47.再会
私は、この感覚を知っている。
凍えるような寒さ。真っ暗な世界。動かない体。
そしてそこに現れた、生温かい感触。
あの時と同じだ。あの、始めの時と。
あの時はこの不思議な感覚の後、見知らぬ部屋で目を覚ましたのだった。
目を、覚ます――。
その言葉を意識した途端、視界が開けた。
やはりそこにあったのは見知らぬ部屋――ではなく、ギルダとして生きる私にとって馴染み深い、自身のベッドルームだった。
――あぁ、戻ってきたんだ。
「!」
ヒュッと息をのむ音がした。
そちらに視線を向けると、先ほどまで一緒にいた彼の大人版が、目を丸々とさせている。
うまく思考が働かなくてじっと彼のことを見つめていると、そのうちくしゃりと顔を歪ませ、瞳に涙を浮かべ始めた。ズッ、ズッと鼻を啜り、嗚咽を堪えている。
せっかく綺麗な顔なのに、随分とカッコ悪い泣き方だ。何年経っても、それは変わらないらしい。
「ギッ……ギルダ……」
名前を呼ばれたのでこくりと頷いた。
するとまるでそれが合図であったかのように、彼の涙腺が崩壊した。
「……ふふ。相変わらずレニーは泣き虫ねぇ」
そう声をかけると、泣きながらベッドに横たわる私の上にのしかかってきた。
強く抱きしめられ、怠い体は悲鳴を上げる。それでも、全く苦しくはなかった。
嬉しかった。
大人になった彼が私を覚えていて、そしてこれほど想ってくれていることにほっとした。
――嫌われてなかったんだ。
そのことに気がつくと、私も自然と涙がこぼれてきた。
良かった。本当に良かった。
急に力が湧いてきて、私も彼の背に腕を回し、強く抱きしめ返した。
心なしか、彼の嗚咽の音が大きくなったようだった。
しばらくの間、そのままの体勢で、お互い涙が引くまでのんびりとしていた。
一応私の方はすぐに止まったのだが、レニーはなかなか激しく泣いていたので、落ち着くまでに時間がかかった。
時折スンと鼻を鳴らすのが犬のようで面白かった。久しぶりに実家に帰ったら、飼っている犬が大喜びで出迎えてくれたあの感じに似ている。王様相手に何を言っているんだという感じだが、お迎えありがとうと褒めてあげたい気分だった。――気分だったので、つい子どもの時のように頭を撫でてしまった。
嫌がるだろうか、と反応を見ていると、無言で頭を押しつけすり寄ってきた。本人的にはこれはウェルカムらしい。
「ふふ」
相変わらず髪はサラサラで気持ちいい。私は口元を緩ませながら存分に楽しんだ。
ふと、どこからか視線を感じて顔を上げた。
その先には、壁に隠れるようにひょっこりとあの三人が顔だけ覗かせていた。ナンとか三兄弟のような状態である。
アーチーと目が合うと、顔をくしゃりと歪ませ、瞳に涙を浮かべ嗚咽を上げ始めた。人が違うだけで先ほど見た光景のリプレイである。
二人は慌ててアーチーの口を押さえつけて、嗚咽が漏れないようにした。
恐らく三人は、レニーにバレないようにそっと様子を窺っていたのだろう。一国のトップが子どものように泣きじゃくる姿など、臣下として遠慮するのは分かる。それでも、私のことが気になってこっそり見ていたのだろうか。嬉しいのと、レニーとのやり取りを見られたことが少し恥ずかしかった。
ジュードと目が合った。
にこりと笑いかけると、彼は軽く目を見張らせた後、ぐっと唇を噛みしめるような動作をして、ふわりと微笑んだ。
エヴァンを見る。彼とも目が合った。
彼は先ににこりと笑いかけてきたので、私も笑みを返した。ほんのりその瞳に涙の膜が張られているような気がする。その後彼は力加減を誤ったのか、青白い顔をしたアーチーに必死に腕を叩かれていた。
それにしても、なぜ三人まで感動ムードなんだろうか。
何か知っていそうな、視界の半分を占める男を見下ろした。
彼はどうもまだ甘えたモードらしく、三人がいることに気づいていない。どうしようかと思ったが、彼は他者に見られることを嫌がるだろう。教えてやらなければならない。
「レニー、ほら、みんなが来るから」
「……」
ピタリと動きを止めた彼はのそのそと姿勢を戻した。綺麗に伸びた背筋でグズグズと鼻を啜っている。
私は魔法でハンカチを呼び寄せると、彼の顔に押しつけた。
「また氷を用意する?」
「!」
レニーはそれを聞いた後、嬉しそうにへにゃりと笑った。びっくりして思考が止まる。
彼のそんなだらしのない顔、記憶にない。この十数年でいったい何があったのか。クールビューティータイプだと思っていたが、頭がおかしくなってしまったのだろうか。
訝しげに見ていると、コクコクと何度か頷いたので、前回と同じものを用意してやった。
レニーの視界が覆われたので、また三人に視線を飛ばした。とりあえず体勢は元に戻ったので、彼らを近くに呼んでも構わないだろう。そう思って手招きした。
三人はそろって顔を見合わせ、レニーを見た。大丈夫よの意味を込めて指でわっかを作る。すると、アーチーが輝くような笑顔で走り寄ってきた。続いてジュードが露骨に溜息を吐いて歩き出すと、エヴァンもそれに従った。
「ギルダ様!体調は大丈夫ですか?」
アーチーはレニーとは反対側に回ると、ベッドの中ほどまで身を乗り出した。その言葉通り、私の顔色を窺っているようだ。
レニーがその声にピクリと体を揺らした。足音も聞こえたので三人がすぐ側に来たことを悟ったのだろう。小さく深呼吸しているのが聞こえたので、気持ちを整えているようだ。
「もう…もう三日も眠られていて……。僕は本当に、心配してっ……!」
「……三日?」
「そうです!三日も!眠られていたんです!」
せっかく収まっていた涙腺が、また自身の言葉で決壊したらしい。アーチーは瞳を涙で濡らしながら、必死で訴えてきた。
「三日も……寝ていた?」
その言葉に、ガツンと頭を殴られたような衝撃があった。
確かに先ほど目覚めたという感覚はあったから、眠っていたというのは分かる。しかし、そういえば私は、いつ眠ったのだろうか。
最後の記憶は何だろう。
確か私は、過去にタイムスリップしてレニーに会った後、鏡を通って戻ってきた。戻ってきた…よな?
いや、戻ってきたからこそ、成長したレニーと彼らがいるんだ。
つまり、戻ってきてからの記憶がない?
「時間を超えるという規格外の魔法を使ったことで、かなり魔力を消費していたんだ。一応魔力自体は薬ですぐに回復したんだが、なかなか目覚めず、結局丸三日眠り続けていた」
ジュードがやれやれといったように肩を竦めて教えてくれた。
「本当に良かったです。安心しました」
エヴァンが安堵の息をもらした。
なるほど。事情は分かった。
こんなに体が怠いのは、魔力を使いすぎた影響と寝すぎたせいなのか。
三日も眠っていたということを理解すると、急に喉の渇きと食欲に襲われた。自然とキッチンの方に視線が行く。
それを見たのか、今まで黙っていたレニーが指をくいくいっと動かし、魔法で水差しセットを呼び寄せた。あの指輪を随分と上手に使いこなせるようになったものだ。
「ギルダ」
「ん、ありがとう」
渡されたコップで喉を潤していると、三人がじっとレニーのことを見つめていることに気がついた。アーチーは緊張しつつもどこかそわそわしていて、彼の何かが気になる様子だ。
そこではたと気づく。
もしや今この男、彼らの目の前で普通に魔法を使った……?
「……私が寝ている間、何かあった?」
そうだ、なぜこの違和感に気づかなかったのだろう。絶対に何かあったに違いない。
そうでなければ、レニーが私と親しげにしている姿を彼らに見せることもおかしいし、彼らが警戒していたレニーと私を、二人きりで会わせていることも説明がつかない。
三人は口を開かず、レニーを見た。当たり前だが主導権は彼にあるらしい。
彼はふむ、と目を伏せて少しの間考え込むと「体調はどうだ?」と尋ねた。
「まだ怠いけれど、長話は平気よ。とりあえずこの状況が何が何だか分からなくて、気になって仕方がないのよ。……あ、でもお腹が空いたから食べながらでもいい?」
「フフ、分かった」
そう言ってレニーは、再び魔法を用いてスープやパンなどの簡易的な食事を用意してくれた。
三人はというと、椅子を持ってきてベッドの側に並べて座った。
準備万端だ。
「それでは、疑問に答えようか」
*
「――と、ざっとこんなところだな」
「……」
唖然とした。
それは、私と別れた後に学んだという新たな事実を聞いたこともそうだが、その国家機密を彼らにすべて話していたからだった。途中、何度か開きっぱなしの口を指摘された。食事もなかなか進まなかった。
レニーは確か、我々は共犯者だと言っていたが、その人数を増やしたかったのだろうか。これまでの国王はそういうことはやっていないと言っていたが、大丈夫なのだろうか。
アーチーではないが、ついそわそわしながら彼を見つめてしまった。
「どうした?」
「……」
何だか慈愛に満ちた感じで微笑みを返されてしまった。
――どうしたもこうしたも、正直混乱しすぎてて訳が分からない。
何から聞こうかと頭を捻るが、お腹がいっぱいで少々眠気もあり、うまく回らない。三日も寝たというのに、体は完全回復していないようだった。聞きたいことリストの一つ目ですら、それが一つ目でいいのか、他に先に聞くべきものはないのかと先ほどからずっと決めかねている。
――ダメだ、今は効率とか考えていられない。思いついたことから聞いていくべきだ。
それにしても、彼は自ら「二人だけの秘密」だとか何とか言い出しておいて、さくっと裏切ったのか。
そのことに思い至ると、段々とイライラしてきた。言い出しっぺのくせにこんなにあっさりと裏切るなど、どういう了見か。
別にもともとは彼の意見だし、この国は彼の国だからどうしようが勝手なのかもしれない。
だが私は、正直言って、“二人だけの秘密”に少しばかりウキウキしていたのだ。
いくつにもなっても、秘密というものはこそばゆく、甘美なものだ。その秘密を共有する相手に選ばれたという自尊心も擽られ、色んな意味で爆弾に近いものだろう。
彼が約束を破るとは思えなかったのでショックだったのだが、初対面の彼のことを信じきって、すっかり舞い上がっていた自分にもショックだった。年下に踊らされてどうする。――いや、今は年上か。とりあえず、プライドが傷ついた。
「フフッ」
「?」
理由が理由なだけに発散もできず、むかむかする気持ちを抑え込んでいると、笑い声がした。
レニーだ。
「……何?」
「ん?……フフッ……いや、何でもない」
いい歳して、人前で露骨に機嫌の悪さを出すのも嫌だった。だが、当の本人に笑われたので、つい低い声で返してしまった。
すると彼は、余計楽しそうに肩を揺らした。
「……感じ悪いわよ」
「すまない……いや…ちょっと……」
「ちょっと、何?」
「ん~?……ちょっと、嬉しくて」
「は?」
我慢の限界だ!
ガラの悪い声を出し、睨みつけて噛みつこうとすれば、その言葉通りに破顔している彼が視界に入ってしまいたたらを踏む。そんなに嬉しそうな顔をされたら詰問もできない。
というかそもそも、なぜこの男はそんなに嬉しそうなんだ?
助けを求めて三人を振り返った。
「……師匠…何でしょうこの甘い空間……」
「フゥ……茶番だろう」
「シッ!お二人とも空気に徹して!」
「……」
とりあえずエヴァンの頭に盥を落としておいた。




