更年期がやってきた!
学生編は、思い出だけです。
まだ世間一般的に『更年期』が定着していなかったときだった。
母の様子がおかしい。
いつも料理に関しておかしい母が、いつに増してもおかしい。
『それ』は私からすると、突然だった。
バイトから帰ってきた21時過ぎなのに、ご飯がない。
新聞や広告が散らかり、洗濯物は中途半端。
ソファーのクッションはどっかに飛んでいる。
畳まれずに散らかる乾いた洗濯物。
洗われていない食器類。
なんだか、物取りにでも入られたかの如く家の中が荒れていた……。
(なにが起きた……?)
よく言う『家事ストライキ』か?と皆で思案した。
気分転換に母をお出かけに誘う。
始めは行く気満々で上機嫌だったのに、当日、出発時刻になると
「行きたくない!!!!!」
と泣き喚いた。
別の日は、外食するため車に乗り、お店に到着。
車から皆が出たのに……母が出てこない。
呼びかけても反応しない。
(なに……?どうしたの……??)
家族みんなで「心の病??」と思い始めた矢先、テレビのCMで「更年期障害の薬」の宣伝がされた。昼の奥様番組でタイムリーで「更年期障害」について紹介された。
私は確信した。
(お母さん。更年期障害だ。)
*****
断固として病院を拒否する母。
仕方がないので祖母にSOS。
祖母は言った。
「お祖母ちゃんそんなに荒れなかったから分かんねぇ。」
そんなこと言わないでお祖母ちゃん。助けて。
「とりあえず話聞いてやるくらいしか出来ねぇなぁ。」
そんなこんなで祖母の力を借りて、女性特有の悩みを母は祖母に打ち明ける。
更年期って怖いですね。
月経が終わって、女性ホルモンの分泌が低下するとなるとか何とか。
ホルモン物質が低下すると、家事能力?生活力?が低下するとして……こんなに低下するものなのかと驚いた。
本の知識では『家族の助けも必要』とのこと。
もともと高校3年の頃から少しずつ、自分の洗濯物を私は自分でしていた(我が家は2層式です)。それから洗濯の半分を私は請け負った。出来合い物が好きではないが、母がご飯が作れない様子なので、父は「ケチケチせず、買ってこい」との事で、私はバイト帰りにおかずを買ってきた。ご飯は多く炊き、いつでも食べられるようにしておいた。
……あれ?頑張ってたのって私だけ……??
いやいや、父も洗濯はしていましたよ。あぁ…!…たしか洗濯板で。
そう。それを見るのが忍びなかったので、私が頑張ってしまったんですね。
え?姉や兄はどうした??
……残念ながら、彼らに生活能力はありませんでした……。
いやいや、暴れた母を落ち着かせていたのは彼らですね。
妹的には、家事を分担して欲しかったですが。
いえいえ、駄目ですね。
彼らはまだ生活能力がなかったんですから……。
*****
当時は本当に辛い1年だった。
いつもおかしい母の料理が更におかしくなり、益々作らなくなり。
調子の良い日と悪い日の差が激しく、毎日子ども側が混乱した。
家に帰ると、まずは散乱した物の片付けから始まった。
私が土日に炊事をすると母の癇に障ったようで「もう!ご飯はCに作ってもらえばいいでしょ!!!!お母さんなんていなくてもいいんでしょ!!!!」と喚く喚く。そして、心にもない事をほざくほざく。子ども心を抉る言葉のナイフ達。
本当に辛い1年だった。
(遠野物語?などに出てくる『あそこの嫁は、どうやら気がふれちまった』話や、山姥の話は、きっと更年期障害だったんだな……。)
私は強く確信した。
辛過ぎて、あまり食べ物の記憶がないです。
毎日出来あい物ばかり食べていたのは確かです。
教育実習中はあまりにも辛くて、祖母の家に避難しました。




