生徒より教官、生徒より幼馴染
〜翌日・A教室〜
日が昇るより前。教室内は騒然としていた。
教室人口はおよそ五十人強。その多くが一箇所に集まっている。
その人混みの中心にいるのは、当然ロキとシャルルである。
出身、好物、魔法の属性、二人の関係など根掘り葉掘り聞かれているが、主に答えているのはシャルルであった。ロキは基本的に黙りである。
「ロキ君、はじめまして」
「ああ。お前がフランか」
「そうやでー」
「こいつが苦労をかけると思うが、よろしくしてやってくれ」
「任しといて!」
「もぉロキ。言い方がお父さんみたいだよ」
そう馴れ馴れしく話しているだけで、ロキたちの周囲はざわめく。
というのも、フランとシャルルの美しさにその要因がある。
シャルルは言わずもがな、フランも美少女と言って全く差し支えない。
桃色で、肩ほどに切りそろえられたフワフワの髪。毛量は多く、耳は完全に隠れている。髪と同じ色の瞳は早朝ということもあって眠たげだが、大きいことが見て取れる。
また、服のセンスも良い。真っ赤に染めただけの半袖シャツに短パンという野暮ったいシャルルとは違い、いわゆるゴスロリのような服装。
白のブラウスに黒のスカート。そのどちらにもフリルがあしらわれている。そして、ワンポイントにピンクのリボン。シャルルとは対照的に、己の美しさを自覚した美しさと言えよう。
「席につけ。訓練を始める」
騒がしかった教室内が、先の黒髪教官の入室により、一気に静まった。
皆散り散りになって、席へ座っていく。
そして黒髪教官は、腕を組んで座るロキの方をちらりと見ると、少しだけ顔を顰めて目を逸らした。
「授業の前に新入生を紹介する。ロキとシャルルだ。今のうちに信頼関係を築いておけ」
「シャルルです。よろしくお願いします」
「ロキだ。よろしく頼む」
まばらに拍手が響く。先程までが嘘のように、教室内では誰も一言も発さない。
「では授業を始める。今日は訓練の日だ。外へ出ろ」
教官の言葉を合図に、少年少女は席を立ち、駆け足で訓練場へと向かった。
その間に鳴った音は、椅子を動かす音と、足音のみ。誰一人として私語はない。
どこか恐ろしさをも感じる光景であった。
「剣の者は俺が担当する。それ以外は向こうだ」
「はい」
ここでようやく、返事を返す生徒が出た。
教官が無視をされているというわけではないようだ。
〜訓練場・剣術組〜
「まずは基本の素振りを千回だ。いいか。基本も出来ないうちから魔物に勝てると思うな」
「はい」
金属の塊を、ただただ千回振り続ける。シャルルに与えられた最初の課題はたったそれだけだった。
しかも、フォームが崩れた者には教官から厳しい叱責が飛ぶ。生徒たちはそれを淡々とこなしていた。
「次は掛かり稽古だ。防ぐ方も攻める方も全力でな」
シャルルはフランとペアを組んだ。シャルルは細剣、フランは短剣と、リーチに圧倒的な差があるのにも関わらず。
シャルルとフランは、目が合って微笑み合った。
しかしそれと同時に、シャルルは首を傾げた。どうして短剣と細剣が同じ分類なのだろうか、と。
「よろしくお願いします」
「よろしくな、シャルちゃん」
考えても仕方がない。冒険者育成教室が決めていることだから。そうシャルルは割り切った。
そして、寸止めを心に誓って訓練を始めるのであった。
〜訓練場・その他組〜
剣術組と分断されたロキたちは、安堵のため息を吐いていた。
そこへ昨日の長身の女性が、動きやすい服装でやって来た。
「お疲れ様。ここからは私語オッケーよ」
「どういうことだ?」
「ロキは知らないわよね。あの黒髪の教官、礼儀云々に厳しいことで有名なのよ。私はなにもあそこまでやる必要はないと思っているけれど」
「そうなのか」
「だから皆、怖がって一言も発さないのよ。持論だけれど、冒険者に必要なのは礼儀より力だと思うわ。劣っている私が言っても虚しく聞こえるかもしれないけれどね」
「いや。その通りだ。この世の中、力こそが全てなんだろう」
「あなたにそう言って貰えると心強いわ。あのオリバーさんを倒したあなたに言って貰えると、ね」
彼女がオリバーという名前を出した途端、生徒たちはざわめき始めた。ロキに疑いの視線を向ける者もあった。
しかしロキは謙遜することも萎縮することもなく、堂々と胸を張る。
「そういうことだ。俺は俺より弱いやつの指示を受けない。訓練だか何だか知らないが、勝手にやれ」
「そう言うと思っていたわ。無理に参加しなさいとは言わない。けれど、一つ頼まれて欲しいの」
「ほう? 言ってみろ」
「実はね」
〜半日後〜
初日の訓練が終わったロキとシャルル、それから一緒についてきたフランは、ロキの部屋に集合していた。
というのも、料理禁止を命じられたロキの夕食を作るためである。
「もう、ロキ。私に頼まないで、近所の男の子に頼みなよ」
「俺より弱い奴に頭を下げるなんてゴメンだ」
「正当な理由があるんだから、恥ずかしいことでもないじゃん。プライド高すぎない?」
「神とはそういうものだ」
「それ、他の神様に風評被害行ってない? 絶対もっと礼儀正しい神様いるって」
「いや、ないな。親父が頭を下げたところなんて見たことがない」
「何言ってるの。ロキのお父さん、全然お母さんに頭上がってないじゃない」
「そっちじゃねえよ」
「じゃあどっちなの」
「ロキ君、シャルちゃんと話すときはえらい饒舌やな」
教室内での寡黙なロキの雰囲気が崩れたフランは、目を丸くしていた。
「ロキ君そんなプライド高いのに、シャルちゃんには頼むんやね。なんでなん?」
「俺はこいつの腕を見込んでいるからな」
「え、そうなの? そんなに褒めてくれたことなかったじゃん」
「シャルちゃん、あんな強くて1回も褒められたことないん? 信じられへんわ」
フランは今日の訓練で、シャルルの強さを知っていた。
地稽古の時間はごく少なかったが、それでも理解出来るほど、他と比べて圧倒的であったのである。
「そうなの。ロキってば私がどれだけ強くなってもまだまだだって言って聞かなくて」
「ああ、訓練の話じゃない。料理の話だ」
「やっと褒めてくれたんだなぁって思うと感動も一入。ってそっちかい!」
「シャルちゃん、ええツッコミや」
「これからも精進してくれ。俺の食生活のために」
「料理じゃなくて訓練に専念させて!」
そうやって騒いでいるうちにもシャルルの手は動き、料理は完成していた。きっちりと精進しているシャルルである。
「うむ、やはり美味い」
「シャルちゃん、これ美味しいわ。後でレシピ教えてな」
「うん。ありがとうフランちゃん。後でね」
「俺の言葉には反応無しか」
「そう思うなら少しは手伝って」
「いいのか? また異臭騒ぎが起こるぞ?」
「野菜の皮剥きで異臭騒ぎが起きたら、もはやそれは才能だよ」
「生ゴミの臭いを増幅させるスキルとか最悪やね」
「やめろ。食事中に生ゴミとか言うな。不味くなる」
「話題の発端はロキだからね? あと、皿洗いくらいはやって」
「心得ている」
先日の白一色と違い、色とりどりな食卓を囲んだ団欒の中、話題は今日の訓練についてへ移ろうとしていた。
「そうやロキ君。ロキ君の方は訓練どうやったん?」
「あ、それ私も気になる」
「訓練か。少し厳しかったかもしれんな」
「えぇ?! ロキで厳しいって、ほんとに?!」
「そうなん? いつも素振りとかで、激しいことはしてへんみたいやったけど」
「いつもはそうなのかもな。今日は地稽古を多くしてやったが」
「してやった? それってまさか」
「まさかロキ君、教官役? なんで?」
「実力を買われたということだ」
「まあそうだよね。ロキが素直に教授を受けるとも思えないし。あの白い人を倒した実績もあるもんね」
「白い人って、オリバー先生? え、ほんまに?」
「ああ。態度が気に食わなかったから吹っ飛ばした」
「あはは。随分な理由やね」
陽気に笑うフランとは対照的に、シャルルは少しむくれていた。
「それでロキ、訓練したの? 私以外の人を」
「少しな。さすがにずっと何十人も相手取っていられない。訓練のやり方を指示するのがメインだ」
〜数時間前・訓練場〜
「実は、あなたに教師になって欲しいのよ」
「ほう?」
「三週間後、剣術組との模擬試合があるのよ。向こうは剣術だけだから当然基礎が固まっているわ。けれど」
「武器もバラバラの奴らが一緒に訓練したって適わないか」
「ええ。それでいてあの黒髪は見下してくるのよ。うんざりだわ」
「苦労しているらしいな」
「そうなのよ。だから、人助けだと思って」
「ふむ。しかし俺は無償では動かんぞ。神とは賽銭があって初めて動くものだ」
「私の勝手な頼みだもの。私の尊厳代として、そうね、金貨三枚でどうかしら。妥当な金額だと思うけれど」
「三週間で金貨三枚か。良いだろう。受けてやる」
金で買われたロキであった。
ロキの脳内には、収入の不安があったのである。
このままでは借りた金があっても一年は過ごせないかもしれない。そんな不安が。
そんなロキにこの提案は願ったり叶ったりであった。
そして、ロキは生徒らに向き直ると、女史が驚くようなことを言い出したのである。
「お前ら。全員まとめてかかってこい」
ロキは不遜に腕を組んでいた。
生徒からは舐めているのかと非難轟々。
女史はもはや蚊帳の外である。
「ごちゃごちゃ言ってねぇでさっさと来い。全員叩きのめしてやるから覚悟しろ」
ロキがクイクイと指先を動かすと、生徒たちは一斉に飛びかかった。
〜数十分後〜
「神を害するなんぞ百年早い」
腕を組んだままのロキの周りには、肩で息をする生徒や、座り込む生徒が多数。
「ふん、もう終わりか。これでは負け続けて当然だな」
誰一人としてロキに武器を掠らせることさえ出来なかったのである。
息を整えた者の一人が呟いた。
「化け物かよ」
「ふん。神に対して化け物呼ばわりとはな」
「ロキ、こんな一方的なもので鍛えられるのかしら?」
「これでも成長はする。だが、いつでも俺が相手をしてやれるわけでもない。それにこいつらは体力がない。基礎からして雑魚だな」
「酷い言われようね」
「本当のことだ」
「くそ、好き勝手言ってくれやがって」
「だが安心しろ。やる気があるやつは俺が言った通りにすれば強くなれる」
「教官! こんなやつの言うことを信じろって言うんですか!」
「俺より弱いやつが何をいきがってやがる。強いやつが言うことには従え。それが強くなるための近道だ。実際に俺はお前らより強いだろう」
「ぐっ」
生徒は奥歯を噛み締めた。
そして、ロキによる指導が始まったのである。
「お前はもう少し足を鍛えろ。速さが足りない。お前は腕力が足りない」
ロキの指導は態度に反して、一人一人に沿ったものであった。
たった一度の戦闘で、各生徒の弱点を見抜く眼力に生徒たちは感心した。そして、だんだんロキに心を許していくのであった。
〜現在・寮舎〜
「ふーん。結構まともな訓練やね」
訓練の内容を聞いても、シャルルはまだ機嫌が悪かった。
「むぅ。ロキと訓練するのは私だけだと思ってたのに」
「修羅場? 修羅場なん?」
「悪いが、向こうにも理由があるんだ。その上報酬が出る」
ロキはそう言って引かないが、シャルルはムスッとしたままである。
「はぁ。言っておくが、お前ほど丁寧に教えたやつはいない。その上、どいつもこいつもお前以下の才能ばかりだ」
「ロキ君、奥さんのご機嫌取りがそんなんやったらあかんで」
「誰が奥さんか!」
「わかったわかった。お前にも稽古をつけてやるよ。だから剣術の方を抜けて来い。それでいいだろ?」
ロキは肩を竦め、条件を提示した。
「足りない」
「あ?」
「足りない! ロキはもっと私を優遇すべきだよ! 食事だって作ってるんだから!」
シャルルはビシッとロキを指さした。
その気迫にロキは押され気味である。
「はぁ。悪かった。俺の負けだ。一番弟子に確認も取らずに新しく弟子を取るのは不味かったな。お前に確認を取るべきだった。要求を飲んでやる。お前はどうして欲しいんだ?」
「明日の夜明けより前。呼びに来るから、絶対起きて稽古して」
「なっ、お前、俺が朝弱いの知ってるだろ!」
「そのくらいの誠意を見せて貰わないと」
「ぐ。わかった。いいだろう」
「それから」
「まだあるのか?」
「貰ったお金で私に何かプレゼントして。誕生日、もうすぐだから」
「なんだ。そんなことか。良いだろう。元々そのつもりだ」
「よし、じゃあ許す。新しくお弟子さん取ってもいいよ」
「うち、初めて生で夫婦喧嘩見たわ」
「夫婦じゃない!」
こうした喧嘩を経て、シャルルの優位性は保たれたのであった。
何の優位性か。その答えはシャルルの胸の中である。
お読みいただきありがとうございます。
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