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44.side:レナード(2)

 だからだろうか。

 彼女に家宝の指輪の話を持ち出された際、抵抗なく見せることができた。

 探しているという言葉に対し、本来であれば嘘をついて隠すべきだろう。王家の家宝であるそれをわざわざ探しているわけだから、指輪は魔女と深い関わりがあるかもしれない。


 しかし、私はそうはしなかった。

 彼女に愚痴を聞いてもらった礼でもしたいと思ったのか。なぜだか私は、彼女のその願いに報いたいと思ってしまったのだ。



 その後、あんなに嫌がっていた指輪をあっさりはめた理由は、安全のためだった。

 王家に代々伝わる指輪が魔道具なのであれば、魔女を打ち倒す道具なのかと思ったからだった。彼女は伝説とは少し違うようだから、杞憂かもしれないが、念のためはめておくことにしたのだ。使い方は分からないが、いざという時役に立つかもしれない。

 自分の生は終わっても構わないと思ったが、決して他人を――国を丸ごと犠牲にしたいわけではない。ひとまず、やれることはやっておこうと思ったからだった。



 後に分かったことだが、指輪についている琥珀色の石は、建国当初はなかった。何代目かの国王がギルダを想ってつけたらしい。

 琥珀――つまり、ギルダの瞳の色だ。

 本物のギルダが夫を想って贈った指輪は、いつしかギルダを想う王族の証にもなった。


 いつでも彼女がそばにいる。


 そのことが、国王の力となった。

 また、歴代国王は眠っている彼女の瞳の色を確認できないので、この指輪を通して思いを馳せていたようだった。実際に彼女と会うチャンスを得た国王は、その指輪と瞳を見比べ、同じだとほくそ笑んだという。私も、その一人だった。


 その指輪だが、今回私が身をもって体験したように、継承者が装着するまでは、魔力は封印される仕組みになっている。継承者以外の人間がはめたところで、封印は解除されない。

 どうやって継承者かどうかを判断しているのかというと、誰かが指輪をはめると、極細の針が出て血を抜かれるようになっている。その血で、王族がどうかを判断しているのだ。正解であれば封印が解かれ、魔法が使えるようになる。日記にあった映像通り、血縁者のみが使えるような仕組みになっているのである。そこで血縁者の確認がとれると、指輪はもう死ぬまで二度と抜けない。


 なお、指輪はれっきとした魔道具ではあるも、本物のギルダの高度な魔法で魔法使いには気づかれないようになっている。分かったところで、魔女の魔力だとは夢にも思わないだろう。何か不思議な魅力のある指輪だとでも思うはずだ。

 あの時彼女が気づいたのは、自身の魔力が備わった代物だったからだろう。



 余談だが、王族に魔法使いは生まれない。

 悪しき魔女を倒す家系から、魔力を持つ者が生まれることは、両者の対比の関係に影響を来す恐れがあるからだ。男と女、魔力のない者と魔力のある者、愛を得た者と愛を得られなかった者――そして極めつけは、“正義”と“悪”。

 これらの対比を明確なものとするため、子孫に魔力持ちが生まれないよう細工されていた。

 あのギルダの子孫なわけだから、強力な魔力を持つ子どもが生まれる可能性もあるだろう。もったいないなとは思う。だが、結局、指輪をはめた後は魔法を使えるようになるわけだから、それらは国民に対するパフォーマンスでしかない。

 

 そして、指輪を初めてはめた継承者は、必ず聖域に行くように暗示がかけられている。

 あの場所で真実を知らなければ、真の意味でのラプタン国王とは言えないからだ。


 そんなことは露ほどにも知らなかった当時の私は、『指輪を使わなければならない』という急き立てるような思いと、とある感情に板挟み状態だった。

 それは、『指輪を使えば彼女は封印されてしまうのでは?』という危惧だった。


 あの時の私は、まだ指輪が彼女を倒すための道具だとして認識していた。

 だから、これを思うがままに使用すれば、もう二度と彼女に会えないかもしれないと思ったのだ。


 おかしな話だろう。

 魔女が封印されることを心配するなど。


 彼女は敵のはずなのに、私はどうも親しみを覚えてしまっているようだった。

 これで終わりというのは嫌だった。もう少しくらい会話をしてからでも遅くはない、とすがりたい気分だった。


 けれども、暗示のせいで逃げてばかりはいられなかった。

 暢気な彼女の後押しもあり、その瞬間を受け入れることにしたのだ。


 彼女の手を握ったのは、もしもこの魔法が本当に魔女を封印するためのもので、決別なのであれば、最後に、彼女に触れたいと思ったからだった。

 それに、手を掴んで捕まえてさえいれば、消えないかもしれないと思った。



 一瞬で彼女が消え去る――なんてことはなかったが、鏡に現れた扉は不可思議なものだった。

 もしやこの扉の向こうが、魔女を数百年間閉じ込めていた場所だろうか。

 それにしては彼女が何の反応も示さないので不思議だった。知らない場所なのだとすれば、それとは無関係なのだろうか。


 見るからにあやしい雰囲気であるが、私には前に進むこと以外の選択肢はない。脳が『進め、進め』と命令している。

 そんな私を心配そうに引き止めた彼女に、思わず笑みがこぼれた。


 やはり、彼女は伝説とはどこか違う。優しい人だった。

 もしもこの先が本当に封印場所だったとしたら、いっそ彼女と一緒に永久の時を過ごすのもいいかもしれない――。

 そんなことをぼんやり思った。



 脳からの命令は、聖域の奥で眠るギルダを発見した途端に解けた。ずっと頭にあった焦燥感や義務感が弾け飛んでいった。

 二人の魔女の姿に驚きこそしたものの、目的はこれだ!と達成感でいっぱいだった。

 しかし、そんな私とは反対に、彼女はかなり動揺している様子だった。それを見て、少しずつ冷静な自分が戻ってきた。



 確かに、魔女が二人いるなど聞いたことがなかった。俄に信じられないことだ。

 とすれば、単純に考えればどちらかが偽者なのだろう。


 少し期待した。

 目の前の彼女は、本当は魔女ではないかもしれないと思ったからだ。


 心のどこかで、私に共感してくれた彼女が魔女ではなかったらいいのに、と思っていた。そうすれば、また会える。

 私の唯一の愚痴相手だ。

 魔女だから話したというのに、魔女でない方がいいなどと我ながら我が儘なことだ。

 だが、もう話した事実は変わらないから、たとえ国民だったとしても構わない。むしろ魔女より城に呼び出しやすいだろう。



 根拠はあった。

 王家の宝に導かれてやって来たこの場所が、魔女の封印場所である可能性が極めて高い。伝説では魔女が封印されたことは語られているが、それがどこなのかは一切触れられていなかった。魔女を倒した初代国王が、密かにその場所を隠し通してきたというのもあり得る話だ。

 つまり、あの場に眠っている彼女こそが、封印されている魔女ギルダというわけだ。


 淡い期待がどんどん膨らんでいく。

 頼りなかったろうそくの明かりが、少しずつ大きくなっていくかのようだった。

 彼女を肯定するような理由づけが、頭のなかで次々と生まれていった。



 残念ながら、未来から来たという彼女の話に、淡い期待は崩れ去ったが――。



 はっきり言って、落胆した。

 しかも、その落胆を引きずったまま、私たちは日記を通し国の“真実”とやらに遭遇する。


 愕然とした。

 くらくらした。


 もはや信じられない、なんて現実逃避できる内容ではない。証拠もそろった紛れもない事実だった。自分が信じていたことはすべて虚構だったということに、血の気が引いていった。

 力が入らなかった。

 頭が真っ白になった。


 目の前の彼女が視界に入り、心が軋んだ。



 僕は、僕たちは――。

 ずっと救世主を非難してきたのか。



 絶望した。

 そんなこと、加害者の一人である私が言うのはお門違いであることは分かっている。ただただ呆然とした。

 生まれて初めて王族であることを恥じた。

 自分の立場が、泥を被った魔女が作り上げてくれたものであることに――、そんな魔女をこれまで悪者として疑ってこなかったことに、居たたまれなくなった。

 何が王太子だ。秘匿されていたことでも、王太子なら違和感に気づくべきだった。



 王族とは、王とは、いったい何だろう。



 これ以上過ちは犯せないと思った。

 これまでの認識が虚実であることを知ってしまったからには、もう許されないことだ。

 無知ではいられない。



 知らなければ――。



 私のなかにあるのは、その一心だった。


 その後、彼女とともに謎解きを行った。愕然とした気持ちのなかでの唯一の救いは、その共同作業が楽しかったことだった。




 ただ、この先の未来で悲劇が起きると聞いた時は、どっと疲れが出た。

 もちろん、彼女に会える機会を得られたことは嬉しい。すべての国王が体験できるものでもない、貴重な体験だ。だが、これまでの国王が出会ってきた悲劇のなかでも最上級の悲劇である。正直言って自信がなかった。

 ただでさえ国王の執務がうまくいかず悩んでいる最中だった。そんな状態であるのに、この先悲劇が起きるだなんて――。こんな情けない自分にうまく立ち回ることができるのか、不安しかなかった。


 けれども、魔女やこれまでの国王が必死で守ってきたものを、自分の代で壊すということは絶対にしたくなかった。

 何より、ギルダの努力を無駄にしたくなかった。

 それは、目の前にいる彼女の努力も無駄にするということになる。


 それだけは、どうしても避けたかった。

 彼女に落胆してほしくなかった。



 悲劇が起きると知りながら、見知らぬ顔ができるほど器用な人間でもない。

 そんなことになればきっと罪悪感でいっぱいになる。毎日その日が来ることに怯え、何もしない己を蔑み、後悔することになるだろう。


 それなら、自分には運命に従うという道しかない。


 たとえ不出来な状態でも、やらないよりはよっぽどマシだ。

 やってみなくては分からない。

 まだ時間はあるから、今から少しずつ計画を立てていけば、可能性はあるだろう――。

 そう自身を奮い立てていった。



 それに何より、私は一人ではなかった。



 彼女がいる。



 この困難に立ち向かうのは、私一人ではないということが、何よりも心の支えになった。



 彼女の「協力する」という言葉が。

 彼女の優しさが。

 彼女の存在が。



 私にこんなにも勇気をくれる。



 この国の国王として、魔女と先祖たちのように、必ず守り抜いてみせよう――。

 おかげでそう決心することができた。




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