一番分かってるのはロキだね」
「当然だろう。何年一緒にいると思ってんだ」
「あ、なんかそのセリフ夫婦みたい」
「それ、自分から言い出すのかよ」
もう一度笑って、シャルルは立ち上がった。短パンに付いた砂を払う。
「早朝は冷えるね。寒くなってきちゃった」
「いつまでもそんな格好でいるからだ。汗が引いて寒くなる。ほら、上を着ろ」
「ん、ありがと。じゃあ帰ろっか」
「ああ」
〜曙・A教室〜
「ちゃんとノートを取れよ」
黒い石の壁に向かって、黒髪教官がチョークで何やら数式を書いていた。
いや、数式と呼ぶ程でもない。ただの筆算である。
「はぁ」
ロキの今日何度目か分からないため息が静かな教室に響いた。
その度に黒髪教官の眉がピクリと上がる。
「ロキ、空気読んで!」
シャルルが小声で注意するも、意味をなさない。
ロキにとって、この授業はため息が出るのも仕方ないほど、退屈極まりないものであった。
いくらロキに勉学の才能がないとはいえ、天上界では百年間教育を受けた身である。今更筆算をやれと言われて、おもしろいはずがない。
「はぁ」
「ロキ、この問題を解いてみろ」
両手で足りない数のため息がロキの口から出ると、黒髪教官は青筋を浮かべて黒板をチョークで叩いた。
ロキはあくびをしながら席を立ち、前へと進む。
黒髪教官は歪な笑みを浮かべた。
「ん? 範囲が違わないか?」
「いいから解いてみろ」
黒髪教官が笑んだ理由。それは黒板に書かれた内容にある。
連立方程式。現代日本であれば、中学生でも解ける簡単な問題である。
しかし、この場においては、黒髪教官の渾身の問題であった。
「はぁ。まあいいが」
「むっ」
「ほら、これで満足か?」
ポイッとロキはチョークを投げた。そのまま席へ戻る。
「正解だ」
「すごいね、ロキ」
「買い被りすぎだ。文字の意味さえ知っていれば誰でも解ける」
「あれって数学やんな? うち初めて見たわ」
この人間世界では、生活の中で使うことのない数の学問を数学と呼ぶ。
連立方程式や三角関数も、存在していることはしているが、数学の仲間なのである。一般教養にはなりえない。
そして黒髪教官は、渾身の数学を解かれたことにショックを受けていた。
「算数はこれで終わりだ。次は魔術の授業になる。準備を怠るな」
「ありがとうございました」
黒髪教官は教室を出ていった。途端に教室はざわめき始める。話題の中心はロキであった。
「ロキ、お前すげえな!」
「昨日あれだけやられたから座学こそはって思ってたのによ!」
「まあな。あのくらいは当然だ」
ロキは鼻が高かった。天上界で過ごした百年間がやっと実を結んだような気がしていたのだ。
「ロキに数学の知識があったなんて。生まれてからずっと一緒だったのに、いったいどこで勉強してたの?」
「天上界。この世界に生まれる前のことだ。知らないのも無理はない」
「ははっ。なんだよそれ」
「ロキって案外面白い奴なのか?」
面白い奴ではない。痛い奴なのだ。シャルルはそう思ったが、口にすることはなかった。
「てかシャルルさん、ロキと幼馴染なのか?」
「うん、そうだよ」
「生まれたときからって、まさかここにも二人で?」
「そうだ」
「羨ましいなこの野郎!」
少年二人の本音が揃って出た。
「こんな可愛い子と二人でデートがてら冒険者になろうだなんて!」
「いや、誰もデートとは言ってないよ」
「二人きりなら全部デートなんだよ! かぁ! 俺にも可愛い幼馴染がいればなぁ!」
「そんなに良いものでもないぞ」
「お前このむさ苦しい教室でよくそんなことが言えたな!」
「俺たちの人生は女子がいるだけでも奇跡だってのに、お前は生まれたときから隣にシャルルさんみたいな美少女が!」
事実、教室内の男女比は9対1である。正確には、もう少し女子の割合が少ない。
「まさかとは思うがロキお前、シャルルさんと一線を超えていたりしないだろうな」
「まさか恋人同士だったりしないよな! 頼むから! 俺たちから希望を奪わないでくれ!」
「ちゃうで二人とも。ロキ君とシャルちゃんは恋人同士やなくて、夫婦なんや」
「な、なんだってー!」
「いや、そんなわけねえだろ」
ロキは軽く手を横に振り、否定をした。
しかし、ヒートアップした少年二人は止まらない。
「ふざけんな! なんでもできるからって、こんな可愛い嫁さんまで貰いやがって!」
「いつか絶対叩きのめしてやるからな!」
「めんどくせえ奴らだな」
「もう、フランちゃんが余計なこと言うから」
「あはは。ごめんね。嘘だよ嘘。真に受けないでよ」
フランが笑って詫びるが、広まってしまったものが収束するには時間がかかる。
そんな時間が与えられることはなく、噂は半分訂正されないまま次の授業が始まった。
〜数十分後〜
先程の算数の授業とは対照的に、ヒソヒソ話が横行する魔法の授業。担当教員はかの女史であった。
「今日は魔物の属性について話します。ノートを取るように」
また、ロキの授業態度も対照的であった。組んでいた足を解き、筆記用具を手にして黒板に注目している。
「基本的に、魔物の属性はありません。ですが、例外となる魔物が少数ですがいます。では、ここでクイズです!」
クイズという単語が出た瞬間、騒がしかった教室が黒板に集中しだした。単純な生徒たちである。
「次のうち、属性を持つ魔物はどれでしょう! 一番スケルトン、二番エレキマウス、三番ロベリースライム」
生徒たちは口々に番号を口にする。先程までが嘘のような意欲であった。
これが女史の授業スタイルなのであろう。
「正解は、二番、エレキマウスでした」
クラスの大半の生徒は予想通りだと笑顔。裏をかこうとした生徒たちはつまらなさそうにしている。
「では続いて。属性を持った魔物の中でも、魔法を使うものは半分程度です。エレキマウスは使う方の魔物で、触れた相手を一時的に麻痺させる魔法を使います。では、ここでクエスチョン」
不思議を発見しそうなテンションである。
「魔法を使わない属性持ちの魔物。彼らの属性はどんな役目を果たしているのでしょうか」
黙りこくる生徒たち。誰一人として分かる者はない。
なぜなら、まだ習っていないのである。
選択肢が用意されているならまだしも、それもない。ヒント無しで答えるには難しいだろう。
「でたよ、鬼畜問題」
「思考力がどうのって言ってるけど、無理があるよなぁ?」
などと囁かれる始末である。
女史は助けを求めるような眼差しをロキに向けた。
「ロキ、間違っても良いから何か答えて」
「良いだろう。その分類にはフレアラビットも含まれるか?」
「ええ、そうよ。よく知っているわね」
「ふむ。では、同じ属性の魔法を吸収するといったところか」
「正解よ! ありがとう!」
「先生、ありがとうって」
女史のそぐわない言葉に、フランは苦笑気味である。
「その通り。属性を持った魔物は、魔法を使う他に、同じ属性の魔法を吸収することが出来ます」
「またロキにしてやられた!」
「なんでわかるんだよ!」
「一度フレアラビットと戦ったことがあってな。そのときにシャルの魔法は効いたが、俺の魔法は効かなかった」
「なんだその魔物。強いのか?」
「いいや。吹けば飛ぶような雑魚だった」
「ロキにとってはそうだろうね。実際ポンポン吹っ飛ばしてたし」
「あれが雑魚、ねぇ」
驕った様子すらなく語るロキに、女史は遠い目をしていた。
「私より強いのは昨日のアレで確定的だと思っていたけれど、まさかフレアラビットを雑魚呼ばわりなんてねぇ」
女史は呆然として気がついていなかったが、周りから賞賛の目を向けられているロキに対し、憎悪の視線を向ける者がいた。それにはロキもシャルルも、誰も気がついていない。
「フレアラビットは決して弱くありません。皆はロキを真似しないように。では授業を続けます」
「ちっ」
その視線の主は、小さく舌打ちをした。
お読みいただきありがとうございます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




