48.秘密にしていた理由
頭を抱えるエヴァンを一瞥した後、レニーに向き直った。
彼はこのやり取りを特に気にしていないようで、機嫌が良さそうに首を傾げただけだった。後ろの方から「誰……」という恐れを知らない呟きが聞こえた。
「……続きはまだあるんでしょ?」
「ん?あぁ、ここからは彼らにも話していない内容だ。ギルダが目覚めてから一緒に聞いてもらおうと思って、取っておいた」
そう言ってレニーは、緩んでいた顔を急に引き締めた。
“王”たる者の顔だ。
その場が一気に緊張感に包まれる。誰かのゴクリと唾を飲む音がした。……私かもしれない。
「まずは……ギルダが一番知りたいであろう、なぜ私が話さなかったか、という釈明から」
「!……分かった」
「端的に言うと、話さなかったのは会えなかったからだ」
「会えなかった……?」
レニーは数秒にわたり目を伏せた後、しっかりと視線を合わせてきた。合った瞬間、翡翠がゆらりと揺れた。
「今回のことから分かるように、魔女には素晴らしい力があるが、何でも完璧にこなせるというわけではない。例えば、長い眠りから目覚めると、しばらくの間、魂と体、そして魔力がうまく混ざらず不安定な状態となる」
彼は一旦そこで区切ると「魔女は赤子から魔力を奪うという話は覚えているか」と聞いた。
全員が頷くのを確認すると、手の甲を我々に向け、再び口を開く。
「この指輪も魔女の魔力でできている。そのため、その不安定な時期に近づくと、誤って魔力を奪い取ろうとして暴走する恐れがあるんだ」
「暴走するとどうなるの?」
「分からない。前例がないことだ。だが魔女や国王、もっと規模が大きければ国にまで被害が及ぶかもしれないことを考えると、これはなるべく避けた方がいいというのが先祖たちの判断だ」
ジュードが眉間にシワを寄せる。
「しかし、陛下は目覚めた彼女に会い、尚且つここまで運んできたのでしたよね」
レニーは彼を一瞥した。
「あぁ。――まずは聖域の特殊性を話した方が良さそうだな」
段々と難しい話になりそうな予感がして頭痛がした。アーチーも“特殊性”のところで小さくウッと声を漏らした。反対にエヴァンは少しわくわくしている様子だった。
「聖域は魔女の魔力に溢れた特別な場所だ。もともと聖域を用意したのは初代国王だが、その後、二人目の魔女によって、魔力の暴走が起きないよう作り替えられた。だからその場所で会うのであれば問題はない」
「それでは」
ジュードが口を開いたところを手で制し、彼は話を続けた。
「まぁ、待て。先に時系列の話をしておこう。――基本的には、目覚めた魔女は聖域ですぐに仕事をこなし、終えれば再び眠りにつく。この形なのだが、今回のように≪災厄≫が絡むと話は変わってくる」
まだついていける。うんうんと頷いた。
「異世界の少女との寸劇が必要なので、魔女はいずれ聖域の外に出なくてはならない。だから安定した状態で出られるよう、≪災厄≫が発生するよりもかなり前に目覚めるようになっている。一応、通常時も問題発生より前に目覚めることが多いようだが、その内容によって発生時、発生より少し前とまちまちのようだ。今回もそうだっただろう?ギルダが目覚めてしばらく経った後、少女が現れ、地震が起きた」
「寸劇」
「そうだ、寸劇だ。――さて、それではなぜ私が塔まで運べたかというと、あの時、目覚めたとは言ってもすぐに寝落ちてしまうくらいの半覚醒状態だったことと、運ぶ時間がほんの十分程度だったことが幸いした。さすがに最後の方は魔力の動きがあやしくなり、危なかったが」
「はい」
エヴァンが挙手をした。
「よろしいでしょうか」
「あぁ」
レニーはエヴァンに返事をしたが、なぜかジュードを一瞥した。エヴァンもその彼を一瞥したので余計謎が深まった。
見られた彼はというと、ぐっと何かを堪えるかのように口を引き結んでいる。
「ありがとうございます。――それなら、なぜわざわざ塔に移動させるような危険な真似をしたのでしょうか。単純に考えれば、安定するまで聖域にいてもらい、その後少女の来訪に合わせ、出てもらえばいいのではないでしょうか」
「そうだな。本来であればそれが得策だ。実際、五百年前はそうしている」
「それならなぜ……!!」
ガタンッと激しい音を立てながら、ジュードが立ち上がった。鋭い目つきでレニーのことを睨みつけている。およそ冷静な彼らしくない様子に、私だけでなく、エヴァンやアーチーもびっくりして彼を凝視した。
そのなかでただ一人、レニーだけが冷静に彼のことを睨み返していた。
ジュードの視線がちらりとこちらに飛んできて、そこでようやく分かった。
彼は、私のために怒っているんだ。
確かに、レニーの話を聞いて『だったら私もそうしてくれたら良かったのに』と思った。もしも前回と同じようにしていれば、聖域で知識を蓄えることができるので、あんなに悩まないで済んだはずだ。
だが、彼の話はまだ続きがありそうなニュアンスだった。何か理由があるのかもしれないと、話を聞く体勢を取っていたのだった。賢いジュードならそんなこと気づきそうなものなのに、完全に頭に血が昇っている様子だった。
「ジュード、ありがとう」
笑いかければ、彼はハッとしたような顔をして、ゆっくりと腰を下ろした。そして俯いてレニーに向かって軽く頭を下げる。
「……申し訳ありません、続けて下さい」
「……分かった」
レニーは彼に対して特に言及することはなく、一つ溜息を吐いた。
「この塔がいつ作られたか知っているか?」
アーチーが首を傾げながら答えた。
「確か……五百年以上前だとか」
「そうだ。五百年前というと二度目の≪災厄≫が発生した時だが、この塔はその当時の魔女のために、前もって作られた塔だ。異世界の少女が来れば国民がパニックに陥ることが予想されたため、『すでに魔女は捕らえている』と発表できるよう、表向きは魔女の牢屋として作られた。実態はもちろん、魔女の仮住まいだ。今回もこれを利用させてもらった」
「……国民の混乱を抑え、ギルダを守るためにも、軟禁場所が必要だったということですか」
冒頭、落ち着けるように軽く息を吐いた後、ジュードはそう静かに尋ねた。
「あぁ」
レニーは簡潔に答えた。
ジュードはいつもの調子を取り戻したようだった。慇懃無礼でこそあるが、冷静な態度で次の質問をぶつけた。
「彼女が目覚めた後、説明してから塔に移動させる手段を取らなかったのはなぜですか」
「……」
二人は睨み合っている。
前言撤回。ジュードは激昂する態度こそ隠したが、怒っていることには変わらなかった。
残りの三人でアイコンタクトを交わす。エヴァンとアーチーはそろって私にどうにかしろと合図を送ってきた。
私も自分が一番の適任者だと思うが、彼は私のために怒ってくれているので少し言いづらい。それに、イケメン二人のバトルに好奇心がにょきにょきと生まれている。賢い彼らはいったいどんな白熱した展開を見せてくれるのか。
当事者だが、今は完全に野次馬根性の方が勝っていた。エヴァンたちには爽やかな笑顔とともに、親指を立てておいた。二人が何かを悟った顔をした。――いや、エヴァンは人のことを言えないと思う。
すると、立てた親指が、横から伸びてきた手によってぎゅっと握りしめられた。
レニーだ。
体を震わせながらそろりと窺えば、彼はジュードから視線を外すことなく鼻で笑った。
「前回と今回の一件で圧倒的に違うことがある。それが何か分かるか?」
圧倒的に違うこと?
何だろう。
三人も考え始めたが、答えはなかなか見つからないようだった。
程なくして、ジュードが「もしや」と目を丸々とさせた。何か見つけたようだ。
「分かったか?」
「……我々三人の、存在でしょうか」
「!――なるほど。そんな単純なことだったんですね。確かに前回の魔女に世話役がいたとは聞きません。しかも陛下は先日、真実について国民が知ることは建国以来初めてだとおっしゃっていましたから、前回の時に俺たちのような人間がいないのは確かでしょう」
エヴァンが拳を口元にあて、真剣な顔でうんうんと頷いた。アーチーも彼の意見に同調するように頷いている。
全員が出題者を見やった。
「正解だ」
彼はアルカイックスマイルを浮かべた。
エヴァンは眉間にシワを寄せながら考察を続けた。
「とすると、俺たちがいるからギルダ様に説明できなかったということでしょうか。しかし、それは理由にならないでしょう?こうやって俺たちに秘密を話すのであれば、尚更彼女に話しておいてもいいですよね」
レニーは大きく溜息を吐いた。
「この話が国家機密であることを忘れていないか?本来であればお前たちに知る権利は一切ないんだ。今回はお前たちが必要だったから役割を与え、説明しただけにすぎない」
「必要とは?」
「それについては、今は知る権利はない」
レニーはそう冷たく言い切ると、三人の顔を一人ずつ見ていった。
見られた三人は何を言われるのだろうと、自然と背筋が伸びていく。
ここでやっと親指が解放された。
「私は、お前たちを信用していない」
ジュードは露骨に眉間にシワを寄せ、エヴァンは苦笑いし、アーチーは体を震わせた。
私はというと、一瞬思考が停止した。
なぜそんな敵を作るようなことを言うのだろうか。共犯者内での仲間割れは致命的だ。秘密が露呈してしまう。
「お前たちに彼女のサポートをするよう役割を与えた時、私はまだ、国家機密を話していいものか決めかねていた。お前たちを選出したのはギルダたっての希望からだったが、それだけでは不安だったので、家庭環境や素行の調査など、粗がないか一通りの調査は行った」
「エッ」
アーチーは小さく悲鳴を上げた。
「しかし、それでも不安だった。私が実際に働きを見て判断したかった。ただ、国王という立場ではなかなか一介の魔法使いや騎士と関わる機会もないので、やはり伝聞情報になってしまう。そこで、悪女と言われる彼女とどう関係を築くかで、最終決定を下そうという結論に至った。それに、そうすれば、ギルダに関して話がしたいといって、お前たちを呼び出すことは容易いからな。――そのため、ギルダの言動から万が一秘密が洩れた時のことを考慮すると、ギルダにも秘密にするしかなかった」
突然のデッドボールに思考が止まる。
「……あれ?私もしかして信用されてない?」
「違う!断じて違う!!もちろん信用している!!!」
レニーが声を荒らげた。そして置いていた私の手を上からぎゅっと握りしめる。
まるで捨てられた子犬のような目で訴えかけてきた。
「……ただ、貴女は良くも悪くも素直なタイプだろう。隠し事は苦手じゃないか。鋭いジュードに詰められて、嘘を吐き続ける自信はあるか?」
「…………ない」
ちょっとぐさっときた。――きたが、正直彼の言う通り、実際自分は悪ではないと知りながら、悪女のフリをし続けるのは無理だったろう。
非難が重なればいつか限界がきて「本当は違うのに」と反発しそうだ。ふと気が緩んだ時に国家機密に触れることを話す危険性もある。
そこから勘のいいジュードにねちねちとつけこまれ、揚げ足を取られ――などして、いつの間にか白状してしまっていただろう。
フン、とジュードが鼻を鳴らした。




