第三十五話 勝者は....
その頃。
土壁の向こう。
神代は俺たちの姿を見ていた。
その隣には魔法使い。
「……やっぱり、気づきましたか」
「どうします?」
「予定通り」
神代は答える。
「ルカを誘導してください」
魔法使いが少し驚いた。
「でも、ルカは貴方のパーティメンバーですよね?」
「だからこそです」
神代は静かに笑った。
「彼女は速い。判断も速い」
そして。
「少し好奇心が強すぎる」
◇◇
「……来ないっすね」
ルカが小声で呟く。
俺たちは旗の周囲にいた。
旗は俺たちの背後。
その前に俺。
右側にルカ。
左後方にしえる。
三人の距離は、それぞれ三メートルほど。
「来ないな」
「浩介さん」
「ん?」
「これ、暇っす」
「我慢しろ」
「はい……」
しえるが小さく笑った。
「ルカちゃん、待つの苦手なんだね」
「そうなんすよー」
「知ってる」
俺も笑う。
そのとき。
.....カンッ。
遠くで金属音。
三人同時に顔を向ける。
「……今の」
「旗?」
しえるが呟いた。
俺は立ち上がる。
「違う」
もう一度。
.....カンッ。
今度ははっきり聞こえた。
敵陣。
俺たちから見て奥。
「……取られた?」
ルカが立ち上がる。
「行くっす!」
「待て!」
だが。
ルカはもう走っていた。
「ルカ!」
タッタッタッ!
右側の通路へ入る。
その先は、壁と壁の間の狭い一本道。
「浩介さん! 旗、見てくるっす!」
俺は舌打ちする。
神代は.....
これを待っていた。
「しえる!」
「うん!」
俺たちも追う。
右の通路。
角を曲がる。
その瞬間。
......ガッ!
ルカの足元が沈んだ。
「.....え?」
土が抜ける。
落とし穴。
「ルカ!」
俺が手を伸ばす。
だが。
ルカは落ちる寸前、右側の壁を蹴った。
バッ!
身体が横へ飛ぶ。
落とし穴を飛び越える。
「危なっ!」
だが終わらない。
ドドドドッ!
三発の魔力弾が飛んできた。
一発。
二発。
三発。
ルカは空中で身体を捻る。
すべて紙一重でかわす。
着地。
ザッ!
「……っ!」
ルカが息を吐いた。
「危なかったっす」
「ルカ!」
俺が駆け寄る。
「大丈夫っすよ」
「勝手に動くな」
「……ごめんなさい」
珍しく素直だった。
俺は目を閉じる。
焦るな。
昨日のホブゴブリンと同じだ。
敵を見る。
地形を見る。
そして.....
相手が何をさせたいのかを見る。
「……そうか」
「浩介さん?」
「神代は、旗を取らせようとしてる」
「え?」
「正確には、俺たちに『旗を取りに行かなきゃ』と思わせてる」
しえるが周囲を見る。
「じゃあ、旗は囮?」
「ああ」
俺は土壁を見る。
「本当の狙いは.....」
三人を分断すること。
その瞬間。
.....パンッ!
遠くで判定音。
「……しえる!」
「え?」
俺は振り返った。
しえるの背後。
土壁の陰から、一人の敵が現れていた。
魔法使い。
杖の先がしえるへ向く。
「しまった!」
ヒュンッ!
魔力弾。
俺はしえるの前へ飛び込む。
ガンッ!
肩に直撃。
赤い判定光が灯った。
「浩介くん!」
「大丈夫!」
俺は魔法使いへ向かって踏み込む。
だが。
キィン!
横から剣が入る。
俺は短剣で受けた。
ギリギリギリ……。
「また二人か!」
押される。
さらに盾役が前へ出た。
「挟む!」
「させるか!」
ルカが横から飛び込む。
ザッ!
ナイフが盾役の足元を狙う。
パァン!
判定光。
「一人!」
ルカが叫ぶ。
俺は剣士を押し返す。
「しえる!」
「うん!」
しえるが杖を振る。
「ストーンウォール!」
ゴゴゴゴゴ……!
地面が震える。
だが、今度は俺たちの前じゃない。
敵の背後。
ドォン!!
石壁がせり上がる。
敵の退路を塞いだ。
剣士が振り返る。
その一瞬。
俺は踏み込む。
「終わりだ!」
キィン!
短剣が剣を弾く。
パァン!
判定光。
「行動不能!」
敵が崩れ落ちた。
俺は周囲を見る。
「残りは.....」
止まる。
「……違う」
「え?」
「一人足りない」
神代がいない。
「どこだ?」
その瞬間。
....ドンッ!!
後方から大きな音。
俺たちが振り返る。
「旗が......!」
しえるが叫んだ。
遠く。
俺たちの陣地。
その旗が......
今、倒れた。
「……!」
そして。
倒れた旗の前。
神代が立っていた。
「やられた!」
俺は走る。
神代まで、十メートル。
八。
六。
四。
神代が旗へ手を伸ばす。
「止める!」
俺は身体強化を最大まで引き上げた。
ドンッ!
土を蹴る。
神代がこちらを見る。
そして....
笑った。
「来ると思っていました」
「.....!」
神代が一歩だけ横へ動く。
その瞬間。
俺の右足。
カチッ。
嫌な感触。
「……?」
次の瞬間。
.....バンッ!!
地面から砂が噴き上がった。
視界が真っ白になる。
「しまっ....!」
俺は反射的に転がる。
砂が口に入る。
視界が戻らない。
どこだ。
神代は。
足音。
一つ。
二つ。
俺の前。
砂が少しずつ晴れる。
神代が旗の前に立っていた。
「佐川君」
「……!」
「貴方は、敵の動きを読む」
神代は静かに言う。
「でも.....敵が『自分を読ませる』ために動いている場合はどうしますか?」
俺は歯を食いしばった。
最初から。
俺がここへ来ることまで。
読まれていた。
「……なるほど」
俺は立ち上がった。
「じゃあ、こっちも読ませる」
神代の眉がわずかに動く。
俺はルカを見る。
「ルカ」
「はいっす」
「旗を取ってくれ」
ルカの顔が笑った。
「了解っす!」
次にしえるを見る。
「しえる」
「うん」
「俺を壁にしてくれ」
「分かった」
俺は神代へ走った。
「佐川君!」
魔力弾。
ヒュンッ!
右へ。
二発目。
ヒュンッ!
身体を低く。
三発目。
ドンッ!
肩に直撃。
「ぐっ!」
それでも止まらない。
神代が剣を構える。
キィン!
短剣と剣がぶつかった。
互いの刃が噛み合う。
ギリッ……。
「貴方一人では、僕には勝てません」
「知ってる」
力を込める。
「だから.....」
俺は笑った。
「一人で戦ってない」
その瞬間。
「ストーンウォール!」
しえるの声。
ゴゴゴゴゴッ!!
俺と神代の横。
地面から石壁が一気にせり上がった。
ドォン!
視界が遮られる。
神代の目が動く。
初めて。
その表情から余裕が消えた。
「……!」
俺は身体強化を上げる。
ドンッ!
一歩。
二歩。
神代を押し返す。
神代が下がる。
その背後。
「もらったっす!」
ルカ。
壁の陰から飛び出す。
旗まで三メートル。
二メートル。
一メートル。
神代が振り返る。
「しまっ.....」
ルカの手が旗を掴む。
バッ!
旗が抜かれた。
.....カァン!!
終了の鐘が訓練場全体に響き渡った。
「勝者、佐川チーム!」
静寂。
俺は膝に手をつく。
荒い息が漏れる。
ルカは旗を抱えたまま、満面の笑みだった。
「やったっす!」
しえるも肩で息をしながら笑う。
「勝った……」
俺は二人を見る。
ルカ。
しえる。
二人とも、自分で動いた。
俺は細かい命令を出していない。
それでも。
三人の動きが、今は繋がっていた。
「……これか」
神代が歩いてくる。
額には薄く汗が浮かんでいる。
「負けました」
「……認めるのか?」
「模擬戦ですから。結果を誤魔化す意味がありません」
神代は抜かれた旗を見る。
「最後の判断は良かったです」
「どこが?」
「僕が貴方を読んでいることを、貴方が利用した」
神代はルカを見る。
「そして、ルカが旗を取る」
「そうっす!」
ルカが胸を張った。
「ただ」
神代が続ける。
「一つだけ訂正があります」
「何だ?」
「僕は、負けたとは思っています」
一瞬。
神代が笑った。
「でも、僕が本気で勝ちに行くなら.....今の戦い方はしません」
俺は目を細める。
「……どういう意味だ?」
「今日は訓練です」
神代は訓練場を見回した。
「実戦なら、もっと嫌な手を使います」
ルカが頬を膨らませる。
「怖いこと言うっすねー」
「だからこそ、強くなる必要があります」
神代は俺を見る。
「佐川君」
「なんだ?」
「貴方は、指揮官になれるかもしれない」
「俺が?」
「はい」
即答だった。
「ただし、まだ人を動かすことと、人を信じることの違いを理解していない」
「……」
「今日、貴方は初めて仲間に『自分で考える余地』を与えた」
神代はルカとしえるを見る。
「それは大きな一歩です」
俺は二人を見る。
ルカは笑っている。
しえるも少し照れながら頷いた。
「……俺一人じゃ、勝てなかった」
「そうです」
神代が頷く。
「それを忘れないでください」
俺は拳を握った。
昨日まで。
俺は強くなればいいと思っていた。
敵より強く。
誰にも負けないくらい。
でも。
違うのかもしれない。
強い人間になること。
それだけが答えじゃない。
「神代」
「はい」
「またやろう」
神代が少しだけ目を細めた。
「ええ」
その返事は静かだった。
けれど。
どこか楽しそうだった。
◇◇
訓練場を出る。
外はまだ夕方には早い。
訓練場の扉が閉まると、さっきまで響いていた剣戟や魔力弾の音が一気に遠くなった。
廊下には、静かな足音だけが響く。
ルカが隣を歩いている。
「浩介さん」
「ん?」
「今日、楽しかったっすね」
「俺は疲れた」
「またまたー」
「本当に疲れたんだよ」
「じゃあ、ご褒美に何か食べに行きましょう!」
「お前、昨日も食べただろ」
「成長期っす!」
「……どこが?」
「失礼っす!」
ルカが頬を膨らませる。
俺は思わず笑った。
その隣で、しえるも小さく笑う。
「二人とも、仲良いね」
「そうっすか?」
「うん」
「浩介さん、面倒見いいっすからね」
「お前が勝手についてくるだけだろ」
「それもそうっす!」
三人の笑い声が、長い廊下に響いた。
その少し後ろ。
神代は一人で立っていた。
「……佐川浩介」
静かに呟く。
「面白い人ですね」
その目は、先ほどまでとは違っていた。
評価。
警戒。
そして......
わずかな期待。
「貴方が、どこまで行くのか」
神代は踵を返した。
「見届けてみたい」
その頃。
天宮ギルドから少し離れた建物。
屋根の上を、夕方前の風が吹き抜けていた。
屋根瓦の隙間。
黒い羽根が一枚だけ落ちている。
風が吹く。
ふわり。
羽根が舞い上がる。
そして、その羽根が落ちていた場所。
石造りの壁に、小さな傷が刻まれていた。
三本の線。
その中央に......
赤い円。
それは、まるで誰かが何かを示すために残した印だった。
まだ。
誰も、その意味を知らない。




