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42.side:ジュード(2)

 やはり噂は当てにならない。

 魔女ギルダが噂通りだったのは、その外見だけだった。記憶喪失のせいかもしれないが、中身は悪女と名高い人間とは思えないくらい平凡だった。現状が分からず、混乱している様子だったが、色々と説明するとすぐに落ち着いた。

 おや?と思った。

 それでもヒステリーくらいは起こすかと思って身構えていたのだが、彼女は淡々と受け入れただけだった。その姿には諦念の感があるように思えた。



 何も知らない人間がこの場を見れば、いったい被害者はどちらに見えるのか。



 魔女に会うということでこちらも色々と準備をし、意を決して臨んでいた。何だか出鼻を挫かれたように感じた。

 もちろん、問題が生じなかったことは僥倖だ。だがここまでスムーズに進むと、逆に彼女のその意気消沈した姿に気を遣ってしまう。

 彼女の嘘だろうか。

 ――いや、嘘は()()()の方か。


 現段階で判断するのは時期尚早だ。

 けれども、彼女とのこの初対面を通して覚えた違和感に、いよいよ俺の長年の疑問が解決する予感がして、少しだけワクワクした。



 その後も警戒こそ解かないものの、交流は積極的に続けた。

 初対面の印象通り、彼女はいたって普通の女性で、悪どいことは一切起こらなかった。ただただ平和に時間が過ぎ去ってゆく。


 アーチーは驚くほどすぐに彼女に気を許していた。

 二人の会話は傍目から見れば仲の良い姉弟のようだった。アーチーは実際に姉が三人いると聞いたことがある。年上の女性との触れ合いに慣れているのだろう。

 彼女も子犬のようにじゃれついてくるアーチーのことを気に入っているようだった。始めこそ緊張が抜けず、我々の様子を逐一窺っていたが、次第に解されていった。


 エヴァンはそんな二人を少し距離を空けて観察していた。

 彼とは師匠を通して何度か話したことがあったが、ほとんどよく知らなかった。今回、騎士ということで警戒していたが、柔和な雰囲気だった。どうやら俺たちに嫌悪感はないらしい。

 そういえば、幼い頃は魔法使いになりたがっていたと聞く。

 そのことを思い出し、改めて彼の様子を見ていると、魔女のことをたまに期待のこもった瞳で見つめていることがあった。

 どうやら彼も同じ穴の狢らしい。


 まさか魔女と国民がこんなにも良好な関係を築けるようになるとは――。

 俺は面白くなって、つい笑ってしまった。



 ある時アーチーがいい仕事をした。

 陛下には直接何も言われていなかったが、万が一のことを考え、俺たちはなるべく魔女に魔法を使わせないようにしていた。

 いずれにしろ記憶がないようなので、使えないと思っていた。

 しかしその目論見は外れたようで、彼女は完璧すぎるほどの知識を見せてくれた。


 鳥肌が立った。

 その知識が素晴らしいからだけではない。


 彼女のその発想や着眼点から、世紀の大発明と言われている魔道具や薬との、類似点を見つけたからだった。


 一つだけではない。

 それからは色々彼女に意見をもらって確認してみたが、いくつもの類似点があった。当時は絶対に思いつかないだろう驚きのその発想を、彼女はスラスラと発言した。



 ――封印されていたはずの彼女が、なぜ知っているのだろうか。



 その答えが思い浮かび、俺は期待した。

 そして『魔女は本当に国の敵だろうか』という疑念が真実味を帯びてきた。


 ますます国に対する猜疑心は強くなった。その分、彼女への警戒心は弱まっていく。

 それからは、彼女自身をよく観察するようになった。



 観察して分かったことは、やはり彼女は一般人と何ら変わらないということだ。

 たまによく分からない話は出るものの、およそ価値観は我々と似たようなものだった。国を害そうとする気違いのような思考はない。フラれたからといって、すべてに復讐するような人間には思えなかった。むしろフラれたら、殻に閉じ籠もるようなタイプに思える。

 人として好感を持てた。エヴァンも、そんな彼女との距離を少しずつ縮めているようだった。それを見て、俺も彼女との距離がいつの間にかかなり近づいていることに気がついた。


 四人の間では笑いが絶えなかった。

 ちょうどパズルのピースがぴったり合わさったかのように、俺たちはバランスが良かった。

 居心地がいいと感じていたのは俺だけではないだろう。アーチーは二人だけの時より明らかに毎日楽しそうだったし、エヴァンも口元が緩んでいるのをよく見かけた。


 同じ場所であるのに、緊張感が溢れていたあの初対面が嘘のようだった。

 これだけは断言できる。



 俺たちは、彼女と過ごせて幸せだった。



 決して誰も口には出さなかった。

 だがそれは明らかな事実だった。




 ――彼女をみすみす見殺しにするようなことはあってはならない。



 俺のなかでそんな決意が生まれた。

 疑念を解決させるためにも、そして自身の知的好奇心のためにも――比重としてはこちらの方が大きいかもしれない――、彼女の力はうまく使うべきだと思った。それこそ、筆頭という地位が存分に活躍してくれるはずだ。


 その後は、彼女の力を借りて、新たな魔道具や薬の製作に励んだ。

 異世界の少女というイレギュラーはあったが、その計画はうまくいったようだった。

 大勢の前で彼女の力を借りる大義名分も得た。陛下が承諾したという事実は、人々のなかでかなりセンセーショナルな出来事だっただろう。これなら、彼女の名前を掲げたまま販売に持っていくこともできるはずだ。


 ただ、想像していたよりも謁見はかなりひどい有り様だった。

 得たものは大きいが、彼女に辛い思いをさせてしまったかと思うと胸が痛んだ。


 謁見前の彼女が思い浮かぶ。

 緊張による睡眠不足に加え、随分と気落ちしていた。女性の慰め方など知らない俺は、くだらない話をして気分転換させることしかできなかった。

 気丈に振る舞う彼女に()()()()()()()()()が生まれた。しかし、それに名前をつけることはしなかった。


 手錠を差し出した時の彼女の表情は、一生忘れることができないだろう。まるで、自分の方が咎人になったかのような気分だった。

 ――俺は何をやっているんだろう。

 そう自分を責める感情と、『仕方がないことなんだ』という逆の感情に、両側から押し潰されそうになった。



 高揚感が少しずつ萎んでいくのが分かった。

 思惑通りに彼女の命を救うことができて喜んでいたが、時間が経過していく毎に冷静になっていった。

 なぜなら、彼女の許可を得ず、勝手に進めてしまったことに対して、後悔が生まれたのだ。

 頭脳派の自分にしては珍しく『彼女を見殺しにしてはならない』という自身の感情だけで動いていた。そんな自分が信じられなくて、少し愕然とした。心が痛かった。


 彼女の生は保証された。

 しかし、果たしてそれが彼女の望むところだったのかが分からなかった。


 俺は、失念していた。


 普通は、死を望まないだろう。

 ただし、彼女は魔女だ。すでに千年以上も生きている。

 魔女の寿命は不明だが、今後も何十年も、下手したら何百年もこのまま働くことになる。この限られたスペースのなかで、自由など何もなく、毎日毎日同じ日々を繰り返す。



 それは死より幸せなことなのだろうか。



 俺は、俺のために、――俺たちのためだけに、ひょっとしたらひどいことをしてしまったのではないのだろうか。


 ひょっとしたらではない。これは、事実だ。


 太陽が毎日昇って沈むことを繰り返すように、働くことだけを命じる。終わりは見えない。来日も来日も働けと、さすれば生かしてやると――。

 俺がやったことはそういうことではないのだろうか。そんな窮屈な暮らし、いっそ死んだ方がマシだったと思うのではないか。



 目の前が真っ暗になった。

 俺は彼女を助けようとしながら、その実、太すぎるほどの枷で彼女を縛りつけたのだ。

 手錠をかけたあの時、彼女の顔を忘れないだろうと胸に刻んだのに――!


 自分の浅ましさに頭がクラクラした。

 彼女がこのことをどう思っているかを考えると怖かった。

 きちんと話をしたかったが、なかなか二人きりになれず、時間だけが過ぎていった。その間、モヤモヤはどんどん増えていく。



 そんな状態だったものだから、いざ二人で話した際、彼女が何てこともないようにいつも通りに接してくれてホッとした。

 情けないことに、思っていたことのほとんどが言葉にならなかった。けれども彼女は察したようだった。

 楽しそうに笑っている姿は嘘ではないように思えた。結局、その時は彼女のペースに巻き込まれ、絆されて終わった。

 俺が気に入っている彼女の魅力の一つだ。助けようとして溺れた俺を、結局彼女が助けてくれた。俺は彼女の温情に感謝した。


 本当はどう思っているかは分からない。

 ただ、俺が楽しませた分彼女が満足してくれるというのならば、それに報いようと思った。

 窮屈な暮らしだったとしても、四つのパズルがそろっていれば充実する。それはこの一ヶ月で十分に分かったことだった。


 だからせめて、俺たちがいる間だけでも、責任を持って彼女を笑顔にしたい――。

 そう思った。



 それ以降、彼女が少しでもよりよい生活を送れるよう、魔道具や薬の開発に一層力を入れて取り組むようになった。

 それが実り、承認が下りた時は興奮した。そのことで頭がいっぱいで、真夜中に突撃してしまったことは忘れたい出来事ではある。


 あの時は自分が彼女の役に立てたということがとにかく嬉しかった。

 彼女の知識は素晴らしい。この国はこれからもっと発展するだろう。

 この調子でいけば、さすがに自由を得ることまでは難しくとも、この塔からたまに出るチャンスくらいは貰えるかもしれない。

 希望が見えてきた。

 俺にも、十分やれる。彼女に鉄格子越しではない空を見せてやれるかもしれない。




 彼女に言われた言葉があった。


『貴方はなぜ私に優しくしてくれるの?』


 当初、俺の行動の原動力は、国への猜疑心と知的好奇心だった。そしてそこに彼女への贖罪や好感といった感情が追加されていった。

 その感情のなかには、名前をつけることを拒んだあの感情も含まれている。もちろんそれにはそっと蓋をした。

 そんなことよりも、俺にはやらなくてはならないことがたくさんあった。未来のことを思い浮かべ、気合いを入れ直した。

 もっともっと、魔女の名で商品化させよう。巷に魔女のものが溢れた時、きっと新しい国の未来が拓かれるだろう。

 ――そういう希望を胸に。



 地震が起こったのは、そんな追い風と共に奮起している時のことだった。



 原因は彼女ではないのに、やはり世間の目は厳しかった。陛下の宣言で目立った行動をとる者はいなかったが、人が見ていない場所では色々とあった。彼女に気づかれないように、三人でいつも通りの振る舞いを心がけようと約束した。


 やっと追い風が吹き始めたと思ったところにこの事件だ。

 俺は悔しくて地団太を踏んだ。

 これでは商品化させたところで、人々の魔女への恐怖心を煽るだけだ。せっかく希望が見えたと思ったが、また遠退いてしまった。


 だからといって諦めるわけにはいかない。


 陛下が言った『うまく使えよ』とは、俺と同じ考えを指していたのだと思う。

 つまり、魔女の力を十二分に利用しての“無関係アピール”だ。

 もっと具体的にいえば、怪我人のための薬普及である。


 怪我をさせた本人が、わざわざ怪我を治す薬を用意するなどあり得ない――そんな謳い文句で、国民全員に無料で配ることとなった。

 無料というキーワードは恐ろしいもので、始めは人々も渋っていたが、誰かが目の前で問題ないことを証明すると飛ぶように行き渡っていった。もちろん、レシピこそ魔女のものだが、実際に作ったのは筆頭魔法使いだと言ってある。まるきり嘘ではない。俺も横にいたのだから。


 噂は広まり、常備薬として人々は欲しがった。効果はピカ一なのだから、一度使ってさえもらえればこうなることは分かっていた。薬を大量に用意することは大変だったが、その苦労にあった成果をあげられた。


 一時はどうなることかと思っていたが、結果的に、地震は好機となった。


 陛下からの暴露話を聞いて気づいたが、もともとこうなることは予想済みだったのだろう。

 薬が国民に少しずつ受け入れられていることを報告した際、口角を上げて頷いていた。




 さて、その陛下の話といえば――。

 ついに、俺の長年の疑問が立証・解決されたわけである。

 やはり建国伝説は虚偽であり、魔女は国の敵などではなかったのだ。



 俺の考えは間違っていなかった。



 魂が震えるようだった。

 それほど興奮した。


 気分は爽快で、柄にもなく小躍りしたいくらいだった。

 胸につかえていたわだかまりがスッキリして、やる気が満ち溢れてきた。


 ――よし、やるか!


 その話をすべて鵜呑みにしたわけではない。

 気がかりなことはあったが、今はとにかく、俺がやらなければならないことがあった。

 それは――。



 彼女を助けること――。



 そのための手段は、この手のなかにある。



 これでやっと、何度も濁して答えていた「思うところがある」という曖昧な言葉について、明確な答えを伝えられるだろう。

 俺がずっと、魔女は悪ではないと疑っていたことを知ったら、彼女は何と言うだろうか。喜んでくれるだろうか。


 ――あぁ、早く彼女に会いたい。


 俺は、満ち足りた気持ちでいっぱいになった。

 



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