35.平和の理由
昔話――それは、過去にレナードがギルダと会った時の話だった。
今現在彼女が昏睡状態に陥っているのは、そのタイムスリップによる魔力不足の影響だろうということも伝えられた。
レナードは、過去に彼女と共に様々な発見をしたことを話した。
魔女に関する真実や、初代国王との関係、≪災厄≫についてなど、彼は包み隠さずすべてを語った。
もちろん、すべてとは言ってもそれは必要なことに限っての話である。
彼が泣いたことや彼女とゲームで遊んだこと、そして他愛ない会話など――。そういった、教える必要はないと判断したものについては、彼の胸にしまっておいた。
それらは、彼にとって大切な思い出だから。
こうして、レナードの告白により、建国以来初めて、王族とは縁もゆかりもない国民に真実が伝えられたのである。
その話を聞いた彼らの反応は、三者三葉に分かれた。驚き言葉を失っている者、涙を堪えている者、そして、何かを深く考え込んでいるような者――。
レナードは、いささか反応が薄いジュードに声をかけた。
「先ほどお前に渡した小瓶は、普段ギルダが眠っている聖域の水だ。彼女が膨大な魔力を維持できているのは、あの水が関係している。あれを使用すれば、問題なく回復するはずだ」
彼は最後に「もっとも、私は魔法使いではないから確信は持てない。細心の注意を払って、彼女の回復に尽力してほしい」と付け加えた。やけに一部分に圧がかかっていた。
「……承知いたしました」
ジュードはゆっくりと頭を下げた。
レナードはそれを見届けると、残り二人に顔を向けた。
二人は戸惑っている様子だった。
何か質問しようと口を開けるが、すぐに閉じてもごもごとさせた。言葉がまとまらないようだった。
無理もない話だった。彼らが今まで信じてきた話と、まったく真逆のことを伝えられたのだから。
魔女が実はヒーローだったなど、誰も考えたことはないだろう。
彼は目を細めて少し思案すると、問いを投げかけた。
「これまで、この国は魔女のことを除き、異常に平和だと思ったことはないか?」
アーチーが首を傾げた。
「異常?平和なことは良いことでは?」
レナードは視界の端で、エヴァンが目を見張らせているのを捉えた。
「もちろんそうだ。だが、元々ここが山奥にあるとはいえ、国家であるにも関わらず戦はなく、内乱もなく、目立った災害もない。恵まれているといえばそれまでだが、ここまで何もないとなると少しおかしいとは思わないか?あまりにも都合が良すぎる――そう、まるで桃源郷のような国だ」
「まさか……」
エヴァンが声を震わせる。
「まさか、それに魔女が関わっていると?」
「!」
アーチーの椅子が音を立てた。
「そ、そんなことって……」
信じられない、とアーチーは消え入りそうな声で呟くと、髪をぐしゃぐしゃにした。
「先ほど、城内の地下にある聖域にあった日記の話をしただろう。私は彼女と別れた後、すべての蔵書を確認した。それらはすべて、これまでの国王たちの日記だった。それも、魔女とのやり取りに関する日記だ。どうも魔女と会ったことがある国王だけが書き残すようで、時期は飛び飛びだったが、それでも数十冊はあった」
「ま、待ってください……!すべての日記が、魔女とのやり取りですって……!?」
再びアーチーが激しい音を立てながら、立ち上がった。
レナードはそれに片眉を上げると、黙りを決め込んでいたジュードに視線を投げた。
「ジュードはどう思う?」
問われた彼はアーチーを一瞥すると、溜め息を吐くかのように答えた。
「……つまり、我々が知るよりも多く、魔女が眠りから覚めているということでしょうか」
アーチーは師匠に呆れられたことを察し、慌てて腰を下ろし身を縮こませた。
「その通りだ」
レナードの話はこうだった。
史実として知られている魔女の登場は、今回の分を除けば、合計二回。建国の時と、およそ五百年前の時である。
しかし、事実は異なる。
魔女はこれまでも度々眠りから目覚めて、この国を救っているという。
大雨などの自然災害や、疫病、大事故――これらの被害が広がらず、すぐに終息したのは、すべて魔女と当時の国王によるものだという。
――いや、魔女たちと表現するのが正しいだろう。
なぜなら、魔女には毎回、異世界からやってきた別の魂が宿っていたからだ。
レナードが言うもろもろの事件があった頃の国王は、確かに、賢王として名を轟かせた者ばかりだった。
それは、異世界の知識を持った魔女たちの力を借りていたからこそだったのだろう。
その他、施策然り、指揮した発明品然り、国の発展に十二分に寄与したと言っても過言ではない人々の名前ばかりだった。閉鎖的な国にしてはかなりの繁栄具合だ。
彼らはてっきり、それらは我らが“正義”の王族の、類いまれなき才能や手腕によるものだと思っていた。それがまさか、こんなからくりが隠されているとは――。
エヴァンとアーチーは呼吸も忘れて、話に夢中になった。おかげで、心臓が悲鳴を上げるまでそれに気がつかなかった。
一方ジュードは、喉につかえていたものが取れたかのような、スッキリした顔をしていた。
ちなみに、なぜわざわざ異世界から呼び寄せるのかというと、鎖国した国の発展のためらしい。
本物のギルダが初めて異世界の少女に会った際、その知識や、彼女のいた世界の進んだ文明にいたく感銘を受け、利用しようと思ったとか。
もともと異世界の存在を呼び寄せる術は持っていたので、何の障害もなかったことも後押しした。この現状を見るに、彼女の判断は正解だったようだ。
疫病が流行った際は医学に詳しい者、建物の損壊事故がある際は建築に詳しい者――そんな風に、その時一番ふさわしい魂を呼び寄せた。
「今回のように、大規模な魔法を使うためには、異世界の少女の力が必要となってくる。結果、国民たちに魔女の存在がバレてしまうのだ」
レナードからは不本意という感情がありありと見てとれた。
国民たちは自分たちを助けてくれる存在を、悪だとして糾弾している。無知を強いているとはいえ、それが歯痒いのだろう。
「……」
アーチーは唇を噛みしめた。
これまでは陛下が一人で、その事実を背負っていたのかと思うと、心が苦しくなった。
そして、これからは自分もその責務を負うことになる。それはとてつもない重責に思えた。
また、彼は己をひどく恥じた。
無知とはいえ、異世界から無理矢理連れてこられた、何の関係もない彼女を疑ってしまっていたのだから。
情けなくて、彼は無性に泣きたくなった。
「それでは、我が国が戦とは無縁というのは、もしや結界のおかげですか?」
ジュードだ。顎に手を当て、視線はギルダに向いている。
「あぁ。あの結界は、最初の儀式の時に作り出されたものらしい。元々は噴火からこの地を守るためのものだったが――」
レナードの言葉が途中で途切れたので、ジュードは不思議に思って彼を見た。
レナードはジュードとアーチー、それぞれと視線を合わせると言葉を続けた。
「お前たちも知っての通り、あの結界は人の往来を防いでいる。実際はそれだけではなく、あの結界の外から我が国を見ると、何もないかのように見えるらしい」
「何もない?」
アーチーが首を傾げた。
「あぁ、何もない。つまり、国民以外の者には、この国は不可視だということだ」
「「!」」
あまりの壮大さに絶句したエヴァンとアーチーが、ごくりと唾を飲んだ。
何とも言えない空気が広がっていく。
「……なるほど。不可視だからこそ、この国は認知されておらず、他国から侵略されることもないというわけなんですね」
我に返ったエヴァンが深く頷いた。
「山奥の国ではあるが、魔女たちのおかげで大分進歩しているからな。本来であれば、その技術力を欲した多くの国から目をつけられているはずだろう」
彼らは全員、戦争を知らない。本で読んだ程度の知識だ。
それでも、命の重さは分かっている。特に騎士であるエヴァンはそういった訓練を行ってきた。
彼らが全員、戦争を知らないのは、ずっと魔女に守られてきたからだった。
「魔女はギルダだけだと思っていたのですが、先ほどの話だと、建国前は他にも魔女がいたということでしょうか?」
またも微妙な空気になったところ、ジュードが淡々と切り裂いた。
エヴァンとアーチーは、先ほどから驚きの事実の連続に混乱続きだった。新しいことを聞く度に胸を痛め、思考がまとまらず理解するだけで精一杯だった。そのため、何とも言い難い空気になってしまうのだが――。
ジュードは違った。
彼の目は真剣そのもので、ずっと何かを思考していた。どうも自身のなかで何かしかの仮定があり、それの裏付けをしているような……。新しい情報からもろもろ紐づけていくような、そんな雰囲気があった。
さながら探偵のようだ。
レナードはそんな彼の様子に片眉を上げただけで、特に追及することもなく回答した。
「そうだ。現在、この国で魔女と呼ばれる存在はギルダだけだが、本来は女性にも魔力は存在する」
「まさか!」
アーチーは息巻いた。
「そんな話、聞いたことがありません!史実のどこにも残っていませんし、女性から魔力を感じたことなど一度もありません!!」
レナードはフンと鼻息を鳴らす。
「先ほどまでのお前は、ギルダが悪女ではないなどと聞いたこともなかったし、史実のどこにも残っていなかっただろう」
「……あ……申し訳ありません……」
レナードは腕組みをして、ギロリとアーチーを睨みつけた。彼は蛇に睨まれた蛙のごとく、タラリと汗を流しながら沙汰を待った。
「陛下、続きを。この後、私たちは彼女の薬を作らなければなりません」
救いの手が下された。
ふぅとレナードの溜め息の音が響く。
「……分かった。時間はかけられないからな」
視線が自身から離れたことで、アーチーはほっと胸を撫で下ろした。
しかし、救いの主からギロリと睨まれ、口を閉じろと指でジェスチャーをされたことで、明日の己の運命を悟った。
レナードは一つ咳払いした。
「魔法使いと魔女は魔力の質が違う。このことは、ギルダと相対してきたお前たちにはよく分かっていることだろう。――しかし、それはギルダが特別なのではなく、性の違いによるものだ」
「性……」
「つまり、男と女で魔力が異なると?」
「そうだ。古来から、女性は男性よりも質の高い魔力を持っていた。なぜ性により異なるのかは不明だ。妊娠できることと関係があるのかもしれないが、詳しいことは分かっていない。研究されていないからな。――まぁそれはともかく、そんな質の高い魔力を持つ彼女たちだからこそ、予言をしたり、異世界から人を呼び寄せたりすることができるのだ」
彼はここまで一気に話すと、一呼吸おいた。そして目の色がスッと変わる。
三人はその続きを前のめりにして待った。
「それなら、そのような素晴らしい魔女たちが、なぜ、現在はいないのか――。それは、ギルダが最初の儀式の後、とある魔法をかけたからだ。――――その、命をかけて」
い・の・ち、とアーチーの口が動いた。
「――その魔法とは、この地に生まれる、すべての魔女の魔力を奪い取る魔法だ」




