寮生活と初めて
〜寮舎・シャルルとフランの部屋〜
手をパンパンとはたき、部屋の主である二人はシャルルの少ない荷物を整理し終えた。
気が合ったのだろう。片付けの合間にも会話は弾み、二人はすっかり打ち解けていた。
「こんなものかな」
「手伝ってくれてありがとう、フランちゃん」
「ええよ。ルームメイトやもん。にしてもシャルちゃん、荷物少ないな」
「そんなに裕福な家庭じゃなかったから。ここまで来るのにだって何日かかったか」
「大変なんやね」
「言う程でもないよ。あ、そうだ。これからロキのところに行かなくちゃ」
「どちら様?」
「私と一緒に新しく入ってきたんだ。いわゆる幼馴染ってやつだよ。ちょっとだけ世話を焼きに行くの」
「へぇ。ついて行ってもいい?」
「え、なんで?」
「ご挨拶に行かんと。これからシャルちゃんと同棲するフランですって」
「言い方。ルームメイトでしょ」
「それは冗談にしても。ええやろ? ついて行くぐらい。減るもんやないし」
「いや、でも」
「なぁに? もしかして彼氏やったりするん?」
「違う違う」
「随分あっさり否定するんやね。もう少し慌てても良くない? そんな反応を期待しとったのに」
「言われ慣れてるからね」
「なんか熟年夫婦みたいやな」
「夫婦って」
「あ、ちょっと赤くなった。夫婦は言われ慣れてへんのか」
「う、うるさいなぁもおっ!」
「そうやな。夫婦水入らずで過ごしたいやろな。見たい反応も見れたことやし、うちはここで待っとくわ」
「夫婦じゃなーい!」
そう言って、赤くなったシャルルは逃げ出すように部屋を出たのであった。
〜寮舎・ロキの部屋〜
シャルルが部屋を出た頃、ロキの部屋では異臭が漂っていた。
しかし、当の本人はその異臭を感知していない。
「よし、完成だ」
ロキがグツグツと煮込んでいた鍋の中身は、真っ白だった。
とろみは皆無。具材の大きさはてんでバラバラ。
毒々しい色ではないだけ、まだ食品の色を保っていると言って良いだろう。異臭を放ってはいるが。
ロキが怪しい笑みを浮かべ、器にその液体を盛り付けると同時に、ロキの部屋の扉が叩かれた。
「ロキ、様子を見に来たっ?! 何この臭い! くっさ!」
「人の部屋へ無断で侵入しておいて第一声が臭いとは失礼な奴だな」
「いや、だってこれ、えぇ? まさかこの臭い、食品じゃないよね?」
シャルルはたまらず鼻を摘んだ。
それを見てロキは首を傾げる。
「何を言っている。美味しそうな匂いじゃないか」
「それはおかしい。ロキ、きっと疲れてるのよ」
「随分な言い草だな」
「きっとこの異臭を嗅ぎすぎて鼻がバグったんだよ。一度外に出よう? ね? 悪いことは言わないから」
「まったく、大袈裟な奴だ。さあ座れ。お前の分もあるぞ」
「いらないいらないいらない!」
「遠慮するな」
「むしろ迷惑!」
「いいから食え。何なら食べさせてやろうか?」
「いやー! まだ死にたくない! 死因が食あたりになるのだけは勘弁してぇ!」
「強情なやつだな。わかった。俺が先に食べてやる。それから食ってみろ。はぁ。客人に先に食べさせるのが礼儀だというのに。仕方ない」
「やめて! 早まらないで!」
「調理した人間に対して失礼にも程があるだろお前。ほら、ちゃんと見とけ。食ってやるから」
「考え直して! ロキ!」
シャルルの叫びも虚しく、ロキはスプーンを口に入れてしまった。
咀嚼。そして嚥下。そしてロキはスプーンを置いた。
笑顔を浮かべて。
「美味い! さすが俺だ! シャルのより美味いぞ!」
「そんなわけないでしょ! こんな悪臭の原因が美味しいわけないじゃん!」
「そう言うなら食べてみろよ。美味すぎて卒倒するぞ。それとも何か? 負けるのが怖くて食えないか?」
「うっ、それは」
ロキの挑発は的を外していたが、シャルルに決心させるのには十分だった。
このままでは異臭を発する料理に対し、自分の料理が劣っていることになってしまう。それだけは避けたかったのである。
「わ、わかった。食べてみるよ」
「お。ついにその気になったか」
「でも一つだけ言わせて」
「なんだ?」
「家族を頼むよ」
「遺言じゃねぇか! たかが料理で死なねえよ!」
「それじゃあ。いただきます」
「やめろ。十字を切るな」
「はむっ」
シャルルは鼻を摘んだまま、純白のそれを口に含み、二三度噛んで飲み下した。
飲み込んだ後の表情はというと。
「な? 美味いだろ?」
「ほんとだ。美味しい。というか超美味しいよ!」
輝くような笑顔であった。
「何これ、ほんとにどうなってるの? 絶望的な臭いのくせに」
「そうだろうそうだろう。臭いのことは余計だが」
「すごいすごい! 臭いのに手が止まらない!」
「臭い連呼すんな。もう食わせんぞ」
「ごめんなさい。私が間違ってました。なので食べさせてください」
「よろしい。お代わりもあるからな」
「わーい!」
シャルルは今までの反応が嘘だったかのように嬉嬉として食べ始めた。
「そうだシャル、ルームメイトはどんな奴だった?」
「んー? えーっほねぇ」
「先に飲み込め」
「えっとね。ピンクでフワフワで可愛いの」
「なんだそれ? 小動物か?」
「イメージとしては近いかも。私より身長は高いけどね。ロキよりちょっと低いぐらいかな。それからちょっと訛ってる」
「へぇ。仲良くなれそうか?」
「うん。気さくな感じで話しやすいよ」
「良かったじゃないか。俺以外に友達が出来て」
「別にロキだけじゃないし。他にも友達くらいいるもん」
「本当か? お前が誰かといた覚えがないんだが」
「私より自分の心配をしたら? ロキはもうちょっと友達増やした方がいいんじゃない?」
「俺には必要ない。それで百年生きてきたんだ。今更作ろうという気にもならない」
「強がっちゃって。協力してあげるから、一人くらい作りなよ」
「余計なお世話だ」
「そんなこと言わずにさあ。人は一人じゃ生きていけないんだから。ロキ一人じゃろくに掃除も出来ないでしょ?」
「お節介な奴だな。お前は母親か」
「夫婦の次は親子か!」
「何の話だ」
〜寮舎・シャルルとフランの部屋〜
賑やかな晩餐を終え、日が暮れた頃。シャルルは自室に戻っていた。
「おかえりシャルちゃん。お楽しみでしたね?」
「お楽しみじゃないよ。晩御飯をご馳走になってたの」
「へぇ。奥さんの手料理?」
「誰が愛妻弁当を職場に持ってきた夫か」
「そこまで限定してへんよ」
「まあ手料理ではあるんだけどさ。それがおかしくって」
「待ってシャルちゃん。なんか臭くない?」
「そう?」
「すんすん。シャルちゃんから? なんか生臭いような? もしかして本当にお楽しみやったり、するん?」
「しないってば!」
シャルルは慌てて首を横に振った。
「多分、ロキの料理の匂いだね。くっさいでしょ?」
「せやな。臭いわ」
「でもね、美味しいんだよ。なぜか」
「そうなん?」
「そうなの」
「こんな臭いのに?」
「食べてるときに鼻がやられちゃって私には感知出来ないんだろうけど、そんなに臭い付いちゃってる?」
シャルルは自分の服をクンクンと嗅いだ。しかし首を捻るばかり。
「こっちが泣きそうなくらいに付いとるよ。これはお風呂入らなあかんね」
「お風呂?! あるの?!」
「そらあるよ。冒険者って汚れること多いもん」
「やったぁ! 夢にまで見たお風呂! 入ったこと無いんだよね」
「これから行こか。シャルちゃんの初めて、うちが貰うで」
「わーいお風呂ー!」
「聞いてへんな」
〜寮舎・ロキの部屋〜
シャルルらが一階浴場へ向かったそのとき、ロキの部屋には先ほどのスーツの女性が来ていた。
「ロキ? 少し良いかしら」
「ああ。構わないが」
扉を開けた彼女は思いっきり顔を顰めた。
「通報通りね。廊下でも臭っていたけれど、中ではもっと強烈だわ」
「ああ、これのことか?」
ロキは鍋の中身を指さした。相変わらず白い何かがグツグツと煮えている。
「皆最初は臭い臭いと言うんだ。だが一度食べてみればわかる。これは美味いものだ」
「たとえどんなに美味しかろうが、周りから苦情が来ているの。今日限りでその料理は止めにしてちょうだい」
「悪いが、俺が自炊する限りは止まらないと思うぞ?」
「どういうこと?」
「俺は今日、シチューを作ろうとした。そしてこうなった。つまり、なるべくしてこうなったんだ。他の料理は試したことがないが、結果はおそらく」
「ロキ、自炊禁止を命じるわ」
「賢明な判断だ」
ロキは自首をするように両手を上げた。
最初のシャルルの反応のときから気づいていたのだ。この料理が、おおよそ料理と呼べない臭いを発しているということに。
しかし、せっかくの力作を背にして、頷いて終わるだけのロキではなかった。
「今日で自炊はやめにする。ただ、これが余ってしまってな。どうにか処理を頼みたいんだが」
「正直に言っていいかしら?」
「ああ」
「絶対にイヤ」
「最初はみんなそう言うんだ。だが、さっき来た隣のやつもこれを食わせれば和解できた。是非食ってみて欲しいんだ」
「体に害のあるものは入れていないわね?」
「そんなものが入っていれば、残り一人分になるまで減らない」
「わかったわ。この身を犠牲にしましょう」
「まったく、さっきの奴もシャルもお前も、大袈裟な反応だな」
「それほどの覚悟が必要な臭いよ。自覚なさい」
「これを食ってもまだ同じことが言えるかな」
ロキは器を彼女の前に差し出した。
スーツの彼女は恐る恐るといった様子で、スプーンを口に近づけていく。
ついに口に含んだ。
「んんっ!」
結局、ロキの反駁も虚しく、スーツで長身の彼女の計画通り、ロキの自炊は廃止になった。
これにより、育成教室寮舎の異臭事件は幕を閉じ、二度とその幕が上がることはないかと思われた。
しかしその数週間後、とある住宅地にある邸宅で、似たような事件が起こるなどとは、このとき誰も知らなかった。スーツの女性とロキを除いて。
〜寮舎・浴場〜
湯けむりが立ち込める浴場で、二人の美少女が並んで座っていた。無論、シャルルとフランである。
「お背中お流しするね」
「ありがとう。出来た娘を持ってうちは幸せやわ」
「おじいさん、それは言わない約束でしょう?」
「ボケにボケで返すのやめへん?」
「あはは。ごめんね。お痒いところはございませんかー?」
「もうちょっと下。あーそこそこ。くぅー! お上手やね!」
「フランちゃん、おじさんみたい」
「こんな若い娘と一緒にお風呂やなんて幸せやなぁ。ぐへへ」
「うわ、キモ」
「冗談やから! マジなトーンはやめて! 傷つくわ!」
少女特有の甲高い笑い声が浴場に響く。
他にも利用者はいるが、誰も彼女たちの戯れを咎めることはない。あちらこちらで会話が弾んでいるため、そう目立った行為でもないのである。
「ふぅー。ありがとうな、シャルちゃん。お礼にうちもお背中流すわ」
「うん。ありがとう」
「シャルちゃんの髪、長くて綺麗やなぁ。手入れ大変ちゃう?」
「んー、やっぱり大変だよ」
「でも愛があるから関係ない? さすが。夫がおる人は違うわぁ」
「そういうことじゃないよ! もぉ。この髪はアイデンティティになってるの。ずっと維持してたくなるんだよ」
「愛が故に?」
「ちーがーう! そう言うフランちゃんだって髪綺麗じゃん。フワフワで」
「そう? 嬉しいわ」
「やっぱり愛が故?」
「そうやなぁ」
「え、ほんと? お相手は? 誰? 誰?」
シャルルも乙女である。他人の恋愛事情に興味津々のお年頃なのだ。
食いついたシャルルに対し、フランは顔を赤く染め、内股を擦り合わせた。
「ロキ君」
「へ?」
間抜けな声と共に、シャルルは背中をお湯で流した。
「今、なんて?」
「ロキ君やて」
「いやいやいや! フランちゃん、まだ会ったこともないでしょ?! おかしいってそんなの!」
「さっきチラッと見てもうてん。もう一目惚れやったわ」
「タチの悪い冗談はやめようよ! あいつのこと知ったら絶対幻滅するって!」
「いやに必死やね?」
「そりゃそうだよ! だって」
「だって?」
シャルルはハッとして息を飲んだ。
ニヤニヤするフランからゆっくり目を逸らし、真っ赤になった顔でタイル張りの床を見つめるシャルル。
「なんでもないです」
「なんでもないことないやろ?」
「なんでもないよぉ!」
「あーもー可愛ええなぁ。冗談やで? そんな心配せんでも、シャルちゃんの夫は取らへんから」
「夫じゃなーい!」
「でも好きなんやろ?」
「好きじゃないよ!」
「必死で顔真っ赤にして。可愛ええなぁ」
「フランちゃんなんて嫌い!」
シャルルは勢い良く湯船に飛び込んだ。
「あ、待って! 悪かったて! 嫌いにならんといてー!」
「ふんだ!」
入寮初日から、世間を賑やかすロキとシャルルであった。
お読みいただきありがとうございます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




