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第三十二話 残響【後半】

前半後半に分けて多少内容を変更しました。





右足が....引かれた。


「来る!」


俺は踏み込んだ。


ホブゴブリンの肩が沈む。


骨の棍棒が振り上がる。


俺は、その右足だけを見る。


次の瞬間。


ブォンッ!!


棍棒が横薙ぎに振り抜かれた。


俺は身体を沈める。


風圧が頭上を抜けた。


そのまま懐へ。


「....今!」


短剣を突き込む。


だが。


ガキィン!!


刃が止まった。


「……っ!?」


皮膚に浅く刺さっただけ。


浅い。


浅すぎる。


ホブゴブリンが俺を見る。


「……マジか」


次の瞬間。


巨大な左手が迫った。


「浩介さん!」


ドンッ!!


俺の身体が横へ吹き飛ぶ。


「ぐっ……!」


床を転がる。


短剣が手から離れた。


カランッ。


「浩介さん!」


ルカが駆けてくる。


「大丈夫っすか!?」


「……大丈夫」


「顔が大丈夫じゃないっす」


「顔で判断するな」


「いや、普通に痛そうっす」


「痛い」


「大丈夫じゃないじゃないっすか」


「動けるから大丈夫だ」


「その理屈、冒険者として一番危ないやつっすよ」


俺は起き上がる。


脇腹が痛い。


肩も重い。


けれど、頭は冷えていた。


今の攻撃。


右足が残った。


確かにそうだった。


だが....


「……違う」


「何がっすか?」


「右足そのものが弱点じゃない」


ルカが首を傾げる。


「じゃあ何なんすか?」


俺はホブゴブリンを見る。


奴はゆっくりとこちらへ歩いてくる。


ズン。


ズン。


そのたびに床が揺れる。


「右足に体重が残るのは、攻撃の後だけだ」


「はい」


「でも、そこを攻撃しても浅かった」


「……じゃあ意味ない?」


「いや」


俺は床を見る。


そして柱を見る。


「違う場所がある」


「どこっすか?」


「足じゃない」


俺はホブゴブリンの右肩を見る。


「腰だ」


「腰?」


「ああ」


棍棒を振った直後。


右足が残る。


そのせいで....


腰の回転が遅れる。


つまり。


「こいつは、攻撃した直後に身体を戻すまで、一瞬だけ時間がかかる」


ルカの目が輝いた。


「……隙っすね」


「ああ」


「じゃあ、そこを狙う?」


「それだけじゃ足りない」


俺は周囲を見る。


四本の柱。


そのうち一本は、さっきの攻撃で大きく削れている。


「……あれを使う」


「柱っすか?」


「ああ」


「壊すんすか?」


「違う」


俺は笑った。


「壊させる」


ルカが数秒黙る。


そして。


「……浩介さん」


「なんだ?」


「悪い顔してるっす」


「そうか?」


「すっごい悪い顔っす」


「気のせいだ」


「絶対楽しんでるっす」


「……ちょっとだけ」


「やっぱり!」


ホブゴブリンが咆哮した。


グオオオオオオッ!!


「来る!」


俺たちは左右へ散った。


ホブゴブリンが俺を追う。


俺は柱の間を走る。


ズン!


ズン!


巨体が迫る。


「こっちだ!」


俺は振り返りながら叫んだ。


短剣を投げる。


狙いは....


ホブゴブリンではない。


柱。


カンッ!


短剣が石柱へ突き刺さる。


「……?」


ルカが遠くから見ている。


「浩介さん、それ意味あるんすか!?」


「ある!」


「どんな!?」


「俺にもまだ分からん!」


「分かってないんすか!?」


「試してる!」


「それを世間では無計画って言うんすよ!」


「うるさい!」


ホブゴブリンが棍棒を振り上げる。


俺は柱の裏へ滑り込む。


「....今!」


ブォンッ!!


棍棒が柱へ激突した。


ズドォン!!


石柱が大きく揺れる。


亀裂が走る。


俺は目を見開いた。


「……やっぱり」


柱が完全に壊れたわけじゃない。


だが。


かなり脆くなっている。


そしてホブゴブリンは....


棍棒を振り切った体勢。


右足が床に残っている。


腰が遅れている。


「ルカ!」


「はいっす!」


ルカが走る。


一直線ではない。


柱を一つ。


二つ。


三つ。


まるで円を描くように走る。


ホブゴブリンがルカを追う。


「こっちっすよー!」


「グオオオオッ!」


「そんなに怒らなくてもいいじゃないっすか!」


「怒らせてるのはお前だろ!」


「作戦っす!」


「分かってる!」


ルカが最後の柱の前を通り抜ける。


ホブゴブリンが追う。


大きく踏み込む。


右足。


肩。


腰。


俺は全部を見る。


「今だ!」


ルカが横へ飛ぶ。


ホブゴブリンの棍棒が振り下ろされる。


ズドォン!!


柱が砕けた。


バキバキバキッ!!


大量の石片が落ちる。


ホブゴブリンが一瞬、顔を上げた。


その隙に。


ルカが柱の影から飛び出す。


「浩介さん!」


俺は走っていた。


ホブゴブリンの右側。


狙うのは足ではない。


腰。


そこへ短剣を突き立てる。


ザシュッ!!


「グオオオオオッ!!」


浅い。


それでも。


ホブゴブリンの身体が揺れた。


俺は離れる。


「まだ!」


ホブゴブリンが振り返る。


棍棒。


来る。


俺は逃げる。


ブォンッ!!


柱。


ズドォン!!


もう一本。


ガラガラガラッ!


石柱が崩れた。


「……二本」


残り二本。


ホブゴブリンは怒り狂っていた。


理性なんてない。


ただ俺たちを叩き潰そうとしている。


それでいい。


怒れば怒るほど....


攻撃は単純になる。


「ルカ!」


「はいっす!」


「次は反対!」


「了解!」


俺が左へ走る。


ルカが右へ回る。


ホブゴブリンが迷った。


どちらを見るか。


ほんの一瞬。


その一瞬で。


ルカがナイフを投げた。


ヒュンッ!


ホブゴブリンの顔へ。


「グオッ!?」


顔を庇う。


その瞬間。


俺が踏み込む。


「....今!」


短剣を突き込む。


ザシュッ!!


今度は深い。


ホブゴブリンの腰へ刃が入った。


「グガァァァァァッ!!」


巨体がよろめく。


だが。


倒れない。


「まだかよ……!」


ホブゴブリンが俺を掴もうとする。


巨大な手。


俺は後ろへ飛ぶ。


指が服を掠める。


「っ!」


もう一歩遅ければ掴まれていた。


掴まれたら終わる。


なら。


もう一度。


同じことをする。


「ルカ!」


「分かってるっす!」


ルカが走る。


だが。


ホブゴブリンも学習していた。


今度はルカを無視した。


俺だけを見る。


「……!」


まずい。


俺を狙っている。


ホブゴブリンが棍棒を構えた。


肩が沈む。


右足が引かれる。


「来る……!」


俺は柱へ走る。


ホブゴブリンが追う。


「浩介さん、そこじゃないっす!」


「分かってる!」


「柱、もうないっすよ!」


「だからだ!」


俺は最後の二本の柱の間へ入る。


ホブゴブリンが踏み込む。


棍棒を振り上げる。


俺はその瞬間、立ち止まった。


「……こい」


ホブゴブリンが吠える。


そして――


振り下ろした。


ズドォォォン!!


石床が砕ける。


俺は横へ飛んだ。


だが。


完全には避けられない。


棍棒が肩を掠めた。


「ぐあっ!」


身体が浮く。


壁へ叩きつけられる。


「浩介さん!」


視界が揺れる。


耳鳴り。


身体が動かない。


ホブゴブリンがこちらを見る。


ゆっくり歩いてくる。


ズン。


ズン。


ズン。


もう一度。


今度こそ。


殺すために。


俺は立とうとする。


脚が震える。


「……動け」


立て。


「動け……!」


手を床につく。


短剣が目の前に落ちている。


あと少し。


ホブゴブリンが棍棒を持ち上げた。


そのとき。


カンッ!


何かが飛んできた。


俺の目の前にナイフが突き刺さる。


「浩介さん!」


ルカ。


「立って!」


俺は顔を上げる。


ルカが.....


笑っていた。


「まだ終わってないっすよ!」


「……」


そうだ。


まだ終わっていない。


俺は立ち上がる。


ホブゴブリンが棍棒を振り下ろす。


「.....っ!」


俺は横へ転がる。


ズドォン!!


棍棒が壁に突き刺さった。


抜けない。


「……!」


俺は目を見開く。


ホブゴブリンが棍棒を引っ張る。


抜けない。


一度。


二度。


三度。


「ルカ!」


「はい!」


「今だ!」


ルカが走る。


俺も走る。


ホブゴブリンが棍棒を抜こうと身体を捻る。


その瞬間。


右足が残った。


腰が遅れる。


身体が開く。


「ここだ!」


俺は懐へ潜り込んだ。


短剣を逆手に持つ。


狙う。


腰。


一撃。


ザシュッ!!


「グオオオオオオッ!!」


ホブゴブリンが身体を折る。


だが。


まだ立っている。


「ルカ!」


「はいっす!」


ルカが背後へ回る。


膝裏。


ザシュッ!


「グアッ!」


片膝が落ちた。


ドンッ!


床が揺れる。


俺はそのまま懐へ入る。


近い。


顔が目の前にある。


濁った目。


牙。


血の臭い。


怖い。


それでも。


短剣を握る。


「……これで」


ホブゴブリンの腕が動いた。


遅い。


もう間に合わない。


俺は身体を捻る。


ガッ!


爪が肩を掠める。


血が飛ぶ。


だが。


止まらない。


「終わりだ!」


短剣を首へ突き込む。


ザシュッ!!


ホブゴブリンの身体が硬直した。


グ……。


喉から、低い音が漏れる。


そして。


ズゥン……。


巨体が倒れた。


地面が揺れた。


しばらく。


誰も動かなかった。


俺は短剣を握ったまま、荒い息を吐く。


「……倒した?」


ルカが遠くから覗き込む。


「倒したっす」


「本当に?」


「たぶん」


「たぶんってなんだよ!」


ルカがホブゴブリンの背中をつんつんとナイフの先で突く。


「……動かないっす」


「怖いからやめろ」


「死んでるっすよ?」


「死んでるのは分かってる!」


「じゃあ大丈夫っす」


「そういう問題じゃない」


ルカが笑う。


俺も思わず笑った。


「……疲れた」


「私もっす」


ルカがその場に座り込む。


俺も壁に背中を預けた。


肩が痛い。


脇腹も痛い。


身体中が重い。


それでも。


生きている。


そして。


勝った。


力ではない。


レベルでもない。


敵を見た。


地形を見た。


攻撃を見た。


失敗した。


そこから考えた。


そして....


二人で倒した。


「浩介さん」


「ん?」


「今日のは、攻略っすね」


「ああ」


俺は倒れたホブゴブリンを見る。


「……攻略した」


その言葉が、妙に嬉しかった。


そのとき。


視界の端に文字が浮かぶ。


《第十階層ボス討伐》


《初回討伐報酬を獲得しました》


「……」


「どうしたっすか?」


「報酬が出た」


「おお!」


ルカが立ち上がる。


「何っすか!?」


「まだ開いてない」


「早く開くっす!」


「なんでお前が楽しみにしてるんだよ」


「宝箱とかワクワクするじゃないっすか!」


「……まあ、それは分かる」


俺は表示に触れた。


《初回討伐報酬》


《経験値+100》


《第十階層踏破権限を獲得》


《特殊報酬――》


そこで表示が止まった。


「……?」


《条件達成を確認》


《特殊報酬を変更します》


「……変更?」


俺が呟いた瞬間。


画面が一度、暗転した。


そして。


《特殊報酬》


《????》


「……なんだ、これ」


ルカが横から覗き込む。


「バグっすか?」


「知らない」


《取得条件を満たしていません》


「じゃあ何で表示したんすか?」


「俺に聞くな」


《――残響を確認》


その文字を見た瞬間。


背筋が凍った。


「……残響?」


どこかで聞いたことがある。


いや。


聞いたことがあるどころじゃない。


知っている。


そう思った瞬間。


頭の奥で.....


声が響いた。


『佐川浩介を殺せ』


「.....っ!」


俺は頭を押さえた。


赤い。


一瞬だけ。


視界が赤く染まる。


巨大な階段。


何層も続く。


その先に.....


誰かがいる。


「浩介さん?」


ルカの声で、現実へ引き戻された。


「……なんでもない」


「顔、真っ青っすよ」


「大丈夫だ」


「今日それ何回目っすか?」


「……」


「大丈夫じゃない人の台詞ランキング一位っすよ」


「うるさい」


俺は立ち上がる。


そして。


ボス部屋の奥を見る。


さっきまで閉ざされていた石扉が、ゆっくりと開いていた。


ゴゴゴゴゴ……。


「……行くぞ」


「休まないんすか?」


「少しだけ」


「ですよね!」


俺たちは奥へ進んだ。


◇◇


夕暮れ。


天宮ギルド。


帰還した冒険者たちの声が飛び交っている。


受付の向こうから、白雪ゆあがこちらを見つけた。


「佐川さーん!」


「……」


「またボロボロじゃないですか!」


「そうか?」


「肩から血が出てます!」


俺は肩を見る。


「ああ」


「『ああ』じゃないです!」


ゆあがカウンターから飛び出してくる。


「治療室!」


「大丈夫だ」


「駄目です!」


「動ける」


「その理屈は禁止です!」


「……ルカ」


「はい?」


「お前からも言ってくれ」


ルカは少し考えて。


「治療室、行った方がいいっすよ」


「裏切ったな」


「私はいつでも正義側っす」


「さっき戦闘中にナイフ投げてきただろ」


「結果オーライっす」


「結果オーライで済ませるな」


ゆあが呆れた顔をする。


「……本当に仲良いですね」


「どこが?」


「息ぴったりですよ」


「「そうっすか?」」


二人同時に言った。


ゆあが吹き出した。


「ふふっ……」


「笑うところか?」


「いえ、すみません」


受付へ戻ると、俺は討伐記録を提出した。


「第十階層ボス……」


ゆあが書類を見る。


「二人で討伐?」


「ああ」


「……」


ゆあが顔を上げる。


「本当に?」


「本当だ」


「すごいですね」


「……そうか?」


「はい」


その言葉に、俺は少しだけ嬉しくなった。


だが。


「ただし」


ゆあが指を立てる。


「十階層を越えたからって、調子に乗らないでくださいね?」


「分かってる」


「レッドゲート以上は別物です」


その言葉を聞いた瞬間。


胸の奥が痛んだ。


赤。


暗闇。


あの声。


『佐川浩介を殺せ』


「……ああ」


俺は短く答えた。


ゆあが不思議そうに俺を見る。


「佐川さん?」


「なんでもない」


そのままギルドを出た。


外は夕暮れだった。


空が赤く染まっている。


その赤を見た瞬間。


「……っ」


まただ。


頭の奥がざわつく。


誰かがいる。


見られている。


俺は反射的に屋根を見る。


だが。


何もいない。


ただ。


屋根の端に.....


一枚の黒い羽根が落ちていた。


俺はそれを拾わなかった。


ただ。


遠くから、誰かの声がした気がした。


『まだだ』


俺は振り返る。


誰もいない。


「……」


ルカが隣に立つ。


「どうしたっすか?」


「いや」


俺は空を見る。


夕暮れの赤が、ゆっくりと夜へ沈んでいく。


「……帰ろう」


「はいっす」


俺たちは歩き出した。


その背中を....


ギルドの向かいにある建物の屋根から、一人の少年が見下ろしていた。


紫色の髪。


細身の身体。


少年は、楽しそうに笑っている。


「なるほどねぇ」


その視線の先には、浩介。


「十階層を突破したか」


少年は指先で黒い羽根を弄ぶ。


「でも」


笑みが消える。


「まだ、思い出してない」


夕暮れの風が吹く。


少年の髪が揺れた。


「なら......」


少年は空を見上げた。


「もう少しだけ、遊んでもらおうかな」


その瞬間。


黒い羽根が、風に乗って舞い上がる。


そして。


誰もいない屋根の上に.....


少年の姿だけが消えた。


残ったのは。


一枚の黒い羽根。


そして。


誰にも聞こえないほど小さな声。


『残響は、まだ消えない』


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