↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
57/61

56.勿忘草

 この扉を開けるのもこれで最後か。

 そうしみじみしながら部屋に入った。


 軽く見渡すも、どうやらレニーはまだ来ていないようだった。

 血を用意するだけならまだしも、国王としての初期対応に色々追われているのかもしれない。執務室に人が押し寄せて来ていそうだが、大丈夫だろうか。あまりにも遅いようであれば何か方法を考えよう。



 部屋の中央に立つと、胸いっぱいに清々しい空気を吸い込んだ。

 魔力が体中を巡り、途端力が湧いてくる。

 ただの器でしかない体には、とても効果のある方法だった。決して魔力が枯渇しているわけではないが、三時に甘いお菓子を頂くような、そんな感覚だ。儀式のために、少しずつ体の調子を整えておく。


 着替えよう。


 軽く指を鳴らすと、あの日、泉で眠るギルダが着ていたものと同じ服を身に纏った。

 白のワンピースだ。

 どうも、これが儀式用の衣装らしい。

 軽く回って不備がないか確めていると、手足に浮かぶ黒い痣に目が行った。ぶつけた記憶はないが、数日前からポツポツと鎮座しているのである。魔法が効かないので自然治癒を目指していたが、結局、最後まで治らなかった。


 さて、これで私の準備はおしまいである。後は泉に入って魔力を放出するだけだ。

 それにより、結界が強化され、≪災厄≫――火砕流から国が守られる。そういう筋書きだった。


 何と簡単なことだろう。こんなに簡単なのに、どうしてここまで拗れてしまったのか。

 真実はいたってシンプルなのに、本当に人は複雑にするのが上手すぎる。

 だが、これが魔女ギルダの願いなのだ。私はその彼女の願いを叶えるため、ここにいる。彼女の決断に思うことがないと言えば嘘になるが、尊重したかった。




 レニーが来るまで暇なので、この部屋を回って見納めとすることにした。


 タイムスリップから戻ってきてから、随分とこの部屋に入り浸っていた。この体の感覚か、郷愁に駆られるのだ。

 また、良質な魔力が満ちていることもあり、この体にとってここは、とても居心地のいい場所だった。本来、目覚めた魔女が過ごす場所として最適なのがよく分かる。


 テーブルには、昨夜まで遊んでいたトランプやオセロなどのゲーム類が放置されていた。毎晩遊ぶので片付けるのが面倒になり、少しずつテーブルや床に山を作っていたのだった。

 ワインボトルやグラスもそのままだ。毎晩お酒を飲みながら最上級のイケメンとゲームを楽しむなど、この先一生できない経験だろう。事実、レニー以上のイケメンはテレビでも見たことがなかった。

 そうやって考えれば、立場こそ難儀であるものの、私は素晴らしい幸運に見舞われたわけだ。ジュードたち三人もとても眼福だったから、すっかり目が肥えてしまった。向こうに戻った後、慣れるまでに時間がかかりそうだ。


「ふふ」


 花瓶に生けられた青い花たちを軽く愛でると、机の方に向かった。


 机には、書きかけの書類や、文房具、そして一冊の凝った装丁の黒い本が乱雑に広がっている。書類は恐らく、政務に関するものだろう。するとこの本は何だろうか。

 いけないとは思ったが、好奇心に駆られそっと開いてみた。

 そこには、レニーの字でびっちりとページが埋められている。

 どうやら本ではなく、日記のようだった。


 後ろに立つ本棚を見上げた。

 恐らく、これまでの国王同様、ここに並べるために用意しているのだろう。

 ということはつまり、私と彼のやり取りが後世に残されていくわけで――。


「……」


 正直、それはとても恥ずかしい。

 彼が何と書いているのかが気になったが、さすがにそれはご法度だ。これ以上邪な気持ちが生まれないよう、瞬時に本を閉じた。

 心臓がバクバク鳴っている。

 万が一悪口が書かれていたら立ち直れない。かといって、それとは真逆のことが書かれていたらいたで、この後どんな顔をして会えばいいのか分からなかった。

 こういう場合、自滅するのがほとんどだ。知らないことが幸せなこともある。

 繰り返し深呼吸することで、うるさい心臓を何とか押さえつけた。


 そこでふと悪戯を思いつく。


 無地の紙を取り出し、名刺ほどのサイズにカットするとさらりと一言書き上げた。

 そして、日記を元の位置に戻すと、その下に用意した紙を隠すように置いた。


 驚くだろうなぁ。

 これを見つけた時のレニーを想像してニヤニヤしていると、足音が聞こえてきた。

 バタバタと騒々しいそれは、扉の前でも止まることはなかった。その勢いのまま、激しい音を立てながら扉が開かれた。


 入ってきたのは、レニーだった。


 きょとんとしてしまう。

 実は、まさか彼がそんなアーチーのようなことをするとは思わなかったので、すわ敵襲か?と身構えていたのだった。

 もちろん、この場所に他者の来訪はあり得ない。だが、それと同じくらい、彼のバタバタ走りはあり得ないことだった。



 レニーは肩で呼吸をしながらぐるりと見回すと、目を丸くする私を見つけた。


「ギルダッ!!」


 その声に、再びびっくりしてしまう。

 ほとんど叫び声に近かったからだ。


 彼はホッとしながらもくしゃりと顔を歪ませ、一目散に駆けてきた。そして、私が何か言葉を発する前にきつく抱きすくめる。

 汗の匂いがした。いったいどれほど走ってきたのだろう。触れ合っていることから、直に荒い呼吸が伝わってきた。

 この状態なら、話すのも儘ならないだろう。

 私は、彼が落ち着くまで待つことにした。



 ――ぎゅう。


 そして、待つことにして十分が経過した。


 腕の力は強まるばかりだった。彼は一向に私を離そうとはせず、話そうともしなかった。

 しかも、呼吸が落ち着けば肩の揺れがなくなり、微動だにしなくなった。

 段々と心配になってくる。結局、私から声をかけた。


「レニー、生きてる?」

「……」


 葛藤を感じた。

 ややあって、彼はその重い口を開く。


「…………いきてない」

「ハグはいいけど、そろそろ苦しいかな」

「………私だって、くるしい」

「……」


 言葉に詰まってしまった。

 どうしようかと考えていると、レニーがもぞもぞ動き始め、体が解放された。

 彼は口を引き締め、無言で見下ろしている。視線が合い、そのまま見つめあった。半ばにらめっこのようだった。


「……準備は?」

 私が問うと、彼は自身の胸元を軽く叩いた。

「抜かりない」

 無事に少女の血は手に入れたようだった。


 ということは、本当に残すところ、泉に入って魔力を放出するだけとなった。

 それなら、最後に少しくらい、レニーとまったりとした時間を設けるのもいいだろう。聖域の特殊性により、まだ猶予は残されているはずだ。



 私は、気の抜けた表情をしている彼の手を引っ張り、壁際まで移動した。そして壁に背を預け、床に腰を下ろす。


 手は繋いだままだった。

 二人並んで、ぼんやりとする。 


 私も気が抜けてしまった。

 無事に血を確保でき、残すは儀式だけだということに安心してしまったようだ。

 最後の最後に気を抜くなんて不吉だと思うが、腰を落ち着けたことがいけなかった。急に疲労感が襲ってきて、それが緊張に勝った。

 もうほんの目の前に、私の役割の終わりが見えていることも関係しているのだろう。

 先ほど三人と別れた時は、まだレニーとの挨拶が残っていて、彼が滞りなくここにやって来れるか不安もあった。しかし、それらがすべて片付いた今、今度こそ、本当の本当に最後なんだと悟ったのである。

 あぁ、これでさよならなんだ、と。


 長かったような。

 短かったような。


 不思議な感覚だった。

 十中八九、私はこの後元の世界に帰る。それについては確かだと、なぜか理解できる。ギルダの魔力の力なのかもしれない。


 今の気持ちを言い表せる的確な言葉が見つからなかった。

 ただ複雑な気分だった。

 喜びと悲しみが複雑に入り混じっている。帰りたいのか帰りたくないのかよく分からない。


 これもそれも、この世界に大切なものが出来すぎてしまったことが原因だった。

 これまでのギルダ役の人たちも、私と同じように感傷に浸ったのだろうか。


 けれども、彼女たちのなかで、国王以外の人物とまで交流を持った人はいない。そういう意味では、私は特に苦しく感じていそうだ。

 ただ、逆に考えれば、それは私がこれまでのギルダ役のなかで、一番充実した時間を送ることができたということでもある。

 短い期間のうえ、限られた場所にしか行けなかった。それでも、正直言って、元の人生よりも毎日が楽しかった。

 私にとっても、居場所だと思えた。



 パッと明かりが灯るように思いついた。



 ――そうか、私は一番恵まれていたのか。



 自然と口元に笑みが浮かんだ。


 たくさんの思い出を、向こうに戻った際も覚えていられるのだろうか。

 せっかく自分の人生に自信を持てたのだから、ここで得られたものすべてを持って行きたかった。胸を張って、自分を誇りに生きていきたかった。




「……何を考えているんだ?」

 レニーはポツリと呟いた。

「ん?たくさん大切なものができたなぁって」

 思わずふふと笑みがこぼれる。


「みんなのおかげで本当に楽しかったよ。忘れたくない思い出がいっぱいできた。それで、向こうに戻ってもこの記憶は残るのかなって」

 三角座りに変え膝に頭を乗せる。そのまま彼の方を向けば、なぜか口を尖らせていた。

「何でむすっとしてるの?」

「……ここは私のことを考えててほしかった」

 あまりにもド直球な言い分に吹き出した。

「あはは!ごめんごめん」

 未だむすっとしている彼の肩に頭を預けた。するとすぐにその上からずっしりとした重みがのしかかる。彼の頭だ。

 握った手に力が込められた。


「すべての日記を確認したが、戻った後のことは書かれていなかった。どうなるかは分からない。貴女の方が詳しいんじゃないか?」

「さぁ……私もよく分からない」

「そうか……」

 少し気落ちした声音だった。

 のしかかるそれが、穴あけドリルのようにぐりぐりと主張し始めた。

「忘れてほしくない」

「……そうね、私も忘れたくない」

「……」

 

 徐に彼は立ち上がった。

 テーブルに向かうと、飾られていた青い花の束を掴み、指を鳴らした。

 すると、様々な種類の花たちは、一瞬で同じ形の青い花へと変わった。

 あれは見たことがある。


 勿忘草だ。



「……」


 ――何となく、色々と、悟った。

 ありきたりだけど、そのありきたりが一番ぐっときたりする。



 レニーは花束を抱えながら戻ってくると、手を差し出した。

 それに掴まり立ち上がると、彼と近い距離で向かい合うことになり肩が跳ねる。

 そのうえ、顔に手まで伸びてきた。反射的に目を瞑れば、その手は髪に触れただけだった。

「……あ」

 いたたまれない気分になる。


 ふと、髪に重みが加わったことに気がついた。確認すると、どうもその勿忘草が飾られているようだ。

「これも青い花だったわね」

 羞恥心から逃げるように、ひょいと肩を竦めて惚けたことを言った。そして、さりげなさを装って一歩後退した。

 レニーは片眉を上げ、軽く鼻で笑う。

「毎回ギルダを送る時にはこの花を用意していたらしい。勿忘草と言うんだろう?花言葉は、私を忘れないでとかなんとか」

「そうね。……これまでの国王とギルダも、そうやって別れを惜しんだのかしら」

 しんみりして言えば、レニーはまた髪に触れ、くるくると遊び始めた。



 その時、突然異様な気配を感じた。


 ハッとして見渡せば、どことなく聖域の雰囲気がおかしい。

 胸がひどくざわついた。


 レニーを見上げれば、彼もこの異様な雰囲気を感じ取ったらしかった。

 眉をひそめている。


「……」

「……」


 ぱちりと視線が交ざり合った。

 自然と分かった。



 これが、タイムリミットだと。



「……行こうか」


 レニーは顔を伏せ、長い瞬きをした後、手を差し出した。

 その顔には薄く笑みが浮かんでいる。


「えぇ」


 手を重ねると、指の一本一本が絡むようにがっちりと繋がれた。

 痛いくらいだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。