52.ジュードと二人で
深夜、足音が聞こえた。
なかなか眠りにつけなかった私は、ベッドに横になり、ぼんやりとろうそくの灯りを眺めていた。
一人になるとどうしても考えてしまうのだ。
――今、この瞬間が、ここにいられる最後の時かもしれない、と。
だから真夜中の訪問者に気がついた。
訪問者は私と目が合うと、眉を下げた。何とも彼らしくない表情だった。
「遅くにすまない」
訪問者は、ジュードだった。
今日、私が彼を見たのはお昼が最後だった。その後はずっと外出していたようだ。
最後に見かけた時、妙に余所余所しい態度だったので気にはなっていた。そんな彼が夜遅くにやって来るなど、いったいどんな用件だろう。少し胸がザワリとした。
ジュードは以前のことを覚えているのか、なるべく私を視界に入れないようにしながら、ナイトガウンを手にした。そしてベッドから離れた位置から無造作に投げる。
やれやれと思い、体を起こして羽織った。
やっと彼は私を視界に入れた。
「……起きていたのか?」
これまた彼らしくない、しおらしい声音だった。彼がベッドに腰かけた際の軋みの方が、部屋に響いたくらいだった。
指摘するか悩んだが、とりあえず彼の話に合わせることにした。
「えぇ、眠れなくて」
「そうか……」
「……」
「……」
気まずい。なぜ彼はこんなに気落ちしているのだろう。
何かあったのだろうか。
様子を窺っていると、彼は深く溜め息を吐いた。
なんと、それはいつもの人を馬鹿にしたようなものではなく、自己嫌悪のようだった。その証拠に、彼の視線は宙をさ迷っている。
これはもしや天変地異でも起こるのでは、とドキリとした。
――いや、しまった。それは現状において不適切な表現であろう。
考えを瞬時に打ち消し、ええいままよと声をかけた。
「何かあった?」
ジュードはわずかに体を強ばらせた。
そのまま返事を待っていたが、なかなか彼は口を開かなかった。その代わり、指先がトントンと忙しなく音を鳴らし始めた。
相手がいるにも関わらず、無言の空間は苦手だった。けれども、彼が話すための準備をしているのに水を差すことは避けたかった。ここは辛抱強く待つべきだろう。
「…以前……」
体感的には五分くらい経って、ようやっと彼は決心がついたようだった。
「……その、以前、俺に聞いただろう?」
「?」
「なぜ……俺がお前に優しくするのか、と」
「!あぁ、『思うことがあるからな』って返事のこと?」
彼は小さく頷いた。
そして少し逡巡して、口を開く。
「今日はそのことについて、説明したい」
その後ジュードは、実は幼い頃から、国や建国伝説に疑念を抱いていたことを話してくれた。
だからこそ、魔女が悪者ではない可能性を想定しており、分け隔てなく接していたと。
彼は、彼自身で、公平な目で、判断したかったということを。
いつも簡潔にはっきりと物を言う彼なのに、この時の説明はたどたどしく、理解しづらかった。何とも歯切れの悪い話し方で、そのことがとても印象に残った。
少しだけ、彼の弟子とリンクした。
説明を終えた彼は、居心地が悪そうに腰の位置をずらしている。私が黙っているので、間を持たせているのだろう。
その大きな背中は、何だか怯えて縮こまっているように見えた。普段の堂々とした振る舞いとは真逆なので、とても目につく。
ジュードは、再び溜め息を吐こうとしてピタリと止まった。そっと息を止め、少しずつ吐き出している。
露骨な溜め息を気づかれるのが嫌で、誤魔化したようだった。まったく意味がない。
ちなみにこの間、一度も目が合わなかった。
あの時のことを思い出した。
あの、謁見が終わって少ししてからのことだ。
今のように彼と二人きりになった。
そこで、随分と弱気になった彼が、私をここに縛りつけることに責任を感じ萎れていた。
まるっきりあの時と同じ状態だった。
「……で……と……いた」
「は?」
彼を観察するのが忙しくて、ろくに聞いていなかった。
そもそも声が小さくて、聞き取りづらかった。
ジュードは私の投げやりな返事に、一瞬体を硬直させた。
しまった!と後悔していると、彼は頭を乱暴にかきむしって唸った。
「~~だからっ!俺は、このことをお前に伝えたら、喜んでもらえると思っていたんだ!」
ここまでは威勢が良かったのに、ジュードは急激に萎んでいった。
「……だが……、アーチーに言われた。『そんなの!僕だったら先に言ってくれよ!って思います。後出しじゃん!』と……」
「……ン゛ッ」
彼には悪いが、そのアーチーのアーチーらしい意見と、アーチーの話し方を真似る彼が総合的に面白くて、笑いが込み上げてきた。バレないよう、さっと顔を逸らして咳払いに変えた。
横目で彼を確認した。
私のその様子をどう捉えたのか、彼は傷ついた表情で口を開けたり閉めたりしていた。
どう、なんて。
きっと、“拒絶”として捉えてしまったのだろう。またやってしまったようだ。
――ギシリ。
ベッドが音を立てて揺れた。
ジュードが距離をつめてきたからだった。
掛け布団越しでこそあれど、私たちの体は触れ合っていた。
その距離の近さに、急に自身の呼吸が気になって口をぎゅっと結んだ。
「すまなかった」
手が伸びてきた。
それは今まさに頬に触れるというところで止まり、そのまま下に降りていった。
彼は私の髪を一房掴み、するりと撫で上げた。
「謁見の時といい、どうも最近は独りよがりになっていた。お前のためだと言いながら、結局俺は自分の意見を押しつけていた。お前の気持ちも知らないのに」
「……」
「……慣れないことはするもんじゃないな」
気のせいだろうか。
光源はろうそくだけなので、ほとんど間接照明程度の明るさしかない。だから、そう反射して見えるだけなのかもしれない。
ジュードは目を潤ませているように見えた。
困ったように笑みを浮かべる姿に、この人はなんて不器用なんだろうと思った。
離れていく手を咄嗟に掴んだ。
目を見開く彼と視線が交じり合う。
そのままじっと見つめ合っていたが、彼の瞳は不安げに揺れていた。視線をずらそうとするのを何度も無理矢理合わせた。
「……ギルダ?どうし……」
掴んだ手を引き寄せ、甲に額を寄せる。
触れられそうになった頬でないのは、さすがに私が恥ずかしかったからだ。ピクリと彼が震えた。
彼の手は冷たかった。冷えているからなのか、それとも私の体温が高いからか。
「それは、アーチーの意見でしょう」
「……」
「貴方は、レニーに聞くまで真実を知らなかった。持論の正当性が証明されるまで、私をぬか喜びさせまいと黙っていたのでしょう?」
「……あぁ」
「確かにアーチーのように、言ってほしかったというのもある。でも私としては、変に希望を持たされるより、黙っていてもらえた方がありがたいかな。こうやってジュードのように、そっと寄り添ってもらえる方がずっといい」
「!」
ジュードが息をのむ音が聞こえたので、顔を上げて微笑んだ。
くしゃりとその顔が泣きそうに歪む。
「うーん、そうねぇ。喜びや怒りを感じるというより、ジュードの行動の理由が分かってスッキリしたって感じかしら」
そう。私がジュードからこの話を聞いて思ったことは、単純に「なるほどそういうことか!」という納得だった。
だから彼が自己嫌悪に陥る必要なんてこれっぽっちもないのだ。私は傷ついてなんかいない。裏切られたとも思っていない。
だって私は彼に、感謝の気持ちしかないのだから。
「ねぇ、ジュード」
地蔵のように固まっている彼の首に腕を回し、思いきり抱きついた。
「たくさんの人が魔女を悪だと認識して、それが常識になっていたのに、それでも私を信じようとしてくれてありがとう」
彼は呼吸を止めて目を見張った。
「ギル……」
「ということで、貴方の存在がどれだけ心の支えになったか、このハグで表現します」
返事を待たずに、力一杯ジュードを抱きしめた。
そしてすぐに、首ではなく、腰に手を伸ばせば良かったと後悔した。
なぜなら、腰を少し浮かせないと届かなかったからだ。体格の違いを考慮していなかった。
何とか体勢を変えられないかと考えていると、脇腹から背中にかけて、もぞもぞと何かが這う感触に気がついた。
――あぁこの謎は簡単だ。
ジュードも私と同じように、私の背に腕を回し、そして少しずつ力を強めていった。
「ん」
スン、と鼻を啜る音がする。
肩にのしかかる彼の頭の面積が、少しずつ広がっていった。ちょっと重いが、その重みがなんとも心地よく、温かかった。
元は彼を慰めようと思ってしたハグだったが、私の方にも安心感がもたらされ、気持ちが落ち着いた。ハグにはストレスを軽減させる力があるから、その恩恵を受けたのだろう。なかなか眠れなかったのが嘘のように、睡魔に襲われた。
こっそりと欠伸をした。密着しているので気づかれているかもしれない。
「私を退屈させないように遊んでくれるっていう約束、果たせなさそうね。寂しいなぁ」
「……それでも、最後までお守りは必要だろう。ちゃんと、やり遂げるから」
少し鼻にかかったような声だった。
「そうねぇ」
何だか楽しくて、嬉しくて、ケラケラ笑ってしまった。
ぎゅう。ぎゅうぎゅう。
これ以上密着するのは無理だというくらい引っついているのに、またジュードは腕の力を強めた。
さすがに苦しい。彼の頭の尻尾を引っ張ったが、まったく意に介さない様子だった。
ぎゅう。
「……ギルダ」
彼は長く息を吐いた。
「新たな約束をしよう」
頷けないうえに声を出すのも苦しいので、了承の意を込めて軽く背中を叩いた。
すると、気のせいかもしれないが、ジュードが擦り寄ってきた。
「俺は、お前と会うことができて幸せだったと思っている。もちろん、俺だけじゃない、アーチーやエヴァン、そして陛下も、みんなが思っている」
「……」
「どうか、そのことを忘れないでほしい」
その後、腕の位置だけ変えさせてもらったものの、ずっとそのままの体勢で、二人でくだらない話をして過ごした。きっと彼は、泣き顔を見られたくないだろうと思ったからだった。
それに、何となく離れがたかったというのもある。これが最後かもしれないと思うと、余計名残惜しかった。
いつ眠ったのかは分からない。
気づけば二人、そのままベッドに横になって眠っていたようだった。
翌朝、突然現れたレニーによって雷が落とされるまで、二人仲良く熟睡していた。
レニーの背後でアーチーがにやにやしていたので、告げ口をしたのは彼だろう。
レニーが帰った後、もう一度雷が落ちた。




