41.side:ジュード(1)
名前は――ジュード・ディアス。
魔力の有無は血筋ではないと言われているが、我がディアス家は昔から多くの魔法使いを輩出してきたことで有名だった。
俺の父も魔法使いだった。
父は幼い頃に亡くなったため、その記憶は乏しい。だが、当時よく職場に連れて行ってもらったことは覚えている。
そこで知り合ったのが、師匠――先代の筆頭魔法使いで、エヴァンの祖父――だった。
父の存命時も、亡き後も、師匠にはよく面倒を見てもらった。面白い人で、魔法使いとしても、人としても、とても尊敬していた。
彼らの影響で、自然と魔法に興味を持った。そしてすぐに虜になった。
魔法を目にする度、体中が歓喜に震えるのが分かった。わくわくして、俺だったらこうするのに、もっとこうしたらいいのに、と色々と想像するようになった。
無限の可能性を秘めた“魔法”という世界を、この身が朽ちるまで味わいたかった。
ディアス家の血筋だからだろうか。それが使命のように思えた。このために生まれてきたのだとはっきりと分かった。
そして俺には、ディアス家の一員であるという誇りがあった。父のように、先祖のように、立派な魔法使いになりたかった。
そうして魔法の勉強に夢中になった。
環境が整っていたこともあり、それは難しいことではなかった。家にある魔法書を読みあさり、魔道具もいじくり回した。
朝から晩まで魔法漬けの毎日を過ごした。わざと怪我をして、魔法薬の効能を試したこともあった。すぐにバレて怒られたが、自分が一番の実験台だったのでめげなかった。
学べば学ぶほど奥が深かった。それに、魔法にはまだまだ解明されていない謎が多い。いつか自分が魔法使いとして目覚めたら、絶対に第一人者になろうと思った。
そしてその機会は、思っていたよりも随分と早くやってきた。
七歳のある日のことだ。いつものように魔法書を読み込んでいたところ、その日はなんだか何でもできる予感がした。
当時、魔法を勉強することは許可を得ていたが、実際に試すことは禁止されていた。もどかしく思っていた俺は、好奇心に背中を押され、とうとう書物の通りに実行してしまった。
初めての魔法は、思った通りに作動した。
成功したのだ。
あの時の感動は今でも思い出せる。
全身に鳥肌が立った。
体中を稲妻のようなものが駆け抜けていって、ビリビリ震えた。
――興奮だ。
俺は自身が魔法を使えることが分かると、それから手当たり次第簡単な魔法にチャレンジしてみた。するとどれも面白いぐらいに上手くいった。
楽しくて楽しくて仕方がなかった。
そうして、魔力が切れて気を失うまで、俺は随分と部屋を散らかしたのだった。
その後、ベッドの上でかなり叱られたが、結果として、普通の子どもより一足早く、魔法使い見習いとして入寮することになった。検査より前に魔力が確認されることは稀のため、異例の待遇だった。
というのも、魔法は仕組みを理解していない限り、おいそれとできるものではない。俺の場合、既に基礎知識が身についていたこともあり、魔法が使えた。一般的な家庭では魔法書などないうえに、そもそも魔力持ち自体極端に少ない。幸運だったと言えよう。
それからは無我夢中で勉強した。本を読んでいただけの時とは異なり、実践と共に学べるので習得スピードが上がった。感動も一入だったので、それが相乗効果をもたらした。
改めて魔力の検査をすると、魔力量が人より多いことが分かった。国は金の卵でも見つけた気分だったろう。破格の待遇を受けた。
俺としては学ぶことができればその他のことに興味はない。これ幸いとあれこれ注文した。
通常、入寮後の少年たちは数人まとめて授業形式で学ぶが、俺は師匠のもと、ほとんどマンツーマンだった。これも国と師匠の期待の表れだった。
そして俺は、彼らのその期待通りの結果を出し始める。そのうち、天才だのなんだのともてはやされるようになった。
俺にとって評価なんてものはどうでもよく、正直煩わしかった。けれど、適当に頷いておけば研究環境がよくなっていくので、好きにさせることにしていた。
――『稀代の魔法使い』。
そんな大層な評価が定着し始めた頃、師匠が亡くなり、俺はその“筆頭”という地位を打診された。
トップを統べるというのは面倒ごとも多い。始めは拒否したが、トップというのは縛られることでもあるが、その分その範囲で自由が利かせられることでもあると説得された。
――あぁ、そうだった。
その相手は、陛下だったな。
陛下の説得――いや、命令に従い、筆頭魔法使いの位地についた俺は、前から目をつけていたアーチー・グラントを弟子にとった。
入寮後に複数人まとめての授業を行うのは、単純に教師役になる魔法使いの数が少なく、その方が効率がいいからだ。
そして粗方本人の能力や適応――魔法薬が得意、魔道具作成が得意など――が定まってきたら、その専門の魔法使いに弟子入りする。要は集団学習から個別学習に移行するわけだ。
成人の魔法使いは面倒だといって放棄することはできない。それは次代育成のための義務であった。簡単に言えば罰せられる。
アーチーのことは以前から鍛え甲斐がありそうだと目をつけていた。アレが作った魔道具を数点見たが、着眼点が面白い。小間使いにするのにもちょうど良さそうだった。
ちなみに、俺の専門は特にない。思いついたことを好きなようにやっている。これも、“筆頭”魔法使いならではの特権だった。
それからはアーチーと二人で、それなりにそれなりの生活を送ってきた。
アーチーは口を開けば喧しいが、思考回路が俺と同じで魔法一直線のため気が合った。
兄弟がいないので分からないが、弟がいればこんな感じなのだろうか。そんなことを日々思っていた。
たまに面倒ごとを持ってこられることを除けば、俺たちはごくごく平和な毎日を過ごしていた。
そんなある日、陛下に呼び出された。
内容は『魔女の世話役就任』だった。
――きな臭いと思った。
そもそも俺は、元より建国伝説に疑問を抱いていた。
伝説には、男と少女がどうやって魔女を打ち倒したかについて書かれていない。意図的に隠されているのか、作者がそれについて知らないだけなのか。
作者が誰だか分からないというのも不可解だった。小国である我が国では、人々の距離感は近く、顔見知りが多い。作者が自分の存在を秘匿していない限り、埋もれるわけがない。そんな出所が分からない話――しかも内容が不十分な話を、人々はたった一つの真実だとして疑っていない。
伝説は淡々と出来事を羅列しているだけで、短いので何回か聞けば覚えられる内容だ。おかげで老若男女問わず、みんなこの話を空で話すことができる。まるで、意図的にそう作られているかのように――。
王族にしか伝わらない秘密があるのか。血筋ではなく、何か倒すためのモノがあるのか。
国民は、魔女を打ち倒すためにはその男の血筋が大切だと思っている。伝説に詳細が描かれていないことで、男自身がその場にいることが肝であると考えられているからだ。だからこそ、建国時からずっと王族を崇め、大切に守ってきた。
しかし、血筋ではなく他に倒すためのモノがあるのだとすれば、見も蓋もない話だが、王族が国を統べる必要はない。反逆を防ぐため、わざと隠しているのだろうか。
特に俺が納得がいっていないのは、ただの一般人が、最強と言われる魔女をどうやって打ち負かしたのか、ということだ。
一般人と魔法使いですらその差は歴然だ。どんなに腕っ節が強くとも、魔法使い相手には到底敵わない。魔法とは人智を超えた奇跡だ。
精神的な面で負けるかもしれないが、あの騎士団団長とアーチーで戦わせたとしても、アーチーに軍配が上がるだろう。
そんな状況であるのに、魔女がいったいどうして一般人に負けるというのか。
魔法使いでもない人間が、血筋と、用途不明の少女と力を合わせ、何をしようというのか。
どうにも釈然としなかった。
自分が魔法に精通しているため、余計常人との差を感じ、理解ができなかった。
魔法使い同士でも、魔力の差がかなり勝敗に関わってくる。それが魔法使いと非魔法使いの争いなんて、火を見るより明らかだった。
建国伝説にはこんなにも明確に不透明な部分があるにも関わらず、人々は疑っていない。
なぜなら、魔女は悪だから。
幼い頃から、魔女は国を害するものだとして教育を受ける。
気をつけなさい、と。さもなければ魔女にすべてを奪われる、と。
幼い頃からの教育は人々の頭に根強く残り、それが事実だとして疑わない。半ば刷り込みのようなものだった。
俺の場合、教育者になるはずの父親を早くに亡くしている。
その場合、当然に母親が代役を務めるはずだったが、俺は幼い頃から魔法の勉強にのめり込んでいたため時間を割かなかった。
魔法使いとしての教育者である師匠も、魔女を貶めるようなことは決して言わなかった。
おかげで、フラットな視点で考える“異端”のジュード・ディアスが出来上がったわけだ。
この俺の考えは、決して口に出すことはできなかった。
常識はずれの男として、仲間外れにされることが問題なのではない。王家に反逆の意志ありと捉えられることが、問題だった。
味方など誰もいない。
だから俺は、この納得できない燻りをずっと抱えてきた。
他にももう一つ、かねてから疑念を抱いていることがあった。
それは、この国の発展度合いだ。
ラプタン王国は周りを山に囲まれた、外交のない小さな国家である。つまり、我々だけの力で発展を遂げてきた。
それでも、国民全員が飢えもなく、何かしかの職を持ち、自身の家に暮らしている。衣食住がしっかり整っていれば十分裕福だと言えるだろう。
これだけ安定しているのは、魔道具や王の施策で、生活が目覚ましいスピードで豊かになっていることが理由だった。特に、時折必ず現れる賢王の存在が大きい。
しかし、俺はずっと不思議に思っていた。
閉鎖した世界を持つ国というのは、こんなにも上手い具合に発展するのだろうか。
しかも、こんな驚異的なスピードで。
他国の現状が分からず、比較できないので答えは出ない。
ただ、ずっと疑問に思っていた。
例えば“人の成長”を思い浮かべてみる。
個人で何かを突き詰める場合と、他者から様々な刺激を受けながら学んでいった場合とでは、どちらがより成長するだろうか。
その人物の個性やスキル、学ぶ対象にもよって変わるだろうが、総じて、後者の方が良い結果が生まれるだろう。視野が広がり、問題点にぶつかったとしても様々な面からアプローチできるからだ。
それに、個人競技はあくまでもその個人に才能があればこそだ。大多数の人間は一人でやることに“限界”がある。
だからこそ、俺は魔道具や新薬の開発には、必ず他者の意見を大切にしていた。
ところが、どうだろう。
閉鎖的なこの国には、未だ限界点がないのである。
恐ろしいほどの画期的な発想で、どんどん成長していっているのだ。
単位が国と人とで大きく変わるので、俺のその理論は当てはまらないからかもしれない。
でも、当てはまるかも分からない。
不思議だった。
こんなものなのだろうか。
俺が気にしすぎなのだろうか。
追い込まれていない人々が暮らす平和な国の発展は、こんなにも急スピードで進むものなのだろうか。
ほとんどの人々は現状の生活に満足している。満足している人々が、わざわざ苦労してもっと良いものにしようと思うのだろうか。
外交などない、閉じ籠った小さな国だ。はっきり言ってしまえば何の刺激もない。そんな国に、天才的発想の人間が定期的に生まれ、高度な発明をもたらすのだろうか。
俺には違和感が拭えなかった。
ずっと不思議だった。
国の発展は喜ばしいことなのに、釈然としないので素直に喜べない自分がいた。
素肌の上を虫が這いずるような、そんなこそばゆい嫌悪感があった。
国の現状を知れば知るほど、俺の猜疑心は大きくなっていった。
そんななかで、今回陛下から任された『魔女の世話役』である。
だからこそ、きなくさいと思った。
――魔女は本当に国の敵なのだろうか。
そんなあってはならない疑問が生まれた。
――いや、これが初めてではない。俺は昔から、たまにこの疑問を思い浮かべていた。
国のすべてが疑わしかった。
その疑問が今回再び顔を現したのは、国を脅かす存在が現れたというのに、陛下の態度はすこぶる落ち着いていたからだ。
むしろ、俺がこれまで見たなかでも一番機嫌が良いように思えた。抑えきれない喜びのようなものが、彼の口元に浮かんでいた。
おかしい。
何かが、おかしい。
――そうして思ったのだ。
魔女は、本当に国の敵なのだろうか――、と。
何か重要な秘密が隠されていると思った。
その魔女に会い、確かめなければと思った。
もしかするとそこに、俺がずっと探し求めていた“答え”があるのかもしれない――。
そんな思いを抱えながら、俺は魔女ギルダに会いに行ったのだった。




