第二話 ソシャゲ課金のために薬草を摘みに行く
くろねこドリルです
「ふぁぁ……もう朝か」
昨夜は期間限定イベントに備えて、ソシャゲの育成をしていたせいで寝不足だ。
眠い目をこすりながらリビングへ向かう。
「浩介、ニュース見た?」
朝食を並べながら母さんがテレビを指差した。
「ん? まだ」
画面には、昨日から続くダンジョン関連のニュースが流れている。
『全国各地で発生したダンジョンについて、政府は冒険者制度を本格的に――』
「学校、休みにならないかしらねぇ」
母さんは心配そうに呟いた。
「大丈夫じゃない?」
大人たちがこぞってモンスター討伐に参加しているおかげで、今のところ大きな被害は出ていないらしい。
世界は大変なことになっている。
……でも、俺にはあまり関係ない。
「じゃ、行ってきます」
「気を付けてね」
母さんに見送られ、俺はいつも通り学校へ向かった。
◇
教室に入ると、予想通り話題はダンジョン一色だった。
「昨日ゴブリン倒した!」
「俺、レベル上がったぞ!」
「新しいスキル覚えた!」
そんな会話を聞き流しながら、俺はスマホを取り出す。
まずはログインボーナス。
これだけは世界が変わっても欠かせない。
「おっはよー! 浩介!」
聞き慣れた声と共に、透が勢いよく教室へ入ってきた。
「おはよ」
「聞いたか?」
「何を?」
「金だ」
「……は?」
思わずスマホから顔を上げる。
透は満面の笑みを浮かべていた。
「金が稼げる」
「何の話?」
「聞いて驚け。モンスターを倒さなくても、俺たちは冒険者になれる」
「いや、急に詐欺師みたいなこと言うなよ」
「失礼な。俺は健全な情報屋だ」
「自分で言うか」
透は得意げにスマホを見せてくる。
「ほら、これ」
画面にはギルドの掲示板。
そこには薬草採取の依頼情報が載っていた。
「ダンジョン周辺に薬草が出現してるらしい。それをギルドに売れば金になる」
その瞬間。
俺の頭の中に、現在開催中の限定ガチャが浮かんだ。
あと二万円。
それだけあれば天井まで届く。
「……放課後、空いてるか?」
「やっぱり食いついた!」
透がニヤリと笑う。
「さすが廃課金戦士。金の匂いには敏感だな」
「誰が廃課金戦士だ」
「先月、限定キャラ引くために食費削ってた奴」
「……」
否定できない。
「まあいいじゃん。世界が変わっても趣味は大事だぜ?」
透は親指を立てる。
「ちなみに俺は新しい剣買いたい」
「お前もじゃねぇか」
俺たちは顔を見合わせる。
目的は世界を救うことじゃない。
課金資金と装備資金を稼ぐことだった。
放課後。
俺と透はスマホで薬草の採取場所を探していた。
「どこがいいかなぁ」
「ダンジョンから少し離れた場所でいいんじゃね?」
「確かに。危険も少なそうだし」
まだ開拓されていない場所なら、薬草も残っているだろう。
「じゃあ行くか」
透と二人、西区に発生したダンジョン方面へ向かった。
◇
「ここか」
俺と透が辿り着いたのは、西区にある小さな森だった。
ダンジョンが発生した場所からは少し離れているためか、周囲には人の気配も少ない。
「本当にここで大丈夫なのか?」
俺が聞くと、透はスマホを片手に自信満々に頷いた。
「大丈夫大丈夫。俺の情報網を信じろ」
透は自信満々に胸を張る。
「ちなみに、その情報網って何?」
「冒険者掲示板、SNS、あと昨日知り合った冒険者のおっちゃん」
「最後だけ妙に生々しいな」
「情報収集は足で稼ぐ時代だろ?」
「いや、絶対お前暇なだけだろ」
「失礼だな。俺は世界の最先端情報を追っている」
「昨日は何してた?」
「三時間くらい掲示板見てた」
「暇人じゃん」
俺は周囲を見渡す。
「……っていうか普通の森だな」
「だな」
木々が生い茂り、鳥の声が聞こえる。
世界にダンジョンが現れたなんて嘘みたいな、いつも通りの自然風景だった。
「ほら、あった」
透が足元を指差す。
そこには小さな緑色の葉をつけた植物が生えていた。
「これが薬草?」
「らしい」
「ただの草にしか見えないけど」
「ゲームでもそういうもんだろ」
確かに。
名前が表示されなければ、ただの雑草にしか見えない。
俺たちは適当にしゃがみ込み、薬草採取を始めた。
◇
しばらくして。
「結構あるな」
「お、またあった!」
透は薬草を見つけるたびにテンションが上がっていた。
「今日だけで金持ちじゃね?」
「この程度で金持ちは安いな」
「違う違う。この調子なら毎日来れば月収数十万ぐらいいくんじゃね?!」
「皮算用にも程がある」
「俺もう将来会社辞めるわ」
「まだ高校生だろ」
「じゃあ就職しない!」
「親が泣くぞ」
透は満足そうにリュックへ薬草を詰め込んでいる。
俺も黙々と拾っていく。
「これだけあれば結構な金になるんじゃないか?」
「だな。限定ガチャ、間に合うかも」
「それ重要だな」
世界の危機より、今はそっちの方が重要だった。
そう思って、再び薬草へ視線を戻す。
◇
少し離れた場所では、数人の初心者冒険者がモンスターと戦っていた。
「くそっ! 動きが速い!」
相手は小型のゴブリン。
初心者向けとはいえ、初めて戦う人間には十分脅威だった。
「任せろ!」
弓を持った少年が後方へ下がる。
「援護する!」
狙いを定め、矢を放つ。
しかし。
「しまった!」
ゴブリンが直前で動いた。
矢は標的を外れる。
そして――
ヒュンッ。
一直線に森の奥へ飛んでいく。
その先には。
薬草を摘んでいる浩介がいた。
「危ない!!」
冒険者が叫ぶ。
だが。
浩介は反応しない。
矢の存在すら気付いていない。
「……あ」
浩介は突然しゃがみ込んだ。
「こっちの方が葉っぱ綺麗だな」
ただ、目の前の薬草を摘んだだけだった。
その瞬間。
ヒュッ。
矢が頭上を通り抜け、後ろの木に深々と突き刺さる。
ドスッ。
「…………」
冒険者たちは絶句した。
「今……」
「避けた?」
誰かが呟く。
「あいつ、矢を見てもいなかった」
弓を持った少年が青ざめる。
「避けたんじゃない」
「あれは……」
「当たらなかったんだ」
まるで最初から、そこに矢が通らないことが決まっていたかのように。
浩介は何も知らず、薬草を袋へ入れる。
「透、こっち結構あるぞ」
「お、マジか!」
透が駆け寄ってくる。
ふと、木に刺さった矢を見る。
「あれ?」
「ん?」
「誰か狩りでもしてたのか?」
「じゃね?」
「危ねーな。」
「ほんとだな。」
二人はそれ以上気にも留めず、
また薬草を摘み始めた。
◇
ギルドへ戻り、薬草を換金する。
受付のお姉さんは、薬草を確認して何度も首を傾げていた。
受付のお姉さんが急に顔を上げた。
「失礼ですが…。」
「はい?」
「採取場所、西区の小森林ですよね?」
「そうです。」
受付は隣の職員を見る。
「やっぱり…。」
「どうしたんです?」
「つい十分ほど前、あの周辺でオークの目撃報告が複数入りまして…。」
「え?」
透が固まる。
「マジ?」
「遭遇しませんでした?」
「……いや?」
浩介と透は顔を見合わせる。
「草しか見てないな。」
「俺も。」
受付のお姉さんは黙った。
「薬草の鑑定が終わりました…。」
「ありがとございます」
俺は薬草を見る。
普通の草にしか見えない。
「まぁ、普通の草にしかみえないよな」
「うん。」
俺は、即答した。
◇
買い取り金額は、一人二万二千円。
俺と透は顔を見合わせる。
「よっしゃ!」
これで限定ガチャが回せる。
最高の日だ。
その頃。
ギルド本部。
「現場には戦闘痕がありません。」
「死体も?」
「ありません。」
「血痕は?」
「ありません。」
「……つまり」
「説明がつきません。」
職員たちは顔を見合わせた。
誰一人として、その現象を理解できなかった。
◇◇◇
その頃帰宅した浩介は、いつものように涼しげな顔をしていた。
「よし。」
買い取ってもらった金をチャージする。
「これで天井まで届く」
世界は大変らしい。
でも今の俺には、
限定キャラの方が大問題だった。
その頃――。
黒い鏡に、西区の森が映る。
森の中を無数の影が駆け抜けていく…
それを見た男は静かに目を閉じる。
「……」
その男は、そっと鏡を消した。
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