33.足の生えたサンドイッチ
太陽は沈み、家屋の窓からポツポツと灯りがもれる時間帯となった。
あれから彼らは、休みなくいくつかの薬を作り上げた。しかし、そのどれもがイマイチな結果にしかならず、途方に暮れていた。
このままだと魔法使いたちまでも過労で倒れてしまいそうだったので、エヴァンは無理矢理作業を中断させた。もちろん、彼の得意とするところの、武力でもってして、である。
「はぁ……通常であれば、睡眠を取るだけでも魔力は回復するはずです。なぜギルダ様の場合は、薬を与えた時にしか反応がないのでしょう。……それも微々たる反応」
アーチーが頬をこれでもかと膨らましてサンドイッチを食べている。
先ほどまでは食欲を感じていなかったが、食べ物を目にした途端、彼の頭がそれでいっぱいになった。
「恐らくそれも魔力の質の差が関係しているんだろう。……そこを解明しない限り、難しいかもしれないな」
眉間にシワを何重にも寄せたジュードが、コーヒーを流し込んだ。
「それなら、祖父の研究資料を探してきましょうか。ほとんどはジュード様にお渡ししましたが、家にまだある程度は残っていたはずです」
同じくコーヒーを飲んでいたエヴァン――こちらは優雅にカップを傾けている――が、視線を斜め上に提案した。
それを聞いたアーチーが、弾けるように立ち上がった。
目は爛々と輝いている。
「それはいい考えですね!僕も行きます!!」
「……お前は研究室に行きたいだけだろう」
ジュードは眉間を押さえて深い溜息を吐くと「まぁ、エヴァンだけでは分からないことも多いだろうからな。一緒に行ってこい」と、手をひらひらさせた。そして歓喜に震える弟子を視界から追いやり、エヴァンに向き直った。
「悪いな。アレが横道にそれたら刺すでもなんでもして作業に戻せ。とにかく時間がないからな」
「お任せください」
アーチーは興奮から、そんな二人の物騒な話を聞いていない。
食べかけのサンドイッチを丸ごと口に放り込むと、咀嚼も途中に、その場を後にした。もろもろ持って帰れるように、バックを取りに一旦部屋に戻るつもりだった。
彼が例の鏡の前を通り過ぎた時だった。
何かが視界の端に映ったのである。
「?」
反射的に振り返った。
すると驚くことに、鏡から何かが生えていたのである。
それは、人間の足のようだった。
「!!!」
アーチーは息をのんだ。
恐怖から体は固まり、指先がぴーんと伸びる。悲鳴は出なかった。
足のようなものは一本出てきたかと思えば、すぐに腰回りのようなものも現れ、そして――上半身が露わになった。
その上半身の天辺を見て、アーチーは血の気が引いていくのを感じた。文字通り、彼の顔は真っ青だ。
それはもちろん、恐怖からというのも理由に挙げられるが、彼の場合、一番の理由は――。
(い、息ができない……!)
――そう。思い出してもらいたい。
彼はサンドイッチを頬張ったまま、息をのんだことを。
視線の合ったこの国のトップが、不敵な笑みを浮かべている光景を最後に、アーチーの視界はブラックアウトした。
*
「――はっ。足の生えたサンドイッチの大群が……!」
アーチーが恐ろしい夢から目を覚ますと、目の前には信じられない光景があった。
どうやら彼は、リビングのソファーに寝かされていたようだ。その向かいに、滅多にお目にかかれない美丈夫が座っていたのである。
その人物とは、先ほど気を失う前にも見たこの国のトップ――レナード国王陛下であった。
「えっ。足……」
彼は混乱してテーブルの下を覗き込むと、レナードの足元を確認した。
それは彼の記憶にある足と、同じ服装をまとっている。
「同じだ……」
「そうだな、君が見たのは私の足だ」
レナードは足を組み替えながらティーカップをあおった。
さすがに無礼な態度だったため、静観していたジュードが慌てて弟子の頭を叩いた。「いっ――!」一方エヴァンは、彼の悲鳴をその大きな手のひらで押さえつける。
二人はそろって頭を下げた。
「申し訳ありません、陛下。これは寝起きでまだ混乱しているようです。後できつく言っておきますので」
「私の方からもお詫び申し上げます。どうぞ、寛大な処置を」
レナードは頭を下げる三人――アーチーはエヴァンに口元を押さえられ、頭をジュードに押さえつけられている状態――にちらりと視線を向けると、すぐにまたティーカップへと戻した。そして目を伏せながら軽く肩を竦める。
「いや、驚かせたのは私の方だ。気にするな」
頭を上げろ、と最後に付け足す。
お許しが出たので三人は視線を交わし、そろってそろそろと元の体勢へと戻った。
「……」
「……」
「……」
「……」
なんとも気まずい沈黙が流れている。
なぜ陛下はここに来たのか。
どうやってここに来たのか。
あの鏡は何なのか。
(……はぁ、仕方ない)
この場で陛下の次に偉いのはジュードだ。
彼は、エヴァンとアーチーの急かすような、それでいて期待するような視線を感じた。少々苛立ったが、このままでは埒が明かないと判断し、話を切り出すことにした。
「……このような遅い時間に、いったいどのようなご用件でしょうか。私に用があるならば、いつでも呼んで下さればよいのです。とりあえず、ここではなんですので部屋を出ましょう。話は執務室で伺います」
彼はそう言い終わるなりすぐに腰を浮かせたが、レナードが間髪入れずに否定した。
「結構だ」
ピタリと中腰の状態で止まる。
彼は信じられないものを見る目で陛下を凝視した。静観していた二人は固唾を呑んで見守っている。
「何を言っているのか分からないな。私は今夜、ここに来ると伝えたはずだが?」
三人は顔を見合わせた。
誰もテレパシーを使えるわけではないが、目線だけで「おい、知ってるか?」「知りません」「忘れてるだけじゃないだろうな」と責任のなすりつけ合いが行われていることは明白だった。
「あ」
エヴァンが突然声を上げた。
「その……昼間陛下がおっしゃっていた、『今夜は塔から一切出るな』という言葉がもしかして……?」
魔法使いコンビが弾けるように騎士を見て、陛下を見た。
陛下は「いかにも」といったように、満足そうに頷いた。
てっきり『今夜は塔から一切出るな』=『魔女から目を離すな』の意味合いだと思っていた三人は、また顔を見合わせて困惑した。
勘違いしていたので、出かけようとしていたところを見られたと思っていたアーチーは、特に怯えていたのだった。とりあえず、首の皮一枚繋がったことに、彼は髪をくしゃりと握りしめながら安堵した。
しかし、そうなってくると別の問題が浮上する。
彼ら三人に用事があるならば、単純に呼び出せばいいはずだ。それをわざわざ陛下自らがここにやってくるということは、何かしらこの場所に用事があるということである。
となってくると、もう目的は一つしかない。
魔女だ。
今まで一度たりともこの部屋にやって来なかった陛下が、このタイミングでやって来た。
この、魔女が弱り切っているという状態の時に。
辺りに緊張が走った。
もともと陛下がいることで張りつめていた空気感に、別のものが混じった。
三人がそろって口を真一文字に結んで警戒している姿を見て、レナードは口元を緩めた。
手にしていたティーカップをソーサーに戻すと部屋をぐるりと見渡した。
「彼女は?」
アーチーが息をのんで陛下を睨みつけた。
今度はジュードもエヴァンもそれを窘めなかった。二人ともそれどころではなかったのだ。
いかにしてこの男を部屋から追い出し、ギルダを守るか――その計画を頭をフル回転させて練っていた。
ところで、アーチーは決して賢くないわけではないが、頭脳派の二人とは異なり、直情型である。そして毎回、自身の言葉を後から後悔するタイプでもあった。
なので彼は、今回ももれなく、その憤りからストレートに問いかけた。
「ギルダ様を殺すおつもりですかっ!!」
ジュードたちが気づいた時にはもう遅かった。
慌ててエヴァンがアーチーの口を押さえたが、それは言葉として成立してしまった。
言った本人は完全に血の気が上がっているので、取り押さえられてはいるが今にも掴みかからんとする勢いだった。フーフーと獣のように怒りを露わにしている。
「申し訳ありません、陛下。これはまだ混乱しているようなので一旦下がらせます」
ジュードはエヴァンを一瞥すると、先ほどよりも深く頭を下げた。
指示された騎士はアーチーを無理やり立たせると、引きずるように玄関の方へと向かった。「離してくださいエヴァン様!」アーチーは精一杯暴れたが、騎士の力に敵うわけもなく、ずるずると連れて行かれる。
「待て」
ドキリとして、ジュードとエヴァンは体を硬直させた。
陛下に何か言われる前にさっさとアーチーを連れ出そうとしたが、失敗に終わってしまった。
一体どんな処罰が下されるのか……誰も口を開かなかった。
「勘違いしているな。私は魔女を害するつもりはない。ただの見舞いだ」
「ハァ?嘘でしょう!」
勇者アーチーは完全に理性を失っているので、果敢に戦いを挑む。
ジュードたちは天を見上げた。
例えるならばライオンとハムスターくらいの力量差がある二人だった。
レナードは徐に立ち上がると、吠えるハムスターの前まで歩いて行った。
二人は身長差もある。アーチーは160センチ強だが、レナードはモデルのようなスタイルなので、180センチは優に越えていた。
ハムスターは必死に睨み上げる。エヴァンはそんな彼を止めるのを既に諦めていた。ただひたすらに陛下の寛大なお心を願った。
二人の間にピリピリとした空気が漂ったが、ふと陛下が小首を傾げた。
「……そんなに魔女が大切か?」
「もちろんです!」
彼はそうはっきりと告げた。
「僕が、いちばん!ギルダ様と仲良しだし!いちばん!大切に思っています!!」
やけくそのような、勢いのような、ほとんどそんな返答だった。
途端、部屋の温度が下がった。
「「!?」」
ジュードとエヴァンはぎょっとして、その原因であろう陛下をまじまじと見つめた。
疑いようもなく、彼から冷気のようなものが発生している。
レナードはぎろりとアーチーを睨みつけた。
「――それは違うな。ギルダを一番大切に思っているのも、仲が良いのも私だ」
「……へ?」
その言葉の意味を解するのに、三人はしばらくの時間を要した。
レナードは口をへの字に曲げ、その不機嫌な表情を隠しもしなかった。
やがて、三人の間抜けな顔を見て、彼は自身の失言に気づいたようだった。
「……」
頬をほんのり赤く染めると、誰に声をかけるともなく、寝室の方へと向かって行った。彼は聞かずともその場所を知っていた。
三人はただ呆然と、そのそそくさと逃げる後ろ姿を眺めていた。
そしてハッと我に返ると、慌てて追いかけて行ったのだった。




