1-3 冒険の始まり
「それでは、勇者様よ。魔族討伐の旅へ行ってくるのだ!」
そう王様に言われながら城をあとにしてからどれくらいが経ったのか。
元の世界で魔法陣に飲み込まれたのは大体お昼くらいのこと。こっちに来た時に確か太陽は上の方にあったから、もしかしたらあっちとこっちの時間の流れは同じなのかもしれない。だとしたら、日が傾いてきてあたりが茜色に染まりつつあるのは城を出てからかなり時間が経ったということだろう。
だというのに、一向に目的地は見えてこない。
「目的地まで、とはいかなくても近くまで馬車で送ってくれてもいいのに……」
あのクソ王様が。という部分は心の中でとどめておく。もしかしたら魔法か何かで俺の声を聞かれているかもしれないからな。
「ああ、もっと楽にさくさくといけると思ってたんだけど」
見当違いだった。俺は自分の甘さを痛感し、城でのことを思い出す。
数時間前 ~ルルカブラの城・王の間~
「いやぁ、あなた様が《勇者の剣》を抜くことのできる本物の勇者様だったとは」
「自分でもまさか本当に抜けるとは」
「え?」
「あ、いえなんでも。そうです俺が本物の勇者様です」
「儂は最初からあなた様が勇者様だと分かっておりましたとも」
「はぁ」
「先程のは勇者様の実力を図るためにと大臣が提案したことなのです」
「そうですか」
俺は勇者の剣を抜いたことにより、『罪人』から一気に『勇者』へとランクアップ。
先程まで俺に殺意をむきだしにしていた王様は媚を売り始め、周りには王様の指示で殺意を持って俺に襲いかかってきていた鎧の兵士たちが何食わぬ顔で並んでいる。
この態度の変わりようには怒りを通り越して呆れてさえきた。
「それでは勇者様。早速ですが魔族の討伐をしてきてください」
「はぁ……は? 討伐?」
「そうです討伐です。《勇者の剣》はかつて七賢者様から魔族を倒すために授かったもの。そしてそれを抜いたあなた様は勇者様。ならば勇者様の使命は魔族を倒すことなのです」
「なるほど?」
勇者の剣が魔族を倒すためにあるのも、人間と魔族が長い間争ってきたのも、鎧の人から一通り聞いていたのでわかっている。もちろん、剣を抜いて勇者になった俺が魔族を倒さなくてはいけない流れになるというのは予想通りの展開だ。
「なので、勇者様は今すぐにでも魔族の討伐してきて下さい」
だけど、なんでこんなにすぐに討伐に行かせたがるのか。それがイマイチ理解できない。
「それって本当に今すぐに行かないといけないのか?」
「今すぐに、一刻も早く魔族を討伐してきてください」
「俺、この世界に来たばっかりで、しかも色々あったから少し休ませて欲しいんだが」
「ダメだ。今すぐ魔族を根絶やせ」
「ん?」
「この世界では100年以上前から魔族と人間による戦争が続いているのです。初めこそ双方の勢力は均衡を保っていましたが、少しずつ魔族に押され、今では人間の領土に魔族の侵入を許してしまうくらい人間は追い詰められているのです」
「はぁ」
「今人間は魔族に支配される目前まで来てるのです。だからさっさと魔族を根絶やしてこの世界を救え」
王様のボロが出始めていることはさておいて。
この世界は俺が思っている以上にヤバイ状態らしい。馬車から運ばれてくる最中に見た景色、落ちている最中に見た景色からは全然そんな感じはしなかったのだけど、もしかしたら平和そうに見えたのはこのあたりだけで、他はもう魔族に支配されているのかもしれない。
だとしたら、まあここは王様の命令を聞いて魔族討伐とやらに行ったほうがいいだろう。勇者が誕生したのに世界が滅ぼされるようなことがあったら大変だ。
「わかりました。この勇者リュウエン、命に代えても魔族の討伐を致しマース」
あまり乗り気にはなれないけど、無理矢理でもやる気を出してやっていかなければ。
「それで、魔族討伐って具体的には何をすれば? その辺のモンスター狩り? それとも王道展開で魔王討伐?」
「悪の根源である魔族の長・ボルガンを討ち、この世界に存在する魔族も全て生かしておくな」
「ガチで根絶やしにするのか……」
「それと、ボルガンが人間の領土に送り込んだ『塔の番人』どもは早いうちに始末しておけ」
「塔の番人?」
その名は初めて聞くな。名前からして塔を守護している魔族、なのだろうか。
「塔の番人といえば、ボルガンによって生み出された四体の凶悪な魔人に決まっておるだろう」
「いや、俺異世界から来たんでよく知らないんだが」
「全く、勇者様とは無知で愚かな人なのだな」
今すぐ王様を勇者の剣で切り殺したい。そんな衝動が湧き上がるが、それを必死で抑える。せっかく第3の選択肢が通用したというのに、それを台無しにするわけにはいかないんだ。
「『塔の番人』はボルガンが人間を支配するために送り込んできた魔人どもで、この世界の東西南北それぞれの位置に拠点を構え暴れているのだ」
「へいへい」
「東の番人・グァム、西の番人・ムッツ、南の番人・キリハ、北の番人・ヌメリア。あの魔人どもは人間の様々な感情を己の力に変えるいやらしい奴らだ。しかもその力はとても強大で儂らでは近づくことすらできなかった」
「ふんふん」
「奴らの力の源、それは元々は儂ら人間のものだ。今この時も儂らの力で好き勝手されているのかと思うと怒りが収まらん!」
「ほーん」
「だからリュウエンよ! 今すぐあの魔人どもを消し去ってこい!」
「つまりは、その『塔の番人』である4体の魔人を倒して、その後魔王を倒す。道中でモンスターを見かけたら残さず倒す。……そういことでいいんだな?」
「最初からそう言ってるだろう!!」
言ってな――いや、言ってたのかもしれないけど、異世界人の俺には伝わってなかった。
まあとにかく、『塔の番人』とかいう四天王を倒したあと魔王を倒してハッピーエンド。と、そんな感じのシナリオをこなせばいいというわけだ。
一体魔族がどんな姿でどれくらいの強さかはわからないけど、この鎧の兵士や王様を基準とした“強大な力”ならなんとかなるか?
「それでは王様、早速魔族討伐の冒険へ行ってくるので、何か下さい」
「なんだお前、この世界を救う勇者のくせに卑しいやつだな」
「ぐっ……」
やはりこの王様をここで切り殺して――いやいや、ダメだ、ここまで耐えたんだ。あとはさっさと城から出て、さっさと四天王と魔王を倒して、さっさとこんな面倒くさい『勇者』なんてことを終わらすだけ。元の世界に戻る方法が分かるまではこの王様に従って『勇者』という地位で難なく過ごさなくては。
「俺がいた世界では、こういう場では王様から何か授かるのが普通なんだ」
「なんとも下劣な世界だったのだな」
「……っ」
「まあこの世界を救う勇者様の頼みだ。旅に使えそうな何かをくれてやろう」
「ありがとうございます」
~ルルカブラの城・城門~
「待たせたな勇者様」
準備をするから城の門のところで待っていろと言われ、王の間を追い出されてから十数分後。
門のところで警備の兵士と軽い雑談をして待っていると、王様が鎧の兵士たちに囲まれながら現れた。
「いえ全然待ってませんよ」
「そうであろうな」
「…………」
やはり切り殺して――っていかんいかん。そろそろなれなくては。こんな奴の言動にいちいち苛立っていては身が持たない。
そもそも俺は元の世界で「冷静で完璧な人間」というポジションだったんだ。こっちの世界に来てから調子を狂わされていたけど、ここいらで落ち着こうではないか。
「ほれ、これを勇者リュウエン。あなた様に授けてやろう」
イマイチ上から目線なのが気になる。いや、王様だから偉いんだろうけど、こっちは『勇者』なんだよな……そういえばこの世界では王様と勇者はどっちが偉いんだろうか? 今度誰かに聞いてみよう。
「これは……」
王様から手渡された白い袋。その中には紙を丸めて筒状にしたもの、赤い本、手のひらに乗る大きさの茶色い袋が入っていた。
「その中には勇者様の旅に役立ちそうなものを入れておいた」
「役に立つもの……」
今までの流れから大したものではない気がしてしまう。
「まず、この世界に来たばかりでろくに魔法すら使えないであろう勇者様のために、この世界のありとあらゆる魔法について記した書物《赤の魔法書》を」
「この赤い本か」
「次に、この世界に来たばかりで地形に疎いであろう土地勘のない勇者様のために、この世界、あと魔族の領土を記した地図を」
「これは地図だったのか」
「後は、この世界に来たばかりでお金を持っていないであろう貧乏勇者様のために、この世界で使うことのできるわずかばかりの金を恵んでやる」
「言い方は気になるけど……お金はありがたいな」
「どうだ、卑しい勇者様よ。これで満足か?」
相変わらず苛つく言い方ではあるが、中に入っていたものは俺がこれから冒険していくうえで役に立つものばかりだ。……というか、魔法書とやらはいいとして、地図やお金はなかったら詰んでいた――とまではいかなくても、かなり困難な旅になっていただろう。
「ああ、とても満足だ」
「そうであろう。儂がわざわざ用意してやったんだからな」
「そりゃどーも」
いい加減俺も王様に対する受け答えが雑になってきているが、まあいい。
一時は上空からの落下や盗人疑惑での死刑執行でどうなるかとも思ったが……勇者の剣を抜いて『勇者』様になって助かったし。そのせいで魔族討伐なんてのをやらされることにはなったけど、きちんと倒すべき敵の確認と冒険に必要な道具の準備は出来た。
さっさと魔族を根絶やしにしろとか言われたけど、多少手を抜いたところでバレやしない……はず。
なら、異世界観光とかしながらのんびり気ままにやっていこうじゃないの。
「それでは、勇者様よ。魔族討伐の旅へ行ってくるのだ!」
現在 ~国道 〈イーストロード〉~
「観光気分で冒険に出たのに、何もねぇ……」
現在、俺は地図を頼りに『塔の番人』の一人、東の番人・グァムが支配している〈クルダブラ〉という地を目指して歩いている。
出発したばかりの頃――まだルルカブラの城下町を歩いている辺り――では、日本と似ているようで何処か違う文化を目にしてそれこそ観光気分だったのだが、東門から町を出て国道〈イーストロード〉を歩き始めしばらく経った頃から俺のテンションは段々と下がっていった。
何もない。本当に何もない。マジで何もない。
国道とはいっても日本の道路とは全く違う、草や石を除去して軽く整えただけの土の道。周りには草原のようなものが広がっているだけで建物のようなものは一切ない。たまに遠くに生物のようなものがいたり、木が茂っていたりするだけでほぼ変わらない光景は、本当に前に進んでいるのかと疑いたくなるレベル。
そんな何もない光景は、初めの方こそ「綺麗だな」とか「のどかだな」とか思っていたけどすぐに見飽きてしまった。
ただ歩くだけは暇だと王様から貰った赤い本を読んでみれば、どの魔法も俺には使うことができず、更には『対象の行動を把握する魔法』やら『対象の行動を制限する魔法』やら日本ではちょっとしたプライバシーの侵害やその他で問題になりそうな魔法の類を見つけて恐ろしくなり。
ならばこの時間を有効活用して地形でも覚えようと地図を広げると、よく見たら手書きの地図で俺の記憶での〈キボウノ丘〉と〈ルルカブラ〉の距離や位置とは違っていて、しかも人間の領土しか書いてなくて更には〈ルルカブラ〉や〈キボウノ丘〉それに『塔の番人』がいるところしか書いていないという簡易すぎる適当な地図だったということを知り頭が痛くなる。
「こんなアイテム貰うんだったら旅のお供でも付けてもらえばよかったか」
と悔やんでも後の祭り。そもそもゲームとかでは勇者にはパーティーメンバーがいるはずなんだけど、やっぱりこれは現実……ゲームみたいにはうまくいかないか。
「はぁ……」
観光気分が台無しになったのと、地図があてにならずいつまで歩けば目的地につくのか、そもそも本当に目的地にたどり着けるのかすら怪しくなってきたという現実が溜息となって出て行く。
先程まで茜色に染まっていた辺りも、いつの間にか日がほとんど沈んで薄暗くなってきている。
「このままじゃ異世界に来て初日が野宿になっちまうな……はぁ」
本当になんでこんなことになってしまったのか。考えれば考えるほどその現実の過酷さが際立ち、溜息が止まらない。
―――キィィィィィイン
下を向きトボトボと歩いていると、頭に響くような音が聞こえてくる。
「なんだあれ……」
音の正体を探ろうと顔を上げたところで、遠くに地上から空へと伸びる光の柱のようなものを見た。
いろんな色が混じり合っていて、それでいて透き通っているような、オーロラを見ているような神々しさを感じる。……実際にオーロラを見たことはないけど、喩えというやつだ。
とにかく、生まれて初めて見たその光の柱にしばらく目を奪われる。いつまでも見ていられるような、ずっと見ていたいような、そんな光の柱は惜しくも数秒で消えてしまう。
けれど、その光の柱が消えてすぐ、俺はその光の柱が発生したであろう場所に向かって走りだしていた。
今日1日様々なことがあって、心身ともに疲れきっていたであろう俺の体。しかし、その光の柱を見た時から嘘のように楽になり、今では体の奥底から元気が湧いて出ていた。
ちすちす木葉っす!
今回でその1はおしまい、次回からその2に入るっすよ!
その2ではリュウエンに新しい仲間ができたり、しちゃったりしたりしなかったり。
四天王の1人である東の番人と戦ったり、しちゃったりしたりしなかったり。
そんな感じの内容だったり、したりしなかったり。
予定は未定。未来の俺の気分次第で物語は大きく変わっていくっすよ!! ……プロット? ちょっと知らない子っすね




