エピローグ(2)
「…え……?」
その言葉に、ジュードは雷に打たれたような衝撃が走った。
(長くは、もたない……?)
俄に信じがたく、聞き違いかと思って頭のなかで反芻した。しかし、何度考え直してもその結果は変わらなかった。
半ば縋るようにレナードを見たが、彼は単にジュードを見つめ返しただけだった。その無機質な目から、これが冗談でも何でもないということを嫌でも悟った。
もっとも、レナードはそういった冗談を言うタイプではない。そんな当たり前のことを忘れてしまうほど、ジュードは動揺していた。
心臓が大きく脈打つのが分かった。バクバクと体全体に響いている。
頭に、一つの結末が思い浮かんだ。
その悲惨な内容に、思わずゴクリと唾を飲みこみ、視線を右往左往させた。
たった今の今まで酒を飲んでいたのに、喉がひどく渇いているようだった。グラスには手を出さず、もう一度唾を飲みこんだ。残念なことに、不快な粘りが喉を占めただけだった。
相変わらず心臓はうるさい。
魔女や国に関する真実を聞いた時、ジュードはすんなり受け止めることができた。
それは、以前よりある程度のからくりを予想していたからだった。驚くアーチーたちを横目に、あぁやはりそうだったかと納得すらしていた。
けれども、さすがにこれは予想外だった。
「……そ、れは……」
――いや、予想外ではない。
彼は、その可能性があることを、何となく気づいていた。桃源郷を何の代償もなく永遠に保ち続けるなど、そんな都合のいい話はない。
ただ、分かっていたが蓋をしていた。
可能性があるというだけで確定ではないし、もしそうだったとしても、いつそういうことになるかは分からない。何千年も先かもしれない。だから敢えて、蓋をしていた。
ジュードはぎゅっと拳を握った。
「……それは、いつか我々は、彼女の手助けを得られなくなるということでしょうか。つま――」
「つまり」
ジュードの言葉を遮るように、レナードは淡々と告げた。
その冷たい瞳は、ジュードの怠惰を見抜いているかのようで、彼はドキリとした。
レナードは一つ、長い瞬きをする。
「このままだと、王国は滅びるだろう」
(……あぁ、やはり――)
ジュードは目を伏せ、俯いた。
想像した結末は間違いではなかった。
体全体にずっしりとした重しがのしかかっているような感覚だった。
そのせいで、ソファーや床に触れる部分はぴったりとくっついている。まるで、溶けて一つになってしまったかのようだった。
体に、力が入らなかった。
*
その後、レナードはギルダの体のタイムリミットについて話し始めた。
彼がそれを知ったのは、聖域に置かれている日記に記載されていたからだ。
はっきりと『あとどれくらいギルダの体がもつかは分からない』と書いてあった。
その証拠となるのが、ギルダの体にポツポツと浮かぶ“痣”だ。
日記によれば、あの痣は先天性のものでも、どこかにぶつけたわけでもない。
突然、現れた。
不思議に思った当時の国王が色々と調べたところ、どうもあれはギルダの体が老朽化――つまり、腐り始めている証らしい。
特に、膨大な魔力を使った際はその反動が大きく、痣がくっきりと浮かび上がる。
なお、痣はランダムに発生するようだ。足などの本人が気づきやすいところだけではなく、背中や首の裏などにもいくつかあった。
「……もしやあの時、陛下が眠るギルダの体を確認していたのは痣を……?」
ジュードの問いにレナードは頷いた。
タイムスリップから帰ってきたギルダの体は、痣がいくつも増えていた。
ギルダの魔力をもってすれば、時間を操ることも可能だ。だが、やはり規格外の魔法には違いないため、その反動は大きい。
正直なところ、タイムスリップは彼女の体にかなりの負担だった。
レナードが確認したところ、痣は今までの倍近くまで増えていた。
薬を与えてもなかなか目覚めなかったのは、体にガタがきている証拠だという。
そもそもなぜ、ギルダの体が、長期間にわたり存命時と変わらない状態を保ち続けることができるのか。
それは単純なことだ。
聖域に安置されているからである。
聖域の特殊性に、時間の経過が遅いという点が挙げられるが、それは肉体保存のためである。それに加え、聖域に溢れている膨大な量の魔力で身体の機能を常時凍結させることで、肉体の寿命を引き延ばしているのだ。
その結果、千年という時を超えて、肉体を完璧な状態で保ち続けることができた。
それならなぜ、腐敗し始めたのか。
それも単純なことだ。
完璧、永久などは夢まぼろしの話でしかなく、ギルダの魔法をもってしても、さすがに限界が近づいているというのが現状だった。
冷凍保存のように、一定条件下に管理するならば永久的な保存も可能だったかもしれない。
しかし、ギルダの場合、オンとオフの状態が何度も切り替わっている。魂の入れ替えという規格外の魔法も、体への負担が大きかった。
そのため、どんなに大切に保存していても、少しずつ劣化してきていたのだった。
そんななかで、今回のギルダは、一人の異世界の魂を呼び寄せるだけでなく、もう一人、その肉体ごと呼ぶという大業を行った。
もちろん、必要なことだ。
けれども、それだけでもかなりの負担だったにも関わらず、ギルダは過去のレナードに会うため、時を操ることにまで手を出した。
完全にキャパオーバーだった。
腐敗は驚くほどに進んでしまったのだった。
「彼女が時を越えたのは、私に原因がある。正直、痣が増えていたことには動揺した」
そう言ってレナードは、自嘲するような薄笑いを浮かべた。
「……」
ジュードは、彼らが過去に出会ったことと、そこで知り得たことについては聞いているが、そこに至るまでの経緯は知らない。だから推し量ることしかできないが、彼の口調から、かなり個人的なことだろうとは思った。
「だが」
突然、声のトーンが変わった。
「これがタイミングなのだと思った」
過去、ギルダと別れたレナードは、すぐに聖域にあるすべての日記を読破した。
そこで痣のことを知った。
この桃源郷が永遠のものではないと知った彼は、とにかく外界との交通手段を用意するべきだと考えるようになった。彼の代で完成させられれば申し分ないが、火山を切り開くのはかなり難航するだろう。そこで、数世代先までを視野に、少しずつ計画を練っていた。
――結局、タイムスリップ後はその計画を早めざるを得ない形になったわけだが。
「ちょうど私の近くには、天才魔法使いと名高い男がいたからな。使えると思った」
レナードは目の前の男を一瞥した。
「目覚めたギルダとお前を会わせ、なるべく多くの魔法を彼女から学ばせようと思った。ゆくゆくは、私の計画に協力してもらおうと。もちろん、ウィスローとグラントもその一端だ」
「……だから、我々に真実を話したのですか」
ジュードはごくりと唾を飲んだ。
それを見た彼は小さく鼻で笑い、頷く。
「あぁ」
「…なるほど……。以前、我々のことを必要だと言っていたのはそういうことですか……」
レナードは軽く肩を竦めて肯定した。
「!」
すると、あることに気がついたジュードが、目を見張って慌てたように問う。
「も、もしや、彼女を早々に聖域から出したのは、そこに理由があるのですか?」
「……ん?そうだな」
レナードが簡単に肯定するので、ジュードは眉間にシワを寄せた。
あの時ジュードは、彼を非難した。そのことを思い出したからだった。
「時間は有限だ。ギルダが目覚めている期間はそう長くはない。私は、早くお前たちを会わせ、魔女の知識を得てほしかった。……しかし、聖域ではそれは不可能だ。だから強行突破にでることにしたんだ」
「……」
ジュードは顔をしかめている。知らなかったこととはいえ、短絡的な自身の言動を恥じた。
素直に謝罪すると、レナードは軽く手を振った。「お前の反応は予想していた」その言葉に、彼は何とも言えない気持ちになった。
レナードは口角を上げた。
「そのために、あの塔はちょうど良かった。第一は、国民向けに魔女を監禁しているとアピールするための仮住まいだが、お前たちの交流の場にもなるからな。実際、かなりの結果を出しただろう。――まぁ、私が想像していたよりも時間がかかったのは誤算だったが」
レナードの皮肉に、ジュードの眉間がピクリと反応した。
ジュードたち三人は始め、ギルダを警戒して魔法から遠ざけていた。結果的にそれは魔力暴走を防ぐためにもなってはいたが、てっきりレナードは、すぐに彼らはギルダから魔法の知識を聞き出すのかと思っていたのだ。レナードのなかで、ジュードとアーチーはかなりの魔法馬鹿に分類されていたのだった。
「……申し訳ありません」
さすがにジュードも彼の考えに気がついた。癪に障ったが事実であるうえに、国王に言えるわけでもないのでぐっと飲み込んだ。
なお、それを見たレナードが鼻で笑ったので、彼のその感情は筒抜けのようだった。
「さて、これで分かっただろう」
少し和らいでいた空気が、レナードの言葉で一気に引き締まった。
台詞は大したことがないのに、それほどの威圧が込められている。
ジュードはハッとして居住まいを正すと、しっかりと目の前の男を見据えた。
その顔には再び真剣みが戻っている。
二人はそのままじっと見つめあった。
不意に、ジュードがニヤリと口角を上げ、大仰に頷いて語り始めた。
「えぇ、えぇ。すべては魔女の庇護下から、我々が巣立ちするためということでしょうか」
レナードはそれに目を細めた。
ふてぶてしさに物言いたい気持ちがないことはないが、彼はジュードのそんな鋭いところが好きだった。
だからこそ、この壮大な計画の協力者としてふさわしいとも思っていた。
自然とレナードも口角が上がった。
そして真似るように大仰に頷いて語る。
「あぁ、そうだ。ギルダが亡くなり、その後の悲劇によってこの国が終わってしまったら、これまでの苦労がすべて水の泡となる。――お前も、大切な彼女の苦労を無駄にしたくはないだろう?」
「!!」
彼がにっこり笑って告げれば、ジュードは目を見開いて口をパクパクと開閉させた。
ジュードは冷や汗をかいた。
慌てて否定しようとしたが、レナードは何かを確信しているようだった。
弁解の余地はないと悟った彼は、諦めたように大きく溜め息を吐いた。やれやれと頭を振って苦笑いする。
「……分かりました。精一杯、努めさせていただきます」
「頼りにしてるよ」
***
ジュードが退出した後、レナードはいつも通り聖域へと向かった。
ギルダに会いに行くのは彼の日課だった。国王となってから、彼女が目を覚ましていた数ヶ月を除き、ずっと続けていることだった。
今日のように、どんなに夜遅い時間でも、疲労で体が悲鳴を上げていても、それを一日足りとも欠かすことはなかった。
彼は毎日、毎日ギルダに話しかける。
楽しいことも、悲しいことも、嬉しいことも、辛いことも。
全部、彼女に話した。
全部、彼女と共有したかった。
「ギルダ、遅くなってすまない」
レナードは持ってきた青い花の束を、眠る彼女の周りにパラパラと散らした。
青い薔薇と勿忘草がぷかぷか揺れる。
今日、彼が用意したのはその二種類だった。
落ちた衝撃で、元々浮かんでいた赤い薔薇が揺れ、彼女の体にぶつかった。それでも彼女はいつものようにピクリともしない。レナードはじっとその様子を見て、溜息を吐――。
吐こうとして、ハッと口を押さえた。
胸元から、名刺入れのような薄いケースを取り出すと、ぎゅっと両手で握りしめた。
ケースは暗い色合いの木材製で、全面にかなり精巧な模様が彫られている。重厚感があり、一目で価値のあるものだと分かった。
レナードはケースを開くと、中から一枚の紙を取り出した。
彼はこれを見つけた際、何重にも保護魔法をかけて頑丈にした。
おかげで破れることも、擦れて文字が消えることもまったくない。もちろん、盗難、紛失対策の魔法もばっちりと施してある。
紙には一言、『笑って!』とあった。
「……ふふ」
それは、別れの日にギルダが悪戯に用意した例の紙だった。彼女は彼のことを想って、こっそりとメッセージを残したのだった。
レナードはあれから、何度もこの紙を見つめては口元に笑みを浮かべている。
ギルダがどんな表情で、どんな気持ちでこのメッセージを自分に残したのかと想像すると、それだけで自然と幸せな気持ちになった。
愛しさが込み上げてきた。
彼は片膝をつけると、泉に浮かぶギルダの左手をそっと掬い上げた。
ちらりとその顔を窺う。
穏やかな表情で眠るギルダの姿が目に入った。
「ありがとう、ギルダ」
レナードは眦を下げて笑うと、薬指にそっと口づけを落とした。
最後までお読み頂きありがとうございました!
この作品を気に入って頂けた方は、ブクマや評価を押して頂けると今後の励みになります。
感想もお待ちしております~。




