第三十三話 戦場を支配する者
あと三話で、四章ですぞ!!!さぁ、踏ん張りどころ。あーよいしょ。
翌日。
俺は天宮ギルドの訓練場に呼び出されていた。
「……なんで俺がここに?」
入口に立ったまま、俺は中を見渡した。
広い。
ただ広いだけじゃない。
訓練場の床一面には、細かな砂利の混じった土が敷かれている。
足を踏み込めば、靴底がわずかに沈む。
その中央には、十数メートルほどの開けた空間。
その周囲を囲むように、高さ一メートルほどの土塁がいくつも並んでいた。
右側には、岩を模した大きな遮蔽物。
左側には、人が一人ずつしか通れない細い通路。
さらに奥には木製の壁が何枚も立ち、視線を遮る迷路のような区画まで作られている。
まるで――
小さなダンジョンだ。
ただの戦闘訓練ではない。
「……本格的だな」
隣にいたしえるが、おそるおそる辺りを見回した。
「ここ……本当に訓練場?」
「たぶんな」
その横で、ルカが目を輝かせる。
「うわー……広いっすね!」
「なんでお前もいるんだ」
「ひまなんすよー」
「理由が雑すぎるだろ」
「でも面白そうじゃないっすか」
そう言って笑っている。
暇だから来たという割には、完全に楽しみに来ている顔だ。
「ここは新人冒険者の連携訓練に使われています」
背後から声がした。
振り返る。
黒髪の少年が立っていた。
細身。
武器を持っている。
けれど、その構えには力みがない。
肩も落ちている。
足も自然に開いている。
なのに.....隙がない。
特に目。
静かだった。
「初めまして。神代朔です」
「佐川浩介」
「知っています」
神代は軽く頭を下げた。
そしてルカへ視線を移す。
「それから、火野ルカ」
「はいっす!」
「君は僕のパーティメンバーだから、改めて名乗る必要はないね」
「そうっすね」
ルカが笑う。
俺は二人を交互に見る。
「……え?」
「どうしました?」
「お前、神代のパーティ入ってるの!?」
「そうっす」
「……」
初耳だった。
色々言いたい。
だが、聞いてもルカは「そうっすね」で終わらせる気がする。
俺は諦めた。
神代が話を続ける。
「今日はギルドから頼まれた共同訓練です」
「俺が一人で潜ってるから?」
「それもあります」
神代は少しだけ間を置いた。
「でも、それだけじゃない」
「……?」
「貴方は、一人で戦うときの判断が妙に速い」
「褒めてる?」
「評価しています」
即答だった。
「ただし....」
神代の視線が訓練場中央へ向く。
「集団戦ではどうなるか分からない」
「どういう意味だ?」
「見れば分かります」
神代が手を上げる。
その先。
訓練場の中央に、五人の冒険者が立っていた。
剣士が二人。
盾を持った男が一人。
後方には杖を持つ魔法使い。
さらに、その後ろには弓を構えた少女。
全員、俺たちとそう年齢は変わらない。
だが、立ち位置が違う。
剣士二人が前。
盾役がその少し後ろ。
魔法使いと弓使いはさらに後方。
一人ずつなら、そこまで脅威には見えない。
でも......
五人で一つの形を作っている。
「彼らはギルドの新人チームです。全員Dランク前後」
「強いのか?」
「一人ずつなら、突出した人はいません」
神代は淡々と答える。
「ですが、五人で動けば話は変わります」
なるほど。
「模擬戦?」
「はい」
神代は地面に立てられた二本の旗を指した。
訓練場の両端。
俺たちの陣地と、相手の陣地。
「相手陣地の旗を取る。もしくは相手全員を行動不能にする。どちらかで勝利です」
「時間制限は?」
「三十分」
「武器は?」
「模擬武器と魔力弾。殺傷力はありません」
「つまり、本物の戦闘に近い訓練ってことか」
「そうです」
神代が俺を見る。
「ただし、一つだけ」
「何だ?」
「僕たちのチームには僕も入ります」
ルカが笑った。
「神代、手加減しないんすか?」
「する必要がありますか?」
「ないっすねー」
「……お前ら仲いいな」
思わず呟く。
神代は微笑むだけだった。
「……やってみるか」
◇◇
開始位置へ移動する。
俺たちは三人。
俺。
ルカ。
しえる。
対して相手は六人。
神代と新人五人。
人数差は倍。
真正面からぶつかれば、それだけで不利だ。
俺は開始地点から訓練場を見渡した。
俺たちの陣地から敵陣までは、およそ三十メートル。
その間に、高さ一メートルほどの土塁が三つ。
右側には岩を模した遮蔽物が四つ。
左側には細い通路。
中央には木製の壁が二枚。
そして一番奥。
敵陣の旗が立っている。
風に揺れる赤い布が見えた。
「浩介くん」
しえるが小さな声で言う。
「どうする?」
俺は敵を見る。
神代は中央より少し後ろ。
前衛二人はその前。
盾役はさらに中央。
後衛二人は敵陣寄り。
明らかに、俺たちが正面から来ることを想定した配置だ。
「しえるは後ろ」
「うん」
「ルカは右から回ってくれ」
「了解っす」
「俺は正面から行く」
ルカが首を傾げる。
「浩介さん、一人で?」
「ああ」
「危なくないっすか?」
「敵を引きつけるだけだ」
俺は正面を見る。
「それなら俺が一番向いてる」
しえるが少し不安そうに俺を見る。
「無理しないでね」
「分かってる」
.......カァン!
開始の鐘が鳴った。
俺は地面を蹴った。
身体強化。
脚に力を込める。
ズンッ!
靴底が土へ沈み、踏み込んだ場所から砂が後ろへ跳ねる。
一気に十メートル。
十五。
二十。
敵の前衛が見えてくる。
その瞬間。
「.....来た!」
後衛の声。
ヒュッ!
空気を切り裂く音。
一発。
俺の左肩を狙ってくる。
身体を右へ。
二発目。
今度は胸。
上体を沈める。
三発目。
脚。
俺は踏み込みを止めず、そのまま正面の土塁へ飛び込んだ。
ドドドッ!!
魔力弾が土塁へ突き刺さる。
土が弾け、細かな砂が顔に当たった。
「……なるほど」
俺は土塁の裏から敵陣を見る。
前衛は左右。
盾役は中央。
後衛はそのさらに奥。
正面から進めば、前衛が止める。
そこで足を止めれば、後衛が削る。
さらに下がれば、神代がこちらの動きを読んでくる。
「しえる!」
「はい!」
後方。
しえるが杖を構える。
「ストーンウォール!」
ゴゴゴゴゴ……!!
地面が震えた。
俺たちの正面。
土の下から大量の石がせり上がり、三メートルほど先に高さ二メートル近い石壁が形成される。
ドォン!
俺と敵の間から壁が立ち上がった。
敵の後衛から見れば、俺の姿は完全に消えた。
「今だ!」
俺は右を指した。
「ルカ!」
「了解っす!」
右側。
ルカが走る。
土塁の陰を利用し、遮蔽物から遮蔽物へ。
一つ目。
タッ!
二つ目。
タッ!
三つ目。
そのまま敵陣の側面へ回ろうとした。
だが.....
「右!」
神代の声が響いた。
「二人!」
ルカの進行方向。
二人の剣士が、すでに右側へ回り込んでいた。
「……読まれた?」
ルカの足が止まる。
ほんの一瞬。
その瞬間だった。
ヒュンッ!
魔力弾。
ルカが身体を捻る。
一発。
避けた。
だが.....
二発目。
ドンッ!
肩に直撃。
「ぐっ!」
赤い判定光が肩に灯った。
「ルカ!」
「まだいけるっす!」
ルカは肩を押さえながらも止まらない。
敵の剣士二人が左右から挟むように距離を詰めていく。
「無理するな!」
「大丈夫!」
俺は土塁から飛び出した。
ルカを追っている二人。
なら.....
「しえる、左!」
「え?」
「壁を二枚!」
「分かった!」
杖が振られる。
ゴゴンッ!
俺たちの左。
さらにその奥。
石壁が二枚、斜めに立ち上がる。
敵の前衛と後衛の間に壁ができた。
魔法使いの視界が切れる。
弓使いの射線も消える。
ほんの数秒。
それだけで十分だった。
俺は中央へ走る。
「佐川君」
神代の声。
「正面から来ます」
次の瞬間。
二人の剣士が俺の前へ現れた。
一人は俺の右。
もう一人は左。
距離は約二メートル。
逃げ道を挟むような配置だ。
「……!」
右の剣士の肩が沈んだ。
横薙ぎ。
ブォンッ!
俺は身体を後ろへ引く。
刃が目の前を通り過ぎる。
その直後。
左。
突き。
「おりゃっ!!!」
シュッ!
身体を捻る。
剣先が頬を掠めた。
「速い……!」
一人なら対応できる。
でも。
「挟む!」
二人が同時に動いた。
右から一人。
左から一人。
俺の背後には土塁。
左右には敵。
正面には盾役。
逃げ道が.......ない。
「……っ!」
右の剣士が踏み込む。
俺は腕を外側へ弾いた。
キィン!
刃が逸れる。
だが、その瞬間。
「もらった!」
正面から盾役が突っ込んできた。
ドゴッ!
盾が迫る。
俺は身体を捻る。
ガンッ!!
盾の縁が肩を掠めた。
衝撃で身体が横へ流れる。
足元の土が大きく沈む。
「重い……!」
そこへ。
ヒュンッ!
魔力弾。
一発。
肩。
二発目。
脚。
ドンッ!
身体がよろめいた。
「佐川君」
神代の声がする。
「貴方は、強い」
俺は歯を食いしばる。
「でも......」
ヒュンッ!
さらに一発。
俺は横へ飛んだ。
直後。
ドォン!
魔力弾が土塁を砕いた。
土煙が舞い上がる。
視界が白く染まる。
その中で、俺は気づいた。
こいつら。
俺を倒そうとしているんじゃない。
俺を......
『動かしている。』
俺が右へ逃げる。
そこには剣士。
左へ逃げる。
盾役。
前へ出れば後衛。
下がれば土塁。
俺が選んだ場所に、次の敵がいる。
俺は敵の中にいるんじゃない。
敵が作った場所にいる。
「……くそ!」
一歩遅れた。
背後から腕を掴まれる。
「捕まえた!」
「離せ!」
身体を捻る。
だが、その瞬間。
ヒュンッ!
背中へ魔力弾。
ドンッ!
赤い判定光が一気に広がった。
さらに
ドン!!ドン!!!
二発
『行動不能』
......カン。
停止音。
「そこまで!」
俺はその場に膝をついた。
荒い息。
汗が首筋を伝う。
周囲には、さっきまでの戦闘の跡が残っている。
崩れた土塁。
削れた地面。
砕けた石壁。
舞い上がった砂が、まだゆっくりと落ちていた。
三十分どころか。
十分も経っていない。
完敗だった。




