第一話 朝起きたらステータスが表示されていた件
くろねこドリルです。
朝、目が覚めると、視界の真ん中に奇妙な半透明のウィンドウが浮かんでいた。
【ステータス】
体力:10
攻撃:10
防御:10
魔力:10
スキル:
「……なんだこれ」
「……。」
「……寝ぼけすぎだろ」
俺はウィンドウを閉じる。
「昨日ガチャ爆死したせいだな」
そう結論づけた俺は深く考えるのをやめ、ウィンドウを閉じて布団をかぶった。
◇◇◇
――次に目を覚ますと、さっきの画面は綺麗さっぱり消えていた。
「やっぱり夢か……」
小さくあくびをしながら制服に着替え、俺はいつもの時間に家を出る。
いつもの通学路を歩き、いつものように学校へ向かった。
◇◇◇
キーンコーンカーンコーン――。
昼休みを知らせるチャイムが鳴る。
教室では机を寄せ合う音があちこちで響き、賑やかな空気に包まれていた。
そんな中、俺は窓際の席で、日課のソーシャルゲームを起動する。
「あー、今日のデイリーミッション、ちょっと面倒くさいな……」
画面をタップしながら呟いた、その瞬間だった。
ガラッ!
勢いよく教室のドアが開く。
「浩介ぇぇぇぇ!!」
「デイリー中。」
「世界変わるぞ!」
「あと二分。」
「ダンジョンが出た!」
「いつまでのイベント?」
「ゲームじゃねぇ!」
「じゃあ興味ない。」
「なんでだよ!!」
「普通もっと驚くだろ!」
「限定ガチャの方が重要。」
「終わってんな!」
やたら元気な声とともに、親友の透が飛び込んできた。
小さいころからの幼馴染で、もう十四年の付き合いになる。
気付けば、ずいぶん長い腐れ縁だ。
「気をとりなおして、おはよう。」
「へいへい、おはよ」
透に向き直って挨拶をする。
もう昼だぞ。
そんな言葉を飲み込みながら、スマホから目を離さずに返事をする。
「おい浩介! またぼーっとしてるだろ! ていうか、朝のニュース見てないのか!?」
透は興奮を隠しきれない様子で、俺の机へ身を乗り出してきた。
「悪い、ゲームしてた。朝? 何かあったのか?」
世間では何やら大騒ぎらしい。
だが、クラスの平均値――いや、自他ともに認める"モブ"の俺には、きっと関係ない話だ。
「街の中にさ、突然『ダンジョン』が出現したんだってよ!」
「ダンジョン? またネットのデマだろ」
俺が冷めた返事をすると、透は「違う違う!」と首を振る。
「ダンジョンねぇ……」
その言葉で、今朝見た妙なウィンドウを思い出した。
……まぁ、ただの偶然か。
「いや、マジなんだって! ほら、こうやるんだよ!」
透は得意げに右手を前へ突き出す。
「オープン! ……あれ?」
何も起きない。
「ちぇっ。じゃあ、もう一回!」
大きく息を吸い込む。
「ステータス・オープン!!」
ピロン――。
軽い電子音とともに、透の目の前へ青いウィンドウが現れた。
「お、おおっ!?」
本人ですら驚いたように目を丸くする。
それでもすぐにニヤリと笑い、俺を見た。
「浩介! 世界が変わるぞ、これ!」
「……俺は今日の昼飯のメニューが変わらなければ、それでいいよ」
そう返しながら、俺も試しに小さく呟く。
「ステータス・オープン」
……。
…………。
何も起きない。
俺の目の前には、何一つ表示されなかった。
◇◇
放課後。
スマホであちこち調べていた透によると、ダンジョンの出現は日本だけの話ではなく、世界規模の現象らしい。
ニュースでは政府が急遽『冒険者ギルド』を設立し、ダンジョンの管理に乗り出すと大騒ぎになっていた。
「とりあえず、明日登録に行こうぜ、浩介!」
「俺の伝説が始まる!!!」
俺のステータスが開かなかったことなど、透はもうすっかり忘れている。
一人で勝手に盛り上がっていた。
◇◇◇
クラスメイトが帰った教室。
俺は誰もいないのを確認すると、小さく呟く。
「ステータス・オープン」
――ピロン。
【ステータス】
体力:10
攻撃:10
防御:10
魔力:10
スキル:
「なんだ、ちゃんと開くじゃん」
画面を指でつついてみる。
やっぱり今朝見たものと同じだ。
代わり映えのしない数字。
「スキルもなし、か」
苦笑しながら肩をすくめる。
「まぁ、才能がないってことだな。透は何かスキルあったのか?」
「俺? 『バリアブルアタック』と『身体強化』!」
「へぇ、強そうだな」
どうやら俺は、逆立ちしても冒険者向きではなさそうだ。
まぁ、付き合いだ。
明日は冷やかし半分でギルドとやらに行ってみるか。
◇◇◇
翌日――。
学校は朝からお祭り騒ぎだった。
「俺、火属性魔法の適性あった!」
「見て! 回復スキル引いた!」
教室のあちこちで歓声が飛び交う。
そんな中、俺は机に突っ伏したまま、黙々とソーシャルゲームのデイリーミッションを消化していた。
世界のイベントは、ゲームの中だけで十分なんだけどな……。
◇◇◇
放課後。
約束どおり、透と一緒に新設された冒険者ギルドへ向かう。
しかし、そこには想像以上の光景が広がっていた。
「浩介!俺たち最強パーティだ!」
「浩介!」
「ん?」
「サインの練習しといた方がいい。」
「なんで。」
「勇者になると忙しいからな。」
「まだ受付もしてない。」
「ほら。」
「何書いてる。」
「『世界を救ってくれてありがとう』透
」
「自分で書くな。」
「それにしてもなっげぇーーっ!!」
改めて列を見た透は、言う。
「だが、この列、将来予定されている俺のサイン会の列より短いな。」
「一生来ないから安心しろ。」
俺は、呆れたようにツッコミを入れる。
建物の前には、見渡す限りの長蛇の列。
騒動を防ぐため、自衛隊の車両や警備員まで配置されている。
「これは帰る頃には日が暮れそうだな」
「逆にワクワクするじゃん!」
透は緊張するどころか、終始楽しそうだった。
列の少し前では、特設ステージのような場所に人だかりができている。
どうやら世界でも数人しかいない超希少スキル『勇者』を持つパーティーが、テレビの取材を受けているようだ。
「すっげぇ……本物の勇者だ。」
透は目を輝かせる。
「テレビの有名人って感じだな」
世界を救う主役たち。
俺たちみたいな一般人とは、最初から住む世界が違う。
◇◇◇
「はい、次の方どうぞー!」
ようやく受付の順番が回ってきた。
「浩介! 測定だ!」
透が大きな水晶へ手をかざす。
ピカッ――。
水晶がまばゆく輝いた。
「Dランクですね! 初日としてはかなり優秀ですよ!」
受付のお姉さんが笑顔になる。
「よっしゃ! Dだ!」
透はガッツポーズを決める。
「ほら浩介、お前も!」
「はいはい……」
俺も水晶へ手を伸ばした。
……。
…………。
何も起きない。
水晶は曇ったガラス玉のまま、ぴくりとも反応しなかった。
受付のお姉さんは少し困ったように笑う。
「えっと……Fランクですね。貢献度によってランクアップできますので、これから頑張ってください!」
「Fか……」
苦笑いしか出ない。
ソシャゲ好きとしては、一度くらい人生をリセマラしてみたい気持ちもあった。
でも、現実なんてこんなものだ。
「じゃ、帰るか」
「俺は英雄になる!」
「俺は帰る。」
「なんでだ!」
「明日イベント更新。」
登録を終えると、透はステータスの高さを見込まれ、そのままダンジョン攻略チームの集会へ向かっていった。
俺は一人で帰路につく。
◇◇◇
家へ帰ると、まずは日課のソーシャルゲーム。
デイリーミッションを終え、スマホを置く。
やっぱり俺は冒険者には向いていない。
それだけは、よく分かった。
「……夜飯、買いに行くか」
財布だけ持って家を出る。
歩いて十五分ほどのコンビニ。
近いようで、少しだけ遠い距離だ。
外へ出ると、妙に風が強かった。
商店街ののぼりが大きくはためき、立てかけられていた自転車がガシャン、と音を立てて倒れる。
「うわ、すごい追い風……」
背中を押されるような風に乗り、あっという間にコンビニへ着いた。
エナジードリンクと菓子パンを買い、白い袋をぶら下げて帰り道を歩き始める。
◇
同じ頃、商店街の上空は、この世の終わりのような緊迫感に包まれていた。
ゴォオオオオオ――ッ!!
突風が街灯を軋ませ、アスファルトに巨大な影が落ちる。
巨大な翼を広げ、漆黒の鱗をまとった超高ランクモンスター『ドラゴン』が、突如として街の上空に姿を現したのだ。
「西側上空! ドラゴン接近!!」
無線から悲鳴のような怒号が飛ぶ。
先ほどギルド前で取材を受けていた『勇者』は、誰よりも早く現場へ駆けつけ、剣を抜いた。
「一般人の避難誘導を急げ! 結界班、展開はまだか!」
「だ、駄目です! まだあそこに避難が間に合っていない一般人が一人!」
仲間が指差した先を見て、勇者は息を呑んだ。
制服姿の男子高校生が、コンビニの白い袋を片手に、のんびりと商店街を歩いている。
「嘘だろ……気付いてないのか……!?」
ドラゴンはゆっくりと高度を下げる。
巨大な爪が、静かに高校生へ伸びていく。
「間に合えぇぇッ!!」
勇者は空間を蹴り、一気に飛び出した。
――その瞬間だった。
ドラゴンは高校生――浩介の姿を視界に捉えると、ぴたりと動きを止めた。
その巨大な瞳は、じっと浩介を見つめる。
数秒。
まるで何かを懐かしむように。
そして――泣き出しそうなほど切ない表情を浮かべると、静かに翼を翻した。
ゴォォォッ――。
巨大な体は夜空へ舞い上がり、そのまま何事もなかったかのように飛び去っていく。
「……な、なぜだ」
勇者は剣を構えたまま立ち尽くす。
「攻撃を……やめた?」
飛び去るドラゴンの横顔は、どこか悲しげだった。
「おい! あの高校生は無事か!?」
慌てて視線を戻す。
そこには相変わらず、
コンビニ袋をぶら下げながらスマホを眺めて歩く浩介の姿があった。
「よし。今週のウィークリーミッション終わりっと」
浩介は親指で画面を操作する。
「……あ、そうだ。明日は大型イベント更新日だったな。スタミナ残しとかないと」
世界最強のドラゴンと世界最強の勇者が睨み合っていたことなど、知る由もない。
浩介はそのまま鼻歌交じりに夜道を歩き去っていく。
残された勇者は、ただ呆然とその背中を見送ることしかできなかった。
「……俺たちは、助かった……のか?」
浩介はふと足を止める。
「……?」
誰かに呼ばれたような気がして空を見上げた。
夜空には星が瞬いているだけだった。
「気のせいか」
小さく呟くと、再びスマホへ視線を落とす。
そのまま何事もなかったように歩き出した。
夜の商店街には、静かな風だけが吹いていた。
ぜひ感想お待ちしております




