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エピローグ(1)

 噴火から十日後。


 夜、レナードが一人執務室で仕事をしていると、ノックの音が響いた。


 入ってきたのはジュードだった。


 レナードの前に立った彼は、緊張が解けたのか、大きな溜め息を吐いた。そして、凝り固まった肩をほぐすように腕を回した。

 相手が国王であるにも関わらず、随分と気が抜けた態度だった。

 しかも、用事があるからと部屋にやってきたはずなのに、本人は特段話し始めるわけでもなくストレッチをしている。これにはさすがにレナードも片眉を上げた。だが、眉を上げるだけで何も言わなかった。


 噴火の件で、ジュードが国内を走り回っていることは既知のことだった。少しくらい休ませてやるかと思ってのことだった。

 もちろん彼も、国民を落ち着かせるためにこうやって寝る暇もなく働いている。今日だって、「本当に魔女は封印されたのですか」という質問に対し、笑みをもって対応したのだ。


(…思い出したらイラッとするな……)


 思わず筆圧が強くなり、書きかけの書類が破れてしまった。

 レナードはフンと鼻を鳴らした。



 それに、二人の関係は、少し前から進めていたとある計画を通して随分と変わった。


 もともと、レナードは彼のことを気に入っていた。二人とも頭の回転が早いタイプなので、面白いくらいにテンポよく会話が進むのだ。

 しかも、彼の話は無駄がなく、結論もシンプルで分かりやすいうえに的を得ている。レナードは、彼が魔法使いでなかったとしたら、側近として使いたいとすら思っていた。


 レナードなりに、彼のことは信用していた。


 それが計画を推し進めていくなかで、少しずつ上司と部下という関係から、とある一つの目標に向かう同士――“仲間”となった。


 目標という存在はかなり大きく、軽口を言い合えるほどの仲にまで発展した。


 一点、レナードにとって、どうしても許せないことがあるが、それを除けば、彼がどんなことをしようと許していた。

 とは言っても、そこには諦めた、慣れた、という意味合いがとても大きいのだが。

 


 さて、そんな感じで、二人はいつの間にか友人と呼べるような関係になっていた。




 数分後、ストレッチを終えたジュードが、すっきりとした顔で報告した。


「結界に異常はありません。人々も混乱しているようですが、陛下からの声明が行き渡ればそのうち落ち着くでしょう」

「そうか、ご苦労様」


 それを聞いて、レナードも一安心した。

 万が一のことがあれば、ギルダが犠牲になった意味がない。先日の地震の時のように、あと数日もあれば、人々もいつも通りの生活に戻るだろう。


 まるで、何事もなかったかのように。


 そして以前のように、魔女を非難して平然と過ごす日々が訪れるのだろう。


「……」


 どっと疲労が押し寄せてきた。レナードは溜め息を吐きながら、椅子にもたれた。




 先日の出来事が彼の頭を掠める。

 それを、どうしても忘れられなかった。



 被害状況の視察で訪れた先の少女に、満面の笑みで言われたのだ。それはもう、幸せそうに腕いっぱいに花を抱えて笑っていた。


 ――皮肉なことに、青い花を。



『陛下、悪い魔女をやっつけてくれてありがとうございました!』



 ズタズタに心を切り裂かれた気分だった。少女に渡された花束を、震える手で掴んだ。

 


 その場で泣いてしまいそうだった。



 その様子を感極まったと勘違いしたのか、周りが何となく感動ムードになり、おかげで彼は現実に戻ってこれた。

 自嘲の笑いが強ばった笑みに捉えられ、その場は事なきを得た。


 まさか彼が、ギルダのためにせっせと集めていた青い花が、国民には彼の好みとして解釈されていようとは。

 しかも、その優しさがこうやって剣のように傷口をぐりぐりと抉ってくる。


 笑わずにはいられなかった。




「陛下」


 ジュードの問いかけにぼんやりと視線を向ければ、彼はかなり真剣な表情をしていた。


「お聞きしたいことがあります」

「……」


(――ついにきたか)


 実は二人は、噴火が起こってからほとんど会っていない。会ったとしても軽い報告を交わすだけで、今日のように落ち着いて二人だけで会うのは久しぶりだった。

 そのため、レナードは彼が部屋に入ってきた時から、この台詞を想定していた。いや、もっと昔から、想定していた。


 胸元にそっと手を寄せ、目を伏せる。


 そして机の引き出しの一番下から、ボトルとグラスを二つ取り出した。


 少し酒を飲みたい気分だった。

 彼に見せるように軽くボトルを振れば、ジュードは薄く笑みを浮かべた。







 レナードはソファーに腰を沈めながら、手に持ったグラスをくるりと回した。


 彼がギルダを想う時に選ぶ酒だった。

 かなり強いアルコールだが、フルーティーな香りがして爽やかな味わいだ。そんなところがまるでギルダのようで、彼は好きだった。

 ジュードにも彼の意図が伝わったのだろう。一口飲んだその口元は、ほっと緩んでいた。



 少し余韻に浸った後、ジュードはグラスをテーブルに置いて話を切り出した。


「……儀式が終わってから、ずっと疑問に思っていることがあります」


 レナードはくい、と顎を動かした。


「…………本当に、異世界の少女は必要だったのでしょうか」


 その質問に、レナードは目を細めた。


 それを見たジュードは、軽く目を見張った後、視線を落とした。

 唇をぎゅっと噛む。

 彼のなかに言いようのない感情が生まれた。

 怒り、悲しみ、後悔……溢れそうになるそれを、必死で抑え込もうとして体が震えた。




 結論から言えば、彼が言うように、今回の儀式において異世界の少女は必要なかった。


 ギルダの魔力だけで十分賄えるものだった。


 現在のギルダは、千年もの時を経て、何人もの魔女の魔力を扱える存在である。それは、当初のギルダの魔力量を遥かに凌ぐ。結界を強化するのに十分な量を持っていた。

 だから、実のところ、わざわざ異世界の少女を呼び寄せる必要などこれっぽっちもないのだ。むしろ魔力の無駄遣いでしかない。

 これまでの小規模事件のように、こっそりと国王と二人だけで済ませばよいだけなのだ。


 だが、それをしなかったのは――。



「結局、ただのパフォーマンスにすぎない」



「!」


「『地震や噴火といった恐ろしい出来事の原因は魔女であり、その原因は成敗された』――少女の存在は、そうやって国民を安心させるためのパフォーマンスでしかないんだ」

「~~そんなっ……そんなことって……!!」


 ジュードは我慢ならず、声を荒らげた。

 怒りに任せてテーブルに拳を下ろそうとしたところで、ピタリと止まる。


(……恩恵を受けていた俺には、怒る資格なんてない…!)


「……っ」


 行き場のない苛立ちを、そのまま拳に力を入れることで受け流そうとした。


 あの罵声が、殺せという野次が、本当は彼女が聞かなくてよい言葉だったのかと思うと胸が痛んだ。

 彼女が傷つく必要などなかったのだ。

 いくら国民のためだといえど、そうまでして無関係の彼女を巻き込み、救済を強いることは罪ではないのだろうか。

 他者の善意を踏みにじって手に入れた幸せは、果たして本当に幸せだと言えるのだろうか。ジュードには到底理解できなかった。



 ――カタン。



 物音に彼が視線を向けると、レナードがちょうどグラスを置いたところだった。

 やけにその音が響いたのでそのまま見ていると、伏せられていた彼の視線とゆっくり重なり、ジュードは全身を凍りつかせた。



 そこには恐ろしいほどの威圧感と、冷たい眼差しがあったからだ。



 空気が張り詰めたのが分かる。

 ジュードの額からたらりと汗が流れた。


 もちろん彼は、自分に対して怒りの矛先が向けられているわけではないと分かっている。レナードのこれは、彼と同じ種類の苛立ちだ。

 それでも、何と声をかけるべきか躊躇するくらい、目の前の男は静かに憤っていた。


「……ジュード」


 レナードはソファーにもたれかかると手を組んだ。

 その目は真っ直ぐ、ジュードを射抜く。



「だからこそ、我々の計画を早々に進めないといけないんだ」




 計画――それは、ラプタン王国の開国だ。




 彼ら二人は、数年、数十年先の開国を目標とし、秘密裏に取り組んできた。


 開国にあたり、一番必要なのは外界との交通網を用意することだ。

 しかし、この国は山に囲まれているため、人や物の流れを作ることはなかなか難しい。

 険しい山を登り降りするのは危険だ。それが火山であれば尚更である。


 そのため、彼らはまず山をどうにかできないか、方法を探っている段階だった。

 ちなみに、以前ギルダが『ジュードの質問は意図が掴めない』と言っていたのはこれのことである。知らず知らずのうちに、彼女も計画に協力することになっていた。



 この計画を持ちかけたのはレナードだ。


 ただ、当時レナードは、計画の内容について簡単に話しただけで、経緯などの詳細については語らなかった。

 それこそ、この国の真実についてジュードたちに説明した時のように、「今はまだ話せない」と突っぱねた。


 それに対し、ジュードも思うところがなかったわけではない。

 だが、いつまでもギルダに頼りきりという現状を打開したいと考えたからこそ、参加した。


 開国さえできれば、彼女を頼らずとも問題を解決できるようなノウハウを他国から手に入れることができるかもしれない。生み出すことができるかもしれない。

 そう思っていた。



 一応、レナードのそのもったいぶった口振りに、開国には相当な理由があるんだろうとは推測していたが……。


 ジュードは、このタイミングだと思った。



「……以前は教えて下さいませんでしたが、計画について、詳しく聞かせて頂けませんか?彼女が去った今でも無理でしょうか?」

「……」



 沈黙が流れる。


 レナードはグラスに手を伸ばすと、一口、二口と続けて飲み、空にした。


 ジュードにはそれが気合いを入れているように感じた。

 期待感が生まれるのと同時に、酒を飲まなければ話せないほどの内容に、不安が過る。



「……そうだな」


 ジュードが思った通り、レナードは頷いた。


 そして彼は視線を落とすと、指輪をくるくるといじり始めた。

 しばらくの間それを繰り返した後、嘆息混じりに呟く。




「……ギルダの体は、そう長くはもたないだろう」




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