37.side:アーチー(1)
僕の名前は、アーチー・グラント。
この国の数少ない魔法使いだ。
実家のグラント家は商家として有名で、王国のなかでもトップクラスの規模を誇っている。おかげで寮生活が始まるまでは、かなり贅沢な暮らしをしていた。
両親は所謂おしどり夫婦で、そんな二人のもとには僕を入れて四人の子どもが生まれた。
三人の姉と、僕である。
跡継ぎの問題もあって、どうしても男児が欲しかったらしい。僕が生まれた時は、かなりのお祭り騒ぎだったと聞く。
三姉妹はとても……色んな意味で強かった。
今でも女の子みたいだとよく言われるが、幼い頃は今以上に可愛らしかった。性別を問われれば、十人中十人が女の子と答えるほどだった。
そんなわけで、三姉妹はリアル着せ替え人形を手に入れたわけである。
僕は常に、ワンピースに髪飾りといった女の子の恰好をさせられた。何人の幼気な少年たちの初恋を奪ったかは分からない。
さて、そんな着せ替え人形になっていた頃の僕はといえば――ノリノリだった。
大抵の男児が嫌がってトラウマになりそうな出来事であるが、僕は嫌ではなかった。
女の子になりたいわけではない。
可愛い、と評価されることが単純に嬉しかった。
実際、僕から見ても僕はとっても可愛い。そんじょそこらの女の子たちよりも断然可愛い。
僕は僕の顔をとても気に入っていた。
――褒められているのだ。それを素直に受け取って何が悪い!これも僕の持ち味だ!
昔からそんな風に考えていた。
もちろん僕は頭も性格も良くて申し分ない人間だが、これらの評価は探せば当てはまる男児もいるだろう。
けれども“女の子より可愛い”という評価はなかなか得難いものだ。より特別な評価を貰えているような気がして嬉しかった。
だから僕は、そんな自分を自信に思っていた。可愛いと言われることが大好きだった。
まぁ、それは今も変わらないけれど。
かといって、かっこいいと言われることが嫌なわけではないので悪しからず。
僕は何より、褒めてもらうことが大好きなのだ。
そんな感じで、イチャイチャ夫婦とつよつよ三姉妹、そして美少女男児という仲良し家族のもと、僕はすくすくと育った。
十歳になったある日、僕の生活は一変した。
この国の子どもは十歳になると魔力の検査を行うのだが、そこで魔力が確認されたのだ。将来魔法使いになるために、すぐに寮に入って勉強することとなった。
僕は将来実家を継ぐつもりでいたので、複雑だった。寮に入ることも、家族から離れて暮らさなければならないので嫌だった。
当時の僕は、魔法のことはよく知らなかった。
ただ、魔道具については実家で取り扱っていたこともあり馴染み深かった。特にその仕組みは面白く、興味があった。
それくらいの関心しかなかった僕が、こんなにも魔法に夢中になったきっかけは、師匠だ。
入寮してすぐに歓迎パーティーが開かれた。そこでは年長者たちが魔法を使って様々な出し物を行うのだが、その場で披露された師匠の魔法に魅了されたのだ。
圧倒的だった。
その場の誰よりも素晴らしい力だった。
すぐに師匠は僕の憧れになった。
それからは無我夢中で勉強した。
僕も師匠のようになりたかった。
魔法は学べば学ぶほど奥深く、面白かった。
そのなかでもやはり、僕の興味は一等魔道具に向いていて、見よう見まねでいくつかの試作品を作っては周りに見せていた。
賢い僕はめきめきと頭角を現していく。
残念ながら友達はあまりいなかった。成績がずば抜けて良かったので、遠巻きにされていたのだ。
くだらない嫉妬心だった。
ここにいる男子たちは、稀有な才能を見出だされ、将来を期待されている特別な子どもたちだ。そのため、自尊心が高い子が少なからずいた。そんな子たちは自分より優れている僕を認めなかったし、反対に臆病な子たちは彼らに目をつけられないよう、僕には近づかなかった。
僕が嫌がらせを受けるようになるまで時間はかからなかった。
思ったことをすぐ口に出してしまう癖も、それに油を注ぐ形となった。
もちろん後悔はしていない。
僕が賢いのは、きちんと勉強しているからだ。魔力があるという特異性に胡座をかき、何もしないのは彼らの落ち度だろう。なぜ、ここまで非難されなければならないのか。
僕のこの天使のような愛らしい顔も、彼らは気にくわないらしかった。会う度に「男らしくない」と言われていた。
ある時、その男らしくない顔から派生したのか、「魔女の生まれ変わりか?」と言われたことがあった。およそ子どもらしくない下卑た笑いだった。
途端、周りにいたみんなが顔を青ざめさせたのを覚えている。
当然、僕はからかわれたとしてもこの顔は気に入っていた。むしろ、可愛いと思ってくれてありがとう!本望です!という感じだった。
魔女を持ち出されても痛くも痒くもなかった。
そもそも、魔女は封印されているだけなので、僕が生まれ変わりなわけがない。
それに、桁外れの魔力を持つ魔女と同一視するなんて、つまりそれは、僕の実力を評価していることと同義だ。そんな単純なことが分からない彼らの言葉は、まったく響かなかった。
それからはよく「魔女の生まれ変わりだ」として揶揄されるようになった。「本当に男か?」と下品なことをされそうにもなった。
彼らの嫌がらせは、魔女という断罪対象の建前のもと、どんどんエスカレートしていった。
ただ、変わったのは僕も同じだった。
おかげさまで、魔女のことを意識するようになったのだ。
もともと、僕にとって魔女ギルダはお伽噺の存在だった。
特別畏怖しているわけでも、かといって魔法使いとして尊敬しているわけでもない。実際に存在する人物だということは知っているが、以前現れたのは五百年も前のことらしいので、どうにも現実味がなかった。
昔、ワガママを言うと、母親に「そんなこと言ってると魔女に食べられちゃうわよ!」と脅された。
僕にとって魔女とは、そんな程度の存在だった。迷信に近い。
僕をいじめていた子たちもその程度の認識だったのだと思う。だからこそ、安易に魔女の名を用いて、手を出してきた。
僕は、考えた。
それなら――。
僕を魔女の生まれ変わりだと言うのなら、魔女としてやり返そう――と。
仕返しの内容は「魔女ならこういう悪辣なことをするだろうか?」という想像や、噂話をもとに、あれこれ試行錯誤した。
結果、賢い僕が連続で勝利を収めていくと、彼らも何もしてこないようになった。
さて、そんな感じで、僕は魔女ギルダのことをよく考えるようになった。
今思い返すと、まさに人間万事塞翁が馬。それまで魔女に対して無関心だったのが、彼らのおかげでシンパシーのようなものまで感じるようになったのだ。
同族?いや、仲間意識というのだろうか。
魔女に対して嫌な感情はなかった。
ただ、余計に僕が浮いた存在になったのは確かだった。
時は流れて、十三歳の頃、筆頭魔法使いだったウィスロー様が亡くなり、彼の弟子だった師匠――ジュード・ディアスが跡を継いだ。
そして師匠は弟子をとることになり、僕が選ばれた。
天は僕に味方したのだ。憧れていたジュード・ディアスの元で学べることに興奮した。
師匠は口が悪く、取っつきにくい印象をよく持たれているが、身内には甘いタイプだ。意外と面倒見も良い。僕たちはすぐに仲良く――少なくとも僕はそう思っている――なった。
そうして師匠との生活が始まって何年か経ったある日。唐突に師匠が魔女ギルダの世話役に任命された。僕も弟子として、自然な流れで魔女の世話役となったのだった。
お伽噺が現実となった瞬間だった。
嫌悪感こそないとはいえ、始めは怖かった。だがそれ以上に好奇心もあった。初対面の時についつい興奮してあれそれ尋ねたが、何も覚えていないと言われ、正直拍子抜けだった。
そもそも、その記憶喪失のせいなのか、伝説や噂話で聞いていた話とはまったく違う様子で、悪女という印象はなかった。僕はそんなに時間をかけずに、彼女に慣れていった。
彼女との会話を通して思ったのは、魔女は普通の人と何ら変わらないということだ。
自分に非があると思えばきちんと謝罪するし、面白いことがあれば笑う。手を叩いて喜ぶ。たまに抜けていたりもする。僕へのからかいの言葉こそあったが、それは少年たちのそれとは意味合いがまったく異なっていた。
彼女との会話は打てば響くようなやり取りで、楽しかった。まるで姉たちと話しているようだった。僕は、自然と姉に接するように話しかけていた。試しに甘えるようなことを言ってみたところ「仕方ないなぁ」と受け入れてくれたのだった。それがとても嬉しかった。
今振り返って考えてみると、あの時すでに、僕は彼女に懐いていたのだと思う。
聞いていた話とはまったく別人で、もしやあの伝説は嘘なんじゃないかとすら思う時もあった。(今思えばいい線をいっていた。)
伝説とは違い、彼女は優しかった。
僕は彼女が好きになった。
いつの間にか、彼女を自分のテリトリーのなかの大切な一人に分類するようになった。
もともと彼女に仲間意識を抱いていたことも、こんなに早く彼女を受け入れた理由かもしれない。
一応、伝説や噂話で聞いたなかで、唯一正しかったのは彼女の魔法の力だった。
これは想像以上だった。この点に関してだけは、魔女の名は伊達じゃないと思った。それは、稀代の天才と言われている師匠の能力を遥かに凌駕していた。
尊敬した。
しかも、彼女は嫌がらずに僕たちにその知識を伝授してくれる。魔法使いにとって眉唾ものの内容ばかりだった。こんなまたとない機会、絶対に無駄にできない。
僕らの仕事は、彼女の世話役と銘打ってはいるものの、実質、彼女を講師とした集中勉強会のようなものに変化していった。
とにかく四人でいる時間が楽しかった。
家族と離れて暮らしていて、寮でもほとんどの人に遠巻きにされていたこともあり、僕は寂しかったんだと思う。
こんなに楽しくて充実した毎日は、寮に入ってから初めてのことだった。
僕は幸せだった。




