36.彼女の願い
「魔力を……奪い取る?」
「まさかそんなことができるのですか?」
ジュードは目を見張り、アーチーは口をぽかんと開けた。
魔法の限界を知らないエヴァンの反応はいささか薄いものであったが、聡い彼は二人の反応から、ありえない事象であることを悟った。
レナードは説明を続けた。
「まず、先ほども言ったが、女性の方が男性よりも質の高い魔力を持っている。――しかし、だからといって、ここまで男女に差が出るわけではない」
三人が頷いた。
「ギルダがこれほどまでに規格外な存在となっているのは、もともとの自身の魔力に加え、建国以降に生まれてきたすべての魔女たちの魔力を吸収し、その体に蓄えてきたからだ」
アーチーが小首を傾げてジュードを見た。
エヴァンもつられてジュードを見る。彼の場合はアーチーと違い、筆頭魔法使いの意見を聞きたいが為だった。
「……つまり、本来であれば成長し魔女となるはずの女児たちが、ギルダの魔法によって魔力を奪われ、表面上、魔女はギルダ以外いないようになっているということでしょうか?」
「そういうことだ。――まぁ、訂正をするならば、女児ではなく新生児だ。生まれてすぐの赤子の魔力の源を吸収しているらしい」
なぜ、ギルダは命をかけてまでこの地に魔法をかけ、魔女の力を吸収したのか。
それは、最初の儀式が関係している。
初代の日記を思い出してほしい。
日記によると、ギルダの存命時、彼女の他にも三人の年老いた魔女がいた。
そのなかの一人が予言を行い、人々に危機を伝えた。そしてギルダ以外の魔女たちで、異世界の少女を呼び寄せたのだったが……。
実は、異世界の少女の力が必要だと判断したのも、同じく予言の魔女だった。
魔女が見た未来には、少女の姿もあった。そこで少女の血が、儀式に必要不可欠であることも知った。
召喚の儀式は、必要なものさえそろえばそこまで難しいものではない。魔女たちは難なく少女を呼び寄せた。
儀式は、ギルダと三人の魔女で行った。ギルダは四人のなかでも特に魔力量がずば抜けていて、センスもよく、そして若かった。予言の事実もあったが、自然な流れで責任者として選ばれたのであった。
始めは四人で陣を展開していたが、かなり高度な魔法であり、範囲もこの地域一体と広く、時間もかかった。次第に年老いた魔女たちは体力に限界がきてしまい、途中からは魔女たちの魔力をギルダに移して、ギルダのみで儀式を行った。
その後、儀式は無事に成功し、この地に再び平和がもたらされたわけであるが……。
この時、ギルダは自身以外の三人の魔女の魔力を手に入れた。
それはつまり、予言の魔女の力も手に入れたことになる。
しかも、その予言の力は、四人の魔女の魔力が合わさったおかげでグレードアップし、かなり先の世まで分かるようになっていた。
ギルダはその力を使って、今後もこの地に何度も悲劇が訪れる可能性があることを知ったのである。
悲劇から愛する家族や人々を守るためには、儀式は必ず行う必要がある。しかし、魔法使いがそうであるように、魔女はなかなか生まれてこない。その災害が起こった際に、十分な人数の魔女がいるとは限らなかった。もしかするとただの一人もいないかもしれない。
そのため、彼女は自身を魔力の“器”とし、然るべき時に備えることにしたわけだ。
後の仕組みは簡単だ。
ギルダは予言の力を持っているから、何か危機的状況を察知した時は眠りから目覚め、国をこっそり助ける。もちろん、異世界の少女も自分だけで問題なく召喚することができる。そうして事が済めば、次の非常事態がやってくるまで、魔力及び器の温存のため眠りにつく。
建国時からずっとその繰り返しだった。
そして、初代国王はそんな彼女の望みを叶えるため、子供を守るため、王となった。居場所も用意して、全面的にバックアップした。
レナードが話し終えると、再び室内は微妙な空気になった。
三人ともそれぞれ思考の海に沈んでいるのか、室内は異様なほど静まり返っていた。
今回の話はジュードもかなり驚いていた。けれども、それと同時に納得もしていた。
ギルダの魔力は桁違いだ。それが何人もの魔女たちの集合体であるからと言われれば、道理が通る。
彼は謎が解けて清清しく思った。
ただ、その何人もの魔女たちの魔力を保持する能力のことを考えると、やはりギルダは規格外な存在と言っていいだろう。
沈黙を切り裂いたのはエヴァンだった。
「なぜ私たちにお話し下さったのですか」
彼はじっとレナードを見つめた。
「本来であれば、国王のみが知る真実なのですよね。ギルダ様へ薬を用意するためとはいえ、命令すれば済む話です。――なぜ?」
ピリついた雰囲気さえあるエヴァンに、アーチーはおろおろと二人を交互に見た。
問われた彼は鼻を鳴らすと、軽く背筋を伸ばしてリラックスした。
「……そうだな。色々と理由はあるが……ギルダがお前たちのことを信用しているから、だろうか。過去、彼女がそう語っていた」
レナードはそう告げている最中はどこか不愉快そうな顔をしていたが、すぐに面白そうに肩を揺らした。
なぜなら、彼の言葉を聞いた三人がそろって破顔したからだ。さすがに彼もその光景には笑ってしまった。
「……初代国王が重要視したのは、“真実は何か”ということよりも、“真実をどう利用するか”ということだった」
初代国王にとって大切であり、大前提は、ギルダの『家族とこの地を守りたい』という願いを叶えることだった。
その強大な魔力から人々に恐れられていたギルダは、≪災厄≫を前にした彼らから、手のひらを返したように丁重に扱われた。しかし、彼女が望まれた通りにこの地を救った途端、彼らは彼女を救世主として扱うどころか悪として蔑んだ。
それは、地震と噴火という、未知の恐ろしいものを受け入れられなかった人々が、それらはギルダが引き起こしたものだとこじつけたからだった。
何事も、人は理由のないものを受け入れづらい。
幽霊などの心霊現象がそうだろう。それなら、それを引き起こした犯人がいると考えた方が気持ちの整理がつく。
実際のところ、地震や噴火には発生のメカニズムがあるが、ろくに発展していない山奥に住んでいる彼らには、恐ろしい魔女の仕業にしか思えなかった。
そういう考えに至ったのは、異世界の少女の存在も関係していた。
“少女がやって来た後、この地は救われ、悪しき魔女は眠りについた。”
人々にとってはそれで十分だった。
事実は少しずつねじ曲げられていった。
そうして、ギルダは人々の心の平和のために、悪い魔女となった。
初代はそのことが許せなかった。
しかし彼にも自然災害の説明はできないし、いくら彼にカリスマ性があったとしても、集団心理に立ち向かうことは難しかった。
ここで問題になってくるのは、ギルダとの間に生まれた息子のことである。
魔女に息子がいると知れたら、確実に殺されてしまう――そう考えた初代は、息子を親友――弟と偽っていた人物、エドワード――に預けた。初代はエドワードにだけはすべてを打ち明け、彼の息子として育てるよう嘆願した。
初代が建国しようと考えたのは、それが一番都合が良かったからだった。彼にはその知識があったし、大切なものを守るためにはやはり権力が必要だと思った。
度々目覚めるというギルダを守り、ひっそりと支援するには、ただの村人一人の存在では出来ることが限られていた。
幸い、初代はそのカリスマ性や性格からかなり人々から信用されていた。
しかも、なぜだか悪い魔女に誑かされた被害者として認識されていたのだ。
また、異世界の少女と協力し、魔女を打ち倒した存在であるとも――。
初代はそんな噂話をする人々を一人ずつ殴り倒したいと思ったが、それを利用することにした。
建国し、その王朝を継続させるには、ギルダと自身が置かれている『正義と悪』という構図は非常に申し分ないからだった。
建国のシナリオにも十分だった。
“悪を打ち倒した男が初代国王に君臨し、以後その男の一族が国を平和に治める。”
魔女を倒すには男の一族が必要だと人々に認識させておけば、王朝が揺らぐことはない。
謂わばギルダは必要悪だった。
後は、この秘密を国王のみのトップシークレットとし、受け継いでいく。願わくは、子孫がギルダと自分の意向を汲んでくれますように、と――。
そしてその結果が、今のこの千年続くラプタン王国である。
「しかし、どうにも納得がいきません。別にギルダ様を貶めなくとも、国家と協力をしていると発表すればよいのでは?」
エヴァンがううんと唸った。
それを聞いたアーチーが同調するようにうんうんと二回頷く。
「建国時は酷い混乱状態で人々も信用しなかったでしょうけど、何年も経った後に真実とそれまでの魔女の功績を伝えれば……。さすがにすぐとはいかないかもしれませんが、人々は理解してくれるのではないでしょうか」
「……あぁ、確かに私もそう思った」
レナードは含みを持たせた言い方をすると、ひょいと肩を竦めた。
「けれども、彼女が言っていたらしい。『人々に、この先この地が百パーセント安全ではないと伝えるのは止めてくれ』とな。それだとみな、いつ訪れるか分からない災難に怯えて暮らさなければならないし、愛した故郷を捨てる決断をする者もいるかもしれない。それなら、自分がこっそり何とかする。人々には笑って暮らしてほしい。――まぁ、要約するとざっとこんなところだろうか」
「それは……」
「なんと……」
一応、魔女という恐怖の対象は残るが、それについては常に正義の王族が近くにおり、異世界の少女もやって来るから問題ない。“勝利”へのシナリオは出来上がっている。
それ以外の細々とした事件は、裏でこっそり国王と魔女で対処すればいい。
よって、表面上、人々を脅かすものは、“敗北の決まった”魔女以外何も存在しない。
また、魔女という絶対的悪を用意しておくことで、人々の行き場のない憎悪やストレスを解消させることもできた。
たとえば、地震が起こった際の『魔女の怒り』という言い伝えなんかがそうだ。
たまたま悪いことが続いた時も、『魔女の祟り』だなんて言っておけば、その不運も魔女に怒りをぶつけることで折り合いがつく。
「まるで揺り篭のようだな」
ジュードがポツリと呟いた。
「え?」
エヴァンが聞き返すと、ジュードは米神を押さえて頭を左右に振った。深く溜め息を溢す。
「まるで俺たちは、ギルダという母親に守られている赤子のようだって話だ。……真綿に包み込まれて、大切に育てられている」
「「「……」」」
それを聞いた三人は無言になった。全員がその意見に同意したからだった。
「息子を育てるように、俺たちのことも慈しみ、大切に守っているんだな」
彼はぼうっとギルダを見つめた。
彼のその視線の先にいるのは、中身が別の女性である。しかし、これまでの言動を考えると、そうかけ離れた性格ではないように思えた。
レナードは咳払いした。
「……ともかく、だからこそ我々はこれまでずっと秘密にしてきた。ギルダに関する文献が一切残っていないのも、賢い人間がこの事実に気づかないようにするためでもある。そして地震や噴火といった≪災厄≫に関連する内容を残していないのも、人々に恐怖を与えないためだ」
「……知らないことが、幸せだから……」
アーチーが噛みしめるように呟く。
それにレナードは一つ頷いた。
四人は未だ眠り続けるギルダをじっと見つめた。
アーチーはふとあることを思い出すと、顔を歪ませ、髪をぐしゃぐしゃにかき回した。
「……ギルダ様が言っていました」
ぐっと下唇を噛みしめ、俯く。
「この場所を、“箱庭の楽園”、だと。その時は、僕たちとの生活を気に入ってくれているんだと思って、嬉しかったのですが――」
エヴァンはその時のことを思い出すと、眉間にシワを寄せ、同じように床を見つめた。
「……本当の意味で、“箱庭の楽園”でぬくぬくと暮らしていたのは、僕たちだったんですね」
ぽたりと、しずくが落ちた。




