51.エヴァンと二人で
作業も一段落した午後。
ちょうどティータイム時だった。
気がつけば師弟は出かけており、にっこり笑ったエヴァンに声をかけられた。お茶でもしませんか、と。
その手には小箱が握られていた。ふんわりと香る美味しそうなにおいに惹かれ、私は一も二もなく頷いた。
*
「用意できました」
「ありがとう」
彼が優雅な手つきで準備しているのを眺めながら、昨日のアーチーを思い出していた。経験値というより、性格の違いのような気がする。
だが、あれはあれで可愛いのだ。私はそんな彼を気に入っていた。
ただ、どちらかを選べと言われたら、私はエヴァンを選ぶ。
エヴァンの場合、こうやって美味しそうなお茶請けを一緒に用意してくれるのだ。ジュードとアーチーにはできない気遣いだった。あれらは食に対するこだわりがほとんどない。
ジュードの名前でふと思い出した。
「エヴァンとジュードって昔からの知り合いだったのよね?幼い頃のジュードってどんなだった?」
可愛くない子どもだったでしょ、とけらけら笑って付け足せば、彼は苦笑いした。その表情がすべてを物語っている。
「そうですね……」
彼はソファーに座る私の隣に腰を下ろすと、考える素振りを見せた。
「今と変わらず、研究ばかりしていらっしゃいました。……まぁ、知り合いといっても、ほとんど会話らしい会話もしたことがなかったので、ジュード様は俺のことを覚えているかどうか」
「ふぅん。それじゃあエヴァンは?」
「え?」
「どんな子どもだった?」
私としては、話の流れで何となく聞いたつもりだった。
けれど、彼の表情が一瞬強張るのが見えてしまい、失言だったことに気がついた。
「あ……その、言いたくなければいいのよ?」
慌てて取り繕って、目の前のお茶菓子に手を伸ばした。
しかし、彼によって阻まれてしまう。
「……いえ、ギルダ様には聞いてほしいです。ただ、つまらない話ですよ」
エヴァンはそう言って頬をかきながら軽く笑った。
その笑みが無理をしているようで居たたまれない。彼にとって、これから話す内容は心に影を落とした、話しづらいことなのだろう。
少し間を空けて、彼は話し始めた。
「前にも話したと思いますが、幼い頃、筆頭魔法使いだった祖父に憧れて、魔法使いになろうと魔法の勉強ばかりしていました」
既知の内容だったので軽く頷く。
「でも、魔力が認められなくて。それで……挫折っていうんでしょうか。すごく、ショックで。全く立ち直れなかったんです。だからしばらく部屋に閉じこもってました」
「……そうなの」
彼は明るく笑うが、過去は過去でもどうしても忘れられない苦い記憶なのだろう。
魔力の検査といえば、確か十歳の時に行うと言っていた。つまり彼はたった十歳で夢を奪われ、挫折を味わったわけか。
大抵の夢なら、十歳なんてその後の努力次第で如何様にもなるだろう。だが、魔法使いは魔力がなければ話にならない。根本から否定されてしまい、きっととても辛かっただろう。
彼が魔法に憧れているのはこれまでの言動で十分に分かっていた。当時の落ち込みようが思い浮かび、私まで切ない気分になった。
「ギルダ様は優しいですね」
「え?」
先ほどまでと異なり、朗らかに笑う声が聞こえ、顔を上げた。
視線が合った彼はふわりと微笑み、「ありがとうございます」と告げた。
そして「ただ」と不穏な言葉が続く。
「共感性が高いことは素晴らしいですが、あまりに過度だと貴女が疲れてしまいますよ。俺はそれが心配です」
「……分かってはいるんだけど」
「ふふ、やっぱり優しい」
気にしていたことをまんまと突かれ、何となく気まずく思う。
でも、だからこそ私は“いい子”としてここに連れて来られたのだろう。そう思えば、これはこれで良かったのかもしれない。
正直なところ、彼の言う通り、疲れることの方が断然多いのだけれど。
エヴァンは先ほど私が取ろうとしたお茶菓子を取り、手に乗せてくれた。
可愛らしい包み紙の焼き菓子だ。昨日実家に戻ったついでに買ってきてくれたらしい。
「最近思うようになったことなんですが、これで良かったんじゃないかなって」
彼は自分も焼き菓子を手に取ると、一口含んだ。一瞬目が細まったので、彼のお気に入りの味なのだろう。
私もそれに倣えば、確かにほんのり甘みが広がって美味しかった。香りもとてもいい。二口、三口と堪能していると、エヴァンが嬉しそうに笑った。
「もともと俺が騎士になったのは、魔女に会えるかもしれないと思ったからです」
「……」
言葉の意味が理解できなくて、しばらくフリーズした。手には食べかけのお菓子を持ったままだった。
「……それはまた…変わってるわね……」
「ははっ。そうですよね。塞ぎ込んでいた俺に、祖父が『城で働けば魔法使いと関われるぞ』と励ましてくれたんです。それでどうせなら魔女に会ってみたいなと思って、可能性がありそうな騎士にしたんです」
「……戦うから?」
「そうですね」
エヴァンは私のしかめっ面を見て、楽しそうに肩を揺らしながら笑った。
笑いごとではない。この男、やっぱり私を殺す気だったんじゃないか。冷や汗が出た。
「結果的に騎士は俺の性分に合ってました。もしも魔法使いだったらこの楽しさは味わえなかったでしょう。――それに、世話役に騎士の存在は必須でしたしね」
「……というと?」
「対外的に、魔法使いだけというよりも、騎士も監視している方がいいでしょう?」
「あぁ」
団長も黙ってないでしょうし――。彼はそう苦笑いしながら付け加えた。
何となくそれが一番の理由の気がする。
「だから陛下に、俺が騎士でちょうど良かったと言われました。確かに、もしも監視役の騎士が俺以外の人間であれば、ここまで穏やかな日々は過ごせなかったでしょう。せっかく魔法使いの俺が選ばれたとしても、苦しい日々になっていたかもしれません。――なので、俺は騎士になれて良かったと思ってるんです」
まぁ、結果論ですけど。ふふ。
彼が見せた笑みは、心からのものだった。本心からの言葉だということがよく分かった。
それほど、幸せそうな笑顔だった。
「もちろん、魔法使いになるという夢が叶えられなかったことは残念に思っています。それでも、騎士になったことに後悔はしていません」
「騎士服のエヴァン、かっこいいもんね」
「でしょう?」
後悔していないという発言に、安心してほっと息をつく。
すると、「それに――」と、突然エヴァンがウインクしてきた。茶目っ気たっぷりのやつだ。
彼は指を二本立て、自慢げに語る。
「俺はとっても得をしていると思いませんか?騎士としても大成しているし、こうやって夢だった魔法にも関われています。しかも、ギルダ様が下さったあの便箋のように、魔力がなくたって簡単な魔法は扱える。これって両方の夢を叶えたってことになりませんか?」
「あ!言われてみれば!」
「俺は幸せな男ですよ」
彼が惚けた調子で肩を竦めたので、思わず手を叩いて笑った。
自身の夢の話を、無理矢理明るい話にしようとしているのかもしれない。けれど、その言葉は強ち嘘でもなさそうだった。
エヴァンは笑う私を見ながら、目を細めて口元を緩めた。そしてふぅと一つ息をする。
それがどうにも色っぽくて、ドキリとした。
「本当に幸せな男です」
「そ、そうね……」
「?」
挙動不審な私に彼が片眉を上げたので、わざと視線を合わせないようにした。
すぐに興味を失ったのか、彼はカップに手を伸ばすと一口飲む。そのまま中身に視線を落としていたが、ポツリと呟いた。
「……次、いつ二人でお話しできる機会があるかも分からないので、俺の話を聞いてもらっていいでしょうか」
「もちろん」
言い回しからして大事そうな話だったので、背筋を伸ばして待機した。
彼は私の様子にクスリと笑うと、目を伏せた。そして口を軽く開き、視線をきょろきょろと左右に動かす。言葉を選んでいるのか、それとも言うことに戸惑いがあるのか。
目線が合った彼は、何とも情けない顔で笑って語り始めた。
「俺は騎士です。でも、俺の祖父は筆頭魔法使いだった。だから――だから俺、騎士団のなかでちょっと浮いてるんです」
「えっ!」
まさかのカミングアウト。
人付き合いの得意そうな彼からそんな話が聞けるとは思わなくて、露骨に驚いてしまった。
やってしまった!と慌てて口を両手で覆えば、彼にそっと下ろされる。
――待てよ。筆頭魔法使いだった祖父が関係しているということはつまり……。
「気にしないでください。――えっと、俺が浮いてるのはさっき言った通り祖父が関係してて。……まぁ……団長ですよね」
苦笑いしながら話す彼に、プチッと切れた。
「あのクソ野郎……!!!」
「はい、落ち着いてください」
勢いよく立ち上がった私を、またそっと戻されてしまった。「まだ話は終わってませんから」そう言われてしまえば、とりあえず怒りは抑えるしかない。
膨れる私に反して、彼はご満悦だった。
「そんな感じなので、騎士団は俺にとって居心地の悪い場所で。騎士に誇りはありますが、あそこはどうも苦手なんですよね」
「……」
「でも、ここは違った」
「!」
「ここは――ギルダ様たちと過ごすこの場所は――、俺にとって、とっても居心地のいい居場所です」
エヴァンはふわりと微笑んだ。
「正直言って、始めはギルダ様に魔女というカテゴリー以上の感情はありませんでした。けれど、段々と貴女を知っていく過程で、気持ちに変化が現れた。生きてほしい、と思うようになったんです」
彼が手のひらを見せた。誘われるようにそれに手を重ねれば、ぎゅっと握りしめられる。
「気づけば、俺にとって“大切な人”のカテゴリーに入っていたんです。もちろん、ジュード様やアーチーも。仲間って言うんでしょうか。あまりにここが居心地が良くて、ここで過ごす時間が楽しくて。……安心、できたんです」
「……魔女がそばにいるのに?」
「えぇ、不思議なことに」
そう言って彼は小首を傾げた。
「俺は、ギルダ様が好きです。みなさんが、好きです。この役割を与えられて、本当に良かったと思っています」
胸に込み上げてきた慣れない感情に、どうしようもなく混乱した。
こんなこと、真正面から言われて冷静に受け止められるほど慣れていない。
思考回路がショートするなんて言葉をよく聞くが、まさにその通りだった。何か返事をするべきなのに、潰れた蛙のような声しか出なかった。それもまた、情けなく、恥ずかしい。
「……あ、ありが、とう……。私も、同じ気持ちだわ……」
落ち着きを取り戻すのに随分と時間がかかってしまった。しかも、恐らく顔も赤くなっている。
その間、エヴァンはただにこにこと笑って待っていてくれた。私の様子から、私が好意的に受け取っていることは分かっていたからだろう。
やっとの思いで返したその言葉に、彼は何ともスマートに「こちらこそありがとうございます」と微笑んだのだった。
話が一区切りついたのか、エヴァンはカップに口をつけた。視線がお菓子にいっているので、次に食べるものを選んでいるようだ。
私はそれをぼんやり眺めながら、先日のことを思い出していた。
――そう。私が彼を警戒していた件だ。
彼の真っ直ぐな好意を受け取り、再びあの罪悪感が浮かび上がってきた。
「……やっぱり…何だか悪かったわね……」
「?」
気づいたら口から出ていた。
あの時彼は気にしなくていいと言ったが、やはり罪悪感に勝てなかった。もう一度彼に許しを求めるだなんて卑怯だと思うが、どうしても確認しておきたかった。
疑問符を浮かべる彼におずおずと説明すれば、快活に笑った。
「本当に気にしないでください。前にも言いましたが、お互いさまなんですから」
「そうね……」
そうなんだけれども――。
何となくスッキリしない。
彼はこうやって純粋に好意を持っていてくれていたのに、当の私は疑ってかかっていたのだから。
彼は私の煮え切らない返事に困ったように眉を下げた。
「うーん、それでも気になるとおっしゃるなら、俺のお願いをきいてもらえませんか?」
「!えぇ、もちろん!私にできることなら!!」
名誉挽回のチャンスだ!と食い込みぎみに反応すれば、彼はにっこり笑って提案した。
「それなら、俺でも使える魔道具を作ってほしいです」
その後、エヴァンのリクエスト通り、せっせと魔道具を用意した。
用意したものは、以前も渡した息を吹きかけると鳥に変わる便箋だ。私がいなくなっても使えるように相当数準備した。これにはなかなか骨が折れたが、本人はとても喜んでいた。
それともう一つ。
「ピアスですか?」
「そう、ピアス」
屈むように手を振ると、彼は中腰になってくれた。イケメンの中腰は破壊力がある。できれば後ろに回ってお尻を確認したいが、なぜか察知されてしまった。彼はそのまま床に片膝をつけた。
エヴァンの耳は優等生よろしく穴が空いていなかった。
ということで、魔法でさくっと付けてやる。
「俺の瞳の色なんですね」
「そうよ?綺麗でしょう」
鏡の方まで誘導して見せてやれば、彼は嬉しそうに笑った。
しかし、本番はこれからである。
「右手でピアスを触ってみて?」
「?はい。――これはっ!!」
彼の手が触れると、一瞬で彼の周りに魔力が充満した。それは球体のようで、彼の全身を覆うように広がっている。
「結界魔法よ。右手で触ると発動するような仕組みになってる。これで貴方は無敵ね。なんてったって、ギルダ様の魔法なんだから。こういうのこの国にはないって聞いたから、珍しくていいんじゃないかしら」
「~~~~っ!!」
エヴァンは今にも子どものように跳びはねそうだった。視線が合った彼の瞳は爛々と輝き、アーチーのように飛びついてきた。
「ギルダ様!ありがとうございます!!!」
そう言って彼は、しばらく自分の全身をくるくる回って眺めていた。
そして突然ハッとしたような顔になり、「左手!」と叫んだ。
「左手もですか!?」
「もちろんよ、やってみせて」
私がにやりと笑うと、彼はまた子どものように顔を明るくさせ、大きく頷いた。
彼が左手でピアスに触れると――。
「……え?」
いつか見た、真っ白でふさふさの愛らしいそれ。
それが、彼の頭からにょきっと二本生え、真っ直ぐ立っている。
おまけにその綺麗なフォルムのお尻からは、白くて丸いふわふわしたものが生え、ぷるんと震えた。
――あぁ、懐かしい。
「ご覧の通り、ウサ耳と尻尾セットです!良かったわねぇ」
「いらない!!!!」




