49.国王として
私が肯定すると、レニーはほっとした顔をして離れていった。
三人から「また茶番だ……」と呆れたような空気が漂ってきたので、慌てて話を促す。
「それなら、今こうやって話したということは、信用していないのは過去の話なのね?」
「ん……どうだろう」
「えっ」
彼は腕を組むと目を伏せた。
「ゼロではないが、同時に百でもない。だが、任せてもいいだろうと思ったのは事実だ。だからこうやって秘密を共有した」
癪には障るがな、と彼は何とも反応しづらい言葉を最後に付け足した。
何が癪に障るのかは分からないが、恐らくそれが気にくわなくて百だと言いたくないのだろう。まぁ一応は三人とも、彼の試験はクリアしたということで間違いないだろう。
「とはいっても」
「?」
「私が真実を教えようが教えまいが、あまり関係ない人物もいたようだがな」
彼は唸るように意味深な発言をすると、小さく溜息を吐いた。不機嫌さが増した気がする。
意味を説明してもらおうと口を開いたところ、被さるようにジュードが発言した。
「それでは、陛下は俺たちのすべてを見たうえで、信用するに値すると判断して下さったということですよね。とても光栄です」
ジュードはにっこりと余所行きスマイルを浮かべている。女性が歓喜するやつだ。
「あぁ、くれぐれも私を失望させないでくれよ?」
同様に、レニーも恐らく珍しいであろう魅惑のスマイルを浮かべて返した。もっと女性が歓喜するやつだ。
アーチーがガタガタ震えながらエヴァンの背に隠れた。その彼は苦笑いしている。
静かに威嚇し合う二人のその姿は、漫画でよく見る龍と虎のあの画のようだった。こんなこと本当にやる人がいるんだ、と思わず拍手を送ってしまった。
始めはそうやって面白半分に眺めていたが、いつまで経っても止める気配がない。さすがに怯えるアーチーが可哀想になってきて、介入することにした。
手のひらをパンッと打ち合わせる。
「はい、そこまで。レニーはみんなを信用してるし、みんなもレニーを信用してる。そして私もみんなを信用してる。それでいいじゃない。共犯なんだから、仲良く!」
語気を強めて言えば、さすがに二人は争う態度を引っ込め、罰の悪い顔をした。
レニーが眉を下げて頬を掻く。
「……はぁ、まぁ、そうだな。必要だったとはいえ、勝手に身辺を調べたことを謝罪しよう。ジュードはともかく、他二人がいったいどういう人選なのかと思ってな。結局、もともと魔女に好意的な珍しい三人組だったわけだが――」
今、聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「もともと……好意的?」
まっすぐエヴァンを見た。
ばっちりと目が合った。
「え……?」
その後、エヴァンの祖父の話を聞いた。
「し……知らなかった……」
「俺としては、ギルダ様に嫌われていたということがショックですけどね……」
「き、嫌ってなんかないわ!ただ、その……何で魔女に護衛がいるんだろうとか、騎士にはメリットが何もないのにとか、色々と……」
「疑われていたんですね」
「ごめんなさい……」
警戒していたからとはいえ、こんなことを面と向かって言われれば傷つくだろう。項垂れながら謝罪すれば、彼は「お互いさまなので気にしないでください」と手を振って笑った。
聞けば彼は、魔女に憧れこそ抱いていたものの、騎士として警戒心は捨てていなかったという。それもそうだよね、という話になってその話はそこで終わった。
何となくモヤッとしたものが残ったが、これで解けた謎が一つある。
彼がやけに炎を帯びた剣や薬作りに前のめりだったのは、自身が過去、魔法使いになりたかったからなのだろう。
そういえば、マニキュアを塗ってあげた時も嬉しそうにしていたっけ。あれは着飾ることに興味があったわけではなく、魔法が絡んでいたからなのか。
「……師匠、それならギルダ様になるべく魔法を使わせないようにしていた僕たちの判断は、目覚めたばかりの頃に関しては、結果的に適切だったわけですね。……危険だったかもしれない」
「そうだな」
アーチーが精一杯の難しい顔をして大袈裟に頷いた。大物気取りだろう。
ジュードは相手にするのも面倒なようで適当に返事をした。
アーチーは目をきらきらさせながら私に語った。
「ギルダ様に初めて会った時、僕たちも貴女の魔力が不安定なことは気づきました。魔女だからという理由もありましたが、それもあって魔法を使わないようにと言っていたのです。封印から目覚めたばかりなのが原因だろうと思っていましたが、凡そ外れていなかったですね」
そう言って胸を張るアーチーは褒めてくれと言わんばかりの表情をした。
有難い判断だったけれど、これの相手はちょっと面倒だな……なんて意識を飛ばしていると、ふと、その初めての時のことを思い出した。
そう、ちょうどこの部屋で、初めて目を覚ました時のことだ。
「……でも私、目覚めてすぐにこの家のインテリアをすべて魔法で用意したけれど、何ともなかったわよ」
「……そういえばそうでしたね」
アーチーが首を傾げた。
成り行きを見守っていたレニーが、私の発言に真剣な顔で食いついた。
「そう、それを聞きたかったんだ。ずっと不思議に思っていた。その時、何かおかしなことはなかったか?暴発するような感覚とか」
「おかしなこと……」
ううんと頭を悩ませる。
初めての魔法にあまりに興奮していたことと、正直、一ヶ月以上前の話になるので記憶になかった。そのことを素直に伝えると、ジュードに馬鹿にするような目で見られた。エヴァンが「まぁこうして問題がなかったのですから」と優しく慰めてくれる。
「あ」
「少しくらい思い出したのか?」
ジュードが全く期待のこもってない表情と声音で反応する。
とりあえず無視した。
「あの時、鏡のなかにいる私――違うわね、本物のギルダに会ったのよ。それで魔法が使えることを教えてもらったの。もしかしてそれが関係してるんじゃないかしら?」
「本物のギルダ……?」
全員が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたので、鏡のなかの彼女との二度の逢瀬について説明した。
特にレニーは驚いていて、彼曰く、これまでの国王の日記にそのような体験の記述はなかったという。
「魔道具に人格を持たせたということか……?」
「体の一部を埋め込んだとか……?」
師弟が、獲物を前に興奮が収まらない獣のような表情で、鏡のある方に視線を向けた。狂気だ。ちょっと腰が浮いているので、今にも走って調査しに行きそうだった。
それを見たレニーが呆れた顔をして深い溜息を吐く。そして指を軽く鳴らすと、二人が座る椅子から拘束具が出てきてそのまま捕らえた。
「あれは国宝だから手を触れないように。お前たちは近づくことも禁止だ。ウィスロー、これらが何かしようとしたらすぐに報告しろ」
「ハッ」
「「そんなっ!」」
う~ん、茶番だな。
このいつも通りの光景から、帰郷した事実をしみじみと感じていると、レニーが魔女としての意見を求めてきた。話を元に戻すようだ。
なので、私の考察――鏡の彼女が記憶のようなものであること――を語って聞かせた。
すると獣二人も急に話に入ってきて、なるほど確かに、と私の考察に色々付け足して難しい話を始めた。正解の可能性が高いらしい。
仮結論として、その魔道具である鏡が、私の魔法を補助する役目があるのだという。
大体話し合いがまとまったところで、レニーがポツリと呟く。
「なぜ今回だけ現れたのかは不明だな……」
「ギルダ役しか会えないんじゃない?」
「可能性はあるな……。これまでの魔女は五百年前の彼女以外、聖域から出ていないからな。鏡にそんな仕掛けがあることなど知らないか」
「鏡は確か、初代が用意したのよね。知らなかったのかしら……」
「いや、ここの鏡はこの塔を作った時に当時の国王が用意したものだ」
「……用意したのに知らないと」
「魔女の魔力は末恐ろしいな」
「そうね」
お互い顔を見合わせて、クスクス笑った。
「だが――」
レニーはそう言ってどこか遠い目をする。
「おかげで私は貴女に会えて命拾いをしたわけなのだから、感謝しないと」
彼は目を細め、優しく微笑んだ。
命拾いというワードに、あの例のロープが思い出される。
「……え、まさか本当に死ぬ気で……?」
「何の話だ?私が言いたいのは指輪のことだ」
「あ!それならい――」
それならいいんだけど。
そう言おうとして、目の前の光景に固まってしまった。
彼が徐に立ちあがり、深く頭を下げたからだ。
「レニー……?」
「――すまなかった」
音もなく息をのんだ。
「やはり私は、過去に聞いていた通り貴女を傷つけることになってしまった。貴女をこの部屋に送った後、二週間ほど経てば、魔力も安定して会いに来ても問題ないかもしれないとは思っていたんだ。前回の時はそうだったようだから。――しかし、前回の魔女は魔力の溢れた聖域、しかも時間経過が遅いその場所でたっぷり休養した後、ここに出てきた。その差は歴然で、やはり安全だという保証はなかった。悩んだが、結局危険は犯せないとして止めたんだ」
ゆっくりと顔を上げた彼の瞳は、頼りなくゆらゆらと揺れている。
「貴女に辛い思いをさせていることは分かっていた。けれど私は――」
「――国王として、国のために、私を犠牲にしたということでしょう?」
「……そうだ」
私たちを見守る三人の視線が痛いくらいだった。
――さぁ何て答えようか。
聖母のような笑みを持って許すと答える?それとも、傷ついた心を余計抉られるような思いをしたのだから、許さないと答える?
正直言って、自分の気持ちなのによく分からなかった。
なぜなら、その両方の気持ちを持っているから――。
どちらの比率が高いのかと、そう簡単に結論が出るものではなかった。
ただ、一つだけ確かなことがあった。
「……何ていうか……。まだ気持ちの整理がついてなくて」
「……あぁ」
「でも、これだけははっきりと言っておく」
ちゃんと彼に伝えたくて深呼吸すれば、思った以上に息が震えた。
鼻の奥がツーンとして、何でだろうと思っていたら、アーチーが息をのんだ。
『僕はこの国の王だ』
『王として、この国が悲劇に見舞われるのを知りながら、ただ黙って見ているわけにはいかないだろう』
視界が、少しばかりにじんで揺れていた。
「貴方の決断、理解できるわ」
そうして私は、気がついたら再びレニーに抱きしめられていた。
***
ギルダが泣き始めたので、ジュードたち三人は気をつかって部屋を後にした。
もともと師弟はそれぞれ作業中だったので、作業に戻ることとなった。
ただ、アーチーは寝室の方がどうしても気になるようで、手元がおぼつかない。何度かジュードに注意されていた。
結局、不注意がどうにも直らなかったので、しびれを切らしたエヴァンが、途中からアーチーの補助に入った。
しばらくして、レナードがやって来た。
「泣き疲れて眠った。食事も摂り、体調も問題なさそうなのでこのまま寝かせておけ」
彼はそう淡々と告げると、ジュードを呼んだ。
そしてついて来いというように視線で合図し、返事を待たず玄関扉から出て行く。
エヴァンとアーチーは、先ほどの二人の険悪モードを思い出してドキリとした。
呼び出された本人は飄々としていて、二人に席を外す旨を伝えると、さっさとレナードの後に続いた。
実のところ、ジュード自身もレナードに聞きたいことがあり話したいと思っていたのだ。そのため、彼にとってこの呼び出しは、ちょうどよい機会程度の認識しかなかった。
塔の螺旋階段を二人無言で降りていく。
辺りには靴音が響くだけで、レナードは何か話を切り出す様子はなかった。
そこでジュードは、用件を尋ねる前に、先に自分の用を片づけることにした。確認し損ねていた疑問だった。
「陛下、一つよろしいでしょうか」
「あぁ」
レナードは足を止めて壁に背を預けた。そして腕を組み、ジュードを見上げる。
この様子だと、彼の用事もこの場で済ませるようだ。
ジュードはさすがに彼に見上げさせるのはまずいと思い、数段下までさっと降りた。
「今回、彼女は過去に戻って陛下と会ったということですが、そもそもなぜ、そんな魔力を使うようなことをしたのでしょうか。その頃の陛下に会う必要があったなら、その時目覚めるのではいけないのですか?」
「それなら答えは単純だ。当時のギルダの魔力が、まだ不完全だったためだ」
レナードの話はこうだ。
魔女の存在は国を守るためにある。
国を守るためにも、そして守るために魔女が存在し続けるためにも、それはそれは膨大な魔力が必要だった。だからこそ、赤子から魔力を奪ってまで許容量を増やしつつ、聖域で時が来るまで魔力の温存及び回復を行っている。
レナードとギルダが過去に会ったあの頃、まだギルダの魔力は万全な状態ではなかった。今回訪れる悲劇は最大級のもの、且つ異世界の存在を二人も呼び寄せる必要があるため、完璧な状態でなくてはならなかった。
そして残念ながら、ギルダの体はそう簡単に眠ったり起きたりできるものでもない。起きること=魂を呼び寄せ体に入れることなので、かなりの魔力が消費されてしまう。それなら、タイムスリップの方がまだ容易いという。
なお、眠っている間何年も魂を縛りつけておくことはさすがに不可能であるらしい。
だからギルダは、わざわざ過去に戻ってレナードと会うようなことになったという。
ジュードの用事はこれで終わりだ。次はレナードの番だった。
レナードは内ポケットから小さく折り畳まれた紙を取り出すと、彼に差し出した。
彼が受け取ろうとして一歩進み、手を伸ばすと、さっと避けられてしまう。
お互い至近距離でじっと見つめあった。
「噴火まで後どれくらいの時間が残されているかは分からない。お前たちに命じるのは、その間、できるだけ多くの魔法をギルダから学ぶことだ」
「かしこまりました」
「特に、それに重点を置くように」
レナードはそう厳命すると、今度こそジュードに紙を握らせた。そして感情の見えない視線を送り、くるりと方向転換して階段を上っていく。
彼の用事とは、人気のない場所でその紙を渡すことだったようだ。
ジュードがこの場で紙を確認しようとしていると、響いていた足音がピタリと止まった。
そのままいつまで経っても動こうとしなかったので、彼は不思議に思って声をかけた。
「どうかされましたか」
「……ジュード」
「はい」
再び沈黙が流れた。
レナードは振り返らなかった。その背中はどこか躊躇している様子があった。
沈黙はしばらく続いていたが、やがて決心したのか、彼は拳をぎゅっと握りしめた。
「――時間の許す限り、彼女を気遣ってやってほしい」
そうして、今度こそ彼はこの場を後にした。
ジュードは、その言葉の重みを瞬時に理解した。
「――かしこまりました」
だから、彼の背に向かって、これまでで一番はっきりとした声でそう答えた。




