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外伝第二話 給食センターのカレーは激辛につき

翌日の昼休み。

学校中に、異臭が充満していた。


「……何、この臭い」


教室の窓際にいた女子が、鼻を押さえる。


「カレーじゃね?」


「カレーにしては刺激強すぎない?」


「なんか目が痛い」


俺は弁当箱を開いた瞬間、顔をしかめた。


「……」


「浩介?」


透が隣から覗き込む。


「どうした?」


「この臭い」


俺は鼻を押さえた。


「ゲームの毒ダンジョンと同じだ」


「また始まった」


「本当だって」


「お前、ゲームの臭いまで覚えてんの?」


「長時間やってれば覚える」


「怖いわ」


その時。


校内放送が入った。


『生徒の皆さんに連絡します。給食センター付近で異常が発生しています』


教室が静かになる。


『先生の指示に従い、給食センターには近づかないでください』


「……給食センター?」


誰かが呟いた。

別の生徒が言う。


「モンスター?」


「たぶん」


「じゃあ給食どうなるんだ?」


「お前、心配するところそこ?」


透は弁当箱を閉じた。


「行くぞ」


「どこに?」


「給食センター」


「え?」


「放置したら、全校の昼飯が消える」


「世界の危機みたいに言うなよ」


「俺にとっては重要だ」


「食い意地かよ」


「違う。食料供給網だ」


「言い方変えただけじゃねえか」


「パン一個ガチ勢の俺には関係ない」


「殺生な」


「世界を救うぞ」


「へいへい」


二人で教室を出る。


廊下には、避難誘導をする先生たち。


生徒たちは階段へ向かっている。


その流れとは逆方向に進む俺たちを見て、教師が叫んだ。


「おい! お前たち!」


透が手を上げる。


「給食守ってきます!」


「戻ってこい!」


「善処します!」


「善処じゃない!」


俺たちは走った。


給食センターは、校舎裏にある平屋建ての建物だ。

白い外壁。

大きな換気扇。

食材搬入口。


毎日、生徒たちの昼食を作っている場所。


だが今は…。


換気扇から紫色の煙が噴き出していた。


「……うわ」


透が立ち止まる。


「マジでヤバそう」


「毒だ」


「なんでわかる」


「色」


「ゲーム脳便利だな」


俺は掃除用具入れから雑巾を二枚取り出した。

水筒の水で濡らす。


「口と鼻を覆え」


「強盗みたい」


「文句言うな」


ドアを開ける。


ブワッ!


熱気。

刺激臭。

目が痛い。


「うわっ!」


「入るぞ!」


厨房の奥。

巨大な鍋が、ぐつぐつと煮え立っている。


中に入っているのは――。


紫色の液体。

そして、その中を跳ね回るもの。


「……スライム」


紫色のスライムが四体。

そのうち一体が、鍋から跳ねた。


ボチャッ。


「……」


俺の靴に紫色の液体が付着する。


「浩介」


「触るな」


「もう触ってる」


「最悪だ」


壁に飛んだ液体が、


ジュッ。


と音を立てる。


「腐食性もある」


その瞬間。


【クエスト発生】

【給食センターの危機】

【内容:激辛スライムを4体討伐】

【報酬:経験値25・神秘のスパイス】


透が画面を見る。


「激辛スライム?」


「食べたら死ぬ」


「食わねえよ!」


スライムが跳ねた。


ビュッ!


紫色の液体が飛ぶ。


「避けろ!」


俺たちは調理台の陰へ飛び込む。


バシャッ!


壁が焼ける。


「やべえ!」


「触れたらダメだ」


俺は厨房を見回した。


調理台。

包丁。

大きなおたま。

まな板。

牛乳。

小麦粉。


液体型モンスター

物理攻撃は効きにくい


なら…。


「透!」


「おう!」


「小麦粉!」


「何に使う!?」


「水分を吸わせる!」


「なるほど!」


透が小麦粉の袋を抱えた。


「重っ!」


「早く!」


「はいよ!」


袋を開ける。


バサァッ!


白い粉が舞った。

スライムの身体に小麦粉がまとわりつく。


「ぷにゅ……?」


動きが鈍る。


「効いてる!」


「よし!」


俺はおたまを握った。


「いける!」


ゴンッ!


固まったスライムを叩く。


パキン。


青白い光が散った。


【激辛スライムを討伐しました】

【経験値+6】

「残り三体!」


だが…


三体が同時に鍋へ飛び込んだ。


ボチャッ!


紫色の液体が大きく揺れる。


「……」


「浩介?」


「嫌な予感がする」


鍋が膨らんだ。


「逃げろ!」


ドンッ!


巨大なスライムが鍋から飛び出した。


「デカくなった!」


「鍋の中で水分を吸ったんだ!」


「どうすんの!?」


俺は厨房を見回す。


そして…


牛乳を見た。


「……牛乳」


「まさか」


「牛乳だ」


「辛さを中和する気?」


「カレーだからな」


「それ攻略法なの!?」


「知らん!」


「知らんのかよ!」


「試すしかない!」


透が牛乳パックを掴む。


「おりゃあ!」


バシャッ!


巨大スライムに牛乳がかかる。


一瞬。


何も起きない。


「……」


「……」


「浩介」


「もう一回」


「了解!」


バシャッ!


バシャッ!


バシャッ!


巨大スライムの紫色が少しずつ薄くなる。


「動きが鈍った!」


「効いてる!」


「マジかよ!」


俺は笑った。


「カレーに牛乳は正義だ」


「その理屈で世界救うなよ!」


「透!」


俺は調理台の包丁を指差した。


「それを使え!」


「おう!」


透が包丁を掴む。


青い光。


【バリアブルアタック発動】

【武器:包丁】

【切断属性】


「よし!」


透が踏み込む。


ザンッ!


巨大スライムの身体が切れる。


「いける!」


もう一度。


ザンッ!


「浩介!」


「任せろ!」



踏み込む。

巨大スライムの中心へ、まな板を叩き込む。


バンッ!


白い液体が飛び散った。


青白い光。


【激辛スライムを討伐しました】

【経験値+6】


残り二体。


「あと二体!」


「まだいるぞ!」


「わかってる!」


二人で走る。


厨房を縦横無尽に駆け回る。


鍋。

調理台。

冷蔵庫。

床。

壁。


「右!」


「おう!」


「上!」


「どこ!?」


「天井!」


「無理!」


スライムが落ちてくる。


バシャッ!


「うわあああ!」


「透!」


「大丈夫!」


透が包丁を振る。


ザッ!


俺が横からおたまで叩く。


ゴンッ!


最後の一体。


「いけえ!」


「おう!」


二人同時に攻撃した。


青白い光が弾ける。


【激辛スライムを討伐しました】

【激辛スライムを討伐しました】

【クエスト完了】

【報酬:経験値25・神秘のスパイス】


静かになった。


厨房に残ったのは、散乱した小麦粉。

牛乳。

紫色の液体。


そして…


「……俺たち」


透が自分の制服を見る。


「カレー臭いな」


「お前は牛乳臭い」


「小麦粉のおまけつき」


「二人ともひどいな」


二人で笑う。


透が、報酬の瓶を取り出した。


『神秘のスパイス』


小さな瓶の中で、赤や金色の粉が揺れている。


「これ、どうすんだ?」


「保存」


「食べないの?」


「怖いだろ」


「お前が言うなよ」


俺たちは、厨房を出た。


しばらくして、先生たちがやってきた。


そして…。


当然のように怒られた。


「なぜ勝手に入った!」


「給食を守るためです!」


「だからって…!」


「すみません」


俺は透の横で頭を下げた。

昼休みの終わり。

教室へ戻る廊下には、少しずつ生徒が戻ってきていた。


「給食、食べられるのかな」


「今日カレーだったよね」


「もう無理じゃね?」


そんな声が聞こえる。


透が俺を見る。


「浩介」


「ん?」


「給食、守れたよな」


「……ああ」


「じゃあ、今日は食える」


「激辛だけどな」


「食うのかよ」


「俺は食わない」


「どっちだよ!」


昼休みの鐘が鳴った。


教室へ戻る。

席に座る。


さっきまでと同じ教室。


同じ机。

同じ黒板。


世界が変わっても、昼休みは終わる。


俺はふと、透の手元を見る。


母親が作ったらしい、おにぎりが一つ。


「食う?」


「いいのか?」


「二個ある」


「もらう」


俺は受け取った。

塩味が、妙にうまかった。


「なあ、浩介」


「ん?」


「こんな世界になってもさ」


透が、おにぎりを食べながら言う。


「腹減ってる奴がいたら、飯くらい食わせてやりたいよな」


「……ああ」


透は、当たり前のように言った。


それが、透だった。


誰かが困っていたら助ける。


誰かが腹を空かせていたら、自分の分を分ける。


考えるより先に動く。


その頃の俺は、まだそれを「透らしい」としか思っていなかった。


その性格が、この先どれだけ多くの人を救うことになるのかも。


そして…


どれだけ危険な場所へ、あいつ自身を連れていくことになるのかも。


まだ知らなかった。



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