第四十一話 人間の敵
新キャラ
九条レン 鬼塚迅
既存メンバー
神代朔 火野ルカ
佐川浩介 森川しえる
「断る!」
九条レンは間髪入れずに即答した。
舞台はダンジョン十三層。冷ややかな空気が漂う巨岩の石柱の陰で、俺たちは息を潜めていた。
つい先刻、俺たちは襲い来るアイスハウンドの群れをなんとか撒いたところだった。正確に言えば、レンがたった一人で数キロの道のりを走り回り、群れを大きく迂回させてこちらへ引き戻してきたのだ。
「僕を囮にするだと? 人の心はないのかね!」
「さっきだって見事に囮になってただろ」
「だからこそ嫌なんだと言っているんだ!」
そんなやり取りを、ルカが不思議そうに首を傾げながら眺めている。
「でもレンさん、得意っすよね。逃げるの」
「これは『高速戦術的移動』だ!」
「いや、どう見ても逃げ足だろ」
迅が呆れたように吐き捨てると、レンはショックを受けたように叫んだ。
「君までそんなことを言うのか!」
和気藹々とした空気を引き締めるように、神代が羊皮紙の地図を広げた。
「話を戻します」
神代の視線の先――久我冬真たちは、すでに十四層へと駒を進めていた。しかも立ち悪いことに、昨日魔物に襲われた五人パーティの唯一の生存者を連行しているという。彼らの狙いは火を見るより明らかだった。
「またあいつを《スケープゴート》の生贄に使う気だ」
レンの発した言葉に、俺の胸の奥で怒りが渦巻き、自然と拳に力が入る。すかさず迅が、俺の胸元に人差し指を突き立てて制した。
「頭に血ぃ上らせてんじゃねぇよ」
「……分かってる」
「分かってねぇ顔をしてるから言ってるんだ」
言い返そうとした俺の言葉を遮り、迅は鋭い眼光で告げる。
「人間ってのは魔物より遥かにタチが悪い。嘘をつき、罠を張り、仲間すら道具として利用する。こちらの戦術を見極めれば、次は容赦なく対策を変えてくるぞ」
その眼差しは、まっすぐに俺の芯を射抜いていた。
「だからこそ――てめぇの観察眼と泥臭い戦い方の出番だろ」
俺は静かに、深く息を吐き出した。
そうだ。感情に任せて怒るのは後でいい。今優先すべきは、生存者を救出し、久我の暴走を止めること。そのためには手持ちの情報と思考をフル回転させる必要がある。
「レン、《プリンス・ステップ》の持続時間は何秒だ?」
「十五秒ほどだね」
「再使用までのインターバルは?」
「二十秒だ」
「機動力はルカと比べてどうだ?」
「彼女より二割ほど速い」
「なんか無駄にむかつくっすね」
「事実を言ったまでだよ」
「で、直接の戦闘能力は?」
迅の問いに、レンはキザに髪をかき上げた。
「僕は無駄な争いと野蛮な戦いを好まない」
「要するに弱ぇんだな」
「言い方考えろ!」
十分だ。戦力と能力の把握を終えた俺たちは、そのまま十四層へと足を踏み入れた。
十四層に降り立つと、視界は再び息苦しいほど狭い洞窟へと変わった。左右を囲むのは高さ三メートルほどの澄んだ結晶壁。天井からは鋭利で巨大な氷柱が幾本も垂れ下がり、視界の先で通路は複雑に枝分かれしている。迅の背負う大剣など、下手に振れば壁ごと洞窟を崩落させかねない狭さだ。
「戦うにはあまりに狭いですね」
神代が警戒露わに周囲を見回す。
「逃げ道も限られている」
だが、迅だけは不敵な笑みを浮かべていた。
「いいじゃねぇか、ゾクゾクする」
「一番戦いにくいの、大剣使うお前だろ」
「邪魔な壁ごと斬り伏せるだけだ」
「いや、頼むからやめてくれ」
緊張感を保ちつつ五分ほど進んだところで、洞窟の奥からかすかな人の話し声が届いた。俺たちは気配を殺して速度を落とし、角の陰からそっと先を窺う。
そこにいたのは、久我。そして取り巻きの男女二人。
さらにその足元には、若い男性冒険者が力なく地べたへ座らされていた。腕からは真っ赤な血が流れ落ち、顔も痛々しく腫れ上がっている。
「やめ……ろ……」
男の弱々しい制止も虚しく、久我はその肩を力強く掴み、どこまでも穏やかな笑みを浮かべていた。
「大丈夫だよ。君の尊い犠牲のおかげで、僕らは安全に進むことができるんだから」
その理不尽な光景に、胸の奥でふつふつと殺意に近い怒りが沸騰する。だが、まだ飛び出すわけにはいかない。前方で神代の手が制止の合図を出している。……待つんだ。
俺たちは気配を極限まで消し、じりじりと距離を詰める。久我の左手が、怪我を負った男の胸元へ向けられた。
「やめろ!」
思わず俺は角から飛び出し、声を張り上げていた。
久我が緩やかに振り返る。
「来たか。案外早かったね」
「その人を今すぐ放せ」
「なぜだい?」
「聞くまでもないだろ!」
久我は男の肩に手を置いたまま、嘲笑うように口角を上げた。
「この人は自らの意思で僕らについてきてくれた、大切な仲間だよ」
「違……っ……」
男が必死に否定しようとした瞬間、久我の指が容赦なく怪我をした肩の傷口へ喰い込んだ。
「っ……ぐぁ……!」
「ほらね。やっぱり僕らの仲間だ」
その冷酷な仕打ちに、迅の顔から完全に余裕の笑みが消え去った。
「胸糞悪い真似しやがる」
「鬼塚君。君のように圧倒的な強さを持つ者には、弱者の理屈が分からないんだろうね」
久我はまるで、世界の絶対的な真理を諭すかのように語りかける。
「足手まといの弱い冒険者を守るには、貴重な回復薬も時間も食料も消費する。一人を助けるために、強い者まで巻き込まれて死ぬことだってあるんだ」
「だから囮にして使い潰すっていうのか?」
俺の問いに、久我は事もなげに答えた。
「弱い者には弱い者なりの『役割』を与えているだけさ」
ダンジョンの出現により、世界は一変した。だからこそ、甘い昔の倫理観に囚われていては生き残れないのだと、久我の目は物語っていた。
その瞬間――迅が低く笑った。
「話が長ぇんだよ」
「……なに?」
ズシン、と重厚な音を立てて大剣が抜かれ、その切っ先が洞窟の石床を削る。
「てめぇが弱ぇ奴を盾に吸い上げねぇと進めねぇ、ただの無能だって言ってるんだよ」
久我の完璧な笑みがピキリと薄れる。
「自分が弱ぇのを、世界のせいにすんじゃねぇ」
「……流石はAランク冒険者、言うことが違うね」
久我が鋭い刺突槍を構え直す。
「なら、僕のやり方が正しいか試してみようか」
久我の左手が不気味に持ち上がった。
「散れ!」
神代の切迫した叫びが響く。久我の手から放たれたのは――暗黒の光束。
だが、その狙いは俺でも迅でもなかった。
「しえる!」
黒い光が、後方にいたしえるの胸元へ直撃する。
【TARGET】
直後、洞窟の奥深くから地響きのような魔物の咆哮が轟いた。出現したのは十体を超すアイスハウンドの群れ。その血走った眼光の全てが、光を浴びたしえる一企に集中する。
「ぜ、全部……こっち見てます!!」
ターゲットの固定を確認した久我たちは、すぐさま脇の横道へと走り出した。だが、今回の俺たちは前回の二の舞を踏みはしない。この展開は織り込み済みだ。
「レン!」
「僕か!?」
「しえるを抱えて全力で走れ!」
一瞬だけ、レンの表情がパッと華やぐ。
「美しい女性を抱えてエスコートする役なら、この僕に任せたまえ!」
「こんな時まで格好つけてんじゃねえ!」
レンは迷わずしえるを軽々と抱き上げた。
「えっ!? ちょっと!?」
《プリンス・ステップ》――!
スキルを発動したレンの足筋が爆発的な速度を生み出し、二人の背中は一瞬で遥か遠くへと小さくなっていく。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
しえるの悲鳴すら風切り音の中に消えていく。魔物の群れは一斉に方向転換し、猛スピードでレンの後姿を追いかけていった。
「予定通りだ!」
俺たちは逃走を図る久我たちの背後へ突っ込む。久我が驚愕に満ちた表情で振り返った。
「仲間を囮にして見捨てるというのか!?」
「違うっす!」
並走するルカが、ニカッと不敵に笑う。
「逃げるのだけが取り柄の人に、一番得意な仕事を任せただけっす!」
遙か彼方の通路から、レンの怒声が木霊した。
「表現を! もっと前向きな表現に改めたまえー!」
「クソッ、言ってる場合か! 余裕あるな!」
焦った久我が再び左手を掲げる。しかし、黒い光は生じない。
「神代!」
「スキルは再使用不可! クールタイムです、読み通り!」
隙を逃さず、俺たちは一気に間合いを詰める。久我の連れの二人が間髪入れずに迎撃へ躍り出た。
男が振り下ろす剣撃を、ルカが二本の短剣でガチンと受け止める。一撃、二撃。流れるような手首の返しで相手の剣の軌道を大きく逸らし、即座に懐へ切り込む。
一方、女冒険者は詠唱を終え、氷魔法を放とうとしていた。後方に後衛のしえるはいない。
「右へ飛んでください!」
神代の鋭い指示に従い、俺は右側へ体を投げ出す。直後、氷でできた凶悪な槍が俺の左肩すれすれを猛スピードで通り抜けていった。
その隙を突き、迅が正面から壁のように突進する。
「どけええ!」
視界を埋め尽くす大剣の威圧感。女冒険者は顔を引きつらせ、慌てて前面に多層の氷の障壁を展開した。
バキィンッ!
けたたましい破砕音とともに、極厚の氷壁が一撃で粉々に砕け散る。
「ば、化け物……!」
「安易に人を褒めるんじゃねぇよ」
迅は刃で斬り裂くのではなく、大剣の重厚な柄頭を女の腹部へ正確に叩き込んだ。ドオンと鈍い音が響き、女の身体は結晶壁の端まで吹き飛ばされて崩れ落ちる。
「おい、殺してねぇだろうな!?」
「邪魔だから軽く殴り飛ばしただけだ」
サラリと言い捨てる姿が本気で恐ろしい。だが、俺にそれを突っ込んでいる余裕はなかった。
正面から、久我の鋭い槍の穂先が俺の喉元を目がけて一直線に伸びてくる。
必死に首を捻って回避。間髪入れずに繰り出される二撃目は、腹部への鋭い突刺。手元の短剣を交差させて泥臭く受け止める。
ガキンッ!
重い。腕が痺れるほどの衝撃。
「君、近接戦闘の技術は拍子抜けするほど普通だね」
「余計なお世話だ!」
久我は槍を滑らかに回転させ、足元を刈り取るように薙ぎ払ってきた。宙へ跳んでかわす。
「あの『規格外個体』を単独で討伐したと聞いたから警戒していたが……期待外れだ」
「俺一人で倒したなんて一言も言ってねぇ!」
久我が一瞬、口元を歪めて笑う。
「ふん、正直なことだ」
再び目にも留まらぬ突き。
だが――今度は違う。焦る思考を抑え込み、動像を網膜に焼き付ける。
一撃目、喉。
二撃目、腹。
三撃目、足元。
四撃目……フェイント。
そして、最初に戻る。喉、腹。
「次は――脚だ!」
確信を持って身体を半歩後ろへ引き砕く。直後、凄まじい風切り音とともに槍の穂先が空を切った。
久我の整った顔立ちに、初めて驚愕の色が浮かぶ。
「……僕の行動パターンを読んだのか!?」
「次はフェイントだろ!」
相手の攻撃を待ちはしない。槍が次の動作へ移行する前に、前足を踏み込んで懐へ潜り込む。短剣の腹で槍の柄を思い切り叩き落とす。
「魔物より――」
完全に間合いを潰し、久我の眼前に肉薄する。
「人間の方がよっぽど分かりやすい癖がある!」
久我が力任せに肘打ちを繰り出してきた。腕を交差させてガードするが、骨が軋むほど痛い。だが、絶対に離れない。
「ルカ!」
「こっちは片付いたっす!」
振り返ると、久我の連れの男冒険者が床に転がっていた。息はある。ルカが疾風のような速さでこちらへ救援に走ってくる。
久我の表情に、揺るぎない絶対の余裕が崩れ、明確な焦りが色濃く滲み出た。
そして――彼の左手に、再び不気味な黒い光が宿る。クールタイムの終了だ。
「来るぞ!」
久我が指先を俺たちへ突き出そうとする。俺は洞窟の天井へ向かって叫んだ。
「レン!!」
すると遠くの通路から、待ってましたと言わんばかりの返すが届く。
「聞こえているとも!」
側面の横道から、金髪をなびかせたレンが飛び出してきた。たった一人で。
「しえるはどうした!?」
「安全な岩の影に置いてきたよ!」
「上出来だ!」
突如現れた人影に対し、久我は反射的にそちらへ指を向けてしまった。
《スケープゴート》――!
黒い光が一直線に走り、レンの胸元へ着弾する。
「また僕なのか!?」
「そのままあいつに向かって走れ!」
「この理不尽な恨み、一生覚えていたまえよ!」
レンは涙目になりながら方向転換し、こちらへ爆走してくる。だが今回の逃走ルートはこれまでと違う。背後に引き連れた無数のアイスハウンドの群れをそのまま引き連れ、久我に向かって一直線に突進しているのだ。
「何を考えて――」
衝突の直前、レンは超人的な身軽さで直角に方向転換。久我のすぐ横を風のようにすり抜けた。
「失礼!」
残された十体以上のアイスハウンドの群れは、勢いを殺しきれず、そのまま崩れ落ちる雪崩のように久我へと突っ込んでいく。
「……くっ!」
久我は槍を構えて迎え撃とうとするが、狭い通路を埋め尽くす魔物の圧動的な数の前には焼け石に水だ。完全に足止めされた。
「今だ!」
神代の合図で、負傷した冒険者の元へ駆け寄る。ルカが手際よくその肩を貸して救出する。俺も後方の援護に回ろうとした――その時、高い結晶棚の上に人影を捉えた。
久我だ。彼は群れが押し寄せる直前、壁を蹴って魔物の頭上を飛び越えていたのだ。
呼吸は大きく乱れ、その顔からは穏やかな笑みが完全に消え去っていた。
「……佐川浩介」
「二度と他人を道具みたいに使うな」
「……それは無理な相談だな」
久我は胸元から、鈍く光る小さな石を取り出した。それを見た神代の顔色が激変する。
「転移石……!」
俺は必死に手を伸ばして走った。だが、届かない。
眩いばかりの白い光が久我の全身を包み込んでいく。
「深層で――」
光が弾ける間際、彼は最後だけ、あの不気味な笑みを浮かべた。
「また会おう」
次の瞬間、久我の姿は掻き消えるように消失した。
ダンジョンの床に残されたのは、置き去りにされた久我の仲間二人。呆然と久我の消えた空間を見つめている。
「冬真……様……?」
その哀れな様を、迅が鼻で冷笑した。
「ハッ、仲間すらあっさり使い捨てかよ」
その一言が、久我冬真という人間の本質を何よりも残酷に物語っていた。
◇◇◇
戦闘が完全に終息したのは、それから十分ほど経った頃だった。
負傷した冒険者は、戻ってきたしえるの手によって丁寧な治療を受けている。捕らえた久我の仲間二人もしっかりと拘束を終えた。
そこへ、ようやくレンが戻ってきた。
自慢の金髪はボサボサに乱れ、上質な白いコートも何箇所か無惨に引き裂かれている。それでも彼は、誇らしげに胸を張ってみせた。
「皆、安心したまえ。この僕が無事に――」
「遅いっす」
「…………」
がっくりと肩を落とすレンに、俺は思わず吹き出してしまった。
「でも、本当に助かった。ありがとう」
レンの動きが一瞬止まり、彼は気恥ずかしそうにすぐさま髪型を整えた。
「と、当然だよ。この僕だからね」
すかさず迅が横から口を挟む。
「ただ必死に逃げ回ってただけだけどな」
「高度な誘導作戦だと言っているだろう!」
そのやり取りにおかしくなってしえるが笑い出し、いつも冷静な神代までもが微かに口元を緩めていた。
俺は久我が転移石を使って消え去った、誰もいない空間へと視線を向けた。
頭をよぎるのは、あの黒い羽。そして、謎の男・黒崎レオ。疑問や謎は深まるばかりだ。
けれど。
今日の戦いで、一つだけ確信できたことがある。
世界がどれほど残酷に変貌しようと、それが人が悪になっていい理由にはならない。ただ世界が変わったことを都合のいい言い訳にして、自分の醜い欲望や行動を正当化している奴らがいるだけなのだと。
「佐川」
不意に迅が俺の名を呼んだ。
「ん、何だ?」
「さっき、久我の槍の動きを読んだだろ」
「ああ」
「……悪くねぇ動きだった」
迅にそう評価されたことが、少しだけ誇らしかった。
「ただし」
やっぱり、追撃の一言が来る。
「まだまだ遅ぇ」
「またそれかよ」
迅が面白そうにニヤリと笑う。
「そんな温い見切りじゃ、深層の化け物どもにはとても届かねぇぞ」
俺は少しの間考えを巡らせてから、迅の目を見つ返して言った。
「じゃあさ、届くようになるまで俺たちに付き合ってよ」
「あ?」
ルカが目を丸くしてこちらを見つめ、神代も微かに眉をひきあげた。
「迅も十九層に戻るんだろ? 途中まで進む方向は同じなんだからさ」
迅は数秒間無言で俺の顔を見つめると、やがて呆れたように大剣をドシリと肩へ担ぎ直した。
「……言うようになったじゃねぇか、生意気な」
「嫌なら無理にとは言わないけど」
「誰が嫌だなんて言ったよ」
そこへ、待ってましたと言わんばかりにレンが割り込んでくる。
「やれやれ、仕方ないね。僕も同行してあげるとしよう」
全員の視線がレンに集まる。レンはスカした態度で髪をかき上げた。
「君たちだけではあまりに心許ないからね」
ルカが容赦なく即答する。
「パーティの中で一番心配なのは、間違いなくレンさんっすけどね」
「何故かね!?」
冷たい結晶の洞窟内に、賑やかな笑い声が朗々と響き渡った。
昨日までの重苦しく絶望的な探索とは、明確に空気が変わっていた。
迅という圧倒的な戦力が加わり、レンという賑やかな仲間が加わった。
俺たちは確実に、より深く、先へ進むための力を獲得しつつある。
だが――。
そのさらに遠く、深層の暗闇の中。
誰の目にも触れられない静寂の場所。
白銀の結晶の上へ、ひらりと一枚の漆黒の羽が舞い落ちた。
その佇む先。
全身を黒衣に包んだ一人の男が立ち尽くし、久我冬真が転移していった遥かなる方角を、ただ無言で見つめ続けていた。




