第三十九話 進みすぎる (白迷宮編スタート)
転移直後、目に飛び込んできたのは白一色の世界だった。
乳白色の岩壁。足元を覆う薄氷。天井まで伸びる巨大な結晶柱。
「……眩しいっすね」
ルカが目を細める。
吐く息は白い。
綺麗な場所ではあるが、妙に静かだった。
一層には魔物が出るはずなのに、ほとんど姿がない。
その途中、俺たちは一枚の黒い羽を拾った。
ホワイトゲートでは見たことのないものらしい。
正体は分からない。
とりあえず回収して、そのまま先へ進んだ。
そして――二時間後。
【WHITE GATE】
【5F】
俺は階層表示を見上げた。
「……早くない?」
「めちゃくちゃ早いっすね」
神代も地図を見ながら頷く。
「初見なら、まだ二層か三層でもおかしくありません」
急いだわけじゃない。
それでも進めてしまった。
理由は単純だった。
「……敵が、いなさすぎる」
俺の言葉に、全員が黙った。
一層で遭遇した魔物は三体。
二層では二体。
三層に至っては、一体だけ。
ホワイトゲートが簡単なわけじゃない。
実際、出てきた魔物はグリーンゲートより明らかに強かった。
問題なのは――数だった。
「誰か、先に通ってるとか?」
しえるが小さく言う。
「可能性はあります」
神代が答えた。
その根拠も、すでに見つけていた。
一層で拾った、黒い羽。
魔物のものなのか、それとも別の何かなのか。
結局、今の俺たちには分からなかった。
だから写真だけ撮って、ケースに入れた。
それだけだ。
分からないものを睨み続けても、答えは出ない。
「進めば、何か分かるかもしれないっすよ」
ルカの言葉で、その場を離れた。
そして今、第五層。
答えらしきものは、別の形で現れ始めていた。
「……これ」
俺は足を止めた。
白い石床の上に、巨大な魔物が倒れている。
ホワイトオーク。
胸部が大きく裂け、すでに息はない。
「俺たちじゃないっすよね」
「うん」
ルカがしゃがみ込む。
「死んでから、そんなに経ってないっす」
神代も傷口を確認した。
「一撃ですね」
「一撃?」
しえるが驚いた声を出す。
ホワイトオークは弱くない。
グリーンゲートの雑魚とは明確に格が違う。
俺たちでも、まともに戦えば時間がかかる。
それを。
一撃。
「……やっぱり、誰かいる」
俺は周囲を見回した。
白い柱。
白い壁。
長く続く通路。
当然、誰の姿もない。
それでも。
確実に、俺たちより先を進んでいる何者かがいる。
「黒い服の人だったりして」
しえるが言った。
ルカが肩をすくめる。
「だったら追いつきたいっすね」
神代は少しだけ考えたあと、歩き出した。
「無理に追う必要はありません。目的は攻略です」
「ですよねぇ」
そう言いながら、ルカは明らかに気になっている顔をしていた。
俺も同じだった。
ただ――。
その疑問を考え続ける暇はなかった。
通路を抜けた瞬間。
横の壁が爆発した。
ドゴォォォンッ!!
「うわっ!?」
白い石片が散る。
神代が即座に叫ぶ。
「構えろ!」
ルカが短剣を抜き、しえるが杖を上げる。
俺も身体強化を発動した。
砕けた壁の向こう。
そこから、巨大な影が飛び出してきた。
――魔物。
白い体毛。
二メートルを超える巨体。
四本腕の獣型。
俺たちを見るなり、咆哮を上げる。
「グオオオオオッ!!」
ルカが横へ飛ぶ。
「右行くっす!」
神代が一瞬で指示を出した。
「しえる、足止め! 浩介、左!」
「はい!」
「了解!」
地面が隆起する。
《ストーンウォール》
獣の進路が塞がれた。
だが。
ドガンッ!!
四本の腕が石壁をまとめて砕く。
「硬い!」
その瞬間には、ルカが懐へ潜り込んでいた。
二本の短剣が腹部へ走る。
ザシュッ!
「浅いっす!」
獣が右腕を振り上げる。
速い。
ルカが避ける。
その空いた脇腹へ、俺が踏み込んだ。
身体強化。
足。
腰。
肩。
全部を一気に連動させる。
拳を叩き込む。
ドンッ!!
「……え」
自分でも、変な声が出た。
獣の巨体が浮いた。
そのまま数メートル吹き飛び、壁へ激突する。
バキィッ!!
白い壁に亀裂が走った。
静寂。
俺は自分の拳を見る。
「……今の」
ルカも、目を丸くしていた。
「浩介さん……こんなパワーあったっすか?」
「いや……」
ない。
少なくとも、俺が知っている自分には。
グリーンゲートの頃とは違う。
最近、強くなっているのは分かっていた。
でも。
ここまで?
獣が起き上がる。
考えている暇はない。
神代の声が飛んだ。
「来ます!」
獣が突進する。
今度は俺を狙っていた。
「浩介!」
しえるの声。
真正面。
避ける。
そう思った。
――のに。
身体が勝手に前へ出た。
「は?」
自分でも理解できなかった。
拳を握る。
踏み込む。
獣の爪が俺の顔へ迫る。
その直前。
視界の端に、薄い文字が走った。
【――】
読めない。
一瞬だけ。
ただ。
身体の奥で、何かが脈打った。
次の瞬間。
俺の拳が獣の胸へめり込んだ。
ドゴォォォンッ!!
空気が震えた。
獣の巨体が、今度こそ壁を突き破る。
白い粉塵が噴き上がった。
「……」
誰も喋らない。
俺も喋れなかった。
自分の拳だけを見ていた。
痛みはある。
骨も折れていない。
身体強化だけ。
なのに。
明らかにおかしい。
「浩介さん」
ルカが珍しく真面目な声を出した。
「あとでステータス、見た方がいいっすよ」
「……うん」
俺もそう思う。
むしろ。
なんで今まで確認しなかったんだ。
グリーンゲート三十層。
異常個体。
あの戦い。
俺は、確実に以前より強くなっている。
なのに。
まともにステータス画面を開いた記憶が、しばらくない。
「……あとで見る」
「今でもいいっすよ?」
「魔物の死体の横で見るの嫌なんだけど」
「そこ気にするんすね」
少しだけ空気が緩んだ。
そのとき。
神代が壁の穴へ近づいた。
「……待ってください」
「どうした?」
「向こう側に通路があります」
崩れた壁の先。
本来の地図にはない空間が続いていた。
ただし、特別な場所という感じではない。
単純に構造が歪んでいるだけにも見える。
神代が地図を確認する。
「変化型でしょうね」
「行くっすか?」
「少しだけ確認します」
俺たちは穴を抜けた。
先に続く細い通路。
そして。
床に足跡があった。
人間のもの。
一人。
大きい。
ルカがしゃがむ。
「これ、さっきの黒い人じゃないっすよね」
「分からない」
神代が答える。
「ですが、誰かが通ったのは確かです」
その瞬間。
ずっと奥から。
ドン。
鈍い音がした。
全員が顔を上げる。
ドン。
もう一度。
「……何の音?」
しえるが俺の服を掴む。
ドゴンッ!!
今度は明らかに近い。
壁が揺れた。
白い粉が天井から落ちる。
「まさか魔物?」
俺が言った直後。
真正面の壁が――内側から膨らんだ。
「え?」
ドガァァァァン!!
壁が吹き飛んだ。
大量の瓦礫が通路へ転がる。
その向こうから。
人が出てきた。
男だった。
二十代くらい。
短い黒髪。
頬に細い傷。
そして。
背中には、俺の身長とほとんど変わらないほど巨大な大剣。
男は肩についた白い粉を払いながら、俺たちを見た。
一秒。
二秒。
そして。
「……あ?」
低い声。
ルカが呟いた。
「いや」
男の後ろに開いた巨大な穴を見る。
「普通、壁から出てこないっすよ」
男は眉を寄せた。
「出口なかったから壊した」
「壊すんだ……」
しえるが小さく呟く。
神代が一歩前へ出た。
「あなたは?」
男は面倒そうに大剣を担ぎ直した。
「鬼塚」
一拍。
「鬼塚迅」
そして俺たちを見回し。
最後に。
俺を見た。
ほんの少しだけ目を細める。
「……お前」
その視線に。
なぜか。
嫌な予感がした。




