2-1 田舎村の魔法使い
目が覚めると、視界に飛び込んできたのは知らない天井だった。
「ここは……」
体を起こし、辺りを見渡す。そこまで広くない壁が木でできている……部屋、だろうか。机と今俺が寝ていたベッドがあるだけでとても質素な感じだ。入口は1箇所だけみたいで、そのドアの正面には大きな窓がある。窓からは日が差し込んでいて、部屋の中はとても明るい。
俺はベッドから降りると、窓から外の様子を伺う。
「……平和だなぁ」
窓から見えたのは、いかにも『田舎(個人的な偏見)』という感じがする町並み……いや、規模的には村といった感じの景色。子供からお年寄りまで――人数はそこまで多くはないけど――外で遊んだり散歩していたりしてみんな笑顔で楽しそうにしている。
そんな光景を見ていると、自然に「平和だ」という言葉が口からこぼれてきて、なんだか心がポカポカしてくる。
「しかし……なんで俺はこの田舎村に」
いるんだったのか。俺はそれを忘れてしまっていた。
確か……そう、確か、俺は学校の帰り道に魔法陣に足を踏み入れて異世界に来てしまったんだ。それで《勇者の剣》を抜いたことで『勇者』になって……ああそうだ、あのクソ王様に今すぐ魔族討伐に行ってこいとか言われて、それでゴミのようなアイテムを渡された挙句徒歩で『塔の番人』こと四天王の一人である東の番人・グァムが支配しているという〈クルダブラ〉ってところを目指してたんだ。それで――
「勇者様、お目覚めになりましたでしょうか」
コンコン、とドアがノックされ、女の子の声が聞こえてきた。
もしかしてこの部屋の……いや、この家の人だろうか。俺は全く覚えてないけど、返事くらいはしといた方がいいな。
「ああ、起きてるよ」
「昨夜はよく眠られましたか」
「バッチリ。熟睡だった」
と、思う。たぶん。
「それはなによりです。それで勇者様、朝食の用意が出来ましたので支度がお済み次第おいで下さい」
「ああ、わかった」
「それでは失礼します」
そう言って女の子の気配がドアの前から――
「あ、ちょっとまって」
――消える前に俺は声をかける。
「はい、なんでしょうか」
「あー……その、なんだ」
声をかけたはいいが、何を言えばいいのか。俺としては意志と関係なく勝手に口が動いたという感じだ。
しかし、声をかけた以上何かを言わなければいけない。何か…何か…あ、そうだ。
「寝床とか、食事とか。色々と用意してもらって悪いな」
「いえいえとんでもありません! 勇者様のためとあらばなんでもご用意いたします!」
「ははは……本当にありがとうな、助かったよ」
よく覚えていないけど、確か昨日、本当は野宿で飯抜きの予定だったはずだ。
「そ、そそそそそんなお礼だなんて、私なんかには勿体無さすぎます!」
「そんなことないって。こうして色々してもらって本当に助かったんだからお礼くらい言わせてくれ」
「あ、ありがとうございます!」
「なんで君がお礼を言うんだよ」
この世界での『勇者』というのは相当偉いらしい。まあ伝説とか言われていた存在だし、無理ないか。
……あれ、なんでこの女の子は俺が勇者だということを知っているんだろう? もう勇者が誕生したという情報が国中に行き渡ったのか? ……あの王様がそこまで有能だとは思えないんだが。
ということは、俺が忘れている間に自分で言ったのか? 自分ではあまりそういうのを言いふらすタイプじゃないと思ってたんだけど……はっ! もしや勇者の特権でこの寝床と食事を手に入れたんじゃ――って、それこそ俺らしくないな。じゃあやっぱりあの王様が有能だったのか?
「……あの、勇者様、どうかなさいましたか? 先程から急に静かに――あっ! もしかして私、なにか失礼なことしてしまいましたか!?」
「あ、いや別にそんなことはないぞ。ただ考え事をしていただけだ」
「そうでしたか……ほっ」
「不安にさせたようで悪かったな」
「い、いえ! とんでもないです! 私が勝手に勘違いしただけですから、お気になさらないでください!」
ああ、この子は絶対いい子だ。相手が『勇者』だからってことじゃなくて、たぶんこの子はほかの人でも『勇者』じゃない俺にでも優しくしてくれただろう。なんとなく、そう思うだけだけど、どこか確信が持てる。
そういえば、さっきからドア越しに会話しているせいで、この子の姿をまだ見ていないな。声も可愛いし、こんないい子なんだからきっと可愛い子に違いない――というのは俺の勝手な意見だけど、なんだかそんな気がする。
俺は枕元に置いてあった王様からもらった白い袋を手に取ると
「あれ、なんだか軽いような」
その異様な軽さを怪訝に思い、中を確認する。
「えーと、財布……はある。地図……もいらないけどある。本……ないな」
どうやらあの《魔法書》とかいう赤い本がなくなっていた。
俺の知らないうちに盗まれてしまったのか、それともどこかで落としてしまったのか。全く覚えていないにしろ、王様から貰ったものをなくしてしまったのはやばいかも知れない。
一応あれはこの世界のありとあらゆる魔法について記された《魔法書》。俺には使えないゴミだったけど、使える人からしたらお宝だろう。
「……ま、いっか」
でも今はあんな本よりもこの女の子の姿を確認することのほうが俺の中では優先度が高い。赤い本はそのあとにでも探して、みつからなかったらモンスターとの戦闘中にでも燃えてしまったということにしておこう。
ということで今度こそ、気を取り直して。
枕元に置いてあった王様からもらった白いゴミ入り袋を手に取ると、部屋のドアを思いっきり開ける。
「ひぅっ!」
そこには、いわゆる美少女と呼ばれる子がいた。
「あっ……」
俺は思わず手に持っていた袋を床に落とす。幸い本が中に入っていないため大きな音はしなかった。
「ど、どうしました勇者様! なにかございましたか!?」
「いや……」
身長は俺よりも結構低めで、こじんまりとした感じ。空のように透き通った青色の綺麗な髪は三つ編みにされていて、いかにも真面目という印象を受ける。スリム――とは違うが、手足のバランスもよく、顔のパーツも綺麗で、特に髪と同じ色の瞳は見ていると吸い込まれてしまいそうな感覚に陥る。
こんなに可愛らしい美少女がこの世に存在しているだなんて。俺がかつてテレビなんかで見てきたアイドルたちが記憶の中でどんどん霞んでいくのを感じた。
「可愛い……」
気がついたら自然とそんな言葉が口から零れていた。
「ふぇっ!? な、なんですかいきなり!」
「あ、ああ、悪い。君があまりにも可愛すぎたからつい本音が」
「っ!?!?」
女の子の顔がみるみる真っ赤になっていく。
赤みを帯びた肌と空色の髪とのコントラストはとても美しいもので、ますます俺は目を奪われる。こんな美少女に会えるのなら、異世界に来て勇者になってよかったなと――あれ? 俺、前もこんなことを考えたような……?
「ま、まったく勇者様は、相変わらずお世辞がうまいんですから!」
「いや、本音なんだが」
「っ~~~~! もうっ! 勇者様はまたそうやって平気な顔して恥ずかしい事を言って……」
女の子の顔から湯気が出ている。……ように見える。
「わ、私先に下に行っていますので、勇者様も朝食が冷めないうちにいらして下さい! では失礼します!」
「あっ……」
女の子は早足で言ってしまった。
生まれて初めて『美少女』というものに出会って、俺はテンションが上がりすぎておかしくなっていたのかもしれない。あの女の子には悪いことをしてしまったかな。次会った時に謝ろう。
そう心に誓い、俺は落としてしまった袋を拾おうと腕を伸ばし――
『多分このあたりだと……あれ、こんなところに村?』
『か、可愛い……天使みたいだ』
『この村の医者なのか?』
『魔法ってすごいんだな。俺は使えないけど』
『俺? 俺はリュウエン。異世界からきた「勇者」なんだ』
『そうだ、君にこの本をあげよう。王様から貰ったんだけど、俺には使えなかったから』
『気にしなくてもいい――と言いたいところだけど、寝るところがなくて困ってたんだ』
『ありがとう、本当にありがとう! 君は命の恩人だよ!』
『そうだ、君、名前はなんて?』
――頭の中に、なにか映像が流れ込んでくる。いや、これは
「昨日の記憶……」
そうだ、思い出した。
俺は昨日光の柱を見て、それを頼りにここへたどり着いた。そしてさっきの女の子と出会ったんだ。
ここは東の番人・グァムが支配している地〈クルダブラ〉に一番近い村〈ファンヴュリ村〉。そしてあの子はこの村で怪我や病気の人の面倒を見ている医者見習い。
そして、村唯一の回復“魔法”を使うことのできる、魔法使いの素質を持った村娘――リリナ。
うっすちっす木葉っす!
なんだか妙なテンションで2-1が書き上がっちまったのでまさかの1日に2話投稿っす
投稿を明日にとっておけばほぼ毎日投稿状態に出来るんすけど、やっぱり書き上がったものはすぐに晒さないと鮮度が落ちちまうっすからね
明日の分はまた明日書けばいいんすよ!(明日投稿できるとは言ってない)